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01. 出会い (内藤視点)
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内藤慶介は、後悔していた。
──俺は遊びの恋しかしたことがない。
気晴らしのために出かけた日曜日のショッピングモールは、家族連れでにぎわっていた。
子どもを抱いてパートナーと歩く同世代の男性とすれ違うたびに、内藤の胸に寂しさが募っていった。
自由が無くなるのは嫌だから、30歳までは結婚しない。
内藤はそう公言して見合いの話をすべて断ってきた。内藤と本気で一緒になりたいと願う相手には容赦なく別れを告げた。望みどおり、内藤は30歳の今、フリーである。
アルファである自分ならば、その気になれば結婚相手などすぐに見つかる。内藤はそう思っていたが、現実は厳しかった。内藤の理想である、「パッと見は地味だけど清楚かつ肌が綺麗で、エッチの時に大胆に乱れそうな優しい人」はなかなか現れなかった。
幸せオーラを放つ家族連れが集まっているフードコートを離れ、内藤は3階にある書店を訪れた。文庫本の新刊をチェックする。カバーを彩る表紙を眺めていると、後ろから幼児がギャン泣きする声が聞こえてきた。
「パパー。どこー?」
幼児は書店が面する通路にいた。もちもちとした手足をばたつかせている。いとけない男児は涙を流しながら父親を探していた。
体の大きな自分がいきなり近づいたら驚かせてしまうだろう。上半身をかがめてから声をかけた方がいいか? いや、書店員に迷子がいると報告する方が先か。内藤が逡巡していると、すらりとした人影が現れた。
「パパはもうすぐ来るよ。大丈夫、一緒に待とう」
男児に優しく笑いかけたのは、マッシュボブの青年だった。黒いチョーカーをしているところを見ると、オメガなのだろう。
──うわっ。めっちゃ美人だな、この子。
内藤は驚いた。青年の顔をまじまじと観察する。
潤んだ瞳に、艶やかな紅い唇。肌はミルクを溶かし込んだかのように白くて透明感がある。ほっそりとした体つきなのに、お尻がキュッと上がっていて扇情的である。
──こんなに綺麗なのに番がいないのか? 世の中バグってるな。
美青年は男児を泣き止ませると、内藤を見上げた。
「すみません。店員さんに、迷子がいるって伝えてもらえませんか?」
「はい!」
内藤はフロアにいた書店員に事情を話した。程なくして、迷子について知らせる館内放送が流れた。
美青年は男児のそばにいた。男児をあやし、ポケットティッシュで涙と鼻水を拭いてあげている。
──この人、天使だな。
内藤の心が華やいだ。世の中にはこんなにも綺麗で優しい人がいるのか。惚れっぽい内藤の目は美青年に釘付けになった。
「すみませんでした」
男児の父親がやって来た。美青年の表情が和らぐ。男児は「お兄ちゃん、ばいばい」と言うと、父親に抱きかかえられて人混みに紛れていった。
美青年がその場から立ち去ろうとしたので、内藤は声をかけた。
「すごいですね。最初はあの子、ギャン泣きしてたのに」
「職業柄、子どもの扱いには慣れてるので」
「あなたの優しさに感動しました。よかったらお茶を奢らせてください」
さりげなく美青年に触れようとした瞬間、ぱちんと音が鳴るほどの勢いで手をはたかれた。
「あんた、チャラいね。迷子をダシにしてナンパ? ありえないんだけど」
美青年のぷるんとした唇から、攻撃的な言葉が散弾銃のように飛び出す。
「あんたって万年発情期? こっちはアルファの薄汚い欲望の捌け口になんて、なりたくないっつうの。他を当たってくれる?」
内藤は冷ややかな声を浴びているうちに、ときめきが消え去っていくのを感じた。
──なんだ、このオメガ?
