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アシュレイは宿屋の一階にある食堂に走った。
「おかみ! 早朝にクライヴが来なかったか?」
「いらっしゃいましたよ。小腹を満たせるものが欲しいと言われたので、パンとハムを提供しました」
「俺にも同じものをくれ」
おかみはすぐに食べ物を持ってきてくれた。
アシュレイは礼を言って、パンに齧りついた。消化不良で腹痛にでもなったら、かえって損をする。アシュレイは硬めのパンをしっかりと噛み締めた。ハムにも手をつけたが、味がまるでしない。今この瞬間、クライヴの命が脅かされているのかと思うと、居ても立ってもいられなかった。
「ごちそうさま」
腹を満たしたアシュレイは、高価な転移石とポーションを購入した。巨大スライムがいるダンジョンの30階に到達するためには、並の転移石では不十分である。また、クライヴのために回復アイテムであるポーションも必要だ。
おかみが見守るなか、アシュレイは転移石を発動させた。
白い光が全身を舐めていく。
輝きが収まった時、アシュレイの体はダンジョンへと移動していた。ダンジョンの30階は天井が高く、まるで城のなかに招かれたような心地になる。
「クライヴ! 無事か!」
アシュレイはフロアを見渡した。
壁際に炎の柱が噴き上がっている。クライヴが発動させた魔法だろう。アシュレイは壁際に向かって駆け出した。
フロアが濡れていて、足元を取られそうになる。
体勢を崩しつつも、アシュレイはひたすら前進した。
程なくして、巨大スライムと対峙するクライヴの姿が見えてきた。
「アシュレイ! どうしてここに……」
「おまえを追いかけて来たに決まっているだろう! あんな書き置きを残して、死ぬつもりか?」
巨大スライムが炎の柱を吸収し始めた。体の表面が赤一色に染まると同時に、サイズが膨らんでいく。
アシュレイは氷でできたニードルを召喚し、巨大スライムの目を狙った。
ぐちゅっというトマトが潰れたような音がして、巨大スライムの膨張が止まった。そして、巨大スライムの体色が薄いブルーに変わっていった。
「クライヴ! 今のこいつは氷属性だ。おまえの炎で焼き払ってくれ」
「おう!」
クライヴが呪文を唱え、炎でできた特大の扇を召喚した。炎の扇が巨大スライムの体を張り倒す。巨大スライムはべちゃりと床に広がった。体の色が例によって赤に移り変わっていく。
アシュレイは巨大スライムの上に無数の氷柱を降らせた。巨大スライムはもはや属性を変える力が残っていないのか、氷撃を浴び続けた。
巨大スライムの粘ついた体が消え去ったあと、モンスターのコアとおぼしき球体がクライヴの足元に転がった。
クライヴは球体をつまみ上げると、片手で握り潰した。すると、クライヴとアシュレイのギルドカードが光り出した。
「よかった! クエスト完了だ」
アシュレイはフライングレコーダーを止めた。そしてクライヴにポーションを飲ませた。クライヴはバツが悪そうな表情をしている。
「……巨大スライムを倒して真の男になって、おまえにもう一回求愛するつもりだったのに。結局、助けられちまったな」
「クライヴ。無謀な真似と勇敢な振る舞いは違うぞ。それに、俺に守られることの何が不服だ?」
「俺はアシュレイをリードできるようになりてぇんだよ。おまえは強いから。だからもっと強い男じゃないと、おまえと釣り合わないだろう?」
クライヴの問いかけに対して、アシュレイは首を横に振った。
「おまえはまるで何も分かっちゃいないな。男の強さっていうのは腕力だけじゃないだろう? クライヴには仲間を鼓舞する力がある。それに、おまえが匿名の手紙で見せてくれた文才だってすごかった。人の心の機微が分かるおまえの繊細なところも、俺は大好きだよ!」
「アシュレイ……」
「ああ、もう。こんなに好きになる予定なんてなかったのに。クライヴ。覚悟しておけ。俺は一生おまえを離さないぞ」
ふたりは身を寄せ合った。
唇と唇が近づいていく。あと少しで互いの体温を分かち合える距離になったところで、頭上から声が響いてきた。
「きみたちは仲がいいんだね。引き裂き甲斐があるよ」
性別不明の中性的な声には聞き覚えがあった。
どこからともなく七色の霧が漂ってくる。
「貴様は……俺の夢に干渉してきた奴だな?」
アシュレイは杖を構えた。クライヴもまた片手剣を鞘から引き抜いた。
七色の霧の中心部に、羽根が生えた人型のモノが見える。
「僕のことはそうだな。夢魔とでも呼んでもらおうか。モンスターなんて安っぽい呼び方はやめてほしいな。古くは神として崇められていたんだから」
「邪神め……!」
「僕の主食は人間の夢。そして趣味は、人間の悲鳴を聞くこと」
夢魔の手のひらから七色に輝く種のようなものが放たれた。
謎の種は床に落ちると、芽を生やし、あっという間に巨木にまで育った。
七色の巨木の樹液なのだろうか、甘い匂いが香ってくる。
「きみ、僕の生贄にしてあげる」
巨木の枝が伸びてきて、クライヴに巻きついた。
クライヴの体が宙に浮く。
アシュレイは氷でできたニードルで枝を撃ち落とそうとしたが、効き目はなかった。
「クライヴ!」
「ふうん。クライヴっていうのか。よし、いい子だね、クライヴ。僕が素敵な夢を見せてあげよう」
「やめろ! そいつに触れるな!」
夢魔がふふっと笑った。
そして、無数の枝がクライヴの体を貫いた。
