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プロローグ
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1980年代に、魔法使いや魔女なんていません。それはこの先の未来でもいえること。そんなファンタジ―な世界でもないこの現代日本に、信じられないことを発する男がいた。
「見たまえ、おます! 先生から魔法のツボが届いたぞ」
パジャマに紺色の半纏を羽織った男の名は坂井 ホタル。きれいに整えた日本庭園で火鉢をこれ見よがしにみせびらかしていた。
「ただの火鉢でしょ? それより、おますって呼び方いい加減やめてください」
家の清掃のため白髪をまとめていたヘアゴムを外しながら現れた増 けい子。肩に掛かった髪を整えながら自身の呼び方を指摘するも、そんなことは意にも介さず、ホタルは欲しかったおもちゃを手に入れたような顔で火鉢を触りたくっていた。このはしゃぎよう……自分より年上だなんてあまり考えたくないおますであった。
〇
――ホタルは病弱であり、四十歳までは生きられないと医者から宣告されていた。二十近い男性にもかかわらず、腕や足はゴボウのように細く、脱げばあばらが浮き出ているのがわかるほどである。家は裕福であり、静養のため、田舎町で一人暮らしをしている。一人暮らしといっても、使用人が日替わりに身の回りの世話をしていた。
ホタルは自身の境遇とは裏腹に、性格はとても明るく、活発な男であった。使用人達も彼の明るい振る舞いに元気をもらうのと平行して彼の境遇に対し、気の毒な想いが募っていった。ある時、両親のことをどう思っているのか? と使用人の一人がホタルに尋ねた。
「父は仕事が多忙で、その付き添いの母も、もちろん多忙。それなのに病弱な俺のことを気にかけて、仕事の合間を縫ってよく見舞いにきてくれる」
その度にホタルは両親に心配をかけてしまっていると罪悪感に苛まれていた。
そんなある日、身体の調子もよく夜に散歩をしていると一人の男と出会った。道に生えている草をむしりながら独り言をつぶやいていた。怪しかったが意を決して尋ねると色々と使える野草が生えていたからテンションが上がって、はしゃいでしまったと話してくれた。男の身長は高く、ホタルの頭が彼の肩に当たるくらいで180は超えていると思われた。金髪でオッドアイ。ホタルは彼がハーフだと認識した。だが、そんなことよりもこの金髪の男から出ていると思われる神秘的な存在感の方が彼を驚かせているのと同時に、何か畏怖のようなものを与えた。
「あなたは何者なんですか?」
金髪の男は月明りに照らされながらこう応えた。
「しがない魔法使いさ」
〇
「俺はあの時、確信したんだ。あーこの人は本物だって……だから」
「土下座して何回も弟子にしてくれって頼んだんでしょ? もう何回も聞きました。耳にタコですよ」
そう言って、おますは炭を運んでいた。
「そうさ! だからこうして先生は俺に魔法のアイテムを寄越してくれるんだ」
自分の発した言葉にうんうんと、満足そうに頷いているホタル。おますはそんなホタルを無視し、火鉢に炭を入れ、火を起こしていた。
「単にいらなくなった物を寄越してるだけでしょ? ばかばかしいわ。とんだ詐欺師に引っかかっちゃって」
「おます! おまえはあの人に会ったことがないからそんな事をいえるかもしらんが、先生は本当にすごいのだぞ」
はいはい、とホタルの発言を軽く流した。実はおますはその男のことを知っていた。うら若き十七歳の女の子が今日一日の寝床をどうしようと途方に暮れているところに、いい仕事があると言ってこの家の管理の仕事を勧めてきた男がハーリーなのである。
思い出すこと、昨年の六月――
*
「どうも急に声をかけてすいません。病弱の青年が魔法使いを勘違いしてしまって、少々困っているんです。彼は一人で暮らしているので、話し相手が欲しいのだと思います。訳ありのところ申し訳ありませんが、このしがないペテン師のお願いを聞いてはくれませんか? 面接等の審査は心配いりません。お通しできるようにしておきますので、それから住むところも提供いたします。はい……名前ですか? 僕の名前はハーリーといいます。魔法使いです」
金髪の青年は微笑を浮かべながら、頭を下げた。
本当にうさん臭かった……だが、それにすがるしかない状況であったおますにとって拒否権はなかった――
*
そして現在――。蓋をあけてみると、このような感じであった。ホタルが病弱でなければ、道楽息子の遊び相手にしかみえない。
「お餅は戸棚に何個か残ってたかな?」
と言って台所に向かうおますに、ホタルが声をかけた。
「なぁー、おますは正月に実家に帰らなくてもよかったのか?」
「帰りたくても帰れないといった方がいいのかな?」
「どういう意味だ?」
ホタルの顔が険しくなった。
「そのまんまの意味ですよ。帰る家がないの」
おますの両親は、もうすでに亡くなっている。父は借金をしていて家を抵当に入れていたため、おますは家を追い出されてしまった。頼れる親類もいなく、今日一日の寝泊りするところもなかった。途方にくれていた時にハーリーが声をかけてきたのだった。
「そんな事、ここに勤めてから一言も教えてくれなかったじゃないか」
「別に聞かれなかったですし、私はてっきり採用の時に伝わっているものだと思っていました」
ホタルは髪の毛をくしゃくしゃと掻いた。自分の無神経さで、おますの悲しい過去を、思い出させてしまったとの、後悔の念に駆られている様子であった。おますはそれを見て、自分だって不幸な境遇なのに、こんなにも他人のことを思えるのはどうしてだろうと不思議でならなかった。
「おます! 今日はたらふく餅を食べよう。この火鉢は先生からのいただきものだ。きっとこの先、いいことあるに決まってる」
あの男に対しての盲信がひどい――とおますは心の中で叫んだ。
ホタルは勢いよく団扇を仰ぎ、炭の火を燃え上がらせようとしていた。虚弱な体を心配しながら、おますはホタルの様子を見守った。その甲斐あって炭の火は一気に熾った。
「さあ、餅を置くんだおます!」
その言葉でおますはハッとした。
「ちょっと待って。誰かさんが引き留めたからまだ取りに行ってないってば……」
そういって台所に向かったおますであった。
運んできた餅を網の上に置く。じっくりとゆっくりと餅は温められていく。
「さて、どんな効果があるのか試してみよう」
手を伸ばすホタル。
「まだダメよ!」
とその手をはたくおます。叩かれた手を撫でながらホタルは、
「世にはこういう慣用句があるんだぞ『魚は殿様に焼かせろ、餅は乞食に焼かせろ』ってな」
「適材のことを言いたいのなら、台所を任せられている私の方が適材だと思いますけど、それにまだ焼けてもないのに食べる人がありますか」
ホタルはちぇっちぇっ――と言って用意しておいたアウトドア用の椅子に腰かけた。空には明るくてまんまるいお月さまが顔を出している。
「立派な満月だなー」
「そうですね」
とおますは相槌を打った。
「こうも月の光が明るいと照明器具など不要かもしれないな……どれどれ一つ消してみよう」
「やめてください。餅の様子がわからなくなるから」
と照明のスイッチに手を伸ばそうとしたホタルをおますは制止させた。
消させてはくれぬか……唇をとがらせているホタルを横目に餅は熱を帯び、膨らむ。
「提灯で餅を搗くか……」
「それ、いやらしい意味でもあるからやめてください」
おますは餅を皿に乗せる。
「おます! 醤油と砂糖」
「慌てないでください。言われなくてもそこにありますから」
ホタルは、餅を口いっぱい頬張る。同時にあちあちとも言った。おますも同様の行動をとった。
「おます……」
「はい?」
ホタルが真剣な目でおますを見つめている。その真っすぐな視線に、おますは恥ずかしさのあまり顔を下に向け、髪の毛をくるくるといじる。少しづつホタルの顔が近くなるのがわかった。頬が火照っていることにおますは焦っていた。
「あの……なんですか?」
今度は上目使いでホタルを見た。するとホタルは口を開き、
「おますよ……聖子ちゃんカットは、ただ髪の毛をくるくると巻けばいいのではないぞ。あれは造形美が大事なのだ」
寒い風が吹いた。おますは深いため息をつく。一瞬でもロマンスを過った自分がバカだったのだということに――。
「これはウェーブといって、松田 聖子ちゃんを意識したものではありませんよ」
「ふむ、そうか。ところでおますよ。腹が空かないか? そばとかどうだ?」
もう関心が失せたのかホタルは、そんなことを聞いてきた。
「今、餅を二つも食べたのにですか?」
あきれ口調でホタルに返すが、
「男性の食欲をなめてはいけないぞ」
