俺に7人の伴侶が出来るまで

太郎月

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再会編

騎士寮にて3

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昨日の倦怠感を引き摺りながら、ギルバートは早朝に起きた。ジンも同じく起床する。それぞれ依頼と鍛錬があるからだ。
眠気覚ましの洗顔を終わらせた時、ギルバートがジンへと声をかける。

「その腕のタトゥー、昨日あったか?」

変な聞き方だと自覚しつつ、ギルバートはジンのスリーブレスから覗く腕にある黒々とした蜘蛛を指差した。ジンは一度腕を見て、「ああ」と何でもないように言った。

「これタトゥーじゃねぇから」

言葉の続きをギルバートは待った。タトゥーじゃないなら何なのだろうと。
ジンが目線を上げた。

「「…………」」

2人見詰め合い、沈黙が続く。無意味な間だ。

暫くしてジンが言い難いのだと悟り、ギルバートは「そうか」とだけ返して水を注ぎに向かう。
その背に今度はジンが声を掛けた。

「お前に贈り物があるんだ。受け取ってくれると嬉しい」

「贈り物?」

「直接贈りたかったんだが、時間が合わなくて。その内届くよ」

マントを脇に抱え、水を飲んでいたギルバートの頬へと口付けた。慣れないスキンシップに「ぐ」と変な音で答えたギルバートに笑い、ジンは窓から出て行った。

(……直接贈れる時間に合わせれば良いだろうが)

忙しいと分かっているが、内心で少し拗ねたりしつつ、贈り物には少し胸が高鳴る。家族以外への贈り物とはあまり縁がないギルバートには、初めて付き合う人からの贈り物など皆目見当も付かない。

(男相手に花ではないだろうし、アクセサリーなどでもないだろう。武器の類か?……何を貰ったとしても、悪い気はしないか)

好きな相手が、自分の為に選んだ物だ。





.
.
.




幾日か経ったある日。
騎士団では恒例の騎馬の授与式が行われていた。

全員馬には乗れるのだが、騎乗して戦う騎士は決まっており、自分の馬を早く持てれば出世が早まるとも言われていた。

馬は王家から賜り物だ。だからと王族が選ぶ訳ではないが。

騎士団全員が集まる中、騎士団長を含めた幹部クラスの騎士達が正面に並んだ。その背後に、既に馬持ちの騎士達が、今日授与される馬達の手綱を持って待っている。

呼ばれた騎士が威勢よく返事をし、馬達を選びに行く。
大きければいいと言うものでもないが、矢張り大きな馬は人気がある。
しかし、馬があからさまに選んだ騎士を拒むようなら選び直しだ。これから一生の相棒となるから、相性も重視される。初対面で駄目なら、大体駄目らしい。

あくまでも王宮騎士団での基準だが。

「ギルバート・シュバリエ!前へ!」

副団長の1人、比較的若めの騎士に名を呼ばれ、ギルバートは前に出た。授与されるだろうと噂はされていたが、昇格試験でもあった騎乗試合の結果は散々だったのでギルバートだけは『ない』と踏んでいた。

しかし聞き間違いではなさそうだ。全員の注目を浴びながら、先に呼ばれた騎士達を倣い、馬を選びに行こうとした。

「ギルバート・シュバリエには、王家へ贈呈された馬が授与される。此処に!」

ギルバートの足を止め、張り上げられた副団長の声。幹部以外の騎士は騒めいた。ギルバートも呆気に取られ、副団長が見ている方向へと顔を向けた。

騒めきが一層大きくなった。

木々の隙間から現れたのは、長い鬣を緩く編まれた美しい銀馬と黒馬の2頭。その頭にはそれぞれ金のねじれ角が真っ直ぐと伸びている。どちらもしっかりと頭から尻まで、立派な馬具を装備されていた。銀馬は黒っぽい装具、黒馬は銀色っぽい装具でお揃いだ。

「シュバリエには、あの銀の馬。ユニコーンが授与される」

一本角のユニコーン。その美しい見た目から、王国中央では童話や神話に登場する魔物だ。
最も有名な話は、王宮騎士団の初代団長がユニコーンに乗っていたと言う逸話だ。

だから騎士団の紋章には一本角の馬が含まれている。

ユニコーンはその見た目から貴族受けも良く、過去には乱獲騒動まで起こった。捕まえる事自体はそう難しくないらしい。

しかし気位が非常に高く、懐きもしなければ躾も出来ないとも言われている。実際、ユニコーンの騎乗を試したギルド登録者や、譲渡された貴族なんかが大怪我をする事故は年に数件起こっていた。

