俺に7人の伴侶が出来るまで

太郎月

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再会編

歯車の軋み3

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中央南の高原。明るい内は南部との境に横たわる赤い岩石地帯が遠く臨めるのだが、月明かりだけでは流れるような山の影だけしか見えない。

「今日のキャンプはこの辺で良いかな」

ヤマトは花が咲いた木々の近くで立ち止まった。花が散らされていないと言うことは、気性の荒い魔物は近くに居ない証拠だからだ。

光属性の結界でヤマト達は照らされており、火属性のランプや松明などもそれぞれ持ち合わせている。けれど月光だけが頼りの高原では、闇の方が色濃い。


―――――グルルゥ……


「ルパ?何に怒ってるんだ?」

ヤマトが後方へと顔を向けた。光の届かない闇に紛れ、金色の目がひとつ、ギラギラと真横に向けられていた。

視線の先へとヤマトも顔を向けた。
釣られるように仲間達も同じ方向を向く。

光源の届かない場所はシルエットも見えない闇一色。目視出来るのは月明かりで浮かぶ山のシルエットだけ。

「んー…何もいないみたいだけど…スキル使うかな」

「待って下さいまし。わたくしが光を」
「俺が火を投げようか?」

聖女と騎士が競うようにヤマトの両脇に出て来た。

「あはは、ありがと」

「ヤマト、なんか変だ。ミラージ達が怯えてる。何かいるんだ」

テイマーが膝をつき、目には見えないイヌガミを宥めるように空気を撫でる。股の間にアルマジロは丸まり、小さな魔物達は服やポケットに隠れてしまう。ぬいぐるみのような白熊と、見えないイヌガミだけは唸り声を上げていた。

「2人とも明かりをーーー」

その時、山だと思っていた景色の一部が動いた。いや、ずっと動いていたのだが、あまりに緩慢だったから気付かなかったのだ。

聖女は光結界の範囲を広げ、騎士は円を描いた光結界から、真っ直ぐと炎を飛ばした。

「ブルーランプ!君たちも行ってくれ!」

テイマーの命令で青く発光する蝶が隠れていた後頭部から飛び出す。1匹だった蝶は残像のように数を増やしていき、動き出した山の周りを無数に飛び交った。

そして浮かび上がったのは、長い髪のようなたてがみで顔が見えない牛のような大型魔物だ。鬣が重いのか、頭の位置が異常に低く、まるで裾を引くように鬣を地面に引き摺る。そこから大きく横に張り出した角が後ろに向かって湾曲している。

頭が大き過ぎて全体を把握出来ないが、身体は骨のように細く見えた。炎の揺らぎと、蝶の発光が、錯覚を起こしていないのなら。

「アイツ、とろくね?」

「見掛け倒しも良いところだね」

オレンジバンダナの男は構えていたダガーを下ろし、ヴァレリオは煩わしそうに溜息を吐く。
牛は巨大で不気味ではあるが、大きな頭とそれ以上に大きな角のせいか、頭に振り回されるように左右に揺めきながら、よたよたと歩いている。

「ノア、あれ、なんて魔物か分かりませんの?」

「ご、ごめん……魔物に詳しいわけじゃないから…」

扇子で口を隠した令嬢の問い掛けに、テイマーは首を振る。「ヒャッハハ!テイマーの癖に」とオレンジバンダナが笑った。

「…ノア、このまま蝶々達の毒で何とか出来る?」

ヤマトの声に、テイマーは頷いた。

「ん……やってみる」

テイマーは立ち上がり、片手を翳す。掌に意思を乗せて、牛の周りを飛び交う無数の蝶達へ伝えるように。

蝶達は青い鱗粉を撒きながら、更に牛へと近付いた。

「いつ見てもキレイな光景だね」

騎士が言う。

「蝶にたかられる牛が?」

ヒャハッと揶揄うオレンジバンダナ。

「君ねぇ」と騎士が呆れると、ヤマトも思わず笑ってしまう。牛は本当に動きが遅く、蝶達の毒が効いているのかも分からない。しかし立ち止まった。左右に揺れていた大きな頭も止まる。

