眠りの魔法の使い方~運び屋の魔法使いは催眠魔法で世界を生きる

ふる

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虐待を受ける少女とゾンビのような少年の話 1

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昔、ゾンビと呼ばれていた男の子がいた。



 ゾンビというのはあだ名で、その男の子は生気がなく目に大きなクマを作っていて、まるで死んでいるような顔色をしていた。

 それに、歩くだけでも足を引きずるようにしていて、もちろん運動神経も悪く、勉強の成績も悪かったのだ。

 その男の子には何もいいところがないどころか、悪いところしかなかった。

 だから、その男の子が同世代の子供たちからいじめに遭うのは、ある意味当然だったのだろう。



「おいゾンビがきたぞ!」



「ゾンビがうつるぞ。こっちに来させるな。」



 道をずるずると歩いてきた男の子をはやし立てるように、子供たちが男の子を囲む。そして悪口を言うだけでなく、



「ゾンビめ、これでもくらえ。」



 そう言って、次々に地面に落ちている小石を男の子に向かって投げつけた。



 小石が当たった男の子は痛みを感じていないかのように足をずるずると引きずるばかりで、反撃をする気配もない。



 それでもこの場から離れようとしているのか、子供たちから逃げるように足を引きずって遠ざかっていく。



 まるでみんなで弱い魔物と戦っている気分だ。



 もちろん、私も小石を投げた。



 だって私は家でお父さんからいじめられていたから。



 お父さんからいじめられるままだと私は一番かわいそうな存在になってしまう。



 だから私よりも弱い子供がいて、私よりもかわいそうになってもらわないと困るのだ。



 それに、私がお父さんからいじめられていることをみんなが知って、そのときに他に弱い子がいなかったら、私がいじめられてしまうかもしれない。



 今考えると、もしかすると他の子ども達も似たような状況で、嫌なことがあったのかもしれない。



 だから、他の子どもたちはゾンビのような子供をいじめて、私もそれに加わらないといけなかったのだ。









 それから何年かして、



 私はまだお父さんから虐待を受けていた。



 お父さんは仕事もしないで1日中お酒を飲んでいる人だった。そして何が気に入らないのか、ことあるごとに暴れて物を壊したり、私やお母さんを叩いた。



 とくに殴られていたのは私だった。そして、私が殴られている間、お母さんはとめることもなく家の隅で震えているのだ。



 怯えながら生活をしているなかで、私はゾンビのような男の子の姿をいつも探していた。



 そのころに、私は男の子の名前がホルダー・アッシュだと知った。



 アッシュは数年たってもゾンビと呼ばれていた。



 実際には、そのころアッシュの目のクマはだいぶ薄くなっていて、足を引きずるようなこともなくなっており、ゾンビという感じはなくなっていた。



 それでも、いまだに運動が得意でなく、勉強も魔法もできなかったし、なによりも催眠魔法の本という怪しげな本を肌身離さず持ち歩いていて陰気な雰囲気があったため、いまだにゾンビと呼ばれていた。



 アッシュは友達がいなくて独りぼっちのままだった。それを確認して私は少し落ち着くことができた。



 私は運動も勉強も他の子と同じくらいできるし、友達もいる。



(家で殴られても、私はアッシュよりはましなのだ。)



 そうやって自分よりも下の人を探していた。







 けれど、最近はアッシュのことが気に入らない。



 死んだような目をしていたアッシュの顔色が少しよくなったことが気に入らないし、歩くことすら遅かったのに今では普通に歩いていることも気に入らないのだ。



 けど、私のほうがまだ勉強もできるし、私は魔法の勉強も始めているけれど、アッシュは何の魔法も使えないし。変な魔法の本を持ち歩いているし。



 まだ、私のほうがましのはずなのだ。まだ……



 いつかその「まだ」が終わるかもしれない。私はそれが怖くてしかたがなかった。









 その日はお父さんの機嫌がとくに悪い日だった。



 お父さんはお酒を勢いよく飲んで、空いた酒ビンをテーブルにガツンと叩きつけた。



 そして勢いよく私の方へ近寄ると、理由もないのに私を殴りつけた。



 私は壁まで飛ばされて、へばりつくように壁に寄り掛かった。



 お父さんはそれでも足りなかったのか、テーブルに戻ってお酒の空きビンを握りしめた。



 殴られることには慣れてしまったけれど、ビンで殴られたら死んでしまう。



 そう考えて、私はあわてて家を飛び出した。殴り飛ばされたのがドアの近くでよかった。



 私は全力で走った。少しでも家から離れないとお父さんから追いかけられて殺されてしまうかもしれない。



 幸い、お父さんは家から出て来なかった。



 それでも今は少しでも家から遠くへ逃げたかった。









(これからどうしよう。)



 夜になり、私は家から離れた場所でベンチが並んでいるのを見つけ、そこに座っていた。



 今日は家に帰れないだろう。明日になればお父さんの機嫌が少しは良くなっているだろうか。お母さんはどうしているだろうか。



「はぁ。」



 気が重くてため息が出る。



 こんなことが続くと、家に帰れない日がどんどん増えるのだろうか。



 今日はこのままベンチで寝るしかないのだろうか。



(夜に一人で外にいるのはこわい。)



 これまで、夜中に家の外に出たことはあまりなかった。夜に外に出るときはお母さんや友達と一緒だったし、それも一時的な外出で、外で野宿をするなんてもってのほかだった。



 ガサリと、近くで風の音や物音がするたびに体がこわばる。



 家に帰るのもこわいけれど、夜は暗いし一人は心細い。



 ベンチに座って地面を見つめていると、自分の思考がどんどん押しつぶされていくように感じる。







 ザクザク



 誰かが近づいてくる足音が聞こえた。



(誰だろう、危ない人だったら逃げなきゃ。)



 あわてて顔を上げる。



 そして、私の前に現れたのはゾンビと呼ばれていた子ども、アッシュだった。
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