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第1章「安藤五郎討伐」
第4話「アイヌ対武家相撲」
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見張りを終えた時光は、用を足すために寝る前に厠に立ち寄っていた。アイヌの厠は家の外に建てられ、男女で別々である。
蝦夷ヶ島の秋、しかも夜はかなり冷える為か、放尿は勢い良く音を立てて長時間に渡った。下半身から広がる解放感に時光は身を震わせた。
「動くな」
気持ちよく用を足していると不意に後ろから、静かだが迫力のある声がかけられた。
声の主は息がかかるくらい近く、しかも時光の喉元に硬く冷たい何かが押し当てられた。
恐らく刃物である。動けば命が無いと言うのだろう。
幼い頃から武士として育てられ、奇襲にも備えている時光にとって、ここまで見事に不意を打たれたのは、初めての経験である。
あまりに見事な手際に、自らの危機にありながらも感嘆の念が時光の中で大きかった。
用を足す音に紛れて接近したのだろうが、並の腕前では無い。
「何が狙いだ?」
「静かにしろ」
短い会話の中で時光はある事に気がつく。
「お前は日本の言葉が話せるのか。それにそのなまり、陸奥の蝦夷に近いな。お前アイヌだろ」
「黙れ」
「まあ待てよ。よく俺を見てみろよ。和人だろ? 敵では無い」
時光が察するに、この男はこの集落の生き残りなのだ。そして、集落のアイヌ達が失踪した原因は、恐らく蒙古なのである。時光は自分が蒙古に間違われたと推察したのだ。
「ふん! 和人は敵だ」
「えっ?」
敵は蒙古であり、このイシカリのコタンと和人は長らく交易を通じて友好関係にあったはずである。にも関わらずこの様な反応をされたため、時光は一瞬混乱した。しかし、直ぐに思い直すとこの危機的状況を打破するために行動を開始した。
敵対心を持っている上に、説得が通じなさそうな相手にいつまでも主導権を握らせておくほど、時光はお人好しでは無いのである。
この会話の間、時光の両手は自らの一物に添えられていた。
用を足している最中に動くなと言われたのだから、添えたままなのは当然の事である。
その一物を大きく縦に振るった。
「うわっ!?」
襲って来た男は悲鳴とともに時光を離して仰け反った。
時光が一物を勢いよく振るった事により、一物から出る滴が大きく飛び散り、男の方まで飛散したためだ。
これがもしも時光が直接反撃しようとしたら、こうは上手くいかなかっただろう。時光の動きは男にそのほとんどが察知されている。振り向いて攻撃、後ろに向かって蹴り、などの大きな動作は先読みされ、その前に喉笛を掻き切られた可能性が高い。
しかし、さすがに指先だけで一物を動かす行動を、見切る事は出来なかったのである。
予想外過ぎたとも言うが。
男が離れて安全を確保出来た時光が振り向いて、男の様子を確認すると、予想通りアイヌの服装であった。その手には短刀が握られている。
この男がこのコタンのアイヌである以上、敵対していたとしても殺す訳にはいかない。本来、対蒙古の同盟者として協力しなければならないのだ。
例え手加減する事で不利になったとしてもだ。
「つっ!」
時光の体を一瞬にして鈍い痛みが走った。原因は分からない。
同じ様な痛みが更に二度三度と続く。痛みのあまりに膝をつきそうになるが、何とか踏み止まる。
数回攻撃を受けたおかげで、見えない攻撃の正体に気付く。
正体は拳より小さい礫であった。
戦の攻城戦などで使用される物に比べ、何回りも小さい。一撃では致命傷になりにくい。それでも何度も攻撃を受けるとダメージが蓄積されるし、打ち所が悪ければ一撃必殺だ。
相手は夜に闇に紛れて、この様な攻撃をしてくるのだ。
時光はアイヌの恐ろしいまでの夜の特性を活用した戦いぶりに畏怖を覚えた。と同時にこれだけの戦力は是非仲間にせねばと心に決めた。
蒙古もそうであるが、狩猟を生業にしている者達は、戦士としての基礎が出来ている。
「行くぞ!」
時光は掛け声と共に勢いよく突進した。腰に佩いたままの太刀は抜くことなく、素手のままだ。
