5 / 20
冒険者令嬢はリリースを希望します
私が本で釣りました?
しおりを挟む
夜会当日。私は朝から準備とお復習に時間をとっていた。お兄様もお昼頃に顔を出し、ココット達のおもちゃになっていた。それにしても、燕尾服とかも揃えられているとは恐れ入った。そこは準備しろというもんだと思ったけど、どうやら王子様は是が非でもお兄様には夜会に出席させたいらしい。
「もう、いいだろ!! 服はこっちで準備してんだから」
「準備されているのも十分ベルトラン様にお似合いですが、こちらも良いかと」
どこから出してるのか次々と現れる服にお兄様はげんなり。それにしても、顔が整ってるって凄いわ。何を着てもカッコいいもの。決して身内贔屓なんかじゃないわ。
「アルセリア様もそろそろ準備を」
「えぇ、わかったわ」
シャルロさんに声をかけられ、私も準備のために部屋を移動する。コルセットにパニエにドレスと着替えしてもらう。それからは椅子に座って、化粧とヘアセットを同時進行。完成の声に鏡を見たら、別人がいた。普段化粧なんてしないから、こう見ると化粧の力って凄いわね。ちょっとは童顔も抑えられてるみたいだし、帰る前にやり方聞いておこうかしら。
「お、大分変わるもんだな」
「えぇ、私もそう思うわ」
「何をおっしゃいますか、元が大変素晴らしいのです。理解も早く、大変教え甲斐がございました」
知識も多いので、できれば殿下を射止めていただければとぼそりと聞こえた。やめて、私に王子様の相手なんてできません!! いや、そもそもね、王子様を射止めるって難しいはずよ。今の今まで婚約者がいらっしゃらないことがその証拠。
リヴァングストン王家。私も噂程度でしか聞いたことないのだが、一目惚れ一途という特殊な一族。そのため、お相手は一人という方がこれまでにも多い。むしろ、大多数。稀にその恋が叶わず、一人寂しくという方もいらっしゃるとか。でも、基本的には何らかしら頑張るのか結ばれるらしい。本で読んだヤンデレという方は殆どいないらしい。まぁ、今の第二王子が若干その気があるとかないとか。そういうのを第二王子様の生贄もといかの方を射止めた友人がいっていた。ちなみにお相手は同性異性関係がない。その場でビビッと来てしまうらしいのだ。と考えると、お兄様のご友人である王子様はそういう方に出会えてないという事。だからこそ、今回のような夜会が開催されるのだ。つまり今回、出席される方々は王子様と初対面な方が多いのだろう。
まぁ、会ったこともないのでワンチャンあるといえば、あるのだけど、私の方はない方向でお願いしたい。私にお淑やかな云々は無理だもの。むしろ、自分で言うのもなんだけどこんな貧乏令嬢がお相手とか可哀想すぎるわ。
そんなこんなで私とお兄様は夜会の開かれる王城へ。王城だなんて聞いてませんけどとじとりとお兄様を睨んだけど、肩を竦められるだけに終わった。一言言ってもらえれば、覚悟も改めてできたというのに、全く。
「レオには俺が挨拶しておくから、お前は食事でも楽しんでろ」
「あら、私も行きますわよ?」
「そんな緊張された表情で来られても嫌だろうよ。もう少し、この空気に慣れてからでいい」
そう、私の頭をポンポンと撫でて、お兄様はご令嬢の花束の中に突入していった。あそこに王子様がいるのね。凄いわ。にしてもよ、お兄様、カッコよすぎません?? あれで何故モテないのか!? 貧乏だからですよね、わかってます。
取り合えず、残された私はお兄様の言われた通り、食事を楽しむことにしよう。
普段ならば食べられないような豪華な食事に舌鼓を打っているとこそこそ話す声。
「あれ、スティングラー家のご令嬢?」
「みたいよ。顔はよくても体は貧相ね」
「ホントね。それに貧乏ってことを考えれば絶望的ではなくて」
クスクスと笑う声に私は嫌になる。別に私は結婚なんてしなくてもいいと思ってるもの。家と本のために冒険者として働ければ十分よ。
そんな聞こえるような陰口とは別に普通に男性に声もかけられたりした。しかし、私が自己紹介をすれば途端に顔色が変わる。
「えっと、その、いい相手が見つかることを祈ってるよ」
「お互いにそうですわね」
ふふっと笑ってそう言えば、男性は逃げていった。貴方から言ったのに失礼よね。こういうこともあったけど、面と向かって嫌味も言われた。王子様を狙ってるんでしょとかどうのこうの。全く興味ないですし、そもそも来る気自体皆無だったからね。
疲れた。体がというよりも心がというやつよ。近くにいた使用人さんにお手洗いの場所を聞き、会場を離れる。場所は大丈夫。ミトロヒアルカのお陰で道とかはすぐに覚えられるようになってるから。
お手洗いに行く途中で庭を発見。月光の降り注ぐガゼボはそれはもう神秘的で流石王城とまで思ってしまうほど。
丁度持って来た本が『月光の妖精と花の女神』という本だし、どうせ、戻らなくても平気だろうから少しだけ読んでもいいよね! では、早速とスカートを捲り上げるわけにはいかない。そういうのはわかってるわ。お手洗いでついでに取り出しておくから問題ないわ。
お手洗いの後、私は本を胸に抱え、月光のガゼボへとお邪魔した。姦しい会場とは違い、風に奏でられる草木の演奏は優しく落ち着く。
「うーん、この辺かしら」
ガゼボの中をうろうろとして、月の明かりが本に差し込む場所を探す。ランタンでも拝借してくればよかったと思ったのはココに来てから。まぁ、借りようとしても貸してくれないだろうけど。
「ここがいいわね」
いい場所を見つけ、本を読む。月が陰ってしまったら、本を読むのをやめて、手入れの行き届いた見事な庭園を眺める。青空の下で見ても、楽しめそうね。まぁ、そんな時間に来ることなどないのでしょうけど。
穏やかだわ。先程までの心のダメージが癒されるわ。それにしてもよ、あんな陰口ばかりで何が楽しいのかしら。私にはわからないわね。
ぺら、ぺらりと読書を再開し、文字を追っていると不意に差す影。月が陰った感じではないからと、目をちらりと上げれば男性の姿。影になっているから容姿までははっきりしないわね。
「今、本を読んでるの。そこに立たれたら読めないわ」
「あ、あぁ、それはすまない。レディ、貴女の隣に座っても?」
「えぇ、それは構わないわ。でも、私と一緒にいても面白いことなんてないわよ? パーティー会場の方が話し相手も見つかるのではなくて?」
隣に腰を下ろした男性を改めてみると息を飲むほどの美しさだった。いや、顔がいいお父様やお兄様はよく目にしてたけど、彼ら以外に目を奪われるなんて思わなかった。
金糸のような髪は月光に照らされキラキラと輝いていて、こんな人、会場にいたかしらと思うほど。まぁ、大して人は見てなかったけど。これだけの人だったら、ちらっと目に入っただけでも覚えてそうなものなのだけど。
顔には勿論出さないわよ。本に目を戻しながらそれとなく、会場にと言ってみたけど、苦笑いを返された。
「正直な所、疲れてしまってね」
「そうなの。確かに貴方、美しいもの。参加されたご令嬢たちは放っておかないでしょうね」
疲れたように息を吐いた彼に素直な言葉をかける。これだけ美人なら、声をかけないなんてことはないだろう。私ですら、声を出してしまいそうだし。
「出来れば、放っておいてほしい所なんだけど。まぁ、俺のことはいいとして、貴女も令息たちは放っておかないんじゃないかな?」
「残念ね。私はスティングラー家の人間だから、自己紹介した途端逃げられるわ」
貧乏って私も言うけど、実際には生活には困ってないのよね。ただ、普通のご令嬢方のように夜会を開いたり、服や宝飾品を買ったりと湯水の如く使うお金がないだけ。それでも、普通の貴族の方からしたら、堪えられないことなのだろうけど。だって、使用人はいないから自分のことは自分でしなくてはダメだし、生活を豊かにするためには自分で稼がなくてはいけないから。結構、楽しいのにね。
さて、私がスティングラー家の者と知って彼はどうするかしら。ちらりと見たけれど、彼の表情に変化はなし。移動する気もないよう。
「スティングラー家は貧乏と言われているけど、そんなに貧乏ではないだろう? それにあまりに逼迫してるのであれば、援助の上乗せの申請もするだろうし」
「いつどう転ぶかわからない家を親戚に持つのが嫌なのだと思うわ。もしかしたら、親戚になった途端金を無心してくるのかもと考えてるのかもしれないわね」
不愉快でしかないわ。折角の景色の中なのにごめんなさいと続ければ、彼は自分が聞いてしまったからと逆に謝った。貴方が謝る必要なんてないのに、変な人よね。
「ところで、実はさっきから気になっていたんだが、何を読んでいるんだい?」
「あぁ、これね、これは『月光の妖精と花の女神』というものよ」
多くの人に愛されているのは妖精と女神が愛し合うハッピーエンドになってるけど、実はこれは悲恋物で夜に目覚めてしまった花の女神様のお世話を月光の妖精がするの。一生懸命に愛して、見守っていくのだけど、月の神様が花の女神様に惚れて、自分の花嫁としてしまう。妖精は自分の主人のお嫁さんになるのだから、素晴らしいことだ、誇らしいと自分に言い聞かせて、初めて彼女と出会った場所で彼女を思いながら眠りにつく。そんな話で、原作! と思ってワクワクして読んだら、全く違う話で困惑したのを覚えてるわ。月の神様と妖精をなんで同じにしたのと憤ったけど、同時に子供が読むことを考えれば、ハッピーエンドの方が都合がよかったのでしょうね。
「えっと、それは楽しいのかい?」
「楽しいとは違うかもしれないけど、そうね、例えばここの描写」
困惑したようにそう呟く彼に気持ちはわかるわと心の中で頷く。そして、読んでいたところには栞を挟んで前のページを開いて彼に見せる。近づいた私に彼はきょとんと目を丸くしたけど、他意がないのがわかったのかどこかなと一緒に本を覗き込んだ。
一回目はただ文字通りの印象を受けると思う、けれどこのあとの展開を読んだ後にもう一度読み直すと印象が変わる。この時には既になんてことを考えられるというような説明を彼にすれば、なるほどと頷く。
「会話できる程度にはと色々と本を読んでたんだけど、確かにそういう読み方もあるのか。うん、面白いことを聞いた」
「面白いと言ってもらえて光栄だわ」
「貴女のおすすめの本などあるのかな?」
おすすめ。人に薦められるのは色々あるけど、彼が楽しめそうな本はどんなのがあるかしら。話のネタにっていうのじゃなくて、純粋に彼自身が楽しめそうなもの。……結構、難しいわね。
「もしかして、迷惑だったかい?」
考え込んでしまっていたようで彼にそう声をかけられ、慌ててしまう。
「貴方が面白いと思えるものを考えてたの。折角なら、ほら、面白いとか楽しいって思ってもらいたいじゃない」
素直にそう伝えれば、彼は目を丸くしたけど、すぐに目を細めて、笑みを浮かべた。
「今、貴女がよく読んで本を教えてくれるかい?」
「よく読んでる本? そうね、異邦人の研究書とかはよく読んでるけど」
「また不思議なものを読んでるね」
「あら、結構楽しいのよ」
そんな話をして、珍しい本ならうちにもあるよと言われ、ピクリと反応してしまう。
「よかったら、俺個人として貴女を招待させてもらっても?」
「迷惑じゃないかしら?」
「楽しく読んでもらえる人ならきっと歓迎してくれるよ」
彼の家に招待してもらう約束をしていたら、ふと彼は忘れてたと頭を掻いた。どうしたのかしら、やっぱり私のような娘を招待するのは嫌なのかしらと顔に出ていたらしく、彼はそうじゃないと否定する。
「あまりに貴女といるのが楽しくて貴女のお兄さんが探してるのを忘れてた」
「まぁ、それは嬉しいけど大変なことね。すぐにお兄様のもとへ戻るわ」
「あぁ、そうするといい。招待状はご実家の方に送らせてもらうよ」
「えぇ、楽しみにしてるわ」
本を抱え、お辞儀をして彼と別れを告げる。
お兄様には怒られてしまった。当然ね。取り合えず、ガゼボで本を読んでいたと言えばお前らしいと言われつつ、頬を抓られた。頬が伸びてしまったらどうするつもりかしら。
「にしても、よく戻ってきたな。お前のことだから、終わるまで戻ってきそうにねぇのに」
「あぁ、それは親切な方がお兄様が探してると教えてくれたの」
名前はと聞かれて、気づいた。彼の名前聞いてない。顔に出てたようでお兄様は何してんだと呆れ顔。
「まぁ、次に会うときにでも、礼を言っておけよ」
「えぇ、そうするわ」
二人で残りの時間を過ごし、私たちはシャルロさんたちに挨拶をして、そのまま実家への帰路についた。
夜会から一ヶ月。私は普通の生活に戻っていた。勿論、冒険者としてミトロヒアルカに潜ったり、本を読んでゴロゴロしたりの生活よ!
とはいえ、そんな平凡な生活はとある一通の手紙で一変した。途轍もなくめんどくさい方向に。
「もう、いいだろ!! 服はこっちで準備してんだから」
「準備されているのも十分ベルトラン様にお似合いですが、こちらも良いかと」
どこから出してるのか次々と現れる服にお兄様はげんなり。それにしても、顔が整ってるって凄いわ。何を着てもカッコいいもの。決して身内贔屓なんかじゃないわ。
「アルセリア様もそろそろ準備を」
「えぇ、わかったわ」
シャルロさんに声をかけられ、私も準備のために部屋を移動する。コルセットにパニエにドレスと着替えしてもらう。それからは椅子に座って、化粧とヘアセットを同時進行。完成の声に鏡を見たら、別人がいた。普段化粧なんてしないから、こう見ると化粧の力って凄いわね。ちょっとは童顔も抑えられてるみたいだし、帰る前にやり方聞いておこうかしら。
「お、大分変わるもんだな」
「えぇ、私もそう思うわ」
「何をおっしゃいますか、元が大変素晴らしいのです。理解も早く、大変教え甲斐がございました」
知識も多いので、できれば殿下を射止めていただければとぼそりと聞こえた。やめて、私に王子様の相手なんてできません!! いや、そもそもね、王子様を射止めるって難しいはずよ。今の今まで婚約者がいらっしゃらないことがその証拠。
リヴァングストン王家。私も噂程度でしか聞いたことないのだが、一目惚れ一途という特殊な一族。そのため、お相手は一人という方がこれまでにも多い。むしろ、大多数。稀にその恋が叶わず、一人寂しくという方もいらっしゃるとか。でも、基本的には何らかしら頑張るのか結ばれるらしい。本で読んだヤンデレという方は殆どいないらしい。まぁ、今の第二王子が若干その気があるとかないとか。そういうのを第二王子様の生贄もといかの方を射止めた友人がいっていた。ちなみにお相手は同性異性関係がない。その場でビビッと来てしまうらしいのだ。と考えると、お兄様のご友人である王子様はそういう方に出会えてないという事。だからこそ、今回のような夜会が開催されるのだ。つまり今回、出席される方々は王子様と初対面な方が多いのだろう。
まぁ、会ったこともないのでワンチャンあるといえば、あるのだけど、私の方はない方向でお願いしたい。私にお淑やかな云々は無理だもの。むしろ、自分で言うのもなんだけどこんな貧乏令嬢がお相手とか可哀想すぎるわ。
そんなこんなで私とお兄様は夜会の開かれる王城へ。王城だなんて聞いてませんけどとじとりとお兄様を睨んだけど、肩を竦められるだけに終わった。一言言ってもらえれば、覚悟も改めてできたというのに、全く。
「レオには俺が挨拶しておくから、お前は食事でも楽しんでろ」
「あら、私も行きますわよ?」
「そんな緊張された表情で来られても嫌だろうよ。もう少し、この空気に慣れてからでいい」
そう、私の頭をポンポンと撫でて、お兄様はご令嬢の花束の中に突入していった。あそこに王子様がいるのね。凄いわ。にしてもよ、お兄様、カッコよすぎません?? あれで何故モテないのか!? 貧乏だからですよね、わかってます。
取り合えず、残された私はお兄様の言われた通り、食事を楽しむことにしよう。
普段ならば食べられないような豪華な食事に舌鼓を打っているとこそこそ話す声。
「あれ、スティングラー家のご令嬢?」
「みたいよ。顔はよくても体は貧相ね」
「ホントね。それに貧乏ってことを考えれば絶望的ではなくて」
クスクスと笑う声に私は嫌になる。別に私は結婚なんてしなくてもいいと思ってるもの。家と本のために冒険者として働ければ十分よ。
そんな聞こえるような陰口とは別に普通に男性に声もかけられたりした。しかし、私が自己紹介をすれば途端に顔色が変わる。
「えっと、その、いい相手が見つかることを祈ってるよ」
「お互いにそうですわね」
ふふっと笑ってそう言えば、男性は逃げていった。貴方から言ったのに失礼よね。こういうこともあったけど、面と向かって嫌味も言われた。王子様を狙ってるんでしょとかどうのこうの。全く興味ないですし、そもそも来る気自体皆無だったからね。
疲れた。体がというよりも心がというやつよ。近くにいた使用人さんにお手洗いの場所を聞き、会場を離れる。場所は大丈夫。ミトロヒアルカのお陰で道とかはすぐに覚えられるようになってるから。
お手洗いに行く途中で庭を発見。月光の降り注ぐガゼボはそれはもう神秘的で流石王城とまで思ってしまうほど。
丁度持って来た本が『月光の妖精と花の女神』という本だし、どうせ、戻らなくても平気だろうから少しだけ読んでもいいよね! では、早速とスカートを捲り上げるわけにはいかない。そういうのはわかってるわ。お手洗いでついでに取り出しておくから問題ないわ。
お手洗いの後、私は本を胸に抱え、月光のガゼボへとお邪魔した。姦しい会場とは違い、風に奏でられる草木の演奏は優しく落ち着く。
「うーん、この辺かしら」
ガゼボの中をうろうろとして、月の明かりが本に差し込む場所を探す。ランタンでも拝借してくればよかったと思ったのはココに来てから。まぁ、借りようとしても貸してくれないだろうけど。
「ここがいいわね」
いい場所を見つけ、本を読む。月が陰ってしまったら、本を読むのをやめて、手入れの行き届いた見事な庭園を眺める。青空の下で見ても、楽しめそうね。まぁ、そんな時間に来ることなどないのでしょうけど。
穏やかだわ。先程までの心のダメージが癒されるわ。それにしてもよ、あんな陰口ばかりで何が楽しいのかしら。私にはわからないわね。
ぺら、ぺらりと読書を再開し、文字を追っていると不意に差す影。月が陰った感じではないからと、目をちらりと上げれば男性の姿。影になっているから容姿までははっきりしないわね。
「今、本を読んでるの。そこに立たれたら読めないわ」
「あ、あぁ、それはすまない。レディ、貴女の隣に座っても?」
「えぇ、それは構わないわ。でも、私と一緒にいても面白いことなんてないわよ? パーティー会場の方が話し相手も見つかるのではなくて?」
隣に腰を下ろした男性を改めてみると息を飲むほどの美しさだった。いや、顔がいいお父様やお兄様はよく目にしてたけど、彼ら以外に目を奪われるなんて思わなかった。
金糸のような髪は月光に照らされキラキラと輝いていて、こんな人、会場にいたかしらと思うほど。まぁ、大して人は見てなかったけど。これだけの人だったら、ちらっと目に入っただけでも覚えてそうなものなのだけど。
顔には勿論出さないわよ。本に目を戻しながらそれとなく、会場にと言ってみたけど、苦笑いを返された。
「正直な所、疲れてしまってね」
「そうなの。確かに貴方、美しいもの。参加されたご令嬢たちは放っておかないでしょうね」
疲れたように息を吐いた彼に素直な言葉をかける。これだけ美人なら、声をかけないなんてことはないだろう。私ですら、声を出してしまいそうだし。
「出来れば、放っておいてほしい所なんだけど。まぁ、俺のことはいいとして、貴女も令息たちは放っておかないんじゃないかな?」
「残念ね。私はスティングラー家の人間だから、自己紹介した途端逃げられるわ」
貧乏って私も言うけど、実際には生活には困ってないのよね。ただ、普通のご令嬢方のように夜会を開いたり、服や宝飾品を買ったりと湯水の如く使うお金がないだけ。それでも、普通の貴族の方からしたら、堪えられないことなのだろうけど。だって、使用人はいないから自分のことは自分でしなくてはダメだし、生活を豊かにするためには自分で稼がなくてはいけないから。結構、楽しいのにね。
さて、私がスティングラー家の者と知って彼はどうするかしら。ちらりと見たけれど、彼の表情に変化はなし。移動する気もないよう。
「スティングラー家は貧乏と言われているけど、そんなに貧乏ではないだろう? それにあまりに逼迫してるのであれば、援助の上乗せの申請もするだろうし」
「いつどう転ぶかわからない家を親戚に持つのが嫌なのだと思うわ。もしかしたら、親戚になった途端金を無心してくるのかもと考えてるのかもしれないわね」
不愉快でしかないわ。折角の景色の中なのにごめんなさいと続ければ、彼は自分が聞いてしまったからと逆に謝った。貴方が謝る必要なんてないのに、変な人よね。
「ところで、実はさっきから気になっていたんだが、何を読んでいるんだい?」
「あぁ、これね、これは『月光の妖精と花の女神』というものよ」
多くの人に愛されているのは妖精と女神が愛し合うハッピーエンドになってるけど、実はこれは悲恋物で夜に目覚めてしまった花の女神様のお世話を月光の妖精がするの。一生懸命に愛して、見守っていくのだけど、月の神様が花の女神様に惚れて、自分の花嫁としてしまう。妖精は自分の主人のお嫁さんになるのだから、素晴らしいことだ、誇らしいと自分に言い聞かせて、初めて彼女と出会った場所で彼女を思いながら眠りにつく。そんな話で、原作! と思ってワクワクして読んだら、全く違う話で困惑したのを覚えてるわ。月の神様と妖精をなんで同じにしたのと憤ったけど、同時に子供が読むことを考えれば、ハッピーエンドの方が都合がよかったのでしょうね。
