【完結】いばらの向こうに君がいる

古井重箱

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05. いばらの王子様 (内藤視点)

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 お見合いの日がやって来た。
 内藤はスリーピースのスーツを着て、ホテルのティールームへと向かった。世話人を介したお見合いであるため、両親同伴である。内藤の両親はこれでやっと息子が落ち着くと思っているのだろう。ふたり揃って上機嫌であった。

「本日はよろしくお願いいたします」

 ティールームにはすでに悠理とその両親がいた。スーツ姿の悠理は絵画から抜け出てきたかのように美しい。でも内藤は彼の本性を知っている。
 世話人である上司の奥方が微笑んだ。

「リラックスしてちょうだいと言っても難しいわよね」
「慶介は緊張してるぐらいでちょうどいいわ。うちの息子、お調子者だから」
「母さん。余計なことは言わないでくれ」
「慶介さんは××防災にお勤めなんですよね。法務担当なんでしょう? 立派なお仕事をされていて、すごいわ」

 悠理の母はソフトな雰囲気の美女だった。内藤は笑顔を返した。

「うちの会社、堅いイメージを持たれがちですが、面白い人が多いですよ。悠理さんはピアノの先生なんですね」
「この子は子どもが大好きでして」

 それは知っている。内藤は微笑みを崩さないまま、悠理と目を合わせた。悠理が長いまつ毛を伏せる。拒絶とも、はにかみともとれる反応だった。

──あの毒舌さえなければなあ。この子、本当に綺麗だ……。

 色白の肌に触れてみたくなる。内藤としては一回だけベッドインするチャンスを貰いたかった。素直になれない性格ならば、裸になってすべてをさらけ出してほしい。内藤には悠理を満足させる自信があった。

──でも、キスなんてしようものなら、唇を食いちぎられそうだ……。

 悠理の表情は強張ったままである。紅茶に手をつけようともしない。内藤はスコーンを勧めてみた。

「これ、美味しいよ」
「……俺、太りやすいから」
「じゃあ一緒にジョギングでも始める? 今度シューズを買いに行こうよ」

 いつものノリで誘い文句を口にすると、悠理が半眼になった。

「内藤さんって、遊び上手な感じ。結婚なんて向いてないんじゃ?」
「遊びはもう飽きちゃったんだ。俺の本気を受け止めてくれる人を探してる」
「まあ、情熱的ね! お話が盛り上がってきたから、私たちは失礼しますね」

 上司の奥方が席を立った。双方の両親もそれに倣う。
 ふたりきりになった瞬間、内藤はテーブルの下で足を蹴られた。

「どうしたの。照れ隠し?」
「あんたのそういう、余裕ぶった態度が大嫌いだ」
「好きの反対は無関心だからね。大嫌いってことは、俺に相当興味があるんだ?」
「おめでたい頭してんな、あんた」

 悠理は腕組みをした。

「今回の件は、俺の性格が悪すぎるってことで破談でいいよな?」
「いや。せっかくの出会いなんだからさ、一回エッチしてみない?」
「はぁ? 何言って……!」
「結婚前にお試しのベッドインは必須だろ」
「……あ、赤ちゃんができるようなこと、軽々しくできるかよ!」
「もしかして、モノホンのバージンのまま、バージンロードを歩きたいの?」
「悪いか!」

 花のかんばせが真っ赤に染まっている。濡れたような瞳がなんとも色っぽい。この子は誰にも触れられたことがない蕾なんだと思うと、内藤の独占欲が疼いた。

「俺は間違ったことは言ってないぞ。今の世の中の方がおかしい。みんな、尻が軽すぎだ! 高校生の時からその……カラダ込みの恋愛とかして。万が一、できちゃったらどうしようとか考えないのかよ。あと性病だって怖いし」
「そうか。きみはずっと貞操を守るために戦ってきたんだな。でももう、そんな怖い顔をしなくてもいいよ。俺がきみを守るから」
「そんなギラギラした目で見てくる奴に、心を開けるわけないだろ!」

 不思議なものだ。悠理が言葉の散弾銃を発射すれば発射するほど、彼の孤独が伝わってくる。愛されたい、甘やかされたいという願いが胸に迫ってくる。
 
──この子は、いばらの王子様だな。
 
 悠理に近づくためには、傷つけられることを覚悟しないといけない。内藤は痛いのはごめんだが、毒舌だけが悠理のすべてではないと思った。結婚まで純潔を守り続けるという古風な恋愛観は新鮮である。それに、ショッピングモールで見た、迷子と接している時の優しい笑顔。本来の悠理は慈しみ深い人なのではないか?

「凡百のアルファと俺を一緒にしないでほしい。俺の前では武装を解いてくれ」
「あんた、自信家だな。そういうところがアルファっぽくて無理」
「じゃあ、悠理くんはどういう人ならいいの」
「えっ」

 しばし沈黙したあと、悠理はぽつんとつぶやいた。

「……俺がわがままを言いすぎた時、ちゃんと叱ってくれる人」

 予想外の答えに内藤は驚いた。暴君のように振る舞っている悠理だが、本当は誰かに注意してほしいという願望があるらしい。

「それから、本当のお兄ちゃんみたいに優しい人。あと、いいパパになりそうな人」
「なんだ、要するに俺じゃん。おまけに俺、エッチ上手いよ」
「そういうことを言ってくる奴は対象外だ!」
「いっぱいエッチしないと悠理くんが大好きな子どもは生まれてこないよ?」
「そんなの、分かってる!」

 悠理の大きな目が潤む。果敢に攻め込んでくるかと思えば、こちらからの反撃には案外弱いらしい。内藤は犀川悠理という青年がとても可愛らしいことに気づいた。
 にこにこしながら紅茶を飲んでいると、悠理がうつむいた。果実のような唇が震えている。

「内藤さんといると調子が狂う……」
「今までのアルファと違うってことが分かっただろ。ねえ、付き合おうよ」
「……何もしない?」
「きみがそう望むなら」

 内藤が即答すると、悠理は皮肉っぽく微笑んだ。

「ふーん。あんたにできるのかな? 欲望全開のくせに」
「じゃあテストしてみてよ。今度映画に行かない?」
「……そう言って、俺にベタベタ触ってきたアルファがいっぱいいた。あんたがよからぬことをしてきたらグーで殴るからな?」
「俺がそんな真似をしたら、チョキで両目を潰してもらって構わない」
「勘違いするなよ。俺はあんたと結婚するって決めたわけじゃないから」
「今はそれでいいよ」

 悠理はようやく紅茶に口をつけた。

「もしかして猫舌?」
「悪いか」
「いや、可愛いよ」

 内藤が笑うと、悠理は眉間にシワを寄せた。

「あんたって変わってる」

 かくして内藤は悠理と映画館に出かけるという約束を取りつけた。
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