一気に間合いを詰めた時光は、相手が短刀を持っている右手を自らの左手で制しながら、体を密着させて組み付いた。
相手の手首関節を極めるとともに、重心を完全に制している。
時光の得意とする相撲の技である。
手首関節を極める様な関節技は、現代人のあまり格闘技や武道に興味が無い者から見ると、相撲というより柔道・柔術に見えるだろう。
しかし、相撲は古くは古事記や日本書紀に書かれる通り、相手の手首を握り潰したり、踏み殺したりと殺伐としていた。
その後、宮中で行われた相撲節会では幾分か大人しく、上品になっているものの、闘争を生業としている武士は戦闘技術として相撲を稽古しており、戦場における組討で相手を倒して来た。
この様な武家相撲では、普通の相撲では禁じ手にされる様な技も当然のように伝えられている。もっとも、時光が今使っているのは、そんなに危険な技では無いのだが。
時光の生きる時代から下って戦国時代頃、戦場における組討から柔術に発展していった事を考えると、時光の使っている技は、現代における相撲と柔術の中間と言えるのかもしれない。
ともかく、取っ組み合いの状態に持ち込んだ以上、いかにアイヌが狩猟を通じて戦士としての素養を磨いていようと、正式な戦闘技術を幼少から磨いている武士には敵わない。
「降伏しろ。俺は敵では無い」
「誰が降伏など……グァ!」
抵抗を続けるアイヌの男であったが、手首を強く捻られて短刀を取り落とした。
このままいけば、降伏させるか捕縛することができると楽観視した時光の頭に鋭い痛みが走った。
堪らずアイヌの男を離して間合いを取り、頭上を見上げると一羽の鳥が旋回しているのが見える。
見張りの時に見かけたフクロウだ。
フクロウはアイヌの守り神であると聞いているが、このフクロウはアイヌの男と連携している様に見える。
夜の世界はフクロウの支配する領域である。更なる強敵の出現に時光は緊張した。
このまま戦うとしたら、全力で、相手を殺す位のつもりでなくては時光がやられてしまうだろう。
どうするか決心のつかない時光に、救いの手が差し伸ばされた。
「二人とも、戦うのを止めろ。エコリアチよ。この和人は味方だ」
救い主は、時光の案内人にして蝦夷ヶ島のアイヌと親しい、奥羽の蝦夷であるオピポーであった。
蝦夷ヶ島の秋、しかも夜はかなり冷える為か、放尿は勢い良く音を立てて長時間に渡った。下半身から広がる解放感に時光は身を震わせた。
「動くな」
気持ちよく用を足していると不意に後ろから、静かだが迫力のある声がかけられた。
声の主は息がかかるくらい近く、しかも時光の喉元に硬く冷たい何かが押し当てられた。
恐らく刃物である。動けば命が無いと言うのだろう。
幼い頃から武士として育てられ、奇襲にも備えている時光にとって、ここまで見事に不意を打たれたのは、初めての経験である。
あまりに見事な手際に、自らの危機にありながらも感嘆の念が時光の中で大きかった。
用を足す音に紛れて接近したのだろうが、並の腕前では無い。
「何が狙いだ?」
「静かにしろ」
短い会話の中で時光はある事に気がつく。
「お前は日本の言葉が話せるのか。それにそのなまり、陸奥の蝦夷に近いな。お前アイヌだろ」
「黙れ」
「まあ待てよ。よく俺を見てみろよ。和人だろ? 敵では無い」
時光が察するに、この男はこの集落の生き残りなのだ。そして、集落のアイヌ達が失踪した原因は、恐らく蒙古なのである。時光は自分が蒙古に間違われたと推察したのだ。
「ふん! 和人は敵だ」
「えっ?」
敵は蒙古であり、このイシカリのコタンと和人は長らく交易を通じて友好関係にあったはずである。にも関わらずこの様な反応をされたため、時光は一瞬混乱した。しかし、直ぐに思い直すとこの危機的状況を打破するために行動を開始した。
敵対心を持っている上に、説得が通じなさそうな相手にいつまでも主導権を握らせておくほど、時光はお人好しでは無いのである。
この会話の間、時光の両手は自らの一物に添えられていた。
用を足している最中に動くなと言われたのだから、添えたままなのは当然の事である。