「効いて、いるのでしょうか」

聖女が不安そうに呟く。

「うーん……直接仕留めに行った方が安全かな」

ヤマトはそう言いながら、一歩踏み出した。牛もゆっくりと顔を上げたと、角の位置で分かった。

「ヤマト、気を付けろよ」

サッとオレンジバンダナが前に出た。ヤマトは頷き、「スキル…」と呟いた時、頭上から声がした。




「アレの目を見るな。死ぬぞ」




聞き覚えがあるその声と共に、ヤマト達の後方から強い風が吹き抜ける。小さな聖女は身体が浮くほどで、令嬢もスカートが煽られて押されるように前に数歩出た。騎士は令嬢の腕を掴み、ヤマトは聖女を脇に抱いて耐える。オレンジバンダナとテイマーはその場でしゃがみ込んだ。

「か、風で蝶が!」

ヤマトが叫んだ。無数に飛んでいた蝶達は強風に飛ばされ、当たり前に毒の鱗粉も空気へ消えて行く。
騎士の炎もあまりの風に揺れ動いた挙句、消えてしまった。

ヤマト達を照らす光はあるが、前方は真っ暗になってしまった。牛も見えない。

と、思ったのは一瞬だ。

先程とは比にならない火炎が、渦を巻くように目の前を駆け走り、辺りは赤く照らし出される。その中央で牛が横たわっていた。

首の前には、短剣の血を振り落とす男が立っている。棚引いていたマントがストンと落ちて、風が止んだことにヤマトはやっと気付く。気付くと同時に叫んでいた。

「……ジンさん!!」

呼ばれてジンは振り返る。



.
.
.




「解体を見たい?」


ジンの問い掛けにヤマトは力一杯頷いた。

「はい!前ジンさんに言われてから、少し気になっちゃって…よくよく考えたら、解体のこと何も知らないなって気付いたんです。こないだの魔物も、コレもめちゃくちゃデカいじゃないですか。ジンさんどうやって解体してんのかなって」

ヤマトは子供のようにそわそわと魔物とジンを交互に見渡す。ジンは一瞬考えた。本来なら見せる義務はない。見て面白いと思える人種も少ない。

「……良いぜ、行こうか」

しかしジンは頷いた。今後、解体に興味を持ってくれれば、各ギルド(今の所、南部には行ってないので除外)で問題になってる死骸の大量放置が少し緩和するかもしれないと思ったからだ。
あまり期待は出来ないが。

「やった!!みんな!俺ちょっとジンさんの解体作業見に行くから、後の事頼んで良い?荷物足りなかったら言いに来て!」

大喜びで野営の準備をしている仲間達の元に大声で知らせながら走って行き、そのままUターンして来た。
快く送り出す仲間達のジンへの視線は相変わらず厳しい。

(まあ…前よりはマシだな)

わざわざ口出しには来ないから。
ヤマトが離れると仲間達もそれぞれ野営の準備へと入った。手ぶらに見えていたが、ジンが見てない内に大小様々な道具が地面に置かれていたのだ。

「ジンさん、あの魔物ってなんて名前なんですか」

「カトブレパス。夜にだけ活動する牛型魔物だ。基本ランクはA。闇属性の『邪視』を使用してくる。目さえ合わせなければ何てことないが、巨体の上『隠密』で近寄ってくるから、気付いたら目の前だったなんて事がある」

