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第23話「元最強陰陽師、アスモデウスに報酬を貰う」
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「さて、状況を整理してみましょう。あなたはこの世界の魔術師に召喚されたものの、その魔術が不十分であり、この世界における存在力が不安定である。そうですね?」
「その通り。吾輩を完全に召喚するのはかなりの高等魔術であるはず、召喚した者は未熟であったようだな」
アスモデウスの悩みを解消するために、状況を一つ一つ整理することにする。アスモデウスはその恐ろしい外見に似合わず、魔神の中でも理知的な存在なので助かる。もっとも、話すだけの価値が無いと判断されれば、一瞬で命を奪われる危険があるので気を抜くことなど出来ないが。
「その召喚した人物とは、ミリグラム伯ではありませんか? 恐らく少し前にこの山に来たはずなので、そう思うのですが」
「さてな? この世界に呼び出された時に、何人かの矮小な人間がいたのだがそいつらの誰かがそうかもしれんな。気が立っていたので殺してしまったが」
アスモデウスは事も無げに恐ろしいことを口にする。話が通じる相手とは言え、基本的にその精神は魔神なのだ。倫理観は人間とまるで次元が違う。俺だって魔術師として他の派閥の魔術師と殺し合いをした経験はあるが、どんな非道な相手を倒す時だって中々割り切ることは出来なかった。
「やはり魔法陣が不完全だったとか、そのあたりですか」
「左様。魔法陣が完全であるなら、召喚した者に危害を加えるなど出来ぬ。その様な未熟者が吾輩を召喚して契約しようなど、烏滸がましいことだ。そうは思わんかね?」
「そうですね」
同意はしたがはつ、内心アスモデウスの言い分に対して俺は毒づいていた。
アスモデウスが言う様な未熟な召喚術で何故高位の魔神を呼び出すことが出来るのか。それは魔神や悪魔が未熟な召喚術で呼び出した術師を今回の様に嬲り殺しにするのを楽しみにしているからだ。召喚して使役するはずの対象が自分に襲いかかって来た時に見せる、困惑、恐怖、悲嘆等の感情や表情は、魔神や悪魔にとって何よりもの娯楽なのである。
天使や精霊など、人間に対して悪意を特に抱いていない存在は、未熟な魔術にホイホイ乗って召喚されたりなどしないものなのだ。
なお、俺はカナデに召喚されたようなものだが、これは完全に好奇心と自由意志によるものであることを付け加えておく。
「それで、いつものように未熟な腕前しかないくせに、高位の魔神であるあなたを召喚しようとした愚か者を始末した後、元の世界に帰ろうとしたら、今回ばかりはそうはいかず帰れなかったという事ですね?」
「うむ。その通りなのだ。いつもなら召喚者を殺せば、魔力の供給が途切れ、呼び出された世界との繋がりが消えて自動的に帰れるものなのだが、今回は見ての通りなのだ」
「そうですか」
「吾輩はこの世界にはもう飽きた。こんな山奥では誰も来ないしな。召喚者以外の人間に会ったのは、お前たちが初めてだ。もうそろそろ地獄に帰りたいところである」
アスモデウスはここまで語ると、どうだろうといった雰囲気で俺の顔を覗き込んできた。ここでもしも適当な返答をしたり、分かりませんとでも言えば、間違いなく殺しにかかってくるはずだ。アスモデウスが俺との交渉に応じてくれているのは、堂々とした態度を好む性格もさることながら、元の世界で戦った時に実力を示しているからだ。
もしも態度と実力が見合わないのであればアスモデウスの歓心を得ることは出来ないだろう。
「私の推測を述べさせていただきますが、あなたがこの世界に留まって地獄に帰れないのは、魔力が召喚者とは別に供給されているからだと思います」
「それは吾輩も考えた。しかし、何故魔力が流れてこんで来るのか、皆目見当もつかぬわ」
「それは風水によるものだと考えています」
「ほう? 風水とな。確か東洋の魔術師どもの中にその様な魔術を使うものがいると聞いているが、専門外でな。聞かせてくれ」
