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#2.Restart
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親友である貴之に連れられて来たのはカラオケだった。他の面々もいて、中には女子もいた。
「おぉ瑛人久しぶり!元気だったか!?」
「瑛人君調子はどう?」
そう口々に僕を心配してくれる人が家族以外にもいることを、僕は初めて実感したかもしれない。人の温もりに触れて僕は以前より、あの時よりも幾分か気分は良くなっていて、皆が歌っているのを合いの手を加えたりして自分なりに楽しんでいた。
「私が誰だか分かる?」
「いや、分からないです」
「そっか、まぁ仕方ないよね……。じゃあ自己紹介しちゃおったかな?私は竹川君の隣の席の水無川涼葉。宜しくね」
「竹川瑛人です。宜しく」
それが『彼女』との初めての出会いだった。僕の真正面に座る彼女は、このメンバーの中でも一際大人びたオーラを放っていて、それでいて容姿端麗で笑顔がとても印象的な人だ。
その日は午後六時までカラオケで歌い、夜はファミレスでご飯を食べることになった。念の為父さんと妹にはメールをしておいた。
久しぶりの外出、そして友人達と遊んで最初は馴染めないんじゃないかと心配していたけど、案外そうでもなくて、大分馴染めた感は実感出来てきた。僕の左隣は貴之が座っていて真正面は水無川さんが据わっている。
「竹川君、趣味とかってある?」
おもむろに彼女が尋ねてきた。僕は無難に映画鑑賞や読書と答えた。すると彼女も同じだという。映画鑑賞ではホラーというお互い共通の好きなジャンルの話で盛り上がり、読書では好きな作家さんやお気に入りの本の話などをした。
「私達趣味合うね~!」
「僕もビックリしたよ」
それからご飯食べが終わり各自帰宅したのたが、帰り際に彼女と交換したL〇NEでメールが来ていた。
「今度今やってるホラー映画見に行かない?」
お誘いのメールだった。僕は一瞬戸惑ったけれど丁度観たいと思っていたのですぐに返信した。すると「嬉しい」を表す絵文字が返ってきたけどどう返せばいいか分からなかったのでそっとしておくことにする。
僕は今日で色々と変わった。母さんがいなくなってからの世界を拒絶して、自分だけの世界に閉じこもっていたけれど、貴之やクラスの皆、そして不思議と趣味が合う彼女の存在が僕をそこから連れ出してくれたのだ。
……ほんの少しだけ人生が鮮やかになった気がした。僕はその日の夜とても良い睡眠をとることが出来た。あの日以来眠ることが殆ど出来なくなっていた自分はもういない。
翌朝僕は六時前に起床した。こんなに早く起きたのは久しぶりな気がする。今日は学校に行ける。そんな気がして、僕は一通りの身支度を済ませて一階に下りた。
リビングが見えてくると、朝ご飯と弁当を作っている妹がこちらを凝視していた。そのうち父さんもこちらに気付いて目をぱちくりさせている。
「お、お兄ちゃんどうしたの?」
「瑛人、どうした?」
心底心配そうに二人は訊く。僕は何故か誇らしげな気分になって、少し返事をするのに間を置いた。フライパンでソーセージがジューといい音を立てて焼けている音がする。テレビは朝のニュースを放送していて、アナウンサーの人の声が単調なリズムで聴こえてくる。
「学校に行ってみる」
最初は二人共何を聞いたのか理解出来なかったようでお互いに顔を見合わせている。そしてまたこちらを見て、ぱぁーっと顔が明るくなったかと思うと僕の傍へと飛んできた。
「ホントなのお兄ちゃん!?」
「学校に行くって本当なのか!?」
「……うん。僕さ、変わってみようと思うんだ」