「即死系の魔法ですか?」

「魔法とはちょっと違うが、似たようなモンかな」

「へー、目が合ったら死んでたのか…」と、ヤマトは素直に感心している。根の素直さが顔に出る男だ。

炎の円に囲まれているカトブレパスの前に2人で並ぶ。カトブレパスの頭から、ひょこっとドラゴとフィルが出て来た。

「ソイツはなんだ!!」

「ヤマトだよ。パーティーで会ったろ」

ビッとヤマトを指差すドラゴ。簡素な紹介をされたヤマトは「こんばんは!」と明るく返している。ジッとドラゴはヤマトの顔を見詰め、

「誰だ!!」

と叫んだ。恐らく本当に分からないのではなく、興味がないと言う意味だろう。こうなると覚えないので説明しても意味はない。
ヤマトは勢いに驚いて固まっている。何故かドヤ顔でフンッと鼻を鳴らすと、ドラゴはジンの頭の後ろに回って座った。

「ジン、へんな匂いがする。でもまあヨシだ。肉があるからな。オレ様はガマンが出来る。なんてえらいんだ!」

「誰の言葉を覚えたんだそれ。ーー悪いなヤマト、コイツ色々自由なモンで」

「へ?あ、いえ、おしゃべりで羨ましいです。俺の所のドラゴンは気位が高いって言うんですかね、殆ど喋ってくれないんで」

頭の後ろを掻きながらヤマトは苦笑いしている。ジンは無意識に周辺の気配を探った。頭頂部に顎を乗せるドラゴより強い気配はない。そして、フィルが何故か遠去かっていく気配を察した。

「………何やってんだ?」

一目散に走っているのは分かる。まあ、何か気になるものでも見つけたのだろう。呼べば戻ってくると分かっているので、目の前のカトブレパスへ集中する。

「それじゃあ、解体するぞ」

「あっ!はい!!」

ヤマトに声を掛け、ジンは横たわるカトブレパスの首元へと寄る。ジンの背を悠々と超えた小山のような首に左掌をつけ、喉の隆起を探るように撫でる。

予想とは違う解体風景にヤマトは首を傾いだ。解体なのだから長い刃物や鋸などが出て来るのかと思っていた。しかしジンは手ぶらで、ただ喉の感触を確かめているだけに見える。

「………あ、あの、何してるんですか?」

「解体術だ。俺流の」

「へ?」

ジンは数メートル歩いた所で足を止め、左掌をクンッと引いた。毛を鷲掴みしたように見えたが、拳は空を掴んでいるだけだ。ジンの手に意識が逸れていたが、突然激しい斬撃のような音が聞こえ、ヤマトは音の方向を見た。

カトブレパスの身体が、バラバラになっている。

関節から外れた四肢が重力に負けて転がり、大きな角もズシンと音を立てて地面に落ちる。

「……はい? へ? え?」

「これは俺の解体術。魔力循環の要領で体内に切断する形に魔力を流し込んだら、極限まで細めた魔力綱で一気にバラすんだ」

正味、解体作業は残酷だ。それでも討伐したのなら必要な作業であり、避けては通れない。
ジンは蹄を見に行く。

「お前も魔力量が多そうだから、練習すれば同じように出来るんじゃねぇかな。まあ、練習が面倒なら、解体用のナイフを買うと良い。アレはアレで便利だ。種類に合わせていくつか必要になるが、ナイフに解体の術式が組み込まれているから、少ない魔力で簡単に解体出来る。こういう、細かい処理には俺も使う」

蹄だけでも大きな岩のようだ。腰鞄からいつもの短剣とは違うハンターナイフを取り出し、蹄についた泥や汚れを削り、『空間収納』へと入れた。

バラすのは楽だが、結局ひとつひとつ見に行っては、状態を確認したり、汚れを落としたりするので、時間は掛かる。それでも現役の登録者達が見れば、ひっくり返るほどに早い処理なのだが。

「……焼肉屋の部位表みたい」

ヤマトの頭の中には牛肉の部位を表した絵が浮かんでいた。それほどキレイにバラけているから。

「ヤキニクヤ?それは肉の店か?」

別の蹄の処理をしながら、少し離れた位置からジンが問い掛けた。ニクヤと言うのだから肉だろうと言う単純な予想だ。良い肉屋なら行ってみたい。肉屋の情報はいくらあっても困らない。