「病弱のくせに……」
嫌味を言ったつもりだったが、ホタルは真剣に
「最近なぜか、調子がいいのだ」
そして、
「これも全部先生の魔法のアイテムのおかげか!」
というオチで片付けられてしまった。おますはまたも深いため息をつき、ポケットを探る。
「どうした? おます」
「いえ、電話をと……」
「電話は玄関だぞ」
「あ……そうでしたね」
おますは苦笑して、玄関に向かった。
「あ、そば屋に電話するなら『たちばな』さんのところのそばにしてくれ。電話帳にも載ってあるから」
と言われたので、はい――と返事をして、電話帳をめくった。紙がもうぼろぼろになっていて、字が見にくかったが、やっとの思いでみつけだした。受話器を取る。
「黒電話なんて今時、誰も使っていませんよ」
文句をいうと、風情があっていいだろう――と返事が聞こえてきた。かろうじて使い方を知っていたので、ベルを回す。
『現在、この番号は使われておりません』
おますは受話器を耳から遠ざける。ガチャリという音が響いた――。
「どうした?」
台所に顔を出したホタルが問うた。
「店が潰れちゃったみたいです」
なんだって?!――とホタルは驚いていた。何かぶつぶつ言っていたが、そんなこと気にせず、おますは棚からカップそばを取り出す。
「インスタントか……」
「これはこれで美味しいですよ」
「うむ、仕方がない。がまんするか」
二人はカップそばとやかんを持って縁側に座った。少しして、火鉢の上に置いたやかんの中のお湯がピーピーと鳴いた。お湯を注ぎ、三分待って蓋を開け勢いよく、麺をすする。
「うまいうまい」
幸せそうなホタル。その姿を見て、おますは微笑んだ。
生まれてきて幸せと思えたことのないおます……昔、有名な霊媒師にこの子は生まれる時代を間違えた。人と関われば関わるほど周りを不幸にしていく。この子は今の時代ではきっと幸せになることないと告げられた。確かにそうだった――次の日母親が死んだ。父は愛人と再婚。そして虐待・学校でのいじめ……大人達は見て見ぬふり。父と再婚相手が交通事故で死んでも悲しいとさえ思わなかったし、どうして私も一緒に死ななかったのだろう? どうして世界は私に生きることを許したのだろう? 自殺すればいいのかもしれない。それでも醜く生にしがみつく私。鈍感な私。もしくは生きることが地獄なのかもしれない。前世で私は何をやらかしたんだ? といったことばかり考えていた。
それがどうしてか、ホタルに会ってこんな楽しいと思える毎日を送っている。まったくもって不思議だ。
「おます! 早く食べろ冷めるぞ」
ぴゅーと冷たい風が横から通り抜けた。寒いと思ってホタルを見たら元気そうで、そんなこと気にもしていない様子であった。
「ま、いっか」
今までの生活は『月夜に提灯夏火鉢』みたいなものであった私だが、こうして私を必要としてくれている人がいる。案外捨てたものでもないのかもしれないとおますは感じるのであった。
次の日、おますは、仏間の掃除をしようと襖を開けると、中から遺影が出てきた。そこに写っているのは坂井 ホタルであった。
「おーい、おます~どこじゃー?」
とホタルがおますを呼ぶ声が聞こえた。
「はーい、すぐいきます」
おますはその遺影を押し入れの奥に隠すように置いた。そしてそっと襖を閉めた。
「見たまえ、おます! 先生から魔法のツボが届いたぞ」
パジャマに紺色の半纏を羽織った男の名は坂井 ホタル。きれいに整えた日本庭園で火鉢をこれ見よがしにみせびらかしていた。
「ただの火鉢でしょ? それより、おますって呼び方いい加減やめてください」
家の清掃のため白髪をまとめていたヘアゴムを外しながら現れた増 けい子。肩に掛かった髪を整えながら自身の呼び方を指摘するも、そんなことは意にも介さず、ホタルは欲しかったおもちゃを手に入れたような顔で火鉢を触りたくっていた。このはしゃぎよう……自分より年上だなんてあまり考えたくないおますであった。
〇
――ホタルは病弱であり、四十歳までは生きられないと医者から宣告されていた。二十近い男性にもかかわらず、腕や足はゴボウのように細く、脱げばあばらが浮き出ているのがわかるほどである。家は裕福であり、静養のため、田舎町で一人暮らしをしている。一人暮らしといっても、使用人が日替わりに身の回りの世話をしていた。
