バラバラ女

ノコギリマン

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19:推理

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「ねえ、ワチコ」

 慎吾は、直人を起こさないよう小声でワチコにしゃべりかけた。

「なんだよ?」
「なんで『失恋大樹』のこと、そんなに本気なの?」
「……マサツグのこと言っただろ」
「だけどそれだけじゃ、ワチコが毎日、名前を見に行く理由にならないと思うんだ」
「……アレが本物だって知ってるのは、あたしだけだからな。だから、もしかしたら名前を書かれたヤツを助けられるかもしれないじゃん」
「罰が与えられるのがホントだったとしてさ、それを知ってるのはワチコだけじゃないと思うよ」
「そうだな、デブと直人とナオちゃんも知ってる。信じてないみたいだけど」
「そ、それもあるけどさ。もうひとり、そのことを知ってるヤツがいるでしょ」
「誰だよ?」

「ああ、そっか。そうだな。でもさ、犯人って誰だよ?」
「それは、分からないけど」
「……マサツグのことが好きなのかどうかは分からないけど、あのときいちばんマサツグと仲が良かったのは、紀子だろ」
「うん」
「ってことはさ、紀子のことが好きで、紀子がマサツグのことを好きだと思ったヤツが書いたのかな?」
「もしかしたら、紀子がセトくんにフラれて、怒って書いちゃったのかもしれないよ」
「それはないよ」
「なんで?」
「紀子は、そんなコじゃないから」
「……うん、そうだね」
「紀子のことを好きなんだろうな、っていうヤツなんていっぱいいるし、そんな簡単に見つからないよ、犯人は。それに直人の名前を書いたヤツと、マサツグの名前を書いたヤツは、ちがうヤツかもしれないだろ」
「うーん、そうだね。でもさ、直人はもう犯人が誰なのか分かったみたいだよ」
「こういうときだけアタマいいからな、直人は」
「うん。でも教えてくれないんだ」
「なんで?」
「なんか、直人は犯人の名前をみんなが知っちゃったら、ソイツが恥ずかしい思いをしちゃうから、かわいそうだって」
「ふうん。ホントはめんどくさいんじゃないの? あたしとかデブにソイツの名前を言ったら、×印を書かせるために、絶対なにかすると思ってるんだよ」
「そうかもしれないね」
「そうだよ、直人だぜ」
「アハハ、直人だもんね」

 慎吾の笑い声につられて顔をゆがめて笑うワチコが、なんの理由もなく肩パンをしてきた。いつもより優しい拳に、いつも以上の柔らかさを感じた。

 それから一時間後、直人がついに音を上げた。

「もう許してくれよ、おれは外に行きたいんだよ!」
「十五日間だけガマンしてればいいだけのハナシじゃねえかよ、バカ!」

 負けじとワチコが直人に怒鳴る。

「十五日の十五日目って二十九日だぜ。夏休みすぐ終わっちゃうじゃねえか」

 そう言われると、直人があまりにも不憫ふびんだ。

「なあ、チャー、どっか行こうぜ」
「ど、どこに?」
「どこでもいいよ。もうここにずっといるの、ガマンできねえし」
「ダメだってば!」
 出て行こうとする直人を、ワチコが引き留めた。
「チャー、ワチコになんか言ってくれよ!」
「う、うん」

 直人に思わずうなずいたはいいが、ワチコにはやっぱり逆らえる気がしない。奈緒子さえいてくれればこのイザコザをあっさり止められるのだろう。奈緒子はふたりの手綱だと、つくづく痛感する。

「離せよ!」

 肩を掴むワチコの腕を振り払った直人が、207号室を飛び出していった。

「行くよ、デブ!」

 言って、ワチコがあとを追う。

「ま、待ってよ!」

 ふたりに遅れて息を切らせながら病院の玄関口を出ると、直人とワチコはまだ言い争いをしていて、飛び交う怒声を聞くうち、慎吾の胸中に怒りが湧き出した。
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