なんせドラゴが欲しがる量を存分に買うと、殆ど買い占めてしまうから、何軒か梯子することになるのだ。魔物肉ではなく、獣肉を無性に食べたい時があるらしい。

「あっ!!!」

大きな蹄が一瞬で消えても驚かない癖に、自分の発言には心底驚いている。そのまま「なんでも…」と続けたが途切れてしまう。

ジンはカトブレパスの後ろ脚へ向かいたかったのだが、一応ヤマトの様子を見た。野営の準備をしている仲間達へ顔を向けている。

「解体はもう終わりだ。ここから素材を集めるだけになるから、戻っても良いぞ」

「え?あっ!!いえ!ついて行きたいです!すみません!」

飽きたのか、仲間達が心配なのか、どちらかだろうと声を掛けたら、ヤマトは首を振って駆け寄って来た。頷いて後ろ脚へと並んで向かう。

ドラゴは頭の上で2人の会話を無視し、鼻歌を歌っている。

「あの……ジンさんって、口堅いですよね?」

ヤマトが神妙な顔して言った。だから即答した。

「いや、羽のように軽い」と。

「だからジンさんには話してもってえええ???」

「だから話さない方が良い」

「絶対ウソでしょそれ!口に使う表現じゃないですし!!」

「いや、本当に軽い。たんぽぽの綿毛より軽い。あちこちに飛ばす」

何か秘密を明かそうとしていると察知し、ジンは頑なに断る。秘密の共有などしたくない。知った所で自分に有益な何かがあるのだろうか。分からないが、聞いてもない秘密を自分から語ろうとする奴は、結構あぶない気がした。

「なんですかそれ!ジンさんなら話しても良いかなって思ったのに!」

「俺には誰にでも話せる話だけをオススメする。そう言うのは仲間だけにしとけ」

「うう……」

後ろのヤマトを振り返る事なく、ジンは内臓を水で洗って肝を取り出したり、後ろ脚の蹄を収集したり、尾を拾ってカトブレパスの身体を回るように進む。

「……お前、解体に興味ないならマジで戻って良いぞ?」

黙って後ろをついてくるだけになってしまったヤマトを振り返る。横になったカトブレパスの顎の下だ。真っ黒な舌がだらりと地面を舐めている。
顔の解体は全身よりグロく見えるだろうとジンは思っているから、一応気を使ったつもりもある。

「あ、いえ、興味ないわけじゃ……ただ解体は俺、覚えられないみたいで」

「覚えられないって、どういう言い訳だよ」

ドラゴ(と自分)が興味がないと覚えられない性質なので、そういう意味かと受け取ってしまう。

「言い訳じゃなくて…!だから………」

また黙ってしまった。

「……いや、まあ、別に良いけど…」

秘密とやらに関係するのか、関係させたいのか、分からないがジンは面倒に感じ始めた。カトブレパスの顔に向き直り、先程と同じ要領で顎の下に手をつけ、解体術でバラす。白目以外は、牙も骨も真っ黒な魔素が染み込んでおり、武器や防具に使える素材だ。とりあえず牙を取った。

「あれ、この魔物、目を瞑ってますね」

ヤマトはケロッとしてジンの解体を眺めていた。そして、カトブレパスの毛を払った目元を指差す。

「目を合わせると死ぬなら、目を開けさせなきゃ良いんだ。瞼のある生き物なら、目が乾いたら自然と瞬きするもんだろ」

「ジンさんが意図的に瞬きをさせたって事ですか?どうやって?」

「どうって……ドラゴに思いっきり風吹かせて貰って」

何てことない。ドラゴの滑空時、空気抵抗を制する魔術を取り払い、降りてきただけだ。正確には瞬きではなく、強い風圧に負けてカトブレパスは目をかたく閉じてしまったのだ。風から目を守る為に。結果は同じなのでジンは気にしていない。