ホタルは自身の境遇とは裏腹に、性格はとても明るく、活発な男であった。使用人達も彼の明るい振る舞いに元気をもらうのと平行して彼の境遇に対し、気の毒な想いが募っていった。ある時、両親のことをどう思っているのか? と使用人の一人がホタルに尋ねた。
「父は仕事が多忙で、その付き添いの母も、もちろん多忙。それなのに病弱な俺のことを気にかけて、仕事の合間を縫ってよく見舞いにきてくれる」
その度にホタルは両親に心配をかけてしまっていると罪悪感に苛まれていた。
そんなある日、身体の調子もよく夜に散歩をしていると一人の男と出会った。道に生えている草をむしりながら独り言をつぶやいていた。怪しかったが意を決して尋ねると色々と使える野草が生えていたからテンションが上がって、はしゃいでしまったと話してくれた。男の身長は高く、ホタルの頭が彼の肩に当たるくらいで180は超えていると思われた。金髪でオッドアイ。ホタルは彼がハーフだと認識した。だが、そんなことよりもこの金髪の男から出ていると思われる神秘的な存在感の方が彼を驚かせているのと同時に、何か畏怖のようなものを与えた。
「あなたは何者なんですか?」
金髪の男は月明りに照らされながらこう応えた。
「しがない魔法使いさ」
〇
「俺はあの時、確信したんだ。あーこの人は本物だって……だから」
「土下座して何回も弟子にしてくれって頼んだんでしょ? もう何回も聞きました。耳にタコですよ」
そう言って、おますは炭を運んでいた。
「そうさ! だからこうして先生は俺に魔法のアイテムを寄越してくれるんだ」
自分の発した言葉にうんうんと、満足そうに頷いているホタル。おますはそんなホタルを無視し、火鉢に炭を入れ、火を起こしていた。
「単にいらなくなった物を寄越してるだけでしょ? ばかばかしいわ。とんだ詐欺師に引っかかっちゃって」
「おます! おまえはあの人に会ったことがないからそんな事をいえるかもしらんが、先生は本当にすごいのだぞ」
はいはい、とホタルの発言を軽く流した。実はおますはその男のことを知っていた。うら若き十七歳の女の子が今日一日の寝床をどうしようと途方に暮れているところに、いい仕事があると言ってこの家の管理の仕事を勧めてきた男がハーリーなのである。
思い出すこと、昨年の六月――
*
「どうも急に声をかけてすいません。病弱の青年が魔法使いを勘違いしてしまって、少々困っているんです。彼は一人で暮らしているので、話し相手が欲しいのだと思います。訳ありのところ申し訳ありませんが、このしがないペテン師のお願いを聞いてはくれませんか? 面接等の審査は心配いりません。お通しできるようにしておきますので、それから住むところも提供いたします。はい……名前ですか? 僕の名前はハーリーといいます。魔法使いです」
金髪の青年は微笑を浮かべながら、頭を下げた。
本当にうさん臭かった……だが、それにすがるしかない状況であったおますにとって拒否権はなかった――
*
そして現在――。蓋をあけてみると、このような感じであった。ホタルが病弱でなければ、道楽息子の遊び相手にしかみえない。
「お餅は戸棚に何個か残ってたかな?」
と言って台所に向かうおますに、ホタルが声をかけた。
「なぁー、おますは正月に実家に帰らなくてもよかったのか?」
「帰りたくても帰れないといった方がいいのかな?」
「どういう意味だ?」
ホタルの顔が険しくなった。
「そのまんまの意味ですよ。帰る家がないの」
おますの両親は、もうすでに亡くなっている。父は借金をしていて家を抵当に入れていたため、おますは家を追い出されてしまった。頼れる親類もいなく、今日一日の寝泊りするところもなかった。途方にくれていた時にハーリーが声をかけてきたのだった。
「そんな事、ここに勤めてから一言も教えてくれなかったじゃないか」
「別に聞かれなかったですし、私はてっきり採用の時に伝わっているものだと思っていました」
ホタルは髪の毛をくしゃくしゃと掻いた。自分の無神経さで、おますの悲しい過去を、思い出させてしまったとの、後悔の念に駆られている様子であった。おますはそれを見て、自分だって不幸な境遇なのに、こんなにも他人のことを思えるのはどうしてだろうと不思議でならなかった。
「おます! 今日はたらふく餅を食べよう。この火鉢は先生からのいただきものだ。きっとこの先、いいことあるに決まってる」
あの男に対しての盲信がひどい――とおますは心の中で叫んだ。
