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黎明 縁は絡まり、星の手はさ迷う
溢れ落ちる涙
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『ラーラの子と仲良くなってくれるかしら』
ふと、彼女の言葉が甦る。あの時、彼女は愛おしそうに平らなお腹を撫でていた。
『本当に子供がいるの?』
『えぇ、いるのよ。今はあの人と繋がりが切れてしまってるから』
成長が遅れてしまってるだけ、繋がりが戻れば大きくなるわと彼女は言っていた。ラリサは彼女の夫について全く知らない。けれど、こうだったと話してくれる彼女はとても幸せそうで、とてもじゃないがもう亡くなっているのではということはできなかった。
祖国がなくなり、ヴェーチェルユランに身を寄せてきた彼女は美しい人だった。ただ、ものを知らない無垢でもあった。けれど、彼女自身はとても穏やかな人で色んなものに触れたい知りたいとどんどん吸収していく向上心も同時に持っていた。
『ゆっくりしてていいのよ?』
『大丈夫よ。今、とっても楽しいの。それに戻ってきた彼にこんなことも出来るようになったのよって言いたいの』
彼女は預かりものだからそういったことがあった。けれど彼女はお仕着せを着て楽しそうにそんなことを言っていたため、強くは止めることもなかった。いや、先代の国王陛下も彼女が願う通りにしてやってくれと仰せだったのもあって、自分達の保全のためだけに声がけを行っていた。
『フェオドラ、今日、とっても花が綺麗よ。早く貴女に見せてあげたいわ』
『リュドミーラ様、気が早いわ。まだ、女の子か男の子かわからないでしょう?』
『ふふ、普通はわからないみたいね。でも、そうね、私にはわかるの。この子は女の子なの。だからね、彼と二人で名前を決めたのよ』
ある時、ガゼボで庭を眺めてそんなことをお腹の子に話しかけていた時、ラリサは性別がわからないのに気が早いと声をかけた。けれど、彼女は明確にわかっているとばかりにそう返す。あぁ、この人はこんなことも知らないのだ。夫君が亡くなったことも受け入れられず、知識も与えられなかった憐れな人と正直思ってしまった。
『早くママに可愛いお顔を見せてちょうだい。私の可愛い可愛いフェオドラ』
ただ、愛おしそうに目を細め、お腹を優しく撫でていた彼女の横顔はあまりにも美しく一枚の絵画を見ているようだった。
「ここをこうして、こうやるのよ」
「えっと、こうして、こう!」
「そうよ。で、この場所ならこの縫い方がいいわ」
隣で令嬢が説明する中、縫った箇所を優しく撫で、愛おしげに目を細めた少女はあの時の彼女にあまりにもそっくりだった。
「……ッ……!!」
声を上げて泣くことができない分、涙が溢れ、ぼろぼろとラリサの目から零れ落ちる。
彼女がいなくなってから知った。彼女と夫君が今では珍しい番であるということ。子の性別も宿り一定の期間を得れば、お腹が大きくなる前に親には分かること。故に一般の夫婦とは価値観や感覚が全く違うこと。彼女は無垢で物知らずで憐れだと知らず知らずのうちに蔑んでいた。あの時の後悔は計り知れない。
『ヤーシャ、助けて』
彼女がいなくなった日そんな叫び声を聞いた人がいたという。それと同時にどこか遠くで恐ろしい咆哮が響いたともいう。
彼女がいなくなったことに対して番である夫君が迎えに来たのだろうという王宮の上層部はみていた。けれど、ラリサやヴェーラ、彼女の弟君は決してそうは思えなかった。しかし、亡国に秘匿され続けた彼女を知る人は悲しいことに殆どいない。更に彼女がお仕着せを着て仕事しているときは髪を地味な色に変えていたため、なおこと捜索を難しくさせていた。案の定、捜索は難航し、いなくなって数年のうちに断ち切られることとなった。
