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49:大混乱
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「まさか、またここへ戻って来るとはな」
言って、マクブライトが笑う。
「わたしも、きみたちにここへ連れられて来たときには、妙な運命を感じたよ」
ムラトがこたえ、笑みを浮かべた。
屋上に用意された輸送ヘリで連れられて来たのは、〈船の墓場〉だった。
「でも、なんでここに?」ハナコが訊く。
「ここならば、破壊した〈マッドハッター〉を瓦礫の底に埋めてしまうことができるからな。そうすれば、政府軍とはいえ容易には発見できないだろう」
と、ヒサトがこたえた。
「すぐにでも始めよう」
ムラトの号令で全員がヘリを降りると、
「その前に、ひとつだけよろしいですか?」
と、ガリイ・デンが口を開いた。
「なんだね?」
「元政府軍だったわたしを、快く〈赤い鷹〉に受け入れて下さった代表には感謝してもしきれません。本来ならば、仇敵として殺されたとして、恨み言のひとつも言えないような身分なのですから」
「そんなことは気にするほどのことでもない、ガリイ君。なにより、わたしが元政府軍なのだからね」
「わたしがスパイかもしれないと疑ったことはなかったのですか?」
「ないな」
「五年ものあいだ、一度もですか?」
「一度もだよ。甘いのかもしれないが、わたしは身内を疑うような人間にはなれんのだよ」
ムラトに優しい言葉をかけられたガリイが、うつむいて肩を震わせる。ガリイのうしろに控えた二人の兵士も、俯いて涙を堪えているようだった。
「ともに苦労をしたな、ガリイ君。わたし――」
「動くな!」
そのとき、男の大声が、ムラトの言葉を遮った。
何が起こったのか分からないでいると、上方から音が聞こえ、見上げると、廃屋の屋根にハナコたちへと銃を向けた十数名の軍服たちの姿があった。
「おいおい、あれは……」マクブライトがとっさに銃へ手をかける。
「無駄な抵抗はやめろ!」
野太い声とともに廃屋の中から現れたのは、ニコラス・トンプソンだった。
すぐに状況を把握したマクブライトが、銃から手を離す。
「なんで、あんたがここに?」
「お前たちの行動は、すべておれたちに筒抜けなんだよ、マヌケ」
勝ち誇った顔のトンプソンが、ガンホルスターから引き抜いた拳銃をゆっくりとハナコたちへ向けた。
「どういうこと?」
「ガリイ・デンは〈446部隊〉だってことさ」
言われ、目を走らせると、さっきまで従順だったはずの警備隊長とその二名の部下は、いつのまにかムラト、アリス、ヒサト、トキオをひざまずかせ、彼らに向けてそのうしろから機関銃を構えていた。
「さあ、スキンヘッドとお前も一緒にならんで、大人しくしていてもらおうか」
トンプソンの言葉に抵抗することもできず、ハナコはマクブライトとともにムラトたちのよこでひざまずいた。
「惨めな姿だな、ハナコ・プランバーゴ」
廃屋から現れたネロ・シュナイダーが、冷たい声で言った。
「……名前で呼ばないで」
せめてもの強がりも、〈船の墓場〉に虚しく響いただけだった。
ハナコの言葉に応えることもなく、ネロは視線をムラトにうつした。
「まさか、かつての英雄がここまで老いさらばえているとはな。お前はもはや、軍人ですらない」
「なにが言いたいのだ?」
「もう少し楽しませてもらえると思っていただけだ」ため息をつくネロ。「まあいい。アリスと〈マッド・ハッター〉は頂いていく」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」ヒサトが口を開く。「わたしでなければ、〈マッド・ハッター〉を正しく動かすことはできない。そ、それに〈マッド・ハッター〉は未完成品だ」
「ほう、この期に及んで命乞いか。裏切り者を一緒に連れて行けと?」
「そ、そうだ。わたしはコレの研究さえできれば、どちら側につこうと、かまわないんだ」
「愚かなことを」
言って、ムラトが首を振った。
「黙れよ、ジジイ!」
トンプソンに腹を蹴り上げられ、ムラトがうめき声とともに倒れこんだ。
ムラトを何度も蹴りつけるトンプソンを、
「おい、そのへんでやめておけ」
と、ネロが止める。