その一物を大きく縦に振るった。
「うわっ!?」
襲って来た男は悲鳴とともに時光を離して仰け反った。
時光が一物を勢いよく振るった事により、一物から出る滴が大きく飛び散り、男の方まで飛散したためだ。
これがもしも時光が直接反撃しようとしたら、こうは上手くいかなかっただろう。時光の動きは男にそのほとんどが察知されている。振り向いて攻撃、後ろに向かって蹴り、などの大きな動作は先読みされ、その前に喉笛を掻き切られた可能性が高い。
しかし、さすがに指先だけで一物を動かす行動を、見切る事は出来なかったのである。
予想外過ぎたとも言うが。
男が離れて安全を確保出来た時光が振り向いて、男の様子を確認すると、予想通りアイヌの服装であった。その手には短刀が握られている。
この男がこのコタンのアイヌである以上、敵対していたとしても殺す訳にはいかない。本来、対蒙古の同盟者として協力しなければならないのだ。
例え手加減する事で不利になったとしてもだ。
「つっ!」
時光の体を一瞬にして鈍い痛みが走った。原因は分からない。
同じ様な痛みが更に二度三度と続く。痛みのあまりに膝をつきそうになるが、何とか踏み止まる。
数回攻撃を受けたおかげで、見えない攻撃の正体に気付く。
正体は拳より小さい礫であった。
戦の攻城戦などで使用される物に比べ、何回りも小さい。一撃では致命傷になりにくい。それでも何度も攻撃を受けるとダメージが蓄積されるし、打ち所が悪ければ一撃必殺だ。
相手は夜に闇に紛れて、この様な攻撃をしてくるのだ。
時光はアイヌの恐ろしいまでの夜の特性を活用した戦いぶりに畏怖を覚えた。と同時にこれだけの戦力は是非仲間にせねばと心に決めた。
蒙古もそうであるが、狩猟を生業にしている者達は、戦士としての基礎が出来ている。
「行くぞ!」
時光は掛け声と共に勢いよく突進した。腰に佩いたままの太刀は抜くことなく、素手のままだ。
一気に間合いを詰めた時光は、相手が短刀を持っている右手を自らの左手で制しながら、体を密着させて組み付いた。
相手の手首関節を極めるとともに、重心を完全に制している。
時光の得意とする相撲の技である。
手首関節を極める様な関節技は、現代人のあまり格闘技や武道に興味が無い者から見ると、相撲というより柔道・柔術に見えるだろう。
しかし、相撲は古くは古事記や日本書紀に書かれる通り、相手の手首を握り潰したり、踏み殺したりと殺伐としていた。
その後、宮中で行われた相撲節会では幾分か大人しく、上品になっているものの、闘争を生業としている武士は戦闘技術として相撲を稽古しており、戦場における組討で相手を倒して来た。
この様な武家相撲では、普通の相撲では禁じ手にされる様な技も当然のように伝えられている。もっとも、時光が今使っているのは、そんなに危険な技では無いのだが。
時光の生きる時代から下って戦国時代頃、戦場における組討から柔術に発展していった事を考えると、時光の使っている技は、現代における相撲と柔術の中間と言えるのかもしれない。
ともかく、取っ組み合いの状態に持ち込んだ以上、いかにアイヌが狩猟を通じて戦士としての素養を磨いていようと、正式な戦闘技術を幼少から磨いている武士には敵わない。
「降伏しろ。俺は敵では無い」
「誰が降伏など……グァ!」
抵抗を続けるアイヌの男であったが、手首を強く捻られて短刀を取り落とした。
このままいけば、降伏させるか捕縛することができると楽観視した時光の頭に鋭い痛みが走った。
堪らずアイヌの男を離して間合いを取り、頭上を見上げると一羽の鳥が旋回しているのが見える。
見張りの時に見かけたフクロウだ。
フクロウはアイヌの守り神であると聞いているが、このフクロウはアイヌの男と連携している様に見える。
夜の世界はフクロウの支配する領域である。更なる強敵の出現に時光は緊張した。
このまま戦うとしたら、全力で、相手を殺す位のつもりでなくては時光がやられてしまうだろう。
どうするか決心のつかない時光に、救いの手が差し伸ばされた。
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