106 / 123
33:ワチコの家
①
しおりを挟む家のドアを開けたワチコに、
「だれもいないみたいだな。まあ、入ってよ」
と促され中に上がると、予想どおりの普通の家だった。
「へえ。ワチコって、こういう趣味もあるんだな」
直人が靴箱の上に置かれたロボットのプラモデルを見て、早速からかう。
「バカ、コレはお兄ちゃんのだよ」
「ワチコって、お兄ちゃんいたんだ」
「いるよ。六コ上だから見たことないだろうけど」
少しイヤそうに言ったワチコが、三人に手招きをして階段を上がっていく。
「あたしの部屋ここだから中で待ってて。なんか飲み物とか持ってくる」
部屋は、普段のワチコからは想像できないメルヘンチックな雰囲気だった。寝心地の良さそうなフカフカのベッドのシーツはピンク色で、掛け布団や枕もおなじ色だった。床には花柄のカーペットが敷かれ、出窓の棚にはたくさんのぬいぐるみが飾られている。
その中に片目のとれたクマのぬいぐるみを見つけた直人が、
「おい、ワチコってば、クマ大事にしてないじゃん」
と、眉間にシワを寄せた。
「でもさ、あのクマの目って、最初から取れてたよ」
「そうだっけ? くそ、不良品だったのか。ムカつく!」
怒る直人のうしろで、奈緒子が本棚を興味深げに眺めている。
「ワチコって、本とか読むんだね」
「うん。UFOとか妖怪の本が多いけど」
「あ、ホントだ」
「そこだけワチコらしいな」
直人の軽口に顔を綻ばせた奈緒子が、バッグを下ろしてカーペットに座り込んだ。
「お待たせ」
部屋に戻ってきたワチコが持つ丸盆の上には、四つの白いティーカップと湯気がゆらゆらと立ちのぼるティーポット、さらにハート型のクッキーが盛られたガラス皿まであった。
「あ、美味しい」
ひとかじりして目を丸くする奈緒子を見て、慎吾もクッキーを口にした。バニラの優しい香りと丁度いい甘さが、口内に広がっていく。
「ホントだ、美味しい!」
二個目のクッキーを取りながら感心する慎吾に、
「当たり前だろ、あたしが作ったんだからな」
と、ワチコが鼻を鳴らし、紅茶を注いだカップを手際よく三人の前に置いていった。
「へえ。お前、こういうシュミがあったんだな」
「ハッハッハ、あたしをナメてただろ?」
「でもホント意外だね、クッキーと紅茶が出てくるとは思わなかったよ」
「部屋も意外だよね。ワチコちゃんの部屋とは思えない」
「お母さんのシュミだよ、あたしはイヤなんだけど。だからこれだけがあたしの救いだよ」
ワチコが本棚の下段からクモの入った瓶を取りだして、射し込む陽の光にかざした。
「だけどさ、もう死んじゃったよ」
瓶底には、干からびたクモが転がっていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる