東京ダンジョン物語

さきがけ

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第17話:迷宮を彩る草原と、狼の瞳

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2024年7月13日、土曜日。朝8時。

いつものように控えめなノックの音が響いた。

「悠真さん、起きてますか?」

「ああ、起きてるよ」

パジャマのままドアを開けると、エプロン姿の美琴が立っていた。手にはいつものバスケット。

「おはようございます。今日はいよいよ16階層ですね」

「ああ、俺たちの実力を試すいい機会だ」

美琴を部屋に招き入れる。リビングに入ると、朝の光が窓から差し込み、部屋を明るく照らしていた。テーブルの上には、昨夜確認した装備品のリストが置かれている。

この1ヶ月以上、毎日欠かさず種シリーズを摂取してきた。体の変化は明らかだった。剣を振る速度が格段に上がり、モンスターの攻撃が以前よりゆっくりと見える。全力疾走しても息が上がらず、一日中戦い続けても疲労をほとんど感じない。

先週測定した握力計の数値は、悠真が112kgまで上昇していた。美琴も75kgと、女性としては驚異的な数値を記録している。

「今朝は特別メニューです」

美琴がバスケットから丁寧に包まれた料理を取り出した。豆ご飯のおにぎりが3個、豆入りの味噌汁、煮豆の小鉢、そして豆サラダ。全て手作りで、湯気がまだ立ち上っている。

「全部に『運の種』を使いました。ドロップ率が上がるといいですね」

「相変わらず準備がいいな。朝何時に起きたんだ?」

「6時です。特別な日ですから」

美琴はそう言って微笑んだ。

テーブルに料理を並べながら、美琴が口を開いた。

「本来なら、私たちのレベルなら16階層くらいが適正なんですよね」

「ああ。レベル20と17なら、むしろ10階層は初心者向けすぎる」

悠真は苦笑いを浮かべた。一度は15階層をクリアしたものの、その後は安全を重視して10階層に留まっていたのは事実だ。多くの探索者と同じように、確実に勝てる階層で安定した収入を得ることを選んでいた。

「でも、種シリーズのおかげで、実質的には上級探索者並みのステータスになってるはず」

「そうですね。体感的にはかなり強くなった気がします」

美琴がノートを開いて確認する。そこには、この1ヶ月の記録が細かく記されていた。摂取した種の個数、測定した数値の変化、体感した変化まで、すべてが几帳面に記録されている。

朝食を取りながら、二人は今日の計画を確認した。16階層の地形、出現モンスター、注意点。美琴が図書館やインターネットで調べてきた情報を共有する。

「16階層は草原タイプのフロアみたいです。視界が開けている分、遠距離攻撃を仕掛けてくるモンスターもいるそうです」

「なるほど。隠れる場所が少ないのは厄介だな」

 ◇ ◇ ◇

朝食を終え、二人はそれぞれ準備を始めた。

悠真は探索用の装備に着替える。特殊繊維のシャツに動きやすいカーゴパンツ、そして軽量ながら防御力の高いレザーアーマー。腰にはポーション類のポーチと予備の短剣を装着し、メインウェポンの『銀狼の牙』を腰に下げる。最後に大きめのリュックサックを背負った。

一方、美琴も隣の部屋で準備を進めていた。動きやすさを重視したローブ風の戦闘服に、魔力増幅のアクセサリー類を身に着け、先端に青い宝石がはめ込まれた杖を手にする。

朝9時、新宿中央公園ダンジョンの受付に到着した。

土曜日ということもあり、多くの探索者で賑わっている。入口付近では、初心者らしき若者たちが緊張した面持ちで準備をしていた。ベテラン探索者たちは、余裕の表情で談笑している。