「あの時の風はドラゴンだったんですか?蝶が散らされてびっくりしました」

「ああ、あの毒蝶か。悪い手じゃねぇが、ああいうのは自分達は隠れてやるんだよ。あんなロックオン状態でやったら、毒が効くまでに反撃食らうぞ。しかも毒蝶の毒って、毒耐性を不随してなきゃ従属主も食らうしな」

「え、俺達ノアの蝶の毒は食らった事ないですよ」

「ああ?うん?そう?」

どうやら勇者たちは何かと例外が多いらしい。

「世界は広いな」とジンは呟く。

自分の知識だけを当てにするのは良くない。そんな事を思いながら、瞼を切って取り出した目玉ふたつも回収した。

「よし、ドラゴ。食っていいぞ。骨が残るようなら俺にくれ」

「メシだ!!!ぎゃはは!見ろ!!ほそい!!!」

飛び上がったドラゴはカトブレパスのあばらの一部を持って笑った。細かく部位ごとに切り分けたのは、ドラゴ達が食べやすいだろうと言う配慮も込みだ。

「カトブレパスはアンデッド系だからな」

「死んでるのか?死体か!!」

「いや、アンデッドは実際に死んでる訳じゃ……今は死体だけど。このタイミングだと説明ややこしいなって、聞いてねぇし」

質問した事すら忘れてそうな面でドラゴはあばらをバリバリと食べていた。

「フィルも呼ばねぇとな」

ジンは振り返り、ヤマトよりもずっと後ろを見た。闇の中にこちらに向かって来るフィルが見える。

「……ヤマト、アレはお前んとこのフェンリルか?」

そのフィルの更に後方を指差したジンに、ヤマトは目を凝らす。銀色の毛で闇を弾く手前のフィルとは違い、闇に溶けるように佇む影がある。

「ああ、ちょっと見えないけど…黒いフェンリルならうちのです」

「黒って俺は見たことなくてさ。アイツにもあげて良いか?」

「え?」

「黒って事は闇属性だろ?大して差はないらしいが、同属性の肉は吸収が良いとか言うし。なんか細いし、食うなら食わせてやって良い?」

ジンの目には黒いフェンリルの姿がはっきりと見える。パーティーの時は『体積変化』が出来ないと聞いた気がしたが、黒フェンリルは今のフィルより一回り大きいだけだ。

「良いのかな?」

何故かヤマトは不安そうに言った。

「お前のフェンリルだろ?勇者が従属してるって聞いたんだが」

「………あいつの世話は、いつもリィンがしてくれてるから」

「じゃあ、そのリィンに聞けばいいか?」

「今は居ないんです。エゴイラ…あ、ドラゴンと一緒に出掛けてて…」

申し訳なさそうに言うヤマトに片眉が上がる。ジンはヤマトの仲間達へ目を向けた。確かに6人しかいないようだ。

「……じゃあ、お前が決めてくれ。お前が決めた事なら怒らないだろ」

「そ、そうかな?俺よく怒られるから…あ、もちろん、俺がちゃんと出来ないからで!」

「分かった。じゃあ、俺が怒られよう。呼んでくれ」

ヤマトの謎のフォローをぶった切る。リィンがどういう性格で、ヤマトとどういう関係を築いているかなど関係ないから。こういう時、自分の無神経さに感謝したりもする。ほら、と手で催促すると、ヤマトは「ルパ」と呼んだ。

「ルパ?それが名前か」

「はい、可愛い響きですよね」

「お前が付けたんじゃないのか」

「元々ついてました」

「…………???」

ついにジンの顔が歪んだ。自分で従属したんじゃないのか?とか、誰が名付けたんだとか、色々と、それはそれは色々と疑問が浮かんだが、もう聞くのも疲れる気がして、ジンは一瞬だけ虚無になる。

