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第22話 久しぶりの抱擁
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カネが絡むと人間関係はおかしくなる。
俺はそういう例をいっぱい見てきた。
だから、リヒターからの金銭援助は断ることにした。
「リヒター、妹の心配をしてくれてありがとう。でも、薬代の件は俺が解決すべき問題だから。自力でなんとかする」
久しぶりに訪れたリヒターの屋敷で、俺は深々と頭を下げた。
「ごめんな、リヒター」
「頭を上げてくれ、ティノ」
リヒターは怒ってはいなかった。
綺麗な顔に、静かな微笑みを浮かべている。
「きみならばそう言うと思ったよ」
「……意地っ張りだろ、俺」
「そういうところが大好きだ」
「またそうやって甘やかす……」
リヒターが俺のいるソファへやって来た。
すとんと腰を落としたかと思うと、リヒターは俺の背中に腕を回した。リヒターの厚い胸は温かくて、かすかに心音が聞こえる。俺はリヒターの胸にぺたんと頬をくっつけたまま、目を閉じた。
「怖いか?」
「……少し」
「俺を受け入れてくれるか?」
「お、男同士だぞ。上手くいくかな……」
「最初はみんなそう言うらしいぞ」
「……あんた、俺の反応見て楽しんでるだろう」
「バレたか」
くすくすと笑うリヒターはまるで少年のようで、なんとも可愛らしい。俺はもっとリヒターのいろんな姿が見たくなった。
その中にはもちろん、裸になって俺だけを見つめているリヒターも含まれている。
リヒターって、ベッドでどんな風に振る舞うんだろう? 優しくされたい気持ちと、いじめてほしい気持ちがせめぎ合う。リヒターって恋愛経験が豊富っぽいから、テクニックとかすごいんだろうな。
……テクニックだなんて、俺はなんていやらしいことを考えているんだ。
「どうした、ティノ。顔が熱っぽいぞ」
「……あんたの懐があったかいからだよ」
「本当にそれだけか?」
「当たり前だろ! ……あっ」
耳たぶを甘噛みされて、俺はイきそうになった。
カラダの火照りが収まらない。胸の内側には狂おしいほどの切なさが募っていって、悲しくないのに涙がせり上がってくる。
この人と一つになりたい。
「嫌じゃないか?」
「うん。リヒターのこと……好きだから」
もう片方の耳たぶも啄まれる。
理性などどこかに消えてしまった。俺は媚びるような声でリヒターの名前を呼んだ。この俺がまさか、こんな声を出すだなんて。俺、自分のことをノンケだと思ってたけど違うみたいだ。
本当に好きなら、性別なんて関係なくなる。
この人になら、何をされてもいい……。俺のカラダ全部を使って、リヒターを気持ちよくしてあげたいと思う。
リヒターの胸が規則正しく上下している。ああ、リヒターの命を感じる。俺は、この人のことが大好きだ。
「ティノ」
リヒターは歌うように俺の名前を呼んだ。
「愛してる。きみを離したくない」
「リヒター……。俺も、あんたのことが……」
「じゃあ、キスしてもいいか?」
「えっ、あっ、キス? ……ちょっとだけなら」
ちゅっと音を立てて俺の手の甲にキスを落とすと、リヒターは艶っぽく微笑んだ。
「きみの唇を奪って、俺が大人しくしていられると思うか?」
「思わねぇよ! リヒターってその……精力ありそうだし」
「精力? ふーん。きみはどんな想像をしているのかな? 言ってごらん」
「やっ、違う……。俺は、別にっ」
頬っぺたをふにふにとつままれ、こめかみにキスをされる。いつの間にか尻を触られていたが、嫌な感じがまるでしない。リヒターと密着していることが嬉しくて、瞳が潤んでしまう。
「ティノはあったかいなぁ……」
ちゅっちゅっとリップ音を響かせながら、リヒターが俺の首筋や頬っぺたに口づける。
こういうの、ペッティングっていうんだっけ?
セックス未満の行為なのに、俺……すごく感じてる。
このままだとダメだ。
アレが反応しちゃう。
「リヒター、そこまで!」
「分かったよ。ただし、お預けをすればするほど、俺の情熱は高まっていくことを忘れるなよ?」
じんと熱くなった首筋に指を当てながら、俺は呼吸を整えた。
エッチなことをしている場合じゃない。
今日は大事な話があるんだ。
「リヒター。俺、冒険者ギルドに登録しようと思うんだ。うちの会社は副業可能だからさ。商人って結構、需要あるらしいぜ? クエストでさらにカネを稼いでやる!」
「その必要はない。危険な真似をしなくても、きみはカネを稼ぐことができる」
「どうやって?」
「俺の絵のモデルになってくれ」
「はい?」
リヒターは応接室に飾ってある風景画を指差した。
ゲルトシュタットの港を描いた、静謐な雰囲気の美しい作品だ。
「あの絵は俺が描いた。すでに売却先が決まっている」
「えっ? リヒターって画家だったの?」
「週末画家というやつかな。最初は趣味で始めたんだが、俺の画風を気に入ってくれる人がいてな。今では画廊に出展したりしている」
「そうだったんだ……」
「俺は娼婦の息子だろう? 何かしらの教養を身につけた方がいいと先代の騎士団長に言われてさ。それで始めたのが絵画だった」
応接室には他にも風景画が飾られていた。
そういえば、廊下にあった絵もリヒターの作品だったよな。初めて屋敷を訪れた時、騎士団長は剣術バカの脳筋じゃないんだなと思った記憶がある。
リヒターの作品は写実的だけれども温かみがあって、見ていると心が和んだ。
「癒し系だな、あんたの画風は」
「そうか?」
「リヒターの性格が絵に表れてるよ」
「嬉しい感想だ」
リヒターは真面目な表情になった。
「実はな、ティノ。俺は今、少々困っている」
「どうした? 何かあったのか」
「画廊の主人から、人物画を描いてほしいという依頼を受けた。でも、筆が進まなくて、保留になっているんだ」
俺の髪を撫でると、リヒターはささやいた。
「なあ、ティノ。俺の絵のモデルになってくれないか?」
「えっ、俺!?」
「もちろん、モデル料を払う。モデルになって稼いだカネを妹さんへの援助に充てればいい」
その申し出はありがたいが……。
「は、裸にはならないからな!!」
俺が真っ赤になって叫ぶと、リヒターは軽やかに笑った。
「そんなことを望んではいないよ。きみの艶かしい姿を見てもいいのは俺だけだ」
「リヒター。本当に俺でいいのか? 可愛い女の子とかの方がいいんじゃないのか?」
「ティノも絵を描くと言っていたな。だったら分かるだろう? 絵描きが愛を込めて仕上げた作品こそが名画になる」
「……リヒター」
「早速だが、デッサンに付き合ってもらえるか? 構図を決めたい」
「うん、いいけど……」
「では、俺のアトリエに行こう」
俺はリヒターに手を引かれて、屋敷の庭を歩き出した。
俺はそういう例をいっぱい見てきた。
だから、リヒターからの金銭援助は断ることにした。
「リヒター、妹の心配をしてくれてありがとう。でも、薬代の件は俺が解決すべき問題だから。自力でなんとかする」
久しぶりに訪れたリヒターの屋敷で、俺は深々と頭を下げた。
「ごめんな、リヒター」
「頭を上げてくれ、ティノ」
リヒターは怒ってはいなかった。
綺麗な顔に、静かな微笑みを浮かべている。
「きみならばそう言うと思ったよ」
「……意地っ張りだろ、俺」
「そういうところが大好きだ」
「またそうやって甘やかす……」
リヒターが俺のいるソファへやって来た。
すとんと腰を落としたかと思うと、リヒターは俺の背中に腕を回した。リヒターの厚い胸は温かくて、かすかに心音が聞こえる。俺はリヒターの胸にぺたんと頬をくっつけたまま、目を閉じた。
「怖いか?」
「……少し」
「俺を受け入れてくれるか?」
「お、男同士だぞ。上手くいくかな……」
「最初はみんなそう言うらしいぞ」
「……あんた、俺の反応見て楽しんでるだろう」
「バレたか」
くすくすと笑うリヒターはまるで少年のようで、なんとも可愛らしい。俺はもっとリヒターのいろんな姿が見たくなった。
その中にはもちろん、裸になって俺だけを見つめているリヒターも含まれている。
リヒターって、ベッドでどんな風に振る舞うんだろう? 優しくされたい気持ちと、いじめてほしい気持ちがせめぎ合う。リヒターって恋愛経験が豊富っぽいから、テクニックとかすごいんだろうな。
……テクニックだなんて、俺はなんていやらしいことを考えているんだ。
「どうした、ティノ。顔が熱っぽいぞ」
「……あんたの懐があったかいからだよ」
「本当にそれだけか?」
「当たり前だろ! ……あっ」
耳たぶを甘噛みされて、俺はイきそうになった。
