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アシュレイはクライヴと共に宿に戻った。
廊下を歩いている者はいない。ふたりきりだった。
クライヴがアシュレイを抱き締めた。
「アシュレイ、信じていいんだよな? おまえが俺の恋人になってくれたっていうことを」
「クライヴ。俺は……おまえのものだ」
「おやすみ。明日のコンサート、楽しみにしてるぜ」
クライヴは意を決したように眉をキュッと吊り上げると、アシュレイの額にキスをした。唇を奪われても構わないのに。クライヴは意外と奥手らしい。アシュレイは、クライヴをとても可愛いと思った。
「お返しのキスはさせてもらえないのか」
「ベっ、別にいいけど」
「おやすみ」
アシュレイはクライヴの頬にキスをした。クライヴの琥珀色の瞳が潤む。自分の唇に誰かを溶かす力があるなんて思ってもみなかった。アシュレイはクライヴが愛おしくてたまらなくなった。
「……今夜はスケベな夢を見ちまいそうだ」
クライヴはアシュレイと体を離すと、自室に引き上げていった。アシュレイもまた、みずからの部屋に足を踏み入れた。クライヴとの逢瀬の余韻に浸りながらベッドに横たわる。
程なくして眠りが襲ってきた。
今宵の夢の中で、アシュレイは七色の霧の中に立っていた。霧は濃くて、周囲の様子が分からない。
「誰かいるのか?」
呼びかけると、うめき声が耳に届いた。弱々しいけれども聞き覚えがある声。クライヴだ。
「クライヴ! どこにいる!?」
濃霧がまとわりついてくるなか、アシュレイは辺りを走り回ってクライヴを探した。
『足元をご覧』
どこかから声が響いてきた。男とも女ともつかない中性的なトーンは記憶に残っている。アシュレイが以前、淫夢を見た際に、心の中に語りかけてきた声だ。
怪しい者の指図に従うのは不本意だったが、クライヴを助けるためには仕方がない。
アシュレイは足元を見下ろした。
「クライヴ!」
愛しい人は真っ青な顔をして、地べたに倒れ込んでいた。アシュレイはクライヴを抱き起こした。クライヴの唇が小刻みに震える。
「……アシュレイ」
そう囁いたあと、クライヴは目を閉じた。そして、そのまま動かなくなった。アシュレイは脈拍を確かめたが、残念ながらすべては終わっていた。
「クライヴ! 俺を置いていかないでくれ、クライヴ!」
『いいねぇ。いい味がする。夢の世界でこうなのだから、現実に起きたらどれだけ美味なことか』
「貴様は何者だ!?」
『逸るな、冒険者よ。いずれ顔を合わせることになるだろう。きみたちが巨大スライムを倒せたとしたら』
「もしかして……ダンジョンの主なのか?」
その瞬間、アシュレイの意識が覚醒した。夢の世界から現実に引き戻される。アシュレイはベッドの上でひとり、汗をびっしょりとかいていた。
寝覚めが悪いことこの上ない。
アシュレイはベッドから身を起こして、水差しに手を伸ばした。水を口に含むと悪夢の記憶が和らいでいった。
「アシュレイ。大丈夫か?」
ドアの向こう側から、ノックの音とクライヴの声が聞こえた。
アシュレイはドアを開けると、クライヴの懐に顔をうずめた。
「どうしたんだ? 甘えん坊だな」
「……悪い夢を見た。おまえが地べたに倒れていて、俺が抱き起こした瞬間に絶命した」
震えが止まらないアシュレイの肩を、クライヴが抱きしめた。
「俺の体温を感じるだろう? 大丈夫だ。俺は生きている。その夢は逆夢ってやつじゃねーの?」
「そうだといいんだが……夢の中で妙な声が語りかけてきた。まるで意識を乗っ取られたかのようだった」
クライヴはアシュレイの頬にキスをした。
武骨な手のひらが、アシュレイの鳶色の髪を優しく撫でる。
「一緒に寝ようか?」
「そっ、それは……」
「安心しろよ。どさくさに紛れてコトに及ぶなんて真似は絶対にしない」
「……ベッドが狭くなるぞ?」
「俺の部屋のベッドはふたり用だよ」
「ありがたい申し出だが断る。誇り高きスウィングラーの名が泣く。悪夢ごとき、気合いで克服してみせる!」
アシュレイが体を離そうとした瞬間、クライヴの腕の力が強まった。アシュレイはそのままクライヴの懐に留まった。
「時には甘えることも覚えてくれないか? 俺たちは恋人になったんだから」
「……クライヴ」
「さ、行こうぜ」
クライヴがアシュレイの手を引いて歩き出した。確かにクライヴの部屋のベッドは大きくて、成人男性がふたり並んでも平気そうだった。
アシュレイはクライヴの隣に横たわった。
「今度はいい夢を見ろよ、アシュレイ」
「ああ。おやすみ……」
再び眠りに落ちたアシュレイは、なんの夢も見なかった。
