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34:地下室
➁
しおりを挟む地下室は、前に来たときと同じでドアの前まで空気が冷えていた。
ジャンケンで負けて先頭にされた慎吾は、ツバを飲み込んでそのドアを開けた。
「……やっぱ暗いね」
うしろから奈緒子の声が聞こえたが、振り向くこともせずに慎吾は足を踏み入れた。
暗い。怖い。冷たい。
昼だとは思えなかった。
「ホントに行くの?」
「いいから行けよ」
強がる声とは裏腹に、直人の声が上擦っている。
一歩、また一歩と暗い廊下を進むと、その先に白い塗料がまばらにはげ落ちたドアがあった。掛けられたプレートの文字は、かすれてしまって〈尾〉の文字しか読めない。
意を決してドアを開けると、室内は真っ暗でなにも見えなかった。
直人が手渡してきた懐中電灯のスイッチを入れると、光の輪の中に灰色の事務机が照らし出された。
「……これしかねえのかな?」
饐えたニオイが充満する室内に入って恐る恐る事務机まで行くと、その上には、カルテらしき紙束と三本のボールペン、それに誰かが悪ふざけで置いていったのだろう四肢をバラバラにされた服のない着せ替え人形が転がっていた。作り物の笑みを浮かべる人形の左目には、深々とカッターナイフの刃が突き刺さっている。
「オザキがやったのかな?」
「誰かのイタズラでしょ」
直人と奈緒子の会話を背に聞きながら机の引き出しを開けると、表紙に赤いマジックで〈チマミレナースノヒミツ ♀〉と書かれたカルテがあった。
「これもイタズラかな?」
誰とはなしに独りごち、慎吾はカルテを開いた。
――イマ、オマエノウシロニタッテイルゾ WXY
慎吾は乱暴に書かれた赤い文字を鼻で笑い、みんなに見せた。
「なんだよコレ、バッカみてえ」
と、直人が笑い、
「そんな簡単に血塗れナースは出てこないでしょ」
と、奈緒子が笑い、
「出たら、あたしがぶん殴ってやるよ」
と、ワチコが笑った。
笑う三人を見て緊張の糸がゆるみかけた慎吾は、はたと、まだ誰もうしろを振り向いていないことに気がついた。
「……ねえ、直人さ、先にうしろを振り向いてくれない?」
「はあ? なんでおれが?」
「怖いの?」
「……怖くねえよ」
そのとき、背後でカチャリとナニカがかすかに音を立てた。
「……血塗れナース、かな?」
「やめてよ、ナオちゃん」
「チャー、うしろ見ろよ」
「で、できないよ」
背後から、カチャカチャという不気味な足音と荒い息づかいが近づいてくる。
誰も、動けなかった。
「キャアアア!」
奈緒子の金切り声をきっかけに、四人とも何が何やら分からないまま部屋を飛び出していた。
階段を駆け上がり、息を切らせながら心臓の爆音を聞いていると、奈緒子が、
「ナニカが、足を……」
と、肩を震わせた。
また地下室に戻る勇気なんてあるはずもなく、ドアの先に広がる暗闇を見ていると、そこからまたカチャカチャという足音が聞こえてきた。
「ねえ、ねえ、ねえ、ナニカ来るよ」
「デブ、見てこいよ」
「む、無理だよ、直人が行ってよ」
「おれは絶対イヤだ」
地下室の入り口から目を離せない四人の前に現れたのは、呑気な顔をしたタローだった。
「タ、タロー、だ」
慎吾の素っ頓狂な声を皮切りに、みんなの笑い声が上がる。
「タローじゃん。奈緒子ってば、ビビりすぎだよ」
「直人くんだって、ビビってたじゃん」
「みんなビビりすぎなんだよ」
「ワチコもね」
ワチコに左肩を殴られた慎吾は、それでも笑い続けた。
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