(の、乗れんの…?)が総員の思いだ。

ギルバートは寄り添う銀と黒の馬を見詰める。誰が贈呈したのか、いくら鈍くてもすぐに分かった。

「…横の、2本角の黒馬は?」

「バイコーンだ。2頭は番らしく、一緒に贈呈された。今2頭の手綱を引いてくれているのは、ギルドで世話をしてくれていたギルド員の方だ。新しい厩番が慣れるまでは、彼が世話をしてくれる」

確かに2頭の前に手綱を握った若い男が立っていた。ギルバートと目が合うと会釈をする。

「国王陛下と王太子殿下が許可され、2頭用に新たな厩舎も作られる予定だ。…その費用も、一緒に贈呈された魔物素材から捻出出来るんだと」

馬2頭に対してとんでもない特別待遇だが、王家としても美しい馬の魔物は騎士団のシンボルとして使えると判断したのだろう。
初代団長の愛馬であるユニコーンと同じだからと言うのも大きい。

「……バイコーンも誰かに授与されるのですか?」

「いや、バイコーンの方には騎手は付けない。あくまでもお前にユニコーンを贈りたいと言う申し出があり、番は一緒にいる方が落ち着くからと2頭で贈られて来ただけだそうだ」

「……そうですか」

ギルバートは頷き、ユニコーン達の方へと歩き出す。

「気を付けろよ。しっかり躾けられているとは聞いているが、ユニコーンは従属契約が解除されている状態だそうだ。あのギルド員は平気でも、お前は初対面だからな」

「…はい」

後ろからの声に空返事をする。
ギルバートは何となく大丈夫だと確信していた。

ギルド員が深く頭を下げて、手綱を2本差し出して来た。ギルバートも頭を下げ、手綱を受け取る。
顔を上げて2頭の顔を見た。2頭もまたギルバートを見下ろしてくる。

場は静まり返っていた。誰もが固唾を飲んで見守る。他の馬達ですら、先程まで鳴いたり、蹄を鳴らしたりしていたのに、ピタリと動かない。

「……あいつの気配がするな」

バイコーンから流れて来る不思議な気配。これが従属契約によるものなのか、ギルバートには分からないが、漠然と何かを感じ取る。

今度はユニコーンを見た。警戒心もなく、穏やかな眼差しでギルバートを見詰め返して来た。

「お前達が贈り物なのか」

笑ってしまう。予想外どころではない。だが、随分とジンらしい贈り物だ。
ギルバートの微笑みに応えるように、2頭はギルバートへと頭を寄せた。親しい人へ懐くような態度。

辺りから「おお…」と感嘆の声が上がった。
父ライオネルは勿論、幹部達も安堵した。副団長は気を取り直し、次の騎士を呼ぶ。
普通の馬も十分に立派なのだが、ユニコーン達の後だと少しばかり迫力に欠けてしまうようで、後続の騎士達は悩み出す者が多発した。

ギルバートはユニコーンとバイコーンの顔の間で、じっと2頭を見詰めていた。

「シュバリエ様」

様子を見守っていたギルド員がそっと近付く。

「ユニコーンのお名前を決めてあげて下さい」

「……名前、ないのか?」

「そうなんです、後で決めると言って全然つけなくて……だから、いつか手離す気なんだなと思ってました。それがまさか……騎士団に贈るとは…」

「勘が当たったな」

「え?そんな事ないですよ。シュバリエ様はジンさんの愛人ですし、ジンさんとイコールみたいなもんでしょ。最初から渡すつもりだったから、名付けなかったんだと思います。勘は外れてます」

ギルド員は「よかった」と2頭を見上げて微笑んだ。

「……最初、と言うのは」

「この子らは、2年前くらいには従属されてたんです。慣らしが終えるまでは狩場で世話をしていたようで、ギルドに来たのはもっと後でしたけど」

「2年?……だったら、違うだろ」

ジンは自分が呼ぶまで会うつもりさえなかったのだから。2年前と言えば卒業してすぐの話になる。

ギルバートの呟きは思いの外小さく、ギルド員には届かなかった。

「ユニコーンの名前が決まったら、バイコーンの名前も付けると仰ってました。だから早めに付けてあげてくれると嬉しいです。やっと名前で呼んであげれるし」

「……可愛がってくれていたんだな」

「ええ、まあ…いつの間にか俺が世話するのが当たり前になっていたので……ジンさんも俺に調子を聞くようになってて。だからって、まさか騎士団の厩にまで派遣されるとは思わなかったですが」

「……悪いな、要らない手間を掛けたか」

「えっ!?いや、寧ろ俺としてはありがたい話ですよ。王宮の敷地なんて厩でも平民は滅多に入れませんし、派遣費として給与も上乗せして貰えるんです。この子らはジンさんのおかげなのか、かなり穏やかなんで世話しやすいですし。ギルドは最近しゃれにならないくらい忙しいんで、豪華な馬小屋でのんびり世話してれば良いんですから……他のギルド員からは羨ましがられました」

ヘッヘッヘと嬉しそうにするギルド員にギルバートは「そうか」と頷いた。
ユニコーンがぶるると空気を震わすように鳴いた。そっと頬に触れるが嫌がらない。本当に気難しい気質なのか怪しいくらいに穏やかだ。

「……名前、何にしようか」

まだ従属もしていないのに、ユニコーンが「待っている」と言っているように感じた。

「────では、初乗りに出よう。騎馬隊、出発だ!」

「ハッ!!」

副団長の溌剌とした声に、馬を貰ったばかりの騎士達が威勢よく返事をした。ギルバートも同じように返したが、ユニコーンに乗る間、バイコーンの方はどうすれば良いのか悩んだ。



.
.
.



騎士団が修練場として使う草原へ、次々と馬が駆けて来る。流石に学生時代から今に至るまで、持ち馬がいなくとも騎乗の練習はしていた騎士達に迷いはない。時折、馬が言う事を聞かずに困っている騎士も数人いるようだが。

「どうだ、ギルバート。乗り心地は」

最後に到着したギルバートへ、馬に乗った副団長が声を掛けて来た。副団長の馬も大きいのだが、それでもギルバートの方が目線が高い。並ぶとユニコーンの大きさが際立った。

「…かなり良いです。まるで風に乗っているようで」

そう、これほどの巨体にも関わらずユニコーンの走りは滑らかで、上下への動きもそう激しくない。集団に合わせると言う知識もあるのか、騎士達の後ろをピッタリと付いて行った。先に出ようともせず、遅れる事もない。

今も副団長の馬は揺れるように左右に動こうとするのだが、ユニコーンはピタリと止まったままだ。

「魔物は知能が高いって言われていたが……正直、襲って来る印象しかなかった。どこが頭が良いんだと思っていたが……」

副団長の目線がギルバートの乗るユニコーンから、騎手のいないバイコーンへと向けられる。ユニコーンの隣を指示もなく走り、指示もなく止まるバイコーンの姿に、副団長は感心するような溜息を吐いた。

「本当に知能が高いんだな。お前が羨ましいよ」

「ありがとうございます」

「俺も次付き合うなら冒険者にするかな」

「………」

冗談と分かっていても、ギルバートは気恥ずかしくなる。誰と言わなくても、この魔物を贈った人物がジンだと言う事は全員理解しているのだろう。無言になってしまったギルバートに副団長は笑いながら、踵を返す。

「よし、それじゃ大丈夫な奴らは思いっきり走らせよう。距離は十分に取れよ」

その声に騎士達は馬を手繰り、距離を開けつつ均等に並んだ。副団長が「はっ!」と馬を蹴って走らせると、他の騎士達も飛び出した。ギルバートも先頭からだいぶ遅れて出発した。隣にバイコーンが並ぶので、隊列には入れないと判断したのだ。
2頭は本当に賢い。ギルバートの意図を理解し、前方の集団には近付こうともしない。距離を保ち、ややのんびりと走っている。

長閑だった。風を切り走る草原は気持ちがいい。馬の駆け足の音も心地よく、誰もが浮足立つような空気に和んでいた。

不意にバイコーンが進路を変えるまでは。

「あッ…!」

バイコーンは影の残像だけ残して、あっという間に消えてしまった。気付いているのはギルバートだけだ。
進路を変えるか、前方を走る集団を見る。草原の左側に森が広がり、集団は走りながら隊列を変更している最中だ。先頭を走る副団長へ伝えに行く事も難しい。

と、思ったらユニコーンが急にスピードを上げた。伸びやかな加速。巨体と思えない滑らかさで馬達の間を抜けていく。抜かれた騎士も馬も、驚くのは数秒遅れてからだ。スレスレを走り抜けたりもしたが、ピクンと反応しただけでパニックになるような馬は居なかった。寧ろ、ユニコーンの風に付いて行くように速度を上げた。騎士の方が呆気に取られる。