「えっと、それは楽しいのかい?」
「楽しいとは違うかもしれないけど、そうね、例えばここの描写」
困惑したようにそう呟く彼に気持ちはわかるわと心の中で頷く。そして、読んでいたところには栞を挟んで前のページを開いて彼に見せる。近づいた私に彼はきょとんと目を丸くしたけど、他意がないのがわかったのかどこかなと一緒に本を覗き込んだ。
一回目はただ文字通りの印象を受けると思う、けれどこのあとの展開を読んだ後にもう一度読み直すと印象が変わる。この時には既になんてことを考えられるというような説明を彼にすれば、なるほどと頷く。
「会話できる程度にはと色々と本を読んでたんだけど、確かにそういう読み方もあるのか。うん、面白いことを聞いた」
「面白いと言ってもらえて光栄だわ」
「貴女のおすすめの本などあるのかな?」
おすすめ。人に薦められるのは色々あるけど、彼が楽しめそうな本はどんなのがあるかしら。話のネタにっていうのじゃなくて、純粋に彼自身が楽しめそうなもの。……結構、難しいわね。
「もしかして、迷惑だったかい?」
考え込んでしまっていたようで彼にそう声をかけられ、慌ててしまう。
「貴方が面白いと思えるものを考えてたの。折角なら、ほら、面白いとか楽しいって思ってもらいたいじゃない」
素直にそう伝えれば、彼は目を丸くしたけど、すぐに目を細めて、笑みを浮かべた。
「今、貴女がよく読んで本を教えてくれるかい?」
「よく読んでる本? そうね、異邦人の研究書とかはよく読んでるけど」
「また不思議なものを読んでるね」
「あら、結構楽しいのよ」
そんな話をして、珍しい本ならうちにもあるよと言われ、ピクリと反応してしまう。
「よかったら、俺個人として貴女を招待させてもらっても?」
「迷惑じゃないかしら?」
「楽しく読んでもらえる人ならきっと歓迎してくれるよ」
彼の家に招待してもらう約束をしていたら、ふと彼は忘れてたと頭を掻いた。どうしたのかしら、やっぱり私のような娘を招待するのは嫌なのかしらと顔に出ていたらしく、彼はそうじゃないと否定する。
「あまりに貴女といるのが楽しくて貴女のお兄さんが探してるのを忘れてた」
「まぁ、それは嬉しいけど大変なことね。すぐにお兄様のもとへ戻るわ」
「あぁ、そうするといい。招待状はご実家の方に送らせてもらうよ」
「えぇ、楽しみにしてるわ」
本を抱え、お辞儀をして彼と別れを告げる。
お兄様には怒られてしまった。当然ね。取り合えず、ガゼボで本を読んでいたと言えばお前らしいと言われつつ、頬を抓られた。頬が伸びてしまったらどうするつもりかしら。
「にしても、よく戻ってきたな。お前のことだから、終わるまで戻ってきそうにねぇのに」
「あぁ、それは親切な方がお兄様が探してると教えてくれたの」
名前はと聞かれて、気づいた。彼の名前聞いてない。顔に出てたようでお兄様は何してんだと呆れ顔。
「まぁ、次に会うときにでも、礼を言っておけよ」
「えぇ、そうするわ」
二人で残りの時間を過ごし、私たちはシャルロさんたちに挨拶をして、そのまま実家への帰路についた。
夜会から一ヶ月。私は普通の生活に戻っていた。勿論、冒険者としてミトロヒアルカに潜ったり、本を読んでゴロゴロしたりの生活よ!
とはいえ、そんな平凡な生活はとある一通の手紙で一変した。途轍もなくめんどくさい方向に。
0
あなたにおすすめの小説
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました
小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。
しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!?
助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、
「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。
幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。
ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく!
ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる