皇弟が冷淡って本当ですか⁉ どうやらわたしにだけ激甘のようです

流空サキ

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第七章

ここに残る

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 時有にじっと見つめられ、未令は「あの、わたし未令です」と名乗り、顔を覆っていた頭巾をとった。
 そんな未令の顔を時有はしばし食い入るように見、

「孫というより娘だな」
 
 はははと声をあげて笑うとぐるぐると肩をまわした。
 廊下の先からは隠れていた康夜が現れ、緋色の衣装を着たその姿を見て時有はすっと目を細める。

「そう言えば今日は観月の宴でしたな。では有明のもとに行きますかな」
「悪いがおれはここで離脱するぞ」

 歩き出した時有に涼己は告げる。それから未令を見て少し微笑んだ。

「あとは時有と行け。おれは観月の宴に戻る。無事日本へ還れるよう、心から祈っているぞ」

 あとはもう振り返ることなく、涼己は元来た回廊を地を蹴りながら一気に去っていった。
 未令はさようならもありがとうも言えなかった。

「さてさて、では行きますかな」

 時有は首をコキコキ鳴らし、腕をまたぐるぐる回し、手を腰にあて、ぐっと背をそらした。
 不思議とその動作だけで長い幽閉生活で縮んでいた時有の身体が何センチか伸びたようだった。

「ねぇ、大丈夫なの?」

 先に歩きだした時有の背を、康夜は不審げに見やる。

「今までにない圧倒的な力を持ってるらしいけどほんとなの? 涼己さまはすごく強かったからここまで来れたけど、ほんとにこの先私達だけで大丈夫なの?」
「……たぶん」

 未令は首を傾げた。そう聞いているだけで未令だって時有に会うのはこれがはじめてだ。
 見た目はぼさぼさの浪人といった風情だが、見た目と力のあるなしに因果関係はない。

 時有の力のほどはわからないが、焔将は時有さえいれば後はなんとでもなると見込んでいるようだったのでおそらくそうなのだろう。

 時有は回廊を出てトンネル状の廊下につながる踊り場まで戻ると右手の回廊へと歩を進めた。
 有明の水牢があるほうだ。

 また見張りの血族が攻めてくる。未令は身構えたがなぜか誰も攻めてこない。
 不審に思いながらも時有のあとをついて行く。
 
 有明の水牢はすでに壊れていた。
 回廊を渡った先に二人、水牢のあったまわりに四人の術者と思われる男女が倒れている。何が起こったのか未令には全くわからない。
 それは有明も同じだったようだ。突然解放されて何が起こったのかと困惑げな表情で立っている。

「お父さん!」
「父さん!」

 未令が有明を呼ぶのと、有明が時有を呼ぶ声が重なった。
 未令と時有と有明は顔を見合わせ苦笑する。

「いや、何がなんだか」
 
 有明は後ろ頭をかきかき水牢から出てくると伸びている術者たちを見回した。

「一体、どうやって?」
「それはまぁよかろう。有明、おまえ老けたな」

 時有は久しぶりに対面する息子を見ていい放つ。

「それはないですよ、父さん。あなたがいなくなってから日本で一体何年経ったと思っているんです。三十年ですよ。三十年。今ではわたしの方があなたより年上だ」
「ははは。そうか。それは愉快!」
「愉快じゃありませんよ、全く。で? どうするんですか? 母さんも助けに行くんですか?」

 そうだった。

 未令は有明の話を聞いて自分が祖母の存在をきれいに忘れていることに気がついた。
 確か、安倍晴澄の屋敷にいると聞いたような。
 日本へ戻るなら当然時有は一緒に還りたいだろう。未令だって祖母にも会ってみたい。
 けれど、

「鈴はそのうちゆっくりと助けにいくとするよ。まずはおまえたちを日本へ還してやる」
「おじいちゃんは一緒に来ないの?」
 
 自分は残るというような口ぶりに未令は思わずおじいちゃんと呼びかけてしまう。
 すると時有はうーむと長いあごひげをさすった。

「どうもおじいちゃんと呼ばれるとむずむずするのう」
「でもおじいちゃんでしょ」
「まぁそうなんじゃがな。うーん」

 時有はしばらくうんうん唸っていたがどこかで納得する地点を見つけたのか。

「まぁよしとするか。しかしな未令よ」
 
 時有はずずずいっと顔を寄せる。

「鈴を決しておばあちゃんと呼んではならんぞ。もう三十四歳だが自分では若いと思っておる女じゃからな」

 はははとまた声を出して笑う。
 そしてしかしな、と時有は急に真面目な顔をした。

「すまんのう、未令。私も一緒に日本へ行きたいのは山々なんじゃが、鈴が扉を通り抜けるのはもう無理なんじゃよ。もともと鈴は安倍家の娘とはいえ術者ではない。なんとか私が鈴を守りながら扉を通ったが、もう限界じゃよ。次に通り抜けたら鈴は壊れてしまうかもしれない。だから私と鈴はここに残るよ」

 時有は未令を有明のもとへと押し出す。

「鈴に会わせてやりたかったなぁ。鈴は女の子が欲しいといっておったが授からなかった。女の孫が二人もいるとわかればきっと喜んだだろうにのう」
「……おじいちゃん」
「さぁ、では急ぐぞ。扉は水晶邸にあると聞いている。祥文帝に気づかれる前にさっさと行こうぞ」
「……う、ん」

 せっかく会えたところなのに、もう祖父に会えなくなるなんて…。

 それに……。
 
 まだ未令の心は揺れている。

 今還らなければ二度と日本へは還れなくなる。それはわかっている。
 後は紫檀の扉へ向かうだけという段になっても、まだ何も決められない。
 どうしていいのかわからない。
 いろんな感情がごちゃ混ぜになって涙がこぼれそうになり、ぐっと唇をかみしめた。

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