覇者開闢に抗いし謀聖~宇喜多直家~

海土竜

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木津川口の戦い 3

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 黒煙が晴れる頃には、織田軍の兵が進める大きな橋を落とし、石山本願寺へ食料を運び込む手筈が整っていた。

「西方大名のご尽力誠に痛み入ります。民のための食料まで用意してくださるとは、ありがとうございます」

 大柄な僧が出迎える。朱塗りの鎧に頭巾を巻いた若いが肝の据わった態度と髭面。僧侶というよりは武人か、武蔵坊弁慶を連想させる血生臭い見た目の男が本願寺顕如であった。

「将軍・足利義昭様より要請を受けたのだ、何ほどの事もない」

「……はっ、将軍が本殿でお持ちです」

 歯切れの悪いため息のように答えた。

「義兄・武田信玄が存命中は、甲斐より支援もあり、戦乱から逃れてきた民を受け入れる事も出来たのですが、日に日に増える民に食事を配るにも困窮し、織田信長の攻勢にさらされ……」

 足利義昭を扱いきれぬと言ったところか。しかし、織田信長が激しく攻め立てるのは、何も足利義昭を匿ったからではないあろう。
 川を水路で繋いで掘りとし、塀で囲まれた庭園に入り組んだ街並みが延々と続く。石山本願寺は広大な敷地を持つ城であった。多くの民が住み多くの富を生む、これを捨ておくはずもない。

「これからは、宇喜多家の他にも毛利家からも食料の援助が受けられよう。ご安心なされ。……本当は、その日の食料よりも、生活の場を与えられれば良いのだがな」

「はい、家を建て田畑を耕そうにも、戦火に逃げまわらなければならないのなら、獣のように木の実を食べて生きるしかありません」

 直家も城の改修や軍船の建造で行き場を失った人々を雇い入れ定住場所を作りはしたが、一度に十数万もの民を受け入れられるはずもなかった。
 少なくとも、今は。

「こちらが、本殿になります」

 本願寺顕如がそう言ってから、三つは門をくぐった。
 どれも豪華さと頑丈さを備えた扉を備えていた。外側の門も同じような造りなら、精強な織田軍が寄せ集めの民兵相手に攻めあぐねるのもうなずける。
 最後の門をくぐった石畳の先の本堂は、床が高く、入り口は幅広く、屋根は見上げるほど高い。見る者を威圧する壮大な建物だった。そこから回廊伝いに進んだ法堂に、将軍・足利義昭の謁見の間がこしらえられていた。

「よく参った。……宇喜多? 毛利の者ではないのか?……。まぁ良い、よく参った、宇喜多直家とやら、おもてを上げよ」

「宇喜多直家、征夷大将軍に拝謁いたします」

 なるほど仏閣が良く似合う。特に華美に着飾っているわけでも、袈裟も法衣も身に着けてはいなかったが、それが足利義昭に対する印象だった。
 少なくとも武将には程遠い、戦場に立つなら本願寺顕如の方が頼もしいだろう。

「良い知らせを持ってきたのだろうな?」

「包囲していた織田軍を撃退し、運び込んだ食料は次の春まで持つ量です」

「それで、織田信長の首は取ったのか?」

「いえ、戦場に織田信長の姿はなく……」

「ならば、本陣まで探しに行けば良かろう」

「義昭様、宇喜多殿が救援に来てくれなければ、今頃は、織田家の兵が本堂を占拠していたでしょう」

 本願寺顕如が口添えをしてくれたが、足利義昭は気にした様子もなかった。

「敵が来たのなら門を閉めればよい。お主が集めた兵が入りきらぬ程おるのであろう」

「彼らは、戦火を逃れ集まった民でして、兵ではありません。皆、戦が終わり平安に過ごせる世を求めて、集まっておるのです」

「武器を与えれば勝手に戦いよる野蛮な連中だろう。雑兵などそんなものだ」

 出家していたはずだが、将軍家はそこでの扱いも違ったらしい。だからこそ、織田信長も暗殺や退位ではなく、追放という手段を取ったのかと疑いたくもなる。

「いつになったら、京へ戻れるのじゃ? 織田信長を討ち取ったら、次は三好じゃ」

「義昭様、三好家は織田家を阻むため尽力し……」

 籠城の張り詰めた空気の中で足利義昭と本願寺顕如が諍いを起こせば。目も当てられんが、それも時間の問題、今の内に手を打っておくべきだな。

「義昭将軍、上洛するのであれば、備後に向かわれるのはいかがでしょうか」

「備後? どこだそれは」

「備後の鞆は、第十代将軍・足利義稙様が上洛を果たされた、吉兆の地であります」

「おお、それはよい。すぐに出発するとしよう」

 突然の申し出に、本願寺顕如は驚いた目を向けていたが、そこには友好的な感情が込められていた。足利義昭の周囲に控える側近も、木像のように黙っていた。
 一人上機嫌な足利義昭の前から下がると、実務的な手はずを整え始める。毛利方への連絡に、今後の防衛計画などだ。

「我ら宇喜多水軍の代わりに、毛利水軍が防衛に当たる事になります。石山本願寺は川で守られた難所、橋と水路を守れば、送り込める兵も限られます。織田の兵も、そう簡単には攻め入ってこないでしょう」

「本願寺の守りもそうですが、将軍の事……、宇喜多殿には感謝しきれません。これも仏の慈悲の賜物」

「なに、我らも戦乱の世の武将、慈悲や慈愛で動いている訳ではありません。我々にとって有益な行動を取ったにすぎませんよ。……将軍を手土産に、織田信長に下られても困りますからな」

「そのような、教えに反する事は……」

 本願寺顕如は、言葉を続けられず口籠った。権謀術数を弄する戦国の武人の間で生きていると、裏表のない人の良さそうな態度の相手と話をするのは悪い事をしたような気がする。

「生き残るためには、必要かもしれませんよ」

「長嶋願証寺では、子供や老人でさえ許さなかった。本願寺を明け渡して、何人の民が許されるのか。本願寺を明け渡せば、戦火に追われた民はどこへ行けばいいのか」

「そうですね。生きるためには家や土地が必要です。しかし、城は幾たび失っても取り戻せるが、失った命は取り戻せない。二度とあのような事にはならぬように……」

 東からの道が集まる安土城を中心に、伊勢から海路を抑え、琵琶湖から海へと流れる木津川水域を手に入れれば、西への侵攻も思うがまま。織田信長は、石山本願寺を手に入れるため手段を択ばないだろう。強固に守れば守るほど、大きな惨劇が待ち受けている気がしてならなかった。
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