アスモデウスが初めて興味深そうな、驚いた表情をした。アスモデウスは非常に豊富な魔術や天文学に関する知識を持っているが、流石に風水は専門外だったようだ。それどころか聞いたことがあるのが驚きである。
「風水は建物や地形の配置から吉凶を占ったり、気の流れを操作したりすることが出来ます。そして、風水の魔術理論では、この山には豊富な魔力が噴き出す龍穴が存在します。恐らくミリグラム伯はこの龍穴から流れ出る魔力を使って、未熟な魔術であなたを召喚したのでしょう」
「なるほど。だから術師が死んでも魔力が途切れなかったのか」
「その通りだと思います」
アスモデウスは納得の表情をしている。もしもアスモデウスを満足させる答えを出すことが出来なければ、即座に殺されていたはずである。
「では、どうやってその龍穴から魔力が流れるのを止めるのだ? 原因は分かっても解決策がなければ意味がないぞ。この山を消し飛ばせば良いのか?」
恐ろしいことをこともなげに言う。不十分な召喚術で呼び出されたために、本来の力を発揮は出来ていないが、今のアスモデウスにもそれは可能だろう。
「それには及びません。この山に龍穴があるのは、地形の配置によるもの。実は今運河を作っているところですが、これが完成すれば龍脈の流れが変わり、龍穴も別の場所に移ります。そうすれば……」
「魔力がこの山に来なくなり、魔力の流れが止まった吾輩は自動的に地獄に変えれるという事か」
「その通りです」
アスモデウスの物分かりが良くて助かった。丁度俺の目的である運河の開通と解決方法が同じで本当に良かった。
「それで、運河の開通を進めるためには、工事の責任者が必要なのですが、実はその人物はあなたを召喚したミリグラム伯なのです。そして、そのミリグラム伯が不在にしているので完成しないという状況だったので、死亡したという証拠を私が持ち帰り、別の者が工事を引き継げばすぐにでも運河は開通します」
「ほう? 何と吾輩があ奴を殺したせいで帰れなくなっていたとは、いやはや因果応報であるな。短気は損気というやつかな?」
まさか自分の行いが原因で地獄に帰れなくなっていると知らなかったアスモデウスは、真相を知って驚き、呵々大笑した。
反省している内容は、自分に悪影響があったことであり、人を殺したこと自体は一切反省していないのだが、魔神とはそういうものなのである。心境は複雑であるが仕方がない。
「ですので、ミリグラム伯の遺品を持ち帰らせてもらいます。そうすれば後任者を選定することが出来ますから」
「うむ、そうしてくれ。屍のところまで案内しよう。ついて来るがいい」
そう言ったアスモデウスは巨体を揺らし、地響きをあげながら先ほどまでいた小屋の方に歩いていく。この様に存在感のある怪物が、先ほどは気が付かれることなくすぐそばまで接近してきたのだ。実に驚くべきことである。
すぐにアスモデウスを追いかけようとして一旦カナデ達の方に目をやると、皆一様に固まって動けないようである。流石にあれだけの化け物と対峙した経験は無いようで、こうなってしまうのは仕方がないだろう。
「じゃあ、俺ちょっと行ってくるから、ここで待っててくれ」
そう言って小屋の方まで行こうと踵を返すと、後ろから手を引っ張られた。振り向くとカナデが俺の手を握っていた。
「待って。私も一緒に行く」
「ん? 気持ちは嬉しいけど、あまり無理はしない方が……」
「ううん。行かせて。私はこの位の事で怯んでちゃいけないの」
カナデの表情には怯えが残っているが、その決意は固そうである。理由は分からないがここまで心を決めているのなら、それを尊重したい。
「分かった。一緒に行こう。言っておくけど、アスモデウスの前では心を強く持ってね。そうでないといつ襲いかかってくるか分からないよ」
「分かった」
カナデを連れて行くことに決め、遠ざかるアスモデウスの姿を急いで追いかけた。カナデはまだ不安が残っているのか、俺の手を握ったままだ。
「こいつらであるな」
小屋の付近についたアスモデウスは、小屋の蔭の方を槍の穂先で指し示した。