カラダの火照りが収まらない。胸の内側には狂おしいほどの切なさが募っていって、悲しくないのに涙がせり上がってくる。
この人と一つになりたい。
「嫌じゃないか?」
「うん。リヒターのこと……好きだから」
もう片方の耳たぶも啄まれる。
理性などどこかに消えてしまった。俺は媚びるような声でリヒターの名前を呼んだ。この俺がまさか、こんな声を出すだなんて。俺、自分のことをノンケだと思ってたけど違うみたいだ。
本当に好きなら、性別なんて関係なくなる。
この人になら、何をされてもいい……。俺のカラダ全部を使って、リヒターを気持ちよくしてあげたいと思う。
リヒターの胸が規則正しく上下している。ああ、リヒターの命を感じる。俺は、この人のことが大好きだ。
「ティノ」
リヒターは歌うように俺の名前を呼んだ。
「愛してる。きみを離したくない」
「リヒター……。俺も、あんたのことが……」
「じゃあ、キスしてもいいか?」
「えっ、あっ、キス? ……ちょっとだけなら」
ちゅっと音を立てて俺の手の甲にキスを落とすと、リヒターは艶っぽく微笑んだ。
「きみの唇を奪って、俺が大人しくしていられると思うか?」
「思わねぇよ! リヒターってその……精力ありそうだし」
「精力? ふーん。きみはどんな想像をしているのかな? 言ってごらん」
「やっ、違う……。俺は、別にっ」
頬っぺたをふにふにとつままれ、こめかみにキスをされる。いつの間にか尻を触られていたが、嫌な感じがまるでしない。リヒターと密着していることが嬉しくて、瞳が潤んでしまう。
「ティノはあったかいなぁ……」
ちゅっちゅっとリップ音を響かせながら、リヒターが俺の首筋や頬っぺたに口づける。
こういうの、ペッティングっていうんだっけ?
セックス未満の行為なのに、俺……すごく感じてる。
このままだとダメだ。
アレが反応しちゃう。
「リヒター、そこまで!」
「分かったよ。ただし、お預けをすればするほど、俺の情熱は高まっていくことを忘れるなよ?」
じんと熱くなった首筋に指を当てながら、俺は呼吸を整えた。
エッチなことをしている場合じゃない。
今日は大事な話があるんだ。
「リヒター。俺、冒険者ギルドに登録しようと思うんだ。うちの会社は副業可能だからさ。商人って結構、需要あるらしいぜ? クエストでさらにカネを稼いでやる!」
「その必要はない。危険な真似をしなくても、きみはカネを稼ぐことができる」
「どうやって?」
「俺の絵のモデルになってくれ」
「はい?」
リヒターは応接室に飾ってある風景画を指差した。
ゲルトシュタットの港を描いた、静謐な雰囲気の美しい作品だ。
「あの絵は俺が描いた。すでに売却先が決まっている」
「えっ? リヒターって画家だったの?」
「週末画家というやつかな。最初は趣味で始めたんだが、俺の画風を気に入ってくれる人がいてな。今では画廊に出展したりしている」
「そうだったんだ……」
「俺は娼婦の息子だろう? 何かしらの教養を身につけた方がいいと先代の騎士団長に言われてさ。それで始めたのが絵画だった」
応接室には他にも風景画が飾られていた。
そういえば、廊下にあった絵もリヒターの作品だったよな。初めて屋敷を訪れた時、騎士団長は剣術バカの脳筋じゃないんだなと思った記憶がある。
リヒターの作品は写実的だけれども温かみがあって、見ていると心が和んだ。
「癒し系だな、あんたの画風は」
「そうか?」
「リヒターの性格が絵に表れてるよ」
「嬉しい感想だ」
リヒターは真面目な表情になった。
「実はな、ティノ。俺は今、少々困っている」
「どうした? 何かあったのか」
「画廊の主人から、人物画を描いてほしいという依頼を受けた。でも、筆が進まなくて、保留になっているんだ」
俺の髪を撫でると、リヒターはささやいた。
「なあ、ティノ。俺の絵のモデルになってくれないか?」
「えっ、俺!?」
「もちろん、モデル料を払う。モデルになって稼いだカネを妹さんへの援助に充てればいい」
その申し出はありがたいが……。
「は、裸にはならないからな!!」
俺が真っ赤になって叫ぶと、リヒターは軽やかに笑った。
「そんなことを望んではいないよ。きみの艶かしい姿を見てもいいのは俺だけだ」
「リヒター。本当に俺でいいのか? 可愛い女の子とかの方がいいんじゃないのか?」
「ティノも絵を描くと言っていたな。だったら分かるだろう? 絵描きが愛を込めて仕上げた作品こそが名画になる」
「……リヒター」
「早速だが、デッサンに付き合ってもらえるか? 構図を決めたい」
「うん、いいけど……」
「では、俺のアトリエに行こう」
俺はリヒターに手を引かれて、屋敷の庭を歩き出した。
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