ホタルは勢いよく団扇を仰ぎ、炭の火を燃え上がらせようとしていた。虚弱な体を心配しながら、おますはホタルの様子を見守った。その甲斐あって炭の火は一気に熾った。
「さあ、餅を置くんだおます!」
その言葉でおますはハッとした。
「ちょっと待って。誰かさんが引き留めたからまだ取りに行ってないってば……」
そういって台所に向かったおますであった。
運んできた餅を網の上に置く。じっくりとゆっくりと餅は温められていく。
「さて、どんな効果があるのか試してみよう」
手を伸ばすホタル。
「まだダメよ!」
とその手をはたくおます。叩かれた手を撫でながらホタルは、
「世にはこういう慣用句があるんだぞ『魚は殿様に焼かせろ、餅は乞食に焼かせろ』ってな」
「適材のことを言いたいのなら、台所を任せられている私の方が適材だと思いますけど、それにまだ焼けてもないのに食べる人がありますか」
ホタルはちぇっちぇっ――と言って用意しておいたアウトドア用の椅子に腰かけた。空には明るくてまんまるいお月さまが顔を出している。
「立派な満月だなー」
「そうですね」
とおますは相槌を打った。
「こうも月の光が明るいと照明器具など不要かもしれないな……どれどれ一つ消してみよう」
「やめてください。餅の様子がわからなくなるから」
と照明のスイッチに手を伸ばそうとしたホタルをおますは制止させた。
消させてはくれぬか……唇をとがらせているホタルを横目に餅は熱を帯び、膨らむ。
「提灯で餅を搗くか……」
「それ、いやらしい意味でもあるからやめてください」
おますは餅を皿に乗せる。
「おます! 醤油と砂糖」
「慌てないでください。言われなくてもそこにありますから」
ホタルは、餅を口いっぱい頬張る。同時にあちあちとも言った。おますも同様の行動をとった。
「おます……」
「はい?」
ホタルが真剣な目でおますを見つめている。その真っすぐな視線に、おますは恥ずかしさのあまり顔を下に向け、髪の毛をくるくるといじる。少しづつホタルの顔が近くなるのがわかった。頬が火照っていることにおますは焦っていた。
「あの……なんですか?」
今度は上目使いでホタルを見た。するとホタルは口を開き、
「おますよ……聖子ちゃんカットは、ただ髪の毛をくるくると巻けばいいのではないぞ。あれは造形美が大事なのだ」
寒い風が吹いた。おますは深いため息をつく。一瞬でもロマンスを過った自分がバカだったのだということに――。
「これはウェーブといって、松田 聖子ちゃんを意識したものではありませんよ」
「ふむ、そうか。ところでおますよ。腹が空かないか? そばとかどうだ?」
もう関心が失せたのかホタルは、そんなことを聞いてきた。
「今、餅を二つも食べたのにですか?」
あきれ口調でホタルに返すが、
「男性の食欲をなめてはいけないぞ」
「病弱のくせに……」
嫌味を言ったつもりだったが、ホタルは真剣に
「最近なぜか、調子がいいのだ」
そして、
「これも全部先生の魔法のアイテムのおかげか!」
というオチで片付けられてしまった。おますはまたも深いため息をつき、ポケットを探る。
「どうした? おます」
「いえ、電話をと……」
「電話は玄関だぞ」
「あ……そうでしたね」
おますは苦笑して、玄関に向かった。
「あ、そば屋に電話するなら『たちばな』さんのところのそばにしてくれ。電話帳にも載ってあるから」
と言われたので、はい――と返事をして、電話帳をめくった。紙がもうぼろぼろになっていて、字が見にくかったが、やっとの思いでみつけだした。受話器を取る。
「黒電話なんて今時、誰も使っていませんよ」
文句をいうと、風情があっていいだろう――と返事が聞こえてきた。かろうじて使い方を知っていたので、ベルを回す。
『現在、この番号は使われておりません』
おますは受話器を耳から遠ざける。ガチャリという音が響いた――。
「どうした?」
台所に顔を出したホタルが問うた。
「店が潰れちゃったみたいです」
なんだって?!――とホタルは驚いていた。何かぶつぶつ言っていたが、そんなこと気にせず、おますは棚からカップそばを取り出す。
「インスタントか……」
「これはこれで美味しいですよ」
「うむ、仕方がない。がまんするか」
二人はカップそばとやかんを持って縁側に座った。少しして、火鉢の上に置いたやかんの中のお湯がピーピーと鳴いた。お湯を注ぎ、三分待って蓋を開け勢いよく、麺をすする。