その言葉を聞いて、父さんは感極まったのか目頭を抑えて元のダイニングテーブルに戻り、椅子に座り直して新聞を上半身が隠れるくらい覆って読み始めた。妹はというと何か夢を見ているような表情で、僕はそんな二人を見て何か恥ずかしさのようなモノがこみ上げて来るのを感じた。
「そうか、学校に行くのか」
新聞を読みながら若干涙声でそう言う父さんの手は、微かに震えていた。
「お兄ちゃんが学校かぁ……」
まだ半ば夢見心地でいる妹は相変わらずで、けれど僕はそんな二人が大好きだ。本当に家族になれてよかったと思う。きっと誰かが欠けていれば歯車は噛み合わずに崩壊していただろう。今は亡き母さんも、きっとそう思ってると思う。父さんも妹もきっと。
「そういえばお父さん、仕事は大丈夫なの?」
「あ、ヤバい遅刻だ遅刻!」
妹がそう父さんに言うと、父さんは慌てだしてテーブルの上のご飯と味噌汁をかきこんで麦茶を一杯飲んでから、バッグとネクタイをはめて玄関へと続くドアを開けた。
部屋を出ていく寸前、父さんは僕に向き直り、「頑張ってこい」とただその一言だけ告げると出ていった。
その後は朝食を妹と二人でとり、制服に着替えて歯磨きをし、髪型を整えて僕は玄関に立った。
靴を履き、玄関のドアを開く。今日の天気は快晴で、心做しか今の僕の気持ちを代弁してくれているような、そんな天気だ。
久しぶりに自転車を漕いだり、通学路を通るのでちょっと緊張している。前はよく通っていた橋も交差点も通るところ全てが懐かしく感じる。
そして漕ぎ始めること四十分、校舎が見えてきた。自転車を駐輪場に停めて、正門を通る。今の時間帯は生徒の登校時間のピークなので登校してくる生徒が多く、僕はゆっくりと靴箱へと向かう。
その途中、貴之が俺の肩を軽く叩いて、「おはよう」と言ってくれた。そして、水無川さんとは靴箱で靴とスリッパを履き替える時に会った。
「竹川君、おはよう」
「水無川さん、おはよう」
今日から、やっと新しい自分が始まるのだ。
「おぉ瑛人久しぶり!元気だったか!?」
「瑛人君調子はどう?」
そう口々に僕を心配してくれる人が家族以外にもいることを、僕は初めて実感したかもしれない。人の温もりに触れて僕は以前より、あの時よりも幾分か気分は良くなっていて、皆が歌っているのを合いの手を加えたりして自分なりに楽しんでいた。
「私が誰だか分かる?」
「いや、分からないです」
「そっか、まぁ仕方ないよね……。じゃあ自己紹介しちゃおったかな?私は竹川君の隣の席の水無川涼葉。宜しくね」
「竹川瑛人です。宜しく」
それが『彼女』との初めての出会いだった。僕の真正面に座る彼女は、このメンバーの中でも一際大人びたオーラを放っていて、それでいて容姿端麗で笑顔がとても印象的な人だ。
その日は午後六時までカラオケで歌い、夜はファミレスでご飯を食べることになった。念の為父さんと妹にはメールをしておいた。
久しぶりの外出、そして友人達と遊んで最初は馴染めないんじゃないかと心配していたけど、案外そうでもなくて、大分馴染めた感は実感出来てきた。僕の左隣は貴之が座っていて真正面は水無川さんが据わっている。
「竹川君、趣味とかってある?」
おもむろに彼女が尋ねてきた。僕は無難に映画鑑賞や読書と答えた。すると彼女も同じだという。映画鑑賞ではホラーというお互い共通の好きなジャンルの話で盛り上がり、読書では好きな作家さんやお気に入りの本の話などをした。
「私達趣味合うね~!」
「僕もビックリしたよ」
それからご飯食べが終わり各自帰宅したのたが、帰り際に彼女と交換したL〇NEでメールが来ていた。
「今度今やってるホラー映画見に行かない?」