その方向を見ると数人の死体が転がっている。その状態はあまり良いものではなく、焼け焦げていたり、穴が開いていたりと悲惨なものである。
「えっと、どの人だろう?」
多分ミリグラム伯がこの死体の中で一番地位が高いので、服装を見れば判断できるだろうと考えていた。しかし、状態が酷すぎてどの死体が一番偉そうかなど分かったものではない。
「多分この死体よ」
俺が悩んでいると、カナデがある一体の死体を示した。他の死体と比べて特にひどい状態であり、元の顔立ちが分からない位真っ黒こげになっている。
「見て。この指輪、多分ミリグラム伯の地位を示す物よ」
なるほど。カナデが見つけた指輪には精密な彫刻が施されているが、その紋様はミリグラム伯の居城のあちこちで見た覚えがある。これは家系や身分をしめす紋章なのだろう。
もしかしたらこの死体が一番酷い状態なのは、召喚した時にアスモデウスの一番近くにいたせいなのかもしれない。
「それじゃあこの指輪を持って帰ろう」
死体から指輪を外して懐に収めた。流石に死体を担いで帰るのはごめんこうむりたい。
「それでは、私たちはこれで失礼します。多分2、3日で地獄に変えれると思いますので、楽しみに待っていてください」
「待て」
指輪を回収して即座にこの場を去ろうとした俺達を、アスモデウスが呼び止めた。
早くこの様な恐ろしい場所から立ち去りたいのに、一体何だというのだろう。
「今回世話になったからな。是非礼をさせてくれ」
アスモデウスの言葉に俺は考え込む。魔神や悪魔に何かしてもらう時には、気を付けなければ裏をかかれて不幸になってしまうことは良く知られている。これを回避するためには何も頼まないというのも一つの手だが、それはそれでアスモデウスの機嫌を損ねてしまうかもしれない。
「そうですね、確かあなたは伝承では……」
アスモデウスは伝承では、指輪やガチョウの肉をプレゼントしてくれると言われている。指輪はもう手に入れたし、害がなさそうなガチョウの肉でも貰ってお茶を濁しておくべきか。
いや、アスモデウスにはもっと別に出来ることがある。
「ねえ、アツヤ。元の世界に帰る方法を聞いてみたら?」
確かにアスモデウスは大変な知恵者であり、元の世界に帰る方法を知っているかもしれない。
「ん? お前が元の世界に帰る方法か? 簡単な事だ。吾輩が地獄に変える時に一緒に連れてってやろう。そして吾輩が地獄からお前の世界に呼び出された時についでに返してやろうではないか」
アスモデウスが悪戯っぽく笑みを浮かべながら言う。
この提案はごめんこうむりたい。地獄を経由して帰れるのは本当だろうが、当然のことながら地獄など絶対に行きたくはない。
「それは遠慮させていただきます」
「そうか? もしかしたら地獄の方がお前の体質に合って、魔術が元の様に使えるかもしれないぞ? それに、今なら地獄巡りでコキュートスまで案内してやっても良いぞ?」
安全に地獄を見て回れるのは、魔術師としてはちょっとした魅力である。地獄に幽閉されているというルシファーにも興味はある。しかし、やはりその様な危険が付いて回る手段はとりたくないので、丁重に断ることにした。
「そうか、残念だ。では、他に頼み事は無いか?」
「はい、あります。あなたは天文学に関して、並ぶもの無き知識を持ち、それを授けてくれると言い伝えられています。この世界の天文学を是非私に教えてください」
アスモデウスは様々な事柄に対して豊富な知識を持っているが、特に優れているのは幾何学や天文学であると伝えられている。
そして、現在俺が陰陽道を元の世界の時のように行使できない原因に、星の配置が違うという事を予想している。この世界における陰陽道のための天文学を構築するために毎晩天体観測に励んでいるが、今のところ成果は芳しくない。
なので、天文学に関して並ぶもの無き知識を持つアスモデウスならば、この状況を打開できるのではないかと考えたのだ。
「ほほう。中々面白いことを考えるな。いいだろう全部を教えることはしないが、ヒントは授けてやろうではないか」
アスモデウスは実に嬉しそうな表情をしている。それは、例えるなら自分の好きな事柄について語るオタクの顔つきに似ていた。
「その通り。吾輩を完全に召喚するのはかなりの高等魔術であるはず、召喚した者は未熟であったようだな」
アスモデウスの悩みを解消するために、状況を一つ一つ整理することにする。アスモデウスはその恐ろしい外見に似合わず、魔神の中でも理知的な存在なので助かる。もっとも、話すだけの価値が無いと判断されれば、一瞬で命を奪われる危険があるので気を抜くことなど出来ないが。
「その召喚した人物とは、ミリグラム伯ではありませんか? 恐らく少し前にこの山に来たはずなので、そう思うのですが」
「さてな? この世界に呼び出された時に、何人かの矮小な人間がいたのだがそいつらの誰かがそうかもしれんな。気が立っていたので殺してしまったが」
アスモデウスは事も無げに恐ろしいことを口にする。話が通じる相手とは言え、基本的にその精神は魔神なのだ。倫理観は人間とまるで次元が違う。俺だって魔術師として他の派閥の魔術師と殺し合いをした経験はあるが、どんな非道な相手を倒す時だって中々割り切ることは出来なかった。
「やはり魔法陣が不完全だったとか、そのあたりですか」
「左様。魔法陣が完全であるなら、召喚した者に危害を加えるなど出来ぬ。その様な未熟者が吾輩を召喚して契約しようなど、烏滸がましいことだ。そうは思わんかね?」
「そうですね」
同意はしたがはつ、内心アスモデウスの言い分に対して俺は毒づいていた。
アスモデウスが言う様な未熟な召喚術で何故高位の魔神を呼び出すことが出来るのか。それは魔神や悪魔が未熟な召喚術で呼び出した術師を今回の様に嬲り殺しにするのを楽しみにしているからだ。召喚して使役するはずの対象が自分に襲いかかって来た時に見せる、困惑、恐怖、悲嘆等の感情や表情は、魔神や悪魔にとって何よりもの娯楽なのである。
天使や精霊など、人間に対して悪意を特に抱いていない存在は、未熟な魔術にホイホイ乗って召喚されたりなどしないものなのだ。
なお、俺はカナデに召喚されたようなものだが、これは完全に好奇心と自由意志によるものであることを付け加えておく。
「それで、いつものように未熟な腕前しかないくせに、高位の魔神であるあなたを召喚しようとした愚か者を始末した後、元の世界に帰ろうとしたら、今回ばかりはそうはいかず帰れなかったという事ですね?」
「うむ。その通りなのだ。いつもなら召喚者を殺せば、魔力の供給が途切れ、呼び出された世界との繋がりが消えて自動的に帰れるものなのだが、今回は見ての通りなのだ」
「そうですか」
「吾輩はこの世界にはもう飽きた。こんな山奥では誰も来ないしな。召喚者以外の人間に会ったのは、お前たちが初めてだ。もうそろそろ地獄に帰りたいところである」
アスモデウスはここまで語ると、どうだろうといった雰囲気で俺の顔を覗き込んできた。ここでもしも適当な返答をしたり、分かりませんとでも言えば、間違いなく殺しにかかってくるはずだ。アスモデウスが俺との交渉に応じてくれているのは、堂々とした態度を好む性格もさることながら、元の世界で戦った時に実力を示しているからだ。
もしも態度と実力が見合わないのであればアスモデウスの歓心を得ることは出来ないだろう。
「私の推測を述べさせていただきますが、あなたがこの世界に留まって地獄に帰れないのは、魔力が召喚者とは別に供給されているからだと思います」
「それは吾輩も考えた。しかし、何故魔力が流れてこんで来るのか、皆目見当もつかぬわ」
「それは風水によるものだと考えています」
「ほう? 風水とな。確か東洋の魔術師どもの中にその様な魔術を使うものがいると聞いているが、専門外でな。聞かせてくれ」
アスモデウスが初めて興味深そうな、驚いた表情をした。アスモデウスは非常に豊富な魔術や天文学に関する知識を持っているが、流石に風水は専門外だったようだ。それどころか聞いたことがあるのが驚きである。