「ギ、ギルバート!?お前、最後尾にいたんじゃ…」

「申し訳ありません!バイコーンが進路を変えてしまい」

あっという間に副団長の隣に並んだ。ユニコーンはギルバートの意思を汲み取ったのだろうか。驚いているのは副団長だけでなく、ギルバートも同じだ。それでも伝えるべき事を伝えようと声を上げた。

森は左手に広がるだけで、再び草原へと変わる。全員が森を背後にした時だった。その境目からドッ!!と土を蹴る音がして、飛び越える影が騎士達を陰らせる。最後尾になっていた騎士が見上げた時には、黒馬の長く優雅な尻尾が揺らめているのを見送るだけになる。

再び、ドッ!!と音を立てて着地したのはバイコーンだ。その背に、ジンが乗っている。

「……っ!!???!?」

誰もが突然目の前に現れた黒馬とその騎手に驚いた。

「よお、騎士様。贈り物は気に入ってくれたか」

同じく驚いているギルバートへ、ジンは爽やかな笑顔を見せるだけだ。バイコーンとユニコーンは首を伸ばし合い、寄り添う。

「きゅ、急にどうした!」

「偶々上を通ってたんだ。授与式、今日だったんだな。良い馬だろ?お前に絶対似合うと思ってたんだよ」

「……ああ、良い馬だ。気に入った」

「珍しく素直だな。それだけ気に入ってくれたって事か。折角だ、一緒に走らないか。コイツらの運動ついでに」

ジンの提案にギルバートは逆隣の副団長を見た。副団長は唖然としていており、口が開いたままだ。そのまま、こくこくと頷いた。

「ありがとう。それじゃ借りてくぜ。騎士様、付いて来い」

副団長の頷きを見て、ジンは満足そうに手綱を手繰る。バイコーンはするりと頭の方向を変え、駆け出した。何も言わずともユニコーンはバイコーンに付いて行くんだと思ったが、ユニコーンはギルバートを確認するように顔を向けて来ただけだ。

「……行くぞ、グラディウス」

口を開いたら自然と出て来た。ユニコーンは一瞬不思議そうにしたが、すぐに理解し、バイコーンを追いかけた。風を切りながら、風に乗るような走り。黒い矢のようなスピードで走るバイコーンにすぐに追いついた。
隣に並ぶとジンが微笑む。

「グラディウスが、ソイツの名前か?」

聞こえていたのか。

「……ああ、今、思い付いた」

「良いね。じゃあ、コイツの名前はスクトゥムにしよう」

風の中と言うのに、隣からの声は良く聞こえた。ギルバートは横目でジンを見た。機嫌が良さそうな横顔に思わず胸が鳴る。目線を逸らし、前を見る。いつも見る草原がいつもよりも眩しく見えた。植物の緑は鮮やかで、野花はより可憐で、日差しは明るい。蹄の音が重なる。まるでひとつになるように。

(…なんだ?ここの景色はこんなに綺麗だったか?)

見る物全てが煌めいて見えた。

ユニコーン達も先程よりずっとのびのびとしている。本当にずっと、他の騎士や馬達に合わせてくれていたんだ。もう後ろに影すら見えない。

「手を出せるか」

「は?」

「手だ、左手。手綱から離せるか?」

言いながらジンは両手を離していた。(なんて野郎だ…)と呆れてしまう。揺れは少なくとも、かなりの速度が出ている状況で首元から何かを取り出している。

ネックレスのように見えた。細い紐の先に、10センチ程の金色の棒のような物が2つぶら下がっている。

ジンは紐の部分を持ち、ギルバートへと差し出した。ギルバートは慌てて左手で受け取る。2頭は少し近寄ったり、少しだけ離れたりするが、基本的には割と近い距離を保っているので、受け取るのはそう難しくなかった。

「馬笛だ。コイツらの角から作られた、コイツら専用の」

ギルバートは手の中の笛と呼ばれた物を見る。確かに穴が開いており、笛になっている。
角と同色ではあるが、2頭とも捻れ角は細い先端まで美しく揃っていた。

「角?…削れているようには見えないが」

「根本から折れない限りは再生されるんだ。植角が出来るとか言う噂もある。流石にする意味分かんねぇけど。これは先端を折って作って貰った」

手綱を持ち、スウッと寄って来た。ジンはギルバートが持つ笛の吹き口を指差した。

「ここから魔力を吹き込めば鳴る。耳ではなく角で共鳴するようで、何処にいても聞こえるようだ。あんまり遠いと時間かかるが、それでも必ず呼んだ場所まで来る。だから変な所で吹くなよ」

