東京ダンジョン物語

さきがけ

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第19話:絶望と希望、奇跡の1パーセント

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「大丈夫? 怪我はない?」

美琴が少女に駆け寄り、ポーションを差し出した。赤い液体が入った小瓶を、優しく少女の手に握らせる。

「ありがとうございます」

少女は震える手でポーションを受け取り、一気に飲み干した。見る見るうちに顔色が良くなり、左腕の傷も塞がっていく。

しばらくして、少女はゆっくりと立ち上がった。身長は160センチほど。ツインテールに結んだ髪が揺れ、大きな瞳が印象的だった。

「私、朝霧紗夜といいます。本当に助かりました」

紗夜は深々と頭を下げた。その仕草には、育ちの良さが感じられた。

「俺は平山悠真。レベル20だ。こっちは綾瀬美琴で、レベルは17」

「よろしく」

美琴も優しく微笑みかけた。

「苦戦していたようだけど、レベルはいくつ?」

悠真が尋ねると、紗夜は少し俯いた。

「14です」

悠真と美琴は顔を見合わせた。予想はしていたが、やはり低すぎる。

「レベル14のソロパーティーで、16階層は無謀すぎる」

悠真が厳しい口調で言う。説教じみた言い方になってしまったが、命に関わることだ。

「普通なら10階層くらいが限界のはずだ。なぜこんな危険なことを?」

「分かってます。でも……」

紗夜は唇を噛んだ。何か言いたげに口を開きかけては閉じる。しばらく黙り込んでいたが、やがて意を決したように顔を上げた。

「妹の病気を治したいんです」

静かに、しかし確かな声で、紗夜は話し始めた。

 ◇ ◇ ◇

紗夜の説明によると、妹は2年前から原因不明の病気を患っているという。

最初は軽い倦怠感から始まった。しかし徐々に症状は悪化し、今では一日の大半をベッドで過ごしている。都内の大学病院を何軒も回ったが、どこでも原因は分からず、対症療法しかできないと言われた。

「医者によると、あと1年持つかどうか……」

紗夜の声が震えた。

「それで、ダンジョンのアイテムに頼ることにしたのか」

悠真が察すると、紗夜は頷いた。

「『生命いのちの花』というアイテムをご存知ですか?」

悠真と美琴は顔を見合わせた。探索者の間では有名なレアアイテムだ。

「上級レベルのモンスター……21階層以上のモンスターから、極めて稀にドロップするアイテムですよね」

美琴が確認すると、紗夜は頷いた。

「はい。ドロップ率は0.1%以下と言われています。でも、その効果は……」

「1%の確率で、どんな病気でも完治させる」

悠真が続けた。99%は失敗するが、1%の確率で奇跡が起きる。現代医学で治せない病気でも、原因不明の難病でも、その1%に賭ける価値はある。

「市場には全く出回っていません。まれに出品されても、1億円以上の値がつきます。でも、お金の問題じゃないんです」

紗夜の言葉通り、生命いのちの花を手に入れた者は、売らずに自分や家族のために使うことがほとんどだ。

「だから、自分で手に入れるしかないんです。危険を承知で上級階層を目指してるのは、そのためです」

紗夜の目には、強い決意が宿っていた。妹を救うためなら、自分の命すら惜しくないという覚悟が見て取れる。

「一人で探索してるの?」

「はい。危険を冒してまで上級階層に行ってくれる人なんて、なかなかいませんから」

確かに、通常の探索者は安全を第一に考える。リスクを冒してまで深い階層に挑む者は少ない。ましてや、上級階層に挑むというのに、レベル14の探索者と組もうという物好きはいないだろう。

美琴が悠真を見た。その目には、何か訴えかけるものがあった。悠真も美琴の気持ちは分かる。この少女を放っておくことはできない。

「今日だけでも、一緒に探索しましょう」

美琴の提案に、紗夜は目を見開いた。

「でも、迷惑を……」

「俺も賛成だ。一人じゃ危険すぎる」

悠真も同意すると、紗夜の目に涙が浮かんだ。

「ありがとうございます。本当に……本当にありがとうございます」

紗夜は何度も頭を下げた。その姿は、必死に妹を救おうとする姉の、純粋な感謝の気持ちに溢れていた。

 ◇ ◇ ◇

こうして、臨時の3人パーティーが結成された。

まず、紗夜の装備を確認することから始めた。剣は意外にも良質なもので、軽量ながら切れ味は鋭い。スピード重視の彼女のスタイルに合った武器だった。防具は最小限だが、それも機動力を重視した結果のようだ。

「ポーションは持ってる?」

「今日は使い切ってしまって……普段は3本は持ち歩いてるんですが」

紗夜が苦笑いを浮かべる。オーガとの戦いで全て使い果たしたようだ。

美琴が自分のポーションを分けてあげた。

「ありがとうございます。後で同じものを買ってお返しします」

「いいのよ、気にしないで」

3人で探索を再開すると、紗夜の実力が明らかになった。

彼女の戦闘スタイルは、悠真とは全く違っていた。スピードを重視した剣術で、素早い連続攻撃を得意とする。軽やかな身のこなしで敵の攻撃をかわし、隙を見て急所を狙う。その動きは、まるで舞を踊っているかのように優雅だった。

リザードマンとの戦闘では、その才能が如実に現れた。

紗夜は低い姿勢から一気に加速し、リザードマンの槍攻撃を紙一重でかわす。そして懐に飛び込み、首筋に正確に剣を突き立てた。レベル14とは思えない、洗練された動きだった。

「すごい剣技だ」

悠真が感心する。

「小さい頃から剣道をやってましたから。5歳から始めて、中学では全国大会にも出ました」

「道理で。基本がしっかりしてる」

3人での連携は、意外にもうまく機能した。悠真が正面から敵を引きつけ、紗夜が側面から素早く攻撃、美琴が後方から魔法で援護。それぞれの長所が噛み合い、効率的にモンスターを倒していった。

特に紗夜のスピードは、パーティーに新しい戦術の幅をもたらした。今まで苦手にしていた素早い敵にも、紗夜がいれば容易に対応出来た。

 ◇ ◇ ◇

午後4時頃、階層の奥にある広場に到着した。

円形の広場は直径50メートルほど。中央には古い石碑が立っており、その周りを囲むように石柱が並んでいる。まるで古代の祭壇のような雰囲気だった。

そして、その中央に一際大きな影が立っていた。

「あれは……」

紗夜が息を呑む。

重厚な黒い鎧に身を包み、巨大な戦斧を持ったオーク。通常のオークより二回りは大きく、身長は優に2.5メートルを超えている。兜からは赤い目が光り、威圧感が段違いだった。

「16階層のボス、オークジェネラルだ」

悠真が説明する。中級階層のボスモンスターは、初級階層とは比較にならない強さを持っている。

オークジェネラルがゆっくりと振り返った。そして、侵入者たちを認めると、天に向かって咆哮した。

「グオォォォォォ!」

その咆哮と同時に、地面から黒い霧が湧き上がる。霧が晴れると、そこには3体のオーク兵が出現していた。統率者タイプのボスモンスターは、配下を召喚する能力を持っている。

オーク兵も、通常のオークより一回り大きい。それぞれが剣と盾を装備し、統制の取れた動きで陣形を組んだ。

「私が配下を引きつけます!」

紗夜が素早く動いた。風のような速さで3体のオーク兵の間を駆け抜ける。剣で挑発するように攻撃を加え、その注意を自分に向けた。

「悠真さん、ボスを!」

美琴の言葉と同時に、悠真はオークジェネラルに向かって突進した。
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