お誘いのメールだった。僕は一瞬戸惑ったけれど丁度観たいと思っていたのですぐに返信した。すると「嬉しい」を表す絵文字が返ってきたけどどう返せばいいか分からなかったのでそっとしておくことにする。
僕は今日で色々と変わった。母さんがいなくなってからの世界を拒絶して、自分だけの世界に閉じこもっていたけれど、貴之やクラスの皆、そして不思議と趣味が合う彼女の存在が僕をそこから連れ出してくれたのだ。
……ほんの少しだけ人生が鮮やかになった気がした。僕はその日の夜とても良い睡眠をとることが出来た。あの日以来眠ることが殆ど出来なくなっていた自分はもういない。
翌朝僕は六時前に起床した。こんなに早く起きたのは久しぶりな気がする。今日は学校に行ける。そんな気がして、僕は一通りの身支度を済ませて一階に下りた。
リビングが見えてくると、朝ご飯と弁当を作っている妹がこちらを凝視していた。そのうち父さんもこちらに気付いて目をぱちくりさせている。
「お、お兄ちゃんどうしたの?」
「瑛人、どうした?」
心底心配そうに二人は訊く。僕は何故か誇らしげな気分になって、少し返事をするのに間を置いた。フライパンでソーセージがジューといい音を立てて焼けている音がする。テレビは朝のニュースを放送していて、アナウンサーの人の声が単調なリズムで聴こえてくる。
「学校に行ってみる」
最初は二人共何を聞いたのか理解出来なかったようでお互いに顔を見合わせている。そしてまたこちらを見て、ぱぁーっと顔が明るくなったかと思うと僕の傍へと飛んできた。
「ホントなのお兄ちゃん!?」
「学校に行くって本当なのか!?」
「……うん。僕さ、変わってみようと思うんだ」
その言葉を聞いて、父さんは感極まったのか目頭を抑えて元のダイニングテーブルに戻り、椅子に座り直して新聞を上半身が隠れるくらい覆って読み始めた。妹はというと何か夢を見ているような表情で、僕はそんな二人を見て何か恥ずかしさのようなモノがこみ上げて来るのを感じた。
「そうか、学校に行くのか」
新聞を読みながら若干涙声でそう言う父さんの手は、微かに震えていた。
「お兄ちゃんが学校かぁ……」
まだ半ば夢見心地でいる妹は相変わらずで、けれど僕はそんな二人が大好きだ。本当に家族になれてよかったと思う。きっと誰かが欠けていれば歯車は噛み合わずに崩壊していただろう。今は亡き母さんも、きっとそう思ってると思う。父さんも妹もきっと。
「そういえばお父さん、仕事は大丈夫なの?」
「あ、ヤバい遅刻だ遅刻!」
妹がそう父さんに言うと、父さんは慌てだしてテーブルの上のご飯と味噌汁をかきこんで麦茶を一杯飲んでから、バッグとネクタイをはめて玄関へと続くドアを開けた。
部屋を出ていく寸前、父さんは僕に向き直り、「頑張ってこい」とただその一言だけ告げると出ていった。
その後は朝食を妹と二人でとり、制服に着替えて歯磨きをし、髪型を整えて僕は玄関に立った。
靴を履き、玄関のドアを開く。今日の天気は快晴で、心做しか今の僕の気持ちを代弁してくれているような、そんな天気だ。
久しぶりに自転車を漕いだり、通学路を通るのでちょっと緊張している。前はよく通っていた橋も交差点も通るところ全てが懐かしく感じる。
そして漕ぎ始めること四十分、校舎が見えてきた。自転車を駐輪場に停めて、正門を通る。今の時間帯は生徒の登校時間のピークなので登校してくる生徒が多く、僕はゆっくりと靴箱へと向かう。
その途中、貴之が俺の肩を軽く叩いて、「おはよう」と言ってくれた。そして、水無川さんとは靴箱で靴とスリッパを履き替える時に会った。
「竹川君、おはよう」
「水無川さん、おはよう」
今日から、やっと新しい自分が始まるのだ。
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