男性不信の私が恋に落ちた相手は、イケメンの腐男子でした

あおくん

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「すみません!お待たせしましたよね!」


次の日。
手紙の通りお昼頃に、ジルベーク・シュタイン公爵令息の訪問があった。
事前に告げられていた私はあとはアクセサリーを身に着けるだけという状態だった為、すぐさま公爵令息の元に向かう。


「大丈夫ですよ。それより走らないでください。
エリーナ嬢の体になにかあったらと、心配になります」

「へ、あ、はい」


そこまで箱入りというわけではないのに、とどこかくすぐったく感じる私は、差し出された手を取って、馬車に乗り込んだ。
そして、私の対面に座る形で公爵令息も乗り込むと、すぐに出発する。

公爵家の馬車は造りもこだわっているのか全く揺れもせず、馬車の走る音を聞きながら私は膝の上に置いた手をぎゅっと握った。


「あ、「あの」」

「あ、すみません。遮ってしまって…、どうぞお先にお話しください」

「いいえ。エリーナ嬢からお願いします。レディファーストです」


照れたように頬を染めて言った公爵令息に、思わず私の心臓も変な動きをした。
イケメンの照れ顔は心臓に悪いという言葉は本当だったんだと、本で得た知識を思い出す。


「…あ、あの。手紙読みました。
公爵令息がべるべるんさんだと……」

「はい。ジルベーク改め、べるべるんです。
エリーナ嬢からの手紙、今でも大切に保管させていただいています」


公爵令息の言葉を聞いて、今ここで本当に私は理解した。
手紙で既にべるんべるんと名乗っているのに、心の何処かで違うのではないか?と思っていたのだ。
私が友人以外で出した手紙はベルベルんさんしかいないため、公爵令息の言葉で本当に、この人はべるべるんさんなんだと理解した。


「あの、どうして私と、つ、付き合おうと思ったのですか?
私達は互いに互いの事知りません。顔だって合わせたことない。なのに、