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手料理
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ドンドン。
扉を叩く音で目が覚めた。
大きな音ではなかったが、壁にもたれて座った姿勢からズルズルと滑ってそのまま寝た姿勢、仰向けではあるが首を90度に曲げて上を見上げる様に額を壁に押し付けていたため、随分と頭に響いた。ひりひりする額を軽くさすりながら扉を開けると、そこには若い女性の姿があった。
「こんばんは。あの……シチューを作りすぎちゃって……」
青いふたの付いた半透明のタッパを持った女性は、すこし前、数日か数週間前に、隣に越してきた女性だった。その時も挨拶に来て、自己紹介をされたが名前は忘れた。
そのタッパを渡されるものかと思ったが、しっかり両手で掴んだまま、玄関先に立つ彼女の小さく巻いた前髪の向こうで瞳が左右に揺れていた。
それが、藤の間を飛び回る蝶のようだった。
動きに合わせて目で追うと、するりと逃げて別の蔦の間から顔を出す。
「……これ!」
蝶の動きに見とれて、目の前に差し出されたタッパに気が付かなかった。あまりものにしてはしっかりと重みのあるタッパを受け取ると、腹がぐうと鳴った。そう言えば、ほとんどコンビニで済ませ、手作りの料理なの久しぶりだった。
頬を赤らめて慌てて帰る彼女を見送ると、大して数の無い食器から底の深い器を選んで、レンジで温める。それをスプーンですくい、口の中へ放り込んだ。
ただ、それだけだが。
美味かった。
とてつもなく、美味かった。
煮込まれたじゃがいもが舌の上でほろほろと崩れ、うま味の汁が溢れ出す。にんじんは立てられた歯に表面が薄皮のような弾力で抵抗し、たわみはじける。スポンジのように浸み込んでいた煮汁を絞り出したにすぎないが、内側に詰まった煮汁が荒れ地を押し流す川の奔流のように、地中に深くに貯め込んだ命の甘さと香りを広げた。
直ぐに次を口に入れたい欲求に駆られる。
カチャカチャと音を立てながらスプーンでシチューを救うと、細切れにされた鶏肉が顔を出す。肉の歯ごたえや味の満足感を得るには、小さすぎると思ったが、口の中へ入れた瞬間そんな思いは消え去った。それは初めの一口だけを味わえるのだ。
ぷるんとした弾力ある歯ごたえの下で、ぷつぷつと途切れていく繊維。その間には野菜にはありえない肉汁のうまさが詰まっている。そして、それが、さっと溶けるように消え去るんだ。
そうでなくてはならない。二口目まで残れば、筋ばった繊維が引き延ばされたゴムのように戻ろうと抵抗し、引き千切られまいと断末魔を上げるだろう。歯の隙間にそれを押し込もうとするかもしれない。分厚い肉のボリュームと格闘しねじ伏せる、そんな不快さを残さず、消え去ってもらわなくては。
すくうたびに、新たな味が広がる。ありふれた具材が、食べなれたはずの食材が、彼女の手にかかると魔法のように様々な味を醸し出す。
ああ、次を、次を食べたい。
そこの深い器もタッパも、直ぐに空になっていた。
それからは、彼女の料理の事しか考えられず何も手に付かなかった。
布団の上でのたうちながらあふれる唾液を飲み干しても、喉の中を流れるうま味の残滓が洗い流せず、息をすると芳醇な香りが胃を刺激し、ぐうと鳴かせるため、喉を押さえて堪えなばならなかった。
それも僅かな時間で、ドンドンと扉を叩く音に遮られた。
跳ねるように起き上がると、ぶつからんばかりの勢いで扉を開けた。期待通り、そこにはタッパを持った女性が立っていた。少しばかりの言葉を交わし、タッパを受け取ろうとすると、握った手が彼女の指先に触れる。さらりとした絹の滑らかさと、しっとりとした命の瑞々しさ。白く細い指先は柔らかく、薄い膜の下には、命の温もりがあふれている。そんな印象を覚えた。
その指先こそが、様々な触感を作り出す。それは間違いない。
彼女の柔らかな指が野菜を撫で、薄い皮に爪を立てる。ゆっくりと締め付けてくる手のひらの皮膚の下で、筋肉が脈打っている。
彼女の手を強く握ったまま、肩を引き寄せ、赤く濡れた唇に唇を重ねた。味わうように、うま味を吸い出すように。
彼女はこれからも、僕のために料理を作り出してくれる。それは、今まで食べた事もない、料理だ。今まで食べた、どんな料理よりも、美味い筈だ。
唇から顎へ舌を這わすと肉の内側で彼女の舌が応える。さらに脈打つ血管を撫でるようにたどると、猫のように喉を鳴らした。恥ずかしさに耐えかねたのか、乳房の柔らかい肉が鼓動に合わせて震えている。
「もう、やめて……、何でもするから……、何でも作るから……」
どうしたんだい?