受付カウンターは3つあり、それぞれに列ができていた。悠真と美琴は一番短い列に並ぶ。

前に並んでいた探索者たちの会話が聞こえてくる。

「今日は11階層に挑戦するんだ」

「気をつけろよ。11階層からは難易度が跳ね上がるから」

「分かってる。でも、いつまでも初級階層じゃ稼げないしな」

順番が回ってきた。

「次の方どうぞ」

若い女性係員が応対してくれた。紺色の制服に身を包み、胸には「佐藤」という名札が付いている。悠真と美琴は探索者証を提示する。

「平山悠真さん、レベル20。綾瀬美琴さん、レベル17ですね。転送先は?」

「16階層でお願いします」

係員が端末に入力しながら頷いた。

「お二人のレベルなら16階層は適正ですね。頑張ってください」

「ありがとうございます」

「転送料金は1人2,000円、合計4,000円になります」

料金を支払い、転送ゲートへと向かう。他の探索者たちも同じように転送ゲートに向かって歩いている。

3番ゲートの前に到着すると、すでに別のパーティーが転送を待っていた。4人組の上級探索者らしく、全員が高価そうな装備で身を固めている。

「お先にどうぞ」

リーダーらしき男性が、悠真たちに順番を譲ってくれた。

「ありがとうございます」

青白い光を放つゲートの前で、二人は深呼吸をした。転送の瞬間は、何度経験しても緊張する。体が分解されて再構築されるような、不思議な感覚が全身を包むのだ。

「準備はいい?」

「はい、大丈夫です」

二人は手を繋いで、光の中に飛び込んだ。

一瞬の浮遊感。まるで水の中を漂っているような感覚が全身を包む。そして次の瞬間、見慣れない景色が目の前に広がった。

16階層は、これまでとは全く違う世界だった。

石造りの迷路ではなく、見渡す限りの草原が広がっている。背の高い草が風に揺れ、まるで緑の海のようだ。青い空には白い雲がゆっくりと流れ、爽やかな風が二人の頬を撫でた。遠くには小高い丘がいくつか見え、その向こうには山脈のシルエットが霞んでいる。

「きれいですね」

美琴が感嘆の声を上げる。確かに、ファンタジー世界の平原に迷い込んだような美しさだった。

「でも、見通しがいい分、敵にも発見されやすい」

悠真は『銀狼の牙』を抜き、警戒態勢を取った。刀身が陽光を反射して、銀色に輝く。美琴も杖を構え、周囲に意識を集中させた。

転送地点から少し離れた場所に、小高い丘が見えた。見晴らしも良く、休憩場所として使えそうだ。

「まずはあそこを目指そう」

悠真の提案で、二人は丘に向かった。草を踏みしめる音が、静かな草原に響く。

 ◇ ◇ ◇

歩き始めて5分ほどで、最初の敵と遭遇した。

「グルルル……」

低い唸り声が、前方の草むらから聞こえてきた。悠真は剣を構え、美琴も杖を前に突き出す。

草むらが大きく揺れ、5匹のワイルドウルフが姿を現した。灰色の毛並みに、鋭い牙と爪。体長は1メートル半ほどだが、筋肉質な体つきで、野生の獰猛さを感じさせる。赤い目が、獲物を見定めるように二人を睨んでいた。

「美琴、援護を」

「分かりました」

悠真が前に出て、狼たちの注意を引く。先頭の一匹が飛びかかってきた。本来なら回避に専念すべき速度だが、強化されたステータスのおかげで、その動きがスローモーションのように見える。

剣の柄で狼の顎を打ち上げ、そのまま刀身を振り下ろす。一撃で一匹目を仕留めた。

二匹目と三匹目が左右から同時に襲いかかってきた。悠真は身を低くして、二匹の攻撃をかわす。そして振り返りざまに横薙ぎの一閃。二匹とも胴体を切り裂かれて倒れた。

「炎よ、渦を巻け――ファイアストーム!」

美琴の魔法が、残る二匹を包み込む。知力の種で強化された魔法は、以前より威力が増していた。炎の渦は瞬く間に狼たちを焼き尽くし、黒い霧となって消えていった。

わずか1分足らずで、5匹全てを倒すことができた。

「あれ?」

美琴が驚きの声を上げる。倒した狼から、通常より多くのアイテムがドロップしていた。

地面には、Cランクの魔石が3個、狼の牙が8本、毛皮が4枚、そして珍しい「狼の瞳」というレアアイテムまで落ちている。

「運の種の効果かな」

「みたいですね。朝の特別メニューが効いてるのかも」

美琴が嬉しそうに素材を拾い集める。狼の瞳は、特殊な薬品の材料として高値で取引される貴重品だ。
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