「うぇーらざま」
「貴女の反応を見たら尚の事、確信したわ。フェオドラちゃんはやっぱりあの方の子なのね」
「言ってました、『私の可愛い子』って。今、思い出すなんて」
子供の名前や予想される性別がわかっていたのなら、また別の探し方もできたのかもしれないとラリサは顔を覆って泣いた。ヴェーラはそんなラリサを抱きしめ、優しくその背を摩る。
「ラーラ、何もかもがうまくいく訳じゃないわ。フェオドラちゃんはね、最初に提示してた情報の通り孤児として保護されたの。そして、ここ数ヶ月でああして過ごせるようになったの」
初めてあの子を見た時の衝撃は凄かったわとヴェーラはラリサにそう語る。始めは息子が孤児の女の子を保護したとそれだけだった。けれど、蓋を開けてみれば、息子はとんでもない子を拾ってきていた。
「何故、貴殿方にお願いしたいかというのはね、娘もおらず、きちんと後継も育ってらっしゃる上に我が家と友好関係にあった。これは半分はそうであっても所詮表向き。本当はあの子に母親の話を聞かせてあげてほしいから。一番、あの方の傍にいたのはラーラでしょう」
「えぇ、そうね、でも、わたしは――」
「貴女が後悔しているのは知ってるわ。ただ、何があって貴女が後悔してるのかまでは知らない。でもね、貴女なら、フェオドラちゃんを愛してくれるんじゃないかと思ったの」
養子縁組に関してはゆっくり考えてくれればいいわ、勿論断ってくれてもいいとヴェーラは夫妻に伝える。
「……あの子についての詳細を教えてもらってもよろしいか」
「あなた」
「とるにしても、とらぬにしても、孤児であるとだけでは判断できんだろう」
マーカルの言葉にラリサは不安げに彼の袖を握る。大丈夫だと言わんばかりにマーカルはラリサの手に自身の手を重ね、改めてヴェーラに向き直り、情報開示を求めた。
「えぇ、勿論。開示できる範囲でお話しましょう」
ふと、彼女の言葉が甦る。あの時、彼女は愛おしそうに平らなお腹を撫でていた。
『本当に子供がいるの?』
『えぇ、いるのよ。今はあの人と繋がりが切れてしまってるから』
成長が遅れてしまってるだけ、繋がりが戻れば大きくなるわと彼女は言っていた。ラリサは彼女の夫について全く知らない。けれど、こうだったと話してくれる彼女はとても幸せそうで、とてもじゃないがもう亡くなっているのではということはできなかった。
祖国がなくなり、ヴェーチェルユランに身を寄せてきた彼女は美しい人だった。ただ、ものを知らない無垢でもあった。けれど、彼女自身はとても穏やかな人で色んなものに触れたい知りたいとどんどん吸収していく向上心も同時に持っていた。
『ゆっくりしてていいのよ?』
『大丈夫よ。今、とっても楽しいの。それに戻ってきた彼にこんなことも出来るようになったのよって言いたいの』
彼女は預かりものだからそういったことがあった。けれど彼女はお仕着せを着て楽しそうにそんなことを言っていたため、強くは止めることもなかった。いや、先代の国王陛下も彼女が願う通りにしてやってくれと仰せだったのもあって、自分達の保全のためだけに声がけを行っていた。
『フェオドラ、今日、とっても花が綺麗よ。早く貴女に見せてあげたいわ』
『リュドミーラ様、気が早いわ。まだ、女の子か男の子かわからないでしょう?』
『ふふ、普通はわからないみたいね。でも、そうね、私にはわかるの。この子は女の子なの。だからね、彼と二人で名前を決めたのよ』
ある時、ガゼボで庭を眺めてそんなことをお腹の子に話しかけていた時、ラリサは性別がわからないのに気が早いと声をかけた。けれど、彼女は明確にわかっているとばかりにそう返す。あぁ、この人はこんなことも知らないのだ。夫君が亡くなったことも受け入れられず、知識も与えられなかった憐れな人と正直思ってしまった。