「おかみ! 早朝にクライヴが来なかったか?」
「いらっしゃいましたよ。小腹を満たせるものが欲しいと言われたので、パンとハムを提供しました」
「俺にも同じものをくれ」
おかみはすぐに食べ物を持ってきてくれた。
アシュレイは礼を言って、パンに齧りついた。消化不良で腹痛にでもなったら、かえって損をする。アシュレイは硬めのパンをしっかりと噛み締めた。ハムにも手をつけたが、味がまるでしない。今この瞬間、クライヴの命が脅かされているのかと思うと、居ても立ってもいられなかった。
「ごちそうさま」
腹を満たしたアシュレイは、高価な転移石とポーションを購入した。巨大スライムがいるダンジョンの30階に到達するためには、並の転移石では不十分である。また、クライヴのために回復アイテムであるポーションも必要だ。
おかみが見守るなか、アシュレイは転移石を発動させた。
白い光が全身を舐めていく。
輝きが収まった時、アシュレイの体はダンジョンへと移動していた。ダンジョンの30階は天井が高く、まるで城のなかに招かれたような心地になる。
「クライヴ! 無事か!」
アシュレイはフロアを見渡した。
壁際に炎の柱が噴き上がっている。クライヴが発動させた魔法だろう。アシュレイは壁際に向かって駆け出した。
フロアが濡れていて、足元を取られそうになる。
体勢を崩しつつも、アシュレイはひたすら前進した。
程なくして、巨大スライムと対峙するクライヴの姿が見えてきた。
「アシュレイ! どうしてここに……」
「おまえを追いかけて来たに決まっているだろう! あんな書き置きを残して、死ぬつもりか?」
巨大スライムが炎の柱を吸収し始めた。体の表面が赤一色に染まると同時に、サイズが膨らんでいく。
アシュレイは氷でできたニードルを召喚し、巨大スライムの目を狙った。
ぐちゅっというトマトが潰れたような音がして、巨大スライムの膨張が止まった。そして、巨大スライムの体色が薄いブルーに変わっていった。
「クライヴ! 今のこいつは氷属性だ。おまえの炎で焼き払ってくれ」
「おう!」
クライヴが呪文を唱え、炎でできた特大の扇を召喚した。炎の扇が巨大スライムの体を張り倒す。巨大スライムはべちゃりと床に広がった。体の色が例によって赤に移り変わっていく。
アシュレイは巨大スライムの上に無数の氷柱を降らせた。巨大スライムはもはや属性を変える力が残っていないのか、氷撃を浴び続けた。
巨大スライムの粘ついた体が消え去ったあと、モンスターのコアとおぼしき球体がクライヴの足元に転がった。
クライヴは球体をつまみ上げると、片手で握り潰した。すると、クライヴとアシュレイのギルドカードが光り出した。
「よかった! クエスト完了だ」
アシュレイはフライングレコーダーを止めた。そしてクライヴにポーションを飲ませた。クライヴはバツが悪そうな表情をしている。
「……巨大スライムを倒して真の男になって、おまえにもう一回求愛するつもりだったのに。結局、助けられちまったな」
「クライヴ。無謀な真似と勇敢な振る舞いは違うぞ。それに、俺に守られることの何が不服だ?」
「俺はアシュレイをリードできるようになりてぇんだよ。おまえは強いから。だからもっと強い男じゃないと、おまえと釣り合わないだろう?」
クライヴの問いかけに対して、アシュレイは首を横に振った。
「おまえはまるで何も分かっちゃいないな。男の強さっていうのは腕力だけじゃないだろう? クライヴには仲間を鼓舞する力がある。それに、おまえが匿名の手紙で見せてくれた文才だってすごかった。人の心の機微が分かるおまえの繊細なところも、俺は大好きだよ!」
「アシュレイ……」
「ああ、もう。こんなに好きになる予定なんてなかったのに。クライヴ。覚悟しておけ。俺は一生おまえを離さないぞ」
ふたりは身を寄せ合った。
唇と唇が近づいていく。あと少しで互いの体温を分かち合える距離になったところで、頭上から声が響いてきた。
「きみたちは仲がいいんだね。引き裂き甲斐があるよ」
性別不明の中性的な声には聞き覚えがあった。
どこからともなく七色の霧が漂ってくる。
「貴様は……俺の夢に干渉してきた奴だな?」
アシュレイは杖を構えた。クライヴもまた片手剣を鞘から引き抜いた。
七色の霧の中心部に、羽根が生えた人型のモノが見える。
「僕のことはそうだな。夢魔とでも呼んでもらおうか。モンスターなんて安っぽい呼び方はやめてほしいな。古くは神として崇められていたんだから」
「邪神め……!」
「僕の主食は人間の夢。そして趣味は、人間の悲鳴を聞くこと」
夢魔の手のひらから七色に輝く種のようなものが放たれた。
謎の種は床に落ちると、芽を生やし、あっという間に巨木にまで育った。
七色の巨木の樹液なのだろうか、甘い匂いが香ってくる。
「きみ、僕の生贄にしてあげる」
巨木の枝が伸びてきて、クライヴに巻きついた。
クライヴの体が宙に浮く。
アシュレイは氷でできたニードルで枝を撃ち落とそうとしたが、効き目はなかった。
「クライヴ!」
「ふうん。クライヴっていうのか。よし、いい子だね、クライヴ。僕が素敵な夢を見せてあげよう」
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夢魔がふふっと笑った。
そして、無数の枝がクライヴの体を貫いた。
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