「……分かったが、スクトゥムの分も俺が持つのか?」

グラディウスに乗るならスクトゥムを遠くから呼ぶ事はないんじゃないかと思った。
するとジンは腰鞄を漁り、短いが同じ革紐についた同じ馬笛を引っ張り出す。2本の笛が風で揺れている。

「お互いにグラディウスとスクトゥムで2つずつ持とう。番だからな、一緒に呼んでやるのが良いだろ。首に下げられるように革紐を通してるが、装備屋に頼めば好きな物に加工して貰えるから」

「………いや、首から下げる形で良い」

「そうか」

肌身離さず持ち運べると思った心理を見抜かれたのか、ジンの微笑みにギルバートは気恥ずかしく居た堪れない気持ちになった。
思い切って手綱から手を離し、頭から首へと馬笛を通した。少し長めの紐は後で調整しよう。

笛がコツコツと揺れて鳴る。心臓が温かくなるようだ。

「…なあ、この2頭を捕まえた理由はなんだ」

手綱を握り直し、平然を装ってギルバートは尋ねてみる。

「うん?ああ、コイツら種族違いで番になったもんだから、群れから追われた挙句、他の奴のテリトリーでボコボコにされたのか弱ってたんだよ。バイコーンなんて死に掛けててな。ユニコーンも健気に寄り添ったまま、一緒に死ぬ気だったみたいで、見てられなくて」

「…………そう」

「ん?なんか間違えたか?」

つい素っ気なく返してしまい、ジンが微かに動揺したのが横目に映る。
やはり2年も前に捕まえていたのだから、自分は関係なかった。ただそれだけなのに、ギルバートは少しだけガッカリしてしまう。

(期待なんかしなければ、こんな気持ちにもならないものを)

「……ギルド員が俺に贈る為に捕まえたと勘違いしていたぞ。俺とは関係ないと、ちゃんと訂正しておけ」

「あ?ああ、いや、関係なくはねぇかな。俺とお前に見えたからほっとけなかったんだ。オス同士の番だし」

その言葉にギルバートは一瞬戸惑った。
関係なくはなく、俺達に見えて、オス同士。どこから突っ込めば良いのか分からず、口をついて出たのは自分でも思わぬ言葉だった。

「………死に掛けた事、ないだろ」

何を言ってるんだろうか、俺は。

「そうだけど。銀のユニコーンがお前に見えて。お前が乗ったら様になるだろうなって思って、だから従属したんだ」

「俺とは会うつもりもなかった癖に、どうやって渡すつもりだったんだ」

「今回と同じだよ」

目の前に川が迫っている。鍛錬場の終わりだ。ここから先は誰のものでもない自然が広がる。しかしジンは速度を緩めない。どうするのか分からなかったが、ジンとグラディウスを信じてギルバートはただ走り続ける。

「魔物の譲渡も、騎士の馬も、王家が関わるんだろ。ユリウスに頼めば、匿名で馬一頭贈るくらい簡単かなって。まあ、ユリウスは関係なく、普通に王家への贈呈って形にしかならねぇって言われたが」

もう川に差し掛かる、その瞬間、命じてもいないのにスクトゥムもグラディウスも跳んだ。
軽々と川を跳躍し、対岸に軽やかに着地する。
ギルバートは少々怯んだのだが、ジンは何でもないように会話を続けた。

「お前を指名出来たのは、お前が俺の愛人になってくれたから」

ついでに自分の妙な権威性の高さのお陰でもあると、ジンは自覚している。男の為なら神にも噛み付くと言われているから、言う事を聞かなかったら何をするか分からないと思われているようだ。

「グラディウスに乗るお前を間近で見れた事も、嬉しい。全部お前のおかげだ」

「そんな、事は」

「ある。俺が諦めかけた時もお前が身体を張ってくれただろ。俺の弱さをお前はカバーしてくれる。感謝してるんだ、本当にありがとう」

ジンの笑顔があまりにも眩しく見えた。ギルバートは目の前がチカチカする気分だ。

一瞬、学生時代の事を思い出した。

いつだったか。彼が消えてしまいそうな気がしたあの瞬間は。

(……ああ、もうあの時のお前は居ないんだな。此処に、居てくれるんだな)