「……ひとつ、良いことを教えてやろう。〈446部隊〉は政府の側ではない」
「なに?」
戸惑うヒサトと同様、ハナコにも言葉の意味することが分からなかった。
「正確には、アリスとその装置の存在を知ってから、政府の側ではなくなったと言うべきだな」
「クーデターでも起こすつもりか?」
早くも察したマクブライトが言う。
「ああ、そうだ。長いあいだこの機をずっとうかがってきた。すべてをやり直す機会を、な。〈446部隊〉は、そのためにおれが一から作り上げた組織だ」
「洗脳された部隊だと聞いていたが」
「……詳しく話すつもりはない。とにかく、我々はアリスを使って、クニオ・ヒグチだけでなく、国中の〈以前〉からの大人たちを皆殺しにする」
「だとしても、いや、だからこそわたしが必要なはず」
「はじめからそのつもりだ。貴様は我々とともに来てもらう」
ネロが口の端を歪めた――
――その時、遠くから太鼓のような音が聞こえ、ネロの後方の瓦礫が爆発とともに吹き飛んだ。
何人かの〈446部隊〉も、爆発に巻き込まれて吹き飛んでいく。ハナコは、その隙を見逃さなかった。狼狽えながらもムラトたちに銃を向けた兵士へと目掛けて走り、特殊警棒でその顎を薙ぎ、立ちはだかるトンプソンと対峙した。その間にもあちらこちらで爆炎があがり、兵士たちが吹き飛んでいく。
「何度も何度も邪魔しやがって。もういい加減に諦めろ、小娘!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!」
言い終わらないうちに、ハナコは体を回転させて特殊警棒をトンプソンの顎を目がけて薙いだ。トンプソンは寸でのところで特殊警棒をかわし、ハナコのみぞおちを狙って右拳をくり出した。ハナコは上半身を地面スレスレまで伏せ、かわされた拳をそのまま振り下ろそうとするニコラスの股間を蹴り上げた。
「ぐあああああ!」
股間をおさえて前かがみになったトンプソンの顔面へ、ハナコは渾身の右ストレートをぶち込んだ。のけぞり、そのまま大の字にノビるトンプソン。
周りでは爆炎が上がり、廃船の陰でどこからか飛んでくる砲弾から身を隠すトキオたちの姿が見えた。ハナコは混乱の中をくぐり、トキオたちのもとへ駆け寄った。
「ネエさん、な、なにが起きてるんです?」
「分からない。だけど、今ならアリスを――」
――言いながら視線を向けた先には、左腕で胸の前にアリスを抱えたネロの姿。その右手には拳銃が握られている。
「ギリギリだったが、どうやらおれの勝ちのようだな」
額にいくつかの汗を滲ませながらも、勝ち誇った顔でネロが言う。
「てめえ……」
すでにハナコの怒りは最大限に達していたが、動きようがなかった。
と、その時、
『いや、ワシの勝ちだ』
と、不快な電子音がハナコの背後から聞こえた。
振り向くと、そこにいたのは――
――ピクシーだった。
ピクシーの足元にはガリイと二人の兵士が倒れ、血の海を作り出していた。
「あんたは……死んだはずだろ?」
ハナコの額に、一筋の汗が流れた。
――ありえない。
『言ったはずだ。ピクシーは完成した、と』
「なぜだ! なぜ、お前がここにいる!」
ヒサトが悲鳴にも似た大声を上げる。
『……久しぶりだな、ヒサト』
「ピクシーは、とっくに〈活動限界〉を過ぎているはずだ」
『〈活動限界〉を突破したんだよ、ワシは』
「あり得ない。それを引き伸ばすことなどできんと、お前自身が結論を出したはずだ、シロー」
『そう。その通りだ。だがお前たちに裏切られ研究所を放逐されてからも、ずっと、ずっと、ワシは人目を忍んでピクシーを研究しつづけていたんだよ、九番街でな」
「貴様、九番街に潜伏していたのか」
『あの街はなにかと都合がいい。金次第でなんでも手に入る。おかげでピクシーの最大の問題点である〈活動限界〉を突破することができた』
「信じられん……」
絶句するヒサトの眼前で、ピクシーは右手に握るナイフの柄で自らの頭をコツコツと叩いた。
『脳がダメになるのなら、そのたびに頭部を入れ替えればいい。それがワシの出した結論だ』
「頭部だけを変える、だと?」
『そうだ。完成された胴体部はいくらでも使いまわしが効く。頭部のストックさえあれば、ピクシーの〈活動限界〉はいくらでも伸ばせるんだよ』
「貴様……まさか、アリスの頭部を狙ってるのか?」
『そうだ。最強の肉体と最強の頭部が揃えば、ピクシーは更なる高みに至る』
「イカレてる……」
思わず漏れたハナコの言葉を鼻で笑い、
『なんとでも言え。さあ、分かったなら、そこをどけ』
と、シローが言った。
「どくわけねえだろ」
『……残念だ。お前は殺したくないんだがな』
言って、ピクシーが戦闘態勢に入った。
構えるハナコの横に、マクブライトとトキオが無言のまま並ぶ。
『やれやれ、お前らでは勝てないのは百も承知だろうに』
確かに勝てる気はしない。だが、やるしかない。
先に動いたのは、ピクシーだった。
ガード越しにピクシーの拳を喰らったマクブライトの体が瓦礫まで吹き飛ばされ、崩れた瓦礫の底に埋まる。
「うわあああ!」
情けない声を上げながらも、トキオがピクシーに殴りかかった。ピクシーは避けるそぶりすら見せずにトキオの拳を胸で受けた。当たり前だが、なんのダメージも受けていないようだった。
「うう、くそお……」
無力に喘ぐトキオの首を左手で掴み、軽々と持ち上げるピクシー。その足を目がけてハナコは水面蹴りを繰り出した。
『……無駄だと言っただろう』
まるでビクともしないピクシーがあきれ声で言って、ハナコを目がけて右手を振り上げた。
と、その時、風切り音とともにピクシーの左腕を矢が貫き、緩んだ手からトキオが滑り落ちた。
「やった! 当たったぞ、父ちゃん!」
矢の飛んできた方、瓦礫の上にはコブシ一家の姿があった。
「ハッハッハ、よくやった」
言って、トラマツが瓦礫から飛び降りてピクシーに対峙する。
「くそ、次から次へと、なんなんだよ、一体」
ハナコの悪態に、
「ウチの弟の鼻から逃げられると思った?」
と、同じく瓦礫から飛び降りてきたリンが笑う。
「この黒ずくめとあっちの軍人を殺っちまえば、あのアリスとかいうガキはおれたちのものだ。気を抜くなよ、リン」
「分かってるわよ、パパ」
『コブシ一家か……相変わらず、鬱陶しい奴らだ』
「ああん? なんでおれのことを知っていやがる?」
訝しむトラマツに、
「父ちゃん、よくわからねえが、そいつからガンズのジジイの臭いがするぜ」
と、ゴエモンが言った。
「ガンズ・トヤマ……? あんた、ガンズだったのか」
驚くハナコに、
『今さら知ったところでどうなる?』
と言い放ち、シロー・メンゲレ――ガンズ・トヤマは嗤った。
言って、マクブライトが笑う。
「わたしも、きみたちにここへ連れられて来たときには、妙な運命を感じたよ」
ムラトがこたえ、笑みを浮かべた。
屋上に用意された輸送ヘリで連れられて来たのは、〈船の墓場〉だった。
「でも、なんでここに?」ハナコが訊く。
「ここならば、破壊した〈マッドハッター〉を瓦礫の底に埋めてしまうことができるからな。そうすれば、政府軍とはいえ容易には発見できないだろう」
と、ヒサトがこたえた。
「すぐにでも始めよう」
ムラトの号令で全員がヘリを降りると、
「その前に、ひとつだけよろしいですか?」
と、ガリイ・デンが口を開いた。
「なんだね?」
「元政府軍だったわたしを、快く〈赤い鷹〉に受け入れて下さった代表には感謝してもしきれません。本来ならば、仇敵として殺されたとして、恨み言のひとつも言えないような身分なのですから」
「そんなことは気にするほどのことでもない、ガリイ君。なにより、わたしが元政府軍なのだからね」
「わたしがスパイかもしれないと疑ったことはなかったのですか?」
「ないな」
「五年ものあいだ、一度もですか?」
「一度もだよ。甘いのかもしれないが、わたしは身内を疑うような人間にはなれんのだよ」
ムラトに優しい言葉をかけられたガリイが、うつむいて肩を震わせる。ガリイのうしろに控えた二人の兵士も、俯いて涙を堪えているようだった。
「ともに苦労をしたな、ガリイ君。わたし――」
「動くな!」
そのとき、男の大声が、ムラトの言葉を遮った。
何が起こったのか分からないでいると、上方から音が聞こえ、見上げると、廃屋の屋根にハナコたちへと銃を向けた十数名の軍服たちの姿があった。
「おいおい、あれは……」マクブライトがとっさに銃へ手をかける。
「無駄な抵抗はやめろ!」
野太い声とともに廃屋の中から現れたのは、ニコラス・トンプソンだった。
すぐに状況を把握したマクブライトが、銃から手を離す。
「なんで、あんたがここに?」
「お前たちの行動は、すべておれたちに筒抜けなんだよ、マヌケ」
勝ち誇った顔のトンプソンが、ガンホルスターから引き抜いた拳銃をゆっくりとハナコたちへ向けた。
「どういうこと?」
「ガリイ・デンは〈446部隊〉だってことさ」
言われ、目を走らせると、さっきまで従順だったはずの警備隊長とその二名の部下は、いつのまにかムラト、アリス、ヒサト、トキオをひざまずかせ、彼らに向けてそのうしろから機関銃を構えていた。
「さあ、スキンヘッドとお前も一緒にならんで、大人しくしていてもらおうか」
トンプソンの言葉に抵抗することもできず、ハナコはマクブライトとともにムラトたちのよこでひざまずいた。
「惨めな姿だな、ハナコ・プランバーゴ」
廃屋から現れたネロ・シュナイダーが、冷たい声で言った。
「……名前で呼ばないで」
せめてもの強がりも、〈船の墓場〉に虚しく響いただけだった。
ハナコの言葉に応えることもなく、ネロは視線をムラトにうつした。
「まさか、かつての英雄がここまで老いさらばえているとはな。お前はもはや、軍人ですらない」
「なにが言いたいのだ?」
「もう少し楽しませてもらえると思っていただけだ」ため息をつくネロ。「まあいい。アリスと〈マッド・ハッター〉は頂いていく」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」ヒサトが口を開く。「わたしでなければ、〈マッド・ハッター〉を正しく動かすことはできない。そ、それに〈マッド・ハッター〉は未完成品だ」
「ほう、この期に及んで命乞いか。裏切り者を一緒に連れて行けと?」
「そ、そうだ。わたしはコレの研究さえできれば、どちら側につこうと、かまわないんだ」
「愚かなことを」
言って、ムラトが首を振った。
「黙れよ、ジジイ!」
トンプソンに腹を蹴り上げられ、ムラトがうめき声とともに倒れこんだ。
ムラトを何度も蹴りつけるトンプソンを、
「おい、そのへんでやめておけ」
と、ネロが止める。
「……ひとつ、良いことを教えてやろう。〈446部隊〉は政府の側ではない」
「なに?」
戸惑うヒサトと同様、ハナコにも言葉の意味することが分からなかった。
「正確には、アリスとその装置の存在を知ってから、政府の側ではなくなったと言うべきだな」
「クーデターでも起こすつもりか?」
早くも察したマクブライトが言う。
「ああ、そうだ。長いあいだこの機をずっとうかがってきた。すべてをやり直す機会を、な。〈446部隊〉は、そのためにおれが一から作り上げた組織だ」
「洗脳された部隊だと聞いていたが」
「……詳しく話すつもりはない。とにかく、我々はアリスを使って、クニオ・ヒグチだけでなく、国中の〈以前〉からの大人たちを皆殺しにする」
「だとしても、いや、だからこそわたしが必要なはず」
「はじめからそのつもりだ。貴様は我々とともに来てもらう」
ネロが口の端を歪めた――
――その時、遠くから太鼓のような音が聞こえ、ネロの後方の瓦礫が爆発とともに吹き飛んだ。
何人かの〈446部隊〉も、爆発に巻き込まれて吹き飛んでいく。ハナコは、その隙を見逃さなかった。狼狽えながらもムラトたちに銃を向けた兵士へと目掛けて走り、特殊警棒でその顎を薙ぎ、立ちはだかるトンプソンと対峙した。その間にもあちらこちらで爆炎があがり、兵士たちが吹き飛んでいく。
「何度も何度も邪魔しやがって。もういい加減に諦めろ、小娘!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ!」
言い終わらないうちに、ハナコは体を回転させて特殊警棒をトンプソンの顎を目がけて薙いだ。トンプソンは寸でのところで特殊警棒をかわし、ハナコのみぞおちを狙って右拳をくり出した。ハナコは上半身を地面スレスレまで伏せ、かわされた拳をそのまま振り下ろそうとするニコラスの股間を蹴り上げた。
「ぐあああああ!」
股間をおさえて前かがみになったトンプソンの顔面へ、ハナコは渾身の右ストレートをぶち込んだ。のけぞり、そのまま大の字にノビるトンプソン。
周りでは爆炎が上がり、廃船の陰でどこからか飛んでくる砲弾から身を隠すトキオたちの姿が見えた。ハナコは混乱の中をくぐり、トキオたちのもとへ駆け寄った。
「ネエさん、な、なにが起きてるんです?」
「分からない。だけど、今ならアリスを――」
――言いながら視線を向けた先には、左腕で胸の前にアリスを抱えたネロの姿。その右手には拳銃が握られている。
「ギリギリだったが、どうやらおれの勝ちのようだな」
額にいくつかの汗を滲ませながらも、勝ち誇った顔でネロが言う。
「てめえ……」
すでにハナコの怒りは最大限に達していたが、動きようがなかった。
と、その時、
『いや、ワシの勝ちだ』
と、不快な電子音がハナコの背後から聞こえた。
振り向くと、そこにいたのは――
――ピクシーだった。
ピクシーの足元にはガリイと二人の兵士が倒れ、血の海を作り出していた。
「あんたは……死んだはずだろ?」
ハナコの額に、一筋の汗が流れた。
――ありえない。
『言ったはずだ。ピクシーは完成した、と』
「なぜだ! なぜ、お前がここにいる!」
ヒサトが悲鳴にも似た大声を上げる。
『……久しぶりだな、ヒサト』
「ピクシーは、とっくに〈活動限界〉を過ぎているはずだ」
『〈活動限界〉を突破したんだよ、ワシは』
「あり得ない。それを引き伸ばすことなどできんと、お前自身が結論を出したはずだ、シロー」
『そう。その通りだ。だがお前たちに裏切られ研究所を放逐されてからも、ずっと、ずっと、ワシは人目を忍んでピクシーを研究しつづけていたんだよ、九番街でな」
「貴様、九番街に潜伏していたのか」
『あの街はなにかと都合がいい。金次第でなんでも手に入る。おかげでピクシーの最大の問題点である〈活動限界〉を突破することができた』
「信じられん……」
絶句するヒサトの眼前で、ピクシーは右手に握るナイフの柄で自らの頭をコツコツと叩いた。
『脳がダメになるのなら、そのたびに頭部を入れ替えればいい。それがワシの出した結論だ』
「頭部だけを変える、だと?」
『そうだ。完成された胴体部はいくらでも使いまわしが効く。頭部のストックさえあれば、ピクシーの〈活動限界〉はいくらでも伸ばせるんだよ』
「貴様……まさか、アリスの頭部を狙ってるのか?」
『そうだ。最強の肉体と最強の頭部が揃えば、ピクシーは更なる高みに至る』
「イカレてる……」
思わず漏れたハナコの言葉を鼻で笑い、
『なんとでも言え。さあ、分かったなら、そこをどけ』
と、シローが言った。
「どくわけねえだろ」
『……残念だ。お前は殺したくないんだがな』
言って、ピクシーが戦闘態勢に入った。
構えるハナコの横に、マクブライトとトキオが無言のまま並ぶ。
『やれやれ、お前らでは勝てないのは百も承知だろうに』
確かに勝てる気はしない。だが、やるしかない。
先に動いたのは、ピクシーだった。
ガード越しにピクシーの拳を喰らったマクブライトの体が瓦礫まで吹き飛ばされ、崩れた瓦礫の底に埋まる。
「うわあああ!」
情けない声を上げながらも、トキオがピクシーに殴りかかった。ピクシーは避けるそぶりすら見せずにトキオの拳を胸で受けた。当たり前だが、なんのダメージも受けていないようだった。
「うう、くそお……」
無力に喘ぐトキオの首を左手で掴み、軽々と持ち上げるピクシー。その足を目がけてハナコは水面蹴りを繰り出した。
『……無駄だと言っただろう』
まるでビクともしないピクシーがあきれ声で言って、ハナコを目がけて右手を振り上げた。
と、その時、風切り音とともにピクシーの左腕を矢が貫き、緩んだ手からトキオが滑り落ちた。
「やった! 当たったぞ、父ちゃん!」
矢の飛んできた方、瓦礫の上にはコブシ一家の姿があった。
「ハッハッハ、よくやった」
言って、トラマツが瓦礫から飛び降りてピクシーに対峙する。
「くそ、次から次へと、なんなんだよ、一体」
ハナコの悪態に、
「ウチの弟の鼻から逃げられると思った?」
と、同じく瓦礫から飛び降りてきたリンが笑う。
「この黒ずくめとあっちの軍人を殺っちまえば、あのアリスとかいうガキはおれたちのものだ。気を抜くなよ、リン」
「分かってるわよ、パパ」
『コブシ一家か……相変わらず、鬱陶しい奴らだ』
「ああん? なんでおれのことを知っていやがる?」
訝しむトラマツに、
「父ちゃん、よくわからねえが、そいつからガンズのジジイの臭いがするぜ」
と、ゴエモンが言った。
「ガンズ・トヤマ……? あんた、ガンズだったのか」
驚くハナコに、
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