廊下を歩いている者はいない。ふたりきりだった。
クライヴがアシュレイを抱き締めた。
「アシュレイ、信じていいんだよな? おまえが俺の恋人になってくれたっていうことを」
「クライヴ。俺は……おまえのものだ」
「おやすみ。明日のコンサート、楽しみにしてるぜ」
クライヴは意を決したように眉をキュッと吊り上げると、アシュレイの額にキスをした。唇を奪われても構わないのに。クライヴは意外と奥手らしい。アシュレイは、クライヴをとても可愛いと思った。
「お返しのキスはさせてもらえないのか」
「ベっ、別にいいけど」
「おやすみ」
アシュレイはクライヴの頬にキスをした。クライヴの琥珀色の瞳が潤む。自分の唇に誰かを溶かす力があるなんて思ってもみなかった。アシュレイはクライヴが愛おしくてたまらなくなった。
「……今夜はスケベな夢を見ちまいそうだ」
クライヴはアシュレイと体を離すと、自室に引き上げていった。アシュレイもまた、みずからの部屋に足を踏み入れた。クライヴとの逢瀬の余韻に浸りながらベッドに横たわる。
程なくして眠りが襲ってきた。
今宵の夢の中で、アシュレイは七色の霧の中に立っていた。霧は濃くて、周囲の様子が分からない。
「誰かいるのか?」
呼びかけると、うめき声が耳に届いた。弱々しいけれども聞き覚えがある声。クライヴだ。
「クライヴ! どこにいる!?」
濃霧がまとわりついてくるなか、アシュレイは辺りを走り回ってクライヴを探した。
『足元をご覧』
どこかから声が響いてきた。男とも女ともつかない中性的なトーンは記憶に残っている。アシュレイが以前、淫夢を見た際に、心の中に語りかけてきた声だ。
怪しい者の指図に従うのは不本意だったが、クライヴを助けるためには仕方がない。
アシュレイは足元を見下ろした。
「クライヴ!」
愛しい人は真っ青な顔をして、地べたに倒れ込んでいた。アシュレイはクライヴを抱き起こした。クライヴの唇が小刻みに震える。
「……アシュレイ」
そう囁いたあと、クライヴは目を閉じた。そして、そのまま動かなくなった。アシュレイは脈拍を確かめたが、残念ながらすべては終わっていた。
「クライヴ! 俺を置いていかないでくれ、クライヴ!」
『いいねぇ。いい味がする。夢の世界でこうなのだから、現実に起きたらどれだけ美味なことか』
「貴様は何者だ!?」
『逸るな、冒険者よ。いずれ顔を合わせることになるだろう。きみたちが巨大スライムを倒せたとしたら』
「もしかして……ダンジョンの主なのか?」
その瞬間、アシュレイの意識が覚醒した。夢の世界から現実に引き戻される。アシュレイはベッドの上でひとり、汗をびっしょりとかいていた。
寝覚めが悪いことこの上ない。
アシュレイはベッドから身を起こして、水差しに手を伸ばした。水を口に含むと悪夢の記憶が和らいでいった。
「アシュレイ。大丈夫か?」
ドアの向こう側から、ノックの音とクライヴの声が聞こえた。
アシュレイはドアを開けると、クライヴの懐に顔をうずめた。
「どうしたんだ? 甘えん坊だな」
「……悪い夢を見た。おまえが地べたに倒れていて、俺が抱き起こした瞬間に絶命した」
震えが止まらないアシュレイの肩を、クライヴが抱きしめた。
「俺の体温を感じるだろう? 大丈夫だ。俺は生きている。その夢は逆夢ってやつじゃねーの?」
「そうだといいんだが……夢の中で妙な声が語りかけてきた。まるで意識を乗っ取られたかのようだった」
クライヴはアシュレイの頬にキスをした。
武骨な手のひらが、アシュレイの鳶色の髪を優しく撫でる。
「一緒に寝ようか?」
「そっ、それは……」
「安心しろよ。どさくさに紛れてコトに及ぶなんて真似は絶対にしない」
「……ベッドが狭くなるぞ?」
「俺の部屋のベッドはふたり用だよ」
「ありがたい申し出だが断る。誇り高きスウィングラーの名が泣く。悪夢ごとき、気合いで克服してみせる!」
アシュレイが体を離そうとした瞬間、クライヴの腕の力が強まった。アシュレイはそのままクライヴの懐に留まった。
「時には甘えることも覚えてくれないか? 俺たちは恋人になったんだから」
「……クライヴ」
「さ、行こうぜ」
クライヴがアシュレイの手を引いて歩き出した。確かにクライヴの部屋のベッドは大きくて、成人男性がふたり並んでも平気そうだった。
アシュレイはクライヴの隣に横たわった。
「今度はいい夢を見ろよ、アシュレイ」
「ああ。おやすみ……」
再び眠りに落ちたアシュレイは、なんの夢も見なかった。
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