何だか鼻の奥がツンとした。声が震えそうな気がして、ギルバートはただ頷いて返す事しか出来なかった。
それでもジンには伝わった、そう確信出来た。

隣から伸びて来た手が頬を撫でたから。

その後も暫く一緒に走り、従属の仕方やユニコーン達の特性などを教えて貰い、そろそろ戻ろうとUターンをした。再び川を飛び越えた後、ジンが空を見上げた。そしてギルバートへと向き直る。

「グラディウスとスクトゥムをよろしくな、俺の騎士様」

「あ、ああ…もう行くのか?」

「うん、行ってくる」

「そうか…ドラゴとフィルにも、よろしく伝えてくれ」

「直接言ってくれよ。今日は時間ねぇが、今度会ってやって。王宮内では結界が反応するから会わせられねぇけど、こうやって外なら会える」

「……分かった」

深く頷いたギルバートにジンは微笑み、指笛を鳴らす。

「じゃあ、またな」

手を軽く振るとジンは鞍から飛び降りた。心配など要らないと分かっていても驚いてしまう。グラディウスもスクトゥムも、まるで命じられているかのように足を緩める事はない。

ジンを追いかける視線が後方に流れるのは早い。だが、ほぼ同じタイミングで大きな狼がジンの足元へと辿り着いた。

フィルだ。フィルがジンを迎えに来た。
鞍もない背に跨ったジンが、徐々に遠去かる。

「────ジン!!!」

ギルバートは立ち、ありったけの声で叫んだ。ジンが振り返ると、フィルが少し速度を落としたような気がする。

「また、遠乗りをしよう!今度は、皆で!」

ギルバートの声に、ジンが笑顔で片手を大きく上げた。
上空から風の唸りが聞こえる。まるで「オレ様もか!」とドラゴが鳴いたような、そんな気がした。



心臓が、どくどくと脈打つ。
重なる心音が、きっと俺を強くする。




.
.
.




「まーた…お前らは…」

副団長の呆れ声の前には、騎士が数名倒れている。

「ユニコーンもバイコーンも従属者以外乗れないと、何度言われれば分かるんだ」

そう、彼らは従属を済ませたギルバートに許可を得た上で、グラディウス達に果敢に挑んだ戦士達だ。
見事に玉砕し、地面や空に放り投げられ、満身創痍で床に伏せているのだが。

「その内大怪我するぞ!分かってるのか!」

「だ、だって…魔物の騎馬とか、かっこ良すぎる…ずるい…」
「馬達もユニコーンに従って動くんですよ!群れのボスですよ!?羨ましくない奴がいます!?」
「副団長!乗れるもんなら乗りたいでしょう!俺は乗りたいです!」

それぞれが言い分を喚く中、ギルバートはぶるるっと荒っぽい呼吸をするグラディウスを宥めていた。スクトゥムはその横で人間を馬鹿にするような目で見下ろしている。

「だからってグラディウス達に乗れてどうなるんだ?もう従属主がいるんだから意味ないだろ!」

「あ、いえ……あまりに羨ましがられるので、連れに聞いたら『グラディウス達が乗るの許した奴がいたら、特別に捕まえて来てやる』と。それを伝えたら、こんな事に」

ギルバートの声は朴訥としていたが、申し訳なさもある。副団長は頭を抱えた。

「だからチャンレンジャーがこんなに……」

「申し訳ありません」

「……俺も乗ってみて良いか」

「……え?」

副団長を乗せたグラディウスは暴れ回った。跳ね上がり、立ち上がり、身を震わせ、脚を鳴らし、兎に角暴れ回る。

「うおっしゃー!副団長をぶっ飛ばせグラディウス!!」
「行け行け行け!!」
「耐えてる耐えてる!!副団長耐えてる!!」
「落とせえぇぇえ!!」

盛り上がる団員達。何だ何だと見物に来る団員達。

「ぐぬおおお!お前らあああ!!ああああッ!!」

ついに耐え切れず、副団長も空を飛んだ。
グラディウスは喜ぶように後ろ脚を跳ねさせて、スクトゥムと頭を寄り添い合わせる。

その後噂が噂を呼び、1日の終わりにわざわざロデオタイムが組み込まれてしまった。


一度、グラディウス達のストレスになるんじゃないかと相談したギルバートに、ジンは笑った。

「良い良い、吹っ飛ばすだけなんだろ?アイツらもロデオが楽しいんだ。本当に嫌なら、まず背中に乗る事も出来ない」

「……確かに乗るまでは大人しくしてくれている」

「怪我しないように出来るかは乗る奴の問題だから、まあ頑張れ」

との事だった。
大怪我した奴もいたが、皆、自己責任で頑張っている。
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