内藤に下心があるのは事実だが、人前でそこまで面罵しなくてもいいではないか。
ムッとした表情を返すと、美青年は挑発的に笑った。
「情けないツラ。アルファの物欲しげな顔って、ほんと笑える」
美青年はマッシュボブの前髪をさらりと指先で撫でると、内藤の元から去っていった。
シトラス系の残り香が内藤のプライドをじくじくと刺激した。
──アルファ嫌いのオメガってやつか? それにしても、口が悪すぎだろ。
書店コーナーに居づらくなった内藤は、トイレに足を運んだ。鏡に映る自分の姿をじっと眺める。内藤は整った顔立ちと恵まれた体格によって、小さい頃から周囲を騒がせてきた。
あちらの方だって自信がある。内藤は立派な逸物を備えているうえに、テクニックも豊富だというのに。
──俺のよさが分からないなんて、見る目のないオメガだ。
内藤はナンパに失敗したという事実を忘れることにした。
──俺は遊びの恋しかしたことがない。
気晴らしのために出かけた日曜日のショッピングモールは、家族連れでにぎわっていた。
子どもを抱いてパートナーと歩く同世代の男性とすれ違うたびに、内藤の胸に寂しさが募っていった。
自由が無くなるのは嫌だから、30歳までは結婚しない。
内藤はそう公言して見合いの話をすべて断ってきた。内藤と本気で一緒になりたいと願う相手には容赦なく別れを告げた。望みどおり、内藤は30歳の今、フリーである。
アルファである自分ならば、その気になれば結婚相手などすぐに見つかる。内藤はそう思っていたが、現実は厳しかった。内藤の理想である、「パッと見は地味だけど清楚かつ肌が綺麗で、エッチの時に大胆に乱れそうな優しい人」はなかなか現れなかった。
幸せオーラを放つ家族連れが集まっているフードコートを離れ、内藤は3階にある書店を訪れた。文庫本の新刊をチェックする。カバーを彩る表紙を眺めていると、後ろから幼児がギャン泣きする声が聞こえてきた。
「パパー。どこー?」
幼児は書店が面する通路にいた。もちもちとした手足をばたつかせている。いとけない男児は涙を流しながら父親を探していた。
体の大きな自分がいきなり近づいたら驚かせてしまうだろう。上半身をかがめてから声をかけた方がいいか? いや、書店員に迷子がいると報告する方が先か。内藤が逡巡していると、すらりとした人影が現れた。
「パパはもうすぐ来るよ。大丈夫、一緒に待とう」
男児に優しく笑いかけたのは、マッシュボブの青年だった。黒いチョーカーをしているところを見ると、オメガなのだろう。
──うわっ。めっちゃ美人だな、この子。
内藤は驚いた。青年の顔をまじまじと観察する。
潤んだ瞳に、艶やかな紅い唇。肌はミルクを溶かし込んだかのように白くて透明感がある。ほっそりとした体つきなのに、お尻がキュッと上がっていて扇情的である。
──こんなに綺麗なのに番がいないのか? 世の中バグってるな。
美青年は男児を泣き止ませると、内藤を見上げた。
「すみません。店員さんに、迷子がいるって伝えてもらえませんか?」
「はい!」
内藤はフロアにいた書店員に事情を話した。程なくして、迷子について知らせる館内放送が流れた。
美青年は男児のそばにいた。男児をあやし、ポケットティッシュで涙と鼻水を拭いてあげている。
──この人、天使だな。
内藤の心が華やいだ。世の中にはこんなにも綺麗で優しい人がいるのか。惚れっぽい内藤の目は美青年に釘付けになった。
「すみませんでした」
男児の父親がやって来た。美青年の表情が和らぐ。男児は「お兄ちゃん、ばいばい」と言うと、父親に抱きかかえられて人混みに紛れていった。
美青年がその場から立ち去ろうとしたので、内藤は声をかけた。
「すごいですね。最初はあの子、ギャン泣きしてたのに」
「職業柄、子どもの扱いには慣れてるので」
「あなたの優しさに感動しました。よかったらお茶を奢らせてください」
さりげなく美青年に触れようとした瞬間、ぱちんと音が鳴るほどの勢いで手をはたかれた。
「あんた、チャラいね。迷子をダシにしてナンパ? ありえないんだけど」
美青年のぷるんとした唇から、攻撃的な言葉が散弾銃のように飛び出す。
「あんたって万年発情期? こっちはアルファの薄汚い欲望の捌け口になんて、なりたくないっつうの。他を当たってくれる?」
内藤は冷ややかな声を浴びているうちに、ときめきが消え去っていくのを感じた。
──なんだ、このオメガ?
内藤に下心があるのは事実だが、人前でそこまで面罵しなくてもいいではないか。
ムッとした表情を返すと、美青年は挑発的に笑った。
「情けないツラ。アルファの物欲しげな顔って、ほんと笑える」
美青年はマッシュボブの前髪をさらりと指先で撫でると、内藤の元から去っていった。
シトラス系の残り香が内藤のプライドをじくじくと刺激した。
──アルファ嫌いのオメガってやつか? それにしても、口が悪すぎだろ。
書店コーナーに居づらくなった内藤は、トイレに足を運んだ。鏡に映る自分の姿をじっと眺める。内藤は整った顔立ちと恵まれた体格によって、小さい頃から周囲を騒がせてきた。
あちらの方だって自信がある。内藤は立派な逸物を備えているうえに、テクニックも豊富だというのに。
──俺のよさが分からないなんて、見る目のないオメガだ。
内藤はナンパに失敗したという事実を忘れることにした。
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