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15:地を這うヘビと糸を生むクモ
①
しおりを挟む八月十三日。曇り。
「ねえ、これ本当に大丈夫?」
ついに完成した〈バラバラ女の血だらけワンピース〉を着た奈緒子が、不満をあらわにして言う。想像していたのとはほど遠い姿に、慎吾は苦笑した。
「やっぱね、無理があったんだよ、絵の具で塗ったくらいじゃ」
「そうかな。おれは大丈夫だと思うけど」
直人が笑いをかみ殺しながら、明らかなウソを吐く。
「笑ってるじゃん、ふたりとも」
しかめ面で腰に手を当てる奈緒子の服から、絵の具のかけらが剥がれ落ちた。
「ナオちゃん、似合ってるよ。ほら、包丁とナマクビ」
ナマクビと包丁を持たされてますます滑稽になった奈緒子がおかしくて、たまらず吹き出すと、つられて直人とワチコも笑い出した。
「ちょっと笑わないでよ! これ絶対、失敗じゃん!」
奈緒子もおかしさに耐えきれなくなったらしく、笑いをこらえながら文句を言った。
「これ、チャーが悪いんだからね」
「だってやっぱり、絵の具で怖くなんてできないよ」
「これどうするの? わたしこんな格好で外に行くのヤダよ」
「大丈夫だってナオちゃん。ナマクビはけっこう怖いし、包丁だってホンモノだからな。それに夜だったら暗くて分かんないって」
「そうかなあ……」
「そうだ! 地下室に行こうよ。アソコなら暗いから怖いかどうか実験できるよ」
「チャー、いいこと言った。地下室に行こうぜ」
いつものように直人の号令で一階に降りた四人は、さらに松葉杖が壁に立てかけられた地下室への階段を降りて、白い塗料が剥がれたまだら模様のドアの前に立った。
「チャーが言い出しっぺなんだから、先に行けよ」
ドアの不気味さにひるんだ直人が、背中をグイと押してくる。
「う、うん」
ドアを少し開けて覗きこむと、夏とは思えないほどヒヤリとした冷気に頬を撫でられた。
怖い。踏み入ることを両足が拒んでいる。
「どうしたんだよ、早く行けよ」
「うん。だけどここも暗いからさ、奈緒子がそこに入ればいいんじゃない? みんなで入ることないんじゃないかと思うんだけど」
「怖いのかよ、デブ」
「ち、ちがうよ!」
「でもチャーの言うとおりだよね」
奈緒子が薄暗い廊下へと踏み入り、ゆっくりと振り向いた。
その姿は――バラバラ女そのものだった。
奈緒子の端正な顔をここまで怖いと感じたのは初めてだった。闇に溶ける女の顔に浮かんだ笑みが、狂気を孕んでいるようにさえ見える。
「ヘビとクモのどちらがお好きですか?」
「え?」
「もう、ちゃんとやってよ」
「うん、ご、ごめん」
「地を這うヘビと糸を生むクモ、どちらがお好きですか?」
「なんだよ、それ」
奈緒子の思いつきの台詞を笑う直人の横で、慎吾は凍りついていた。
「あたし、クモが好きでーす」
ワチコが奈緒子の質問におどけて答え、三人が笑う。
慎吾も一緒になって笑おうとしたが、どうしても笑えなかった。
「ああ、でもなんか暗いとこにいればけっこう怖く見えるよな」
「じゃあ、どうする? 今日からやる?」
直人に薄闇の中の女が訊く。
「うん。そうだな。でも夜からじゃないとできないよな。おれは家を抜け出せるけど」
「あたしも、たぶん大丈夫だな」
「ぼ、ぼくは」
「まさか来ないわけないよね?」
奈緒子の有無を言わせぬ言葉に、大きなゲップが出た。
「困りゲップしないでよ。強制してるみたいじゃん」
「うん、大丈夫だと思う……」
「ほらずっと前に教えてあげたでしょ、部屋を抜け出す方法」
慎吾は、前に奈緒子から教えてもらった方法を思い出し、その成功率の低さを嘆いた。「敷き布団の上に丸めた毛布かなにかで人型を作り、掛け布団を被せて両親を騙す」なんて方法が、バレずにすむわけがない。
「……分かった。なんとかしてみるよ」
「やった! チャーがいないと、つまんないもんね」
慎吾の気持ちを知ってか知らずか、安堵した奈緒子がホッと息を漏らした――
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