「うまいうまい」
幸せそうなホタル。その姿を見て、おますは微笑んだ。
生まれてきて幸せと思えたことのないおます……昔、有名な霊媒師にこの子は生まれる時代を間違えた。人と関われば関わるほど周りを不幸にしていく。この子は今の時代ではきっと幸せになることないと告げられた。確かにそうだった――次の日母親が死んだ。父は愛人と再婚。そして虐待・学校でのいじめ……大人達は見て見ぬふり。父と再婚相手が交通事故で死んでも悲しいとさえ思わなかったし、どうして私も一緒に死ななかったのだろう? どうして世界は私に生きることを許したのだろう? 自殺すればいいのかもしれない。それでも醜く生にしがみつく私。鈍感な私。もしくは生きることが地獄なのかもしれない。前世で私は何をやらかしたんだ? といったことばかり考えていた。
それがどうしてか、ホタルに会ってこんな楽しいと思える毎日を送っている。まったくもって不思議だ。
「おます! 早く食べろ冷めるぞ」
ぴゅーと冷たい風が横から通り抜けた。寒いと思ってホタルを見たら元気そうで、そんなこと気にもしていない様子であった。
「ま、いっか」
今までの生活は『月夜に提灯夏火鉢』みたいなものであった私だが、こうして私を必要としてくれている人がいる。案外捨てたものでもないのかもしれないとおますは感じるのであった。
次の日、おますは、仏間の掃除をしようと襖を開けると、中から遺影が出てきた。そこに写っているのは坂井 ホタルであった。
「おーい、おます~どこじゃー?」
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さらに、アークの圧倒的な知略と底知れぬ実力は、気高い令嬢たちの本能に深く刻み込まれていく。
「どうか、私をあなたの手駒としてお使いください……っ!」
プライドを完全にへし折られた最高位の美少女たちは、いつしかアークの与える『恩恵』なしでは生きられないほど、彼に絶対の忠誠と依存を誓うようになっていく――。
最弱のゴミ捨て場から始まる、爽快クラフト内政&ざまぁファンタジー、堂々開幕!
無限在庫チートで異世界を買い占める〜窓際おじさんが廃棄予定のカップ麺で廃村エルフと腹ペコ魔王を救済したら最強商会ができました〜
黒崎隼人
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物流倉庫で不良在庫の管理に追われるだけの42歳、窓際サラリーマンのタケシ。
ある日突然、彼は見知らぬ森の中へと転移してしまう。
彼に与えられたのは、地球で廃棄される運命にあったあらゆる物資を無尽蔵に引き出せる規格外のスキル「無限在庫処分」だった。
賞味期限間近のカップ麺、パッケージ変更で捨てられるレトルトカレー、そして型落ちの電動工具。
地球ではゴミとされるこれらの品々が、異世界では最強のチートアイテムと化す!
森で倒れていたエルフの少女リリアをカップ麺で救ったタケシは、領主の搾取によって滅亡寸前だった彼女の村を拠点とし、現代の物資と物流ノウハウを駆使して商会を立ち上げる。
美味しいご飯と圧倒的な利便性で異世界の人々の胃袋と生活を掴み、村は急速に発展。
さらには、深刻な食糧難で破綻寸前だった美少女魔王ルビア率いる魔王軍と「業務提携」を結び、最強の武力を物流の護衛として手に入れる!
剣も魔法も使わない。武器は段ボールと現代の知識だけ。
窓際おじさんが圧倒的な物量で悪徳領主の経済基盤をすり潰し、異世界の常識を塗り替えていく、痛快・異世界経営スローライフ、開幕!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
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貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
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この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
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