『早くママに可愛いお顔を見せてちょうだい。私の可愛い可愛いフェオドラ』
ただ、愛おしそうに目を細め、お腹を優しく撫でていた彼女の横顔はあまりにも美しく一枚の絵画を見ているようだった。
「ここをこうして、こうやるのよ」
「えっと、こうして、こう!」
「そうよ。で、この場所ならこの縫い方がいいわ」
隣で令嬢が説明する中、縫った箇所を優しく撫で、愛おしげに目を細めた少女はあの時の彼女にあまりにもそっくりだった。
「……ッ……!!」
声を上げて泣くことができない分、涙が溢れ、ぼろぼろとラリサの目から零れ落ちる。
彼女がいなくなってから知った。彼女と夫君が今では珍しい番であるということ。子の性別も宿り一定の期間を得れば、お腹が大きくなる前に親には分かること。故に一般の夫婦とは価値観や感覚が全く違うこと。彼女は無垢で物知らずで憐れだと知らず知らずのうちに蔑んでいた。あの時の後悔は計り知れない。
『ヤーシャ、助けて』
彼女がいなくなった日そんな叫び声を聞いた人がいたという。それと同時にどこか遠くで恐ろしい咆哮が響いたともいう。
彼女がいなくなったことに対して番である夫君が迎えに来たのだろうという王宮の上層部はみていた。けれど、ラリサやヴェーラ、彼女の弟君は決してそうは思えなかった。しかし、亡国に秘匿され続けた彼女を知る人は悲しいことに殆どいない。更に彼女がお仕着せを着て仕事しているときは髪を地味な色に変えていたため、なおこと捜索を難しくさせていた。案の定、捜索は難航し、いなくなって数年のうちに断ち切られることとなった。
「うぇーらざま」
「貴女の反応を見たら尚の事、確信したわ。フェオドラちゃんはやっぱりあの方の子なのね」
「言ってました、『私の可愛い子』って。今、思い出すなんて」
子供の名前や予想される性別がわかっていたのなら、また別の探し方もできたのかもしれないとラリサは顔を覆って泣いた。ヴェーラはそんなラリサを抱きしめ、優しくその背を摩る。
「ラーラ、何もかもがうまくいく訳じゃないわ。フェオドラちゃんはね、最初に提示してた情報の通り孤児として保護されたの。そして、ここ数ヶ月でああして過ごせるようになったの」
初めてあの子を見た時の衝撃は凄かったわとヴェーラはラリサにそう語る。始めは息子が孤児の女の子を保護したとそれだけだった。けれど、蓋を開けてみれば、息子はとんでもない子を拾ってきていた。
「何故、貴殿方にお願いしたいかというのはね、娘もおらず、きちんと後継も育ってらっしゃる上に我が家と友好関係にあった。これは半分はそうであっても所詮表向き。本当はあの子に母親の話を聞かせてあげてほしいから。一番、あの方の傍にいたのはラーラでしょう」
「えぇ、そうね、でも、わたしは――」
「貴女が後悔しているのは知ってるわ。ただ、何があって貴女が後悔してるのかまでは知らない。でもね、貴女なら、フェオドラちゃんを愛してくれるんじゃないかと思ったの」
養子縁組に関してはゆっくり考えてくれればいいわ、勿論断ってくれてもいいとヴェーラは夫妻に伝える。
「……あの子についての詳細を教えてもらってもよろしいか」
「あなた」
「とるにしても、とらぬにしても、孤児であるとだけでは判断できんだろう」
マーカルの言葉にラリサは不安げに彼の袖を握る。大丈夫だと言わんばかりにマーカルはラリサの手に自身の手を重ね、改めてヴェーラに向き直り、情報開示を求めた。
「えぇ、勿論。開示できる範囲でお話しましょう」
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