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第3章 ワイラ編
第58話「縄文族長オピポー」
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「奴らが来るぞ!」
辺りは混乱を極めていた。
この辺りは開けた丘であり、周囲を広く見渡せる部族間の争いの要衝である。ここに数十人の男たちが集まっている。男達は手に弓矢や石槍等の武器を取り、毛皮を身にまとっていた。
「奴が近づいて来るぞ!」
「他の部族の助けはまだなのか!」
毛皮を身にまとった男達が不安げに見つめる方向には、鬱蒼とした森林が広がっている。普段は狩りの獲物や木の実などの恵みを与えてくれるありがたい場所であるが今は違う。森には高くそびえる木々よりも更に巨大な何かが存在し、木々を薙ぎ倒しながらこちらにゆっくりと向かって来る。
あの巨大な何かは時折出現し、人々を殺しつくしていく。部族の巫術師はあれは外の世界から来訪した客人などと言うがそれが明確にされたことはない。分かっているのは人の敵だという事だけだ。
「隣のモロモチの部族は皆殺しにされたらしいぞ」
「何と。モロモチには勇者カワナシリがいたというのにか?」
「我らもどうなることか……」
男たちは口々に不安を漏らす。これは男達が臆病だからなどではない。
ここにいる男達は、必要とあれば熊や猪などの獣にも立ち向かう勇気を持っているし、得物を追って3日3晩飲まず食わずで得物を追い求めることのできる、屈強な勇者である。
そうでなければ成人として認められ、部族の戦士階級になることなどできはしない。この猛者どもが恐れるのはこれから戦わねばならない相手が、あまりにも強大であることを戦士の本能として感じ取っているからだ。
「オピポー様! 伝令のカリュー戻りました! ウンバホ殿の率いる北の部族連合は見事勝利を収めたとのことです!」
「よしっ!」
伝令の報告に答えたのは、男達の中でも一際背が高く筋骨隆々の大男で、立派な髭を蓄えた威厳に満ちた顔をしている。ただ一人光る貝殻で作った腕輪をしており、地位が高いことをうかがわせている。
男の名はオピポーといい、ヨヤマ部族の族長である。
「皆のもの聞いたか! 助けは必ず来る! ここで助けまで持ちこたえることが出来れば勝ち! 助けが間に合わなかったとしても、時間を稼げば女子供が助かって勝ち! どちらにしても我らの勝ちは確実だ! お前らはどう勝ちたい?」
「生き残る! 怪物がなんだってんだ!」
「我らの力をみせてやろうぞ!」
「よく言った! 野郎ども迎え撃つぞ!」
オピポーは、部下たちの士気の高さを称えると、森から姿を今まさに現さんとする敵に向かって黒曜石の矢を放った。
「オピポーは、部下たちの士気の高さを称えると、森から姿を今まさに現さんとする敵に向かって黒曜石の……」
「止めなさい!」
鬼越修のレポートを読む声は、日本史の教師である染谷によって遮られた。
「えーと。何ででしょう?」
「何でじゃありません。宿題は先史時代のレポートでしょう。今のは何ですか?」
「僕が昨日見た夢です」
「何が夢だ、オピポーだ。死ね!」
レポートに夢やオピポーについて書くのは死ななければならない事らしい。染谷は普段温厚な女性教師であるため、これだけ激しく怒るのは珍しい。
修だとて本当はこんなレポートを提出するつもりはなかった。宿題のレポートだってコロボックル説についてちゃんとまとめていた。
しかし、前述のような夢を見たため、今朝それを急いで手元の紙に書き記した。それを間違えて学校に持ってきてしまったのだ。
「まあいいでしょう。追加の課題を出すので次にいきましょう。では太刀花さん」
次に指名されたのは、修の隣に座る女生徒の太刀花千祝だった。彼女は修の隣家に住む幼馴染であり、千祝の父親が開いている道場の流儀である太刀花流の同門でもある。
千祝は艶やかな長い黒髪の眼鏡をかけた少女で、柔和そうな顔立ちをしている。一見家庭的で大人しそうな外見であるが、男子生徒の中でも群を抜いて背の高い修に匹敵する身長であり、アスリートのような引き締まった体の持ち主でもある。
「はい、それではミネルバ論争についてのレポートをまとめたので、それについて読みます」
「どうぞ」
染谷はこれは期待が持てそうだ、といった表情で次を促した。
「それでは、えー、東京大学の山内清男(きよお)は……」
「何がきよおだ。山内清男(すがお)に決まってるでしょう。死ね!」
「えー?」
考古学者の名前の読み方を間違えるのは死ななければならない事らしい。オピポーの夢をレポートと称して発表するよりは罪が軽そうであるが、染谷基準では同罪と判定されるようだ。
なお、大学の縄文時代に関連する授業で山内清男の名前を読み間違えると、染谷ほどではないが本当に罵倒されるため、これから考古学を専攻される読者の方は注意されたい。
修と千祝の発表の後も授業は続き、終了のベルが鳴った。
「鬼越君。太刀花さん。レポートの代わりの課題は後で示します。それでは終了」
レポートに不可を出されたのは、修達二人だけであった。
染谷は最近通ってはいないものの、太刀花道場の先輩である。以前はそのことを知らなかったが、最近ひょんなことでそのことを知った。それ以来同門としての認識なのか、当たりが少し強くなった気がする。
「しょうがないな。何の再課題が出されるか分からないけど、やるしかないな」