腹にフィルがドスッと頭突きをしたので我に返る。
ルパと呼ばれた黒フェンリルは遅い足取りながらも近付いて来ていた。フィルもルパの方を見て、尾を振りしきる。風が起こる程だ。目が合ったのか、ルパは立ち止まり、「ウー…」と唸っている。フィルは依然、尾を振りしきる。フィルの頭に手を置く。

「しつこい男は嫌われるぞ、フィル。まずは食事だ。口説くのは後」

「……えッ!!??ルパを口説いているんですか?!?」

ヤマトが心底驚いたらしい声を上げ、ルパを見た。

ルパは真っ黒で長めの毛は少しゴワついている。何より目立つのは、右目を跨ぐ大きな傷痕。もう毛が生えないのだろう、瞼も変形し開けられないのか、閉ざされたまま。左目に残る金色の目は警戒心に燃え上がっている。

「……フェンリルは、オス同士でもつがいになったりするんですか?」

近付こうとしないルパへ、ジンはカトブレパスの一部を投げる。ルパの体格とほぼ変わらないサイズのものだ。何度か地面を跳ね、数メートル先で止まった一部を見詰めるルパ。

「何言ってんだ、ルパはメスだろ。まあ、魔物の中にはオス同士で番になるものもいるが」

「…………えッ……えええ!!?!?」

「どっちに驚いてんだお前は」

自分の連れている従魔の性別も知らないとはこっちが驚きだよ、とは心の中で。どうせ言っても何らかの言い訳しか返ってこないだろうから。

ルパは空気を嗅ぎ、目線はジンやフィルを気にしつつ、そっと投げられた肉の方へと近付いて行く。真っ黒な肉と骨。皮も剥いでいない新鮮な獲物。漸くルパは食らい付いた。

「……ルパが…女の子…」

「そもそも、ルパってメスの狼って意味の言葉だろ。捻りがない。つけた奴は俺とセンスが同じだな」

なくなる手前で新たな一部を投げる。少しばかり距離が近付くが、ルパは食べる事に夢中で気付いていないようだ。フィルも時々ルパを気にしては、咥えている一部を持って行こうとするがジンが止めた。どうせ逃げられる。
しょぼくれたように大人しくドラゴと食事を続けるフィルに微笑み、呟いた。

「さて、俺らも休む所を探さないとな」

「あ、じゃあ、ご一緒しませんか?」

「皇太子殿下とリィンが嫌がるだろ」

「じゃあ、俺が一緒します!!」

「なんでだよ」

随分と懐かれている気がする。好かれる態度は取っていないのに。いや、多分みんなにこうなのだろう。流される気はさらさらないが、ふとジンは思い付く。

「…まあ、こいつらが食事を終えるまでまだ掛かるだろうし、近場で野営するよ。来たけりゃ来い。そのついでに、あのテイマーも連れて来てくれねぇか。興味ある」

「えッ!?ずるいですよジンさん!ジンさんはジンさんの恋人さんを相手するなって言ったのに」

「…………は?」

「ノアは俺の愛属者なんで!あ、愛属者って分かります?とにかく!ノアは俺のですから!ノアの相手するなら俺も」

「違う」

とんでもない早とちりにジンは少々怒りを見せた。低くなった声と冷たくなった眼光に、その空気を察したヤマトが固まった。

「俺にはもう新しい相手は必要ない。アイツらに俺以外の相手をさせる気もない」

「……すいませんでした…」

震えた小さな声でヤマトが謝罪した。いつもなら横から入ってくる仲間達によるフォローがないからか、ヤマトは余計に素直に見えた。眉は泣きそうに下がっている。
しかしジンの心は微塵も悪びれない。

「単にあの数の同時従属に興味あるだけだ。駄目なら良い」

言いながら歩き出したジン。向かうのは、彼らのキャンプよりも後方に見える大きな岩がある暗がりだ。
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