安心して。心配しなくても大丈夫、もうじき出来上がる。柔らかく滑らかな皮膚を通して感じる力強い命は、間違いなく、君の最高傑作だ。何よりも、どんなものよりも、美味い筈だよ。
「お願い、解いてよ!」
彼女が身をよじると、手首に巻いてある紐が肌に食い込む。うま味を逃さないためだ。ほんの少し辛抱して。言い聞かせるように、乳房から下へ頬ずりする。剃りたての髭が彼女の柔らかい皮膚の上でぷちぷちと音を立てると、内側から、ぽんっと肉がはずんで応えた。
「もうすぐ、出来上がりだね……」
抱きかかえるように手を回し、その柔らかな丸いふくらみに、囁くように口づけした。
扉を叩く音で目が覚めた。
大きな音ではなかったが、壁にもたれて座った姿勢からズルズルと滑ってそのまま寝た姿勢、仰向けではあるが首を90度に曲げて上を見上げる様に額を壁に押し付けていたため、随分と頭に響いた。ひりひりする額を軽くさすりながら扉を開けると、そこには若い女性の姿があった。
「こんばんは。あの……シチューを作りすぎちゃって……」
青いふたの付いた半透明のタッパを持った女性は、すこし前、数日か数週間前に、隣に越してきた女性だった。その時も挨拶に来て、自己紹介をされたが名前は忘れた。
そのタッパを渡されるものかと思ったが、しっかり両手で掴んだまま、玄関先に立つ彼女の小さく巻いた前髪の向こうで瞳が左右に揺れていた。
それが、藤の間を飛び回る蝶のようだった。
動きに合わせて目で追うと、するりと逃げて別の蔦の間から顔を出す。
「……これ!」
蝶の動きに見とれて、目の前に差し出されたタッパに気が付かなかった。あまりものにしてはしっかりと重みのあるタッパを受け取ると、腹がぐうと鳴った。そう言えば、ほとんどコンビニで済ませ、手作りの料理なの久しぶりだった。
頬を赤らめて慌てて帰る彼女を見送ると、大して数の無い食器から底の深い器を選んで、レンジで温める。それをスプーンですくい、口の中へ放り込んだ。
ただ、それだけだが。
美味かった。
とてつもなく、美味かった。
煮込まれたじゃがいもが舌の上でほろほろと崩れ、うま味の汁が溢れ出す。にんじんは立てられた歯に表面が薄皮のような弾力で抵抗し、たわみはじける。スポンジのように浸み込んでいた煮汁を絞り出したにすぎないが、内側に詰まった煮汁が荒れ地を押し流す川の奔流のように、地中に深くに貯め込んだ命の甘さと香りを広げた。
直ぐに次を口に入れたい欲求に駆られる。
カチャカチャと音を立てながらスプーンでシチューを救うと、細切れにされた鶏肉が顔を出す。肉の歯ごたえや味の満足感を得るには、小さすぎると思ったが、口の中へ入れた瞬間そんな思いは消え去った。それは初めの一口だけを味わえるのだ。
ぷるんとした弾力ある歯ごたえの下で、ぷつぷつと途切れていく繊維。その間には野菜にはありえない肉汁のうまさが詰まっている。そして、それが、さっと溶けるように消え去るんだ。
そうでなくてはならない。二口目まで残れば、筋ばった繊維が引き延ばされたゴムのように戻ろうと抵抗し、引き千切られまいと断末魔を上げるだろう。歯の隙間にそれを押し込もうとするかもしれない。分厚い肉のボリュームと格闘しねじ伏せる、そんな不快さを残さず、消え去ってもらわなくては。
すくうたびに、新たな味が広がる。ありふれた具材が、食べなれたはずの食材が、彼女の手にかかると魔法のように様々な味を醸し出す。
ああ、次を、次を食べたい。
そこの深い器もタッパも、直ぐに空になっていた。
それからは、彼女の料理の事しか考えられず何も手に付かなかった。
布団の上でのたうちながらあふれる唾液を飲み干しても、喉の中を流れるうま味の残滓が洗い流せず、息をすると芳醇な香りが胃を刺激し、ぐうと鳴かせるため、喉を押さえて堪えなばならなかった。
それも僅かな時間で、ドンドンと扉を叩く音に遮られた。
跳ねるように起き上がると、ぶつからんばかりの勢いで扉を開けた。期待通り、そこにはタッパを持った女性が立っていた。少しばかりの言葉を交わし、タッパを受け取ろうとすると、握った手が彼女の指先に触れる。さらりとした絹の滑らかさと、しっとりとした命の瑞々しさ。白く細い指先は柔らかく、薄い膜の下には、命の温もりがあふれている。そんな印象を覚えた。
その指先こそが、様々な触感を作り出す。それは間違いない。
彼女の柔らかな指が野菜を撫で、薄い皮に爪を立てる。ゆっくりと締め付けてくる手のひらの皮膚の下で、筋肉が脈打っている。
彼女の手を強く握ったまま、肩を引き寄せ、赤く濡れた唇に唇を重ねた。味わうように、うま味を吸い出すように。
彼女はこれからも、僕のために料理を作り出してくれる。それは、今まで食べた事もない、料理だ。今まで食べた、どんな料理よりも、美味い筈だ。
唇から顎へ舌を這わすと肉の内側で彼女の舌が応える。さらに脈打つ血管を撫でるようにたどると、猫のように喉を鳴らした。恥ずかしさに耐えかねたのか、乳房の柔らかい肉が鼓動に合わせて震えている。
「もう、やめて……、何でもするから……、何でも作るから……」
どうしたんだい?
安心して。心配しなくても大丈夫、もうじき出来上がる。柔らかく滑らかな皮膚を通して感じる力強い命は、間違いなく、君の最高傑作だ。何よりも、どんなものよりも、美味い筈だよ。
「お願い、解いてよ!」
彼女が身をよじると、手首に巻いてある紐が肌に食い込む。うま味を逃さないためだ。ほんの少し辛抱して。言い聞かせるように、乳房から下へ頬ずりする。剃りたての髭が彼女の柔らかい皮膚の上でぷちぷちと音を立てると、内側から、ぽんっと肉がはずんで応えた。
「もうすぐ、出来上がりだね……」
抱きかかえるように手を回し、その柔らかな丸いふくらみに、囁くように口づけした。
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