色々理不尽な点もある気がするが、根が素直な二人は染谷の指導を受け入れることにした。
辺りは混乱を極めていた。
この辺りは開けた丘であり、周囲を広く見渡せる部族間の争いの要衝である。ここに数十人の男たちが集まっている。男達は手に弓矢や石槍等の武器を取り、毛皮を身にまとっていた。
「奴が近づいて来るぞ!」
「他の部族の助けはまだなのか!」
毛皮を身にまとった男達が不安げに見つめる方向には、鬱蒼とした森林が広がっている。普段は狩りの獲物や木の実などの恵みを与えてくれるありがたい場所であるが今は違う。森には高くそびえる木々よりも更に巨大な何かが存在し、木々を薙ぎ倒しながらこちらにゆっくりと向かって来る。
あの巨大な何かは時折出現し、人々を殺しつくしていく。部族の巫術師はあれは外の世界から来訪した客人などと言うがそれが明確にされたことはない。分かっているのは人の敵だという事だけだ。
「隣のモロモチの部族は皆殺しにされたらしいぞ」
「何と。モロモチには勇者カワナシリがいたというのにか?」
「我らもどうなることか……」
男たちは口々に不安を漏らす。これは男達が臆病だからなどではない。
ここにいる男達は、必要とあれば熊や猪などの獣にも立ち向かう勇気を持っているし、得物を追って3日3晩飲まず食わずで得物を追い求めることのできる、屈強な勇者である。
そうでなければ成人として認められ、部族の戦士階級になることなどできはしない。この猛者どもが恐れるのはこれから戦わねばならない相手が、あまりにも強大であることを戦士の本能として感じ取っているからだ。
「オピポー様! 伝令のカリュー戻りました! ウンバホ殿の率いる北の部族連合は見事勝利を収めたとのことです!」
「よしっ!」
伝令の報告に答えたのは、男達の中でも一際背が高く筋骨隆々の大男で、立派な髭を蓄えた威厳に満ちた顔をしている。ただ一人光る貝殻で作った腕輪をしており、地位が高いことをうかがわせている。
男の名はオピポーといい、ヨヤマ部族の族長である。
「皆のもの聞いたか! 助けは必ず来る! ここで助けまで持ちこたえることが出来れば勝ち! 助けが間に合わなかったとしても、時間を稼げば女子供が助かって勝ち! どちらにしても我らの勝ちは確実だ! お前らはどう勝ちたい?」
「生き残る! 怪物がなんだってんだ!」
「我らの力をみせてやろうぞ!」
「よく言った! 野郎ども迎え撃つぞ!」
オピポーは、部下たちの士気の高さを称えると、森から姿を今まさに現さんとする敵に向かって黒曜石の矢を放った。
「オピポーは、部下たちの士気の高さを称えると、森から姿を今まさに現さんとする敵に向かって黒曜石の……」
「止めなさい!」
鬼越修のレポートを読む声は、日本史の教師である染谷によって遮られた。
「えーと。何ででしょう?」
「何でじゃありません。宿題は先史時代のレポートでしょう。今のは何ですか?」
「僕が昨日見た夢です」
「何が夢だ、オピポーだ。死ね!」
レポートに夢やオピポーについて書くのは死ななければならない事らしい。染谷は普段温厚な女性教師であるため、これだけ激しく怒るのは珍しい。
修だとて本当はこんなレポートを提出するつもりはなかった。宿題のレポートだってコロボックル説についてちゃんとまとめていた。
しかし、前述のような夢を見たため、今朝それを急いで手元の紙に書き記した。それを間違えて学校に持ってきてしまったのだ。
「まあいいでしょう。追加の課題を出すので次にいきましょう。では太刀花さん」
次に指名されたのは、修の隣に座る女生徒の太刀花千祝だった。彼女は修の隣家に住む幼馴染であり、千祝の父親が開いている道場の流儀である太刀花流の同門でもある。
千祝は艶やかな長い黒髪の眼鏡をかけた少女で、柔和そうな顔立ちをしている。一見家庭的で大人しそうな外見であるが、男子生徒の中でも群を抜いて背の高い修に匹敵する身長であり、アスリートのような引き締まった体の持ち主でもある。
「はい、それではミネルバ論争についてのレポートをまとめたので、それについて読みます」
「どうぞ」
染谷はこれは期待が持てそうだ、といった表情で次を促した。
「それでは、えー、東京大学の山内清男(きよお)は……」
「何がきよおだ。山内清男(すがお)に決まってるでしょう。死ね!」
「えー?」
考古学者の名前の読み方を間違えるのは死ななければならない事らしい。オピポーの夢をレポートと称して発表するよりは罪が軽そうであるが、染谷基準では同罪と判定されるようだ。
なお、大学の縄文時代に関連する授業で山内清男の名前を読み間違えると、染谷ほどではないが本当に罵倒されるため、これから考古学を専攻される読者の方は注意されたい。
修と千祝の発表の後も授業は続き、終了のベルが鳴った。
「鬼越君。太刀花さん。レポートの代わりの課題は後で示します。それでは終了」
レポートに不可を出されたのは、修達二人だけであった。
染谷は最近通ってはいないものの、太刀花道場の先輩である。以前はそのことを知らなかったが、最近ひょんなことでそのことを知った。それ以来同門としての認識なのか、当たりが少し強くなった気がする。
「しょうがないな。何の再課題が出されるか分からないけど、やるしかないな」
色々理不尽な点もある気がするが、根が素直な二人は染谷の指導を受け入れることにした。
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