紺とサキ

天仕事屋(てしごとや)

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紺とサキ

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「まぁ、、そこでは寒いでしょうから」
  「ここへ来て火にあたりなさい。」
 和尚は鉄瓶にお湯をくべながらまた口を開いた。
「あれから、もう随分と日が、経ちますね」
  「どれぐらいでしたか、、、」

「もう、二十年はたとせに、ございます」
「、、、」
 和尚はお茶を湯呑みに注ぎ、女に差し出した。

「それで、、、今もまだ、探しておられるのか?」
 女は頷きもせず、鉄瓶を見つめていた。

「今のあなたを見ていると、、なんだか」
 「昔、この寺に来ていた子供の事を思い出します」
 「ええと、、、あれは、今から、えぇ、、、、、」
 と和尚はぼつぼつと話を始めた。 


 年は6つぐらいの子で、

 ある日、私が庭先へ出るとその子が
さめざめとうずくまって泣いているので、
どうしたと聞いても泣きじゃくりろくに話すことも出来ないので、家の中に入れてやりここへ座らせ
もう一度「どうした?」と聞くと

 「きーちゃんが!、、、、、、しんだ!!!、、、」
 「きーちゃんが!!、、、、きーちゃんが!おちた!」
 と、息も荒いまませきを切ったようにまくし立ててくる。

 私が少し水を飲ませて、落ち着かせると
 「きーちゃん、、、崖から落ちた、、、」
 そう言ってまたさめざめと泣く。

 「しんでしまった、、、」と、どんどん泣きじゃくるので
まーまー落ち着けとなだめ、どこかと聞けどわからないと言うし、どこの子じゃと聞けど
きーちゃんはいつも遊んでる仲良しの子で、おかんに花を摘もうとして足をすべらせた。

おれ、いっぱい手を伸ばしたけど、届かんかった。
「おれ、助けられんかった、、、、」といってしくしくと泣く。

 こんままではきーちゃんのおかんがかなしむ。
きーちゃんのおかんが泣く。
そう言うので、
ではおまえが、そのおかんのもとへ行ってやれば いいではないかとわしが言うと、

「そうしたいけど、おれケモンやから、行ったらみなにころされてしまう」と言うて首を振って下を向いて、歯を食いしばっておる。

 わしから見たらその子はどう見てもちっこい男の子にしかみえんで 「何を言うんじゃ、おまえはケモノじゃのうて、人間の子ではないか」と

気でも違うたのかと思うたが、
わしがそう言うと その子はおどろいた顔をして自分の手を何度もひっくり返してはまじまじとみつめて

目を輝かせて「オレ人ん子や!」と言った。
わしが、あぁ言うて頷き返すと、途端にその子は笑顔になり
外へとかけ出したんじゃ。

 わしは、その子に向かって

「困った事があったらまた話しに来るんじゃぞ。」
 と呼びかけはしたが 聞く間もなく、一目散にかけて行ってしもうたんじゃ。 


和尚は二コニコしながらお茶をまたすすり、

女は話を聞いていたが、途中から 最後にはもうどうにもならなくなって 涙を流しながら

「ああっ」と泣き崩れてしまった。 
泣きながら。

「じゃあ、、あの子は、あの時そう... 私と暮らしたあの子は...

私は大切な子を2人も……!」

「この私はもう生きるすべもございません」と泣き崩れた。


「おまえさん、そう自暴自棄になってはいかん。 まぁ聞くがいい。」

その後も、事あるごとに男の子はうちに訪ねてくるようになって おかんのこと、おかんと住んでるじいさんの事、 おかんがすごく喜んでくれて自分の事を息子のように扱ってくれる事、
オレも毎日とにかく嬉しくて幸せであたたかいんだと、言っておった。


ある日その子は、ぱったりと来んようになってしもうた。

そうしてしばらくしてから、 おまえさんがここに通ってくるようになったのじゃ。



和尚は遠くを見ながら、ポツリと言った。

この森にはあの子達が遊んだ木や、川や美しく楽しい生き物達もいる。 それらを見てお前さんが楽しそうに話をしてくれる事が、子供達は嬉しかったんだと想像できるがな。


茶がすっかりさめてしまったわい、今入れなおそう。

女はひとしきり泣いて、
「 私はこれからどうやって 生きていったらいいのでしょうか。」と声を詰まらせて聞いた。


「あの子は来る度に言っておった。
あなたは、いつも生き物や植物に優しく笑いかけておったそうじゃな。 
じゃからそうやって、これからも明るく笑顔でいて欲しいと願っておるには違いはあるまいなぁ。」


それを聞きながら、女は湯呑みに手を伸ばし
ゆっくりと入れてもらったお茶を口に入れ
時間をかけてごくりと、飲み込んだ。

「、、、和尚様、ありがとうございます」

やっと絞り出した声で言うと、湯呑みを置いて、
和尚に両手をつくと女は深々と頭を下げた。


和尚はふと、女のつく杖の柄に紺色の守り袋を見つけると、

「そうじゃ、そういえば、、あの子の年は6つぐらいで、、、あなたが身につけているその紺色の布を巻き付けておったわ。
手首にこう、ギザギザ痣のある所に、、、あぁ、そうか、あの子は、、怪我をした時にきーちゃんのおかんが巻いてくれた、と嬉しそうに何度も言っておったわい。

何かの因果でおまえさんは2人とも子供を失う事になってしもうたが、 あの子はただただ、キスケを助けたいのと、おまえさんを喜ばせたい 一心で一時、人間の姿になったのじゃあなかろうか、、とわしは思うておるがの。

それでおまえさんは一時でも、あの子達と過ごした時間は幸せじゃったんじゃろう?

側にいられなくなった今も、子供達はおまえさんが笑って過ごす事を望んでいるのではないかの?」


「何かを得る時だけに喜びがあるのではない、とわしは思うておる。
誰かを失ったときにもまた、その温かさに気が付いて涙する人生もあるのじゃろう。」
和尚はそう言って、また炭をいろりにくべた。





傘を着けた女が庭先で頭を下げて旅立つ。

「またおいで」 和尚は小さく手を振って、女の旅路を見送った。


丘の上の崖に祀られている石の墓に雪がうず高く、積もっている。

白い雪面には、数匹の小さな動物の足跡がついていた。
その楽しそうな足跡に雪のかけらが深々と、ひとしきり静かに降りかかっていくのだった。

    
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