「風水は建物や地形の配置から吉凶を占ったり、気の流れを操作したりすることが出来ます。そして、風水の魔術理論では、この山には豊富な魔力が噴き出す龍穴が存在します。恐らくミリグラム伯はこの龍穴から流れ出る魔力を使って、未熟な魔術であなたを召喚したのでしょう」
「なるほど。だから術師が死んでも魔力が途切れなかったのか」
「その通りだと思います」
アスモデウスは納得の表情をしている。もしもアスモデウスを満足させる答えを出すことが出来なければ、即座に殺されていたはずである。
「では、どうやってその龍穴から魔力が流れるのを止めるのだ? 原因は分かっても解決策がなければ意味がないぞ。この山を消し飛ばせば良いのか?」
恐ろしいことをこともなげに言う。不十分な召喚術で呼び出されたために、本来の力を発揮は出来ていないが、今のアスモデウスにもそれは可能だろう。
「それには及びません。この山に龍穴があるのは、地形の配置によるもの。実は今運河を作っているところですが、これが完成すれば龍脈の流れが変わり、龍穴も別の場所に移ります。そうすれば……」
「魔力がこの山に来なくなり、魔力の流れが止まった吾輩は自動的に地獄に変えれるという事か」
「その通りです」
アスモデウスの物分かりが良くて助かった。丁度俺の目的である運河の開通と解決方法が同じで本当に良かった。
「それで、運河の開通を進めるためには、工事の責任者が必要なのですが、実はその人物はあなたを召喚したミリグラム伯なのです。そして、そのミリグラム伯が不在にしているので完成しないという状況だったので、死亡したという証拠を私が持ち帰り、別の者が工事を引き継げばすぐにでも運河は開通します」
「ほう? 何と吾輩があ奴を殺したせいで帰れなくなっていたとは、いやはや因果応報であるな。短気は損気というやつかな?」
まさか自分の行いが原因で地獄に帰れなくなっていると知らなかったアスモデウスは、真相を知って驚き、呵々大笑した。
反省している内容は、自分に悪影響があったことであり、人を殺したこと自体は一切反省していないのだが、魔神とはそういうものなのである。心境は複雑であるが仕方がない。
「ですので、ミリグラム伯の遺品を持ち帰らせてもらいます。そうすれば後任者を選定することが出来ますから」
「うむ、そうしてくれ。屍のところまで案内しよう。ついて来るがいい」
そう言ったアスモデウスは巨体を揺らし、地響きをあげながら先ほどまでいた小屋の方に歩いていく。この様に存在感のある怪物が、先ほどは気が付かれることなくすぐそばまで接近してきたのだ。実に驚くべきことである。
すぐにアスモデウスを追いかけようとして一旦カナデ達の方に目をやると、皆一様に固まって動けないようである。流石にあれだけの化け物と対峙した経験は無いようで、こうなってしまうのは仕方がないだろう。
「じゃあ、俺ちょっと行ってくるから、ここで待っててくれ」
そう言って小屋の方まで行こうと踵を返すと、後ろから手を引っ張られた。振り向くとカナデが俺の手を握っていた。
「待って。私も一緒に行く」
「ん? 気持ちは嬉しいけど、あまり無理はしない方が……」
「ううん。行かせて。私はこの位の事で怯んでちゃいけないの」
カナデの表情には怯えが残っているが、その決意は固そうである。理由は分からないがここまで心を決めているのなら、それを尊重したい。
「分かった。一緒に行こう。言っておくけど、アスモデウスの前では心を強く持ってね。そうでないといつ襲いかかってくるか分からないよ」
「分かった」
カナデを連れて行くことに決め、遠ざかるアスモデウスの姿を急いで追いかけた。カナデはまだ不安が残っているのか、俺の手を握ったままだ。
「こいつらであるな」
小屋の付近についたアスモデウスは、小屋の蔭の方を槍の穂先で指し示した。
その方向を見ると数人の死体が転がっている。その状態はあまり良いものではなく、焼け焦げていたり、穴が開いていたりと悲惨なものである。
「えっと、どの人だろう?」
多分ミリグラム伯がこの死体の中で一番地位が高いので、服装を見れば判断できるだろうと考えていた。しかし、状態が酷すぎてどの死体が一番偉そうかなど分かったものではない。
「多分この死体よ」
俺が悩んでいると、カナデがある一体の死体を示した。他の死体と比べて特にひどい状態であり、元の顔立ちが分からない位真っ黒こげになっている。
「見て。この指輪、多分ミリグラム伯の地位を示す物よ」
なるほど。カナデが見つけた指輪には精密な彫刻が施されているが、その紋様はミリグラム伯の居城のあちこちで見た覚えがある。これは家系や身分をしめす紋章なのだろう。
もしかしたらこの死体が一番酷い状態なのは、召喚した時にアスモデウスの一番近くにいたせいなのかもしれない。
「それじゃあこの指輪を持って帰ろう」
死体から指輪を外して懐に収めた。流石に死体を担いで帰るのはごめんこうむりたい。
「それでは、私たちはこれで失礼します。多分2、3日で地獄に変えれると思いますので、楽しみに待っていてください」
「待て」
指輪を回収して即座にこの場を去ろうとした俺達を、アスモデウスが呼び止めた。
早くこの様な恐ろしい場所から立ち去りたいのに、一体何だというのだろう。
「今回世話になったからな。是非礼をさせてくれ」
アスモデウスの言葉に俺は考え込む。魔神や悪魔に何かしてもらう時には、気を付けなければ裏をかかれて不幸になってしまうことは良く知られている。これを回避するためには何も頼まないというのも一つの手だが、それはそれでアスモデウスの機嫌を損ねてしまうかもしれない。
「そうですね、確かあなたは伝承では……」
アスモデウスは伝承では、指輪やガチョウの肉をプレゼントしてくれると言われている。指輪はもう手に入れたし、害がなさそうなガチョウの肉でも貰ってお茶を濁しておくべきか。
いや、アスモデウスにはもっと別に出来ることがある。
「ねえ、アツヤ。元の世界に帰る方法を聞いてみたら?」
確かにアスモデウスは大変な知恵者であり、元の世界に帰る方法を知っているかもしれない。
「ん? お前が元の世界に帰る方法か? 簡単な事だ。吾輩が地獄に変える時に一緒に連れてってやろう。そして吾輩が地獄からお前の世界に呼び出された時についでに返してやろうではないか」
アスモデウスが悪戯っぽく笑みを浮かべながら言う。
この提案はごめんこうむりたい。地獄を経由して帰れるのは本当だろうが、当然のことながら地獄など絶対に行きたくはない。
「それは遠慮させていただきます」
「そうか? もしかしたら地獄の方がお前の体質に合って、魔術が元の様に使えるかもしれないぞ? それに、今なら地獄巡りでコキュートスまで案内してやっても良いぞ?」
安全に地獄を見て回れるのは、魔術師としてはちょっとした魅力である。地獄に幽閉されているというルシファーにも興味はある。しかし、やはりその様な危険が付いて回る手段はとりたくないので、丁重に断ることにした。
「そうか、残念だ。では、他に頼み事は無いか?」
「はい、あります。あなたは天文学に関して、並ぶもの無き知識を持ち、それを授けてくれると言い伝えられています。この世界の天文学を是非私に教えてください」
アスモデウスは様々な事柄に対して豊富な知識を持っているが、特に優れているのは幾何学や天文学であると伝えられている。
そして、現在俺が陰陽道を元の世界の時のように行使できない原因に、星の配置が違うという事を予想している。この世界における陰陽道のための天文学を構築するために毎晩天体観測に励んでいるが、今のところ成果は芳しくない。
なので、天文学に関して並ぶもの無き知識を持つアスモデウスならば、この状況を打開できるのではないかと考えたのだ。
「ほほう。中々面白いことを考えるな。いいだろう全部を教えることはしないが、ヒントは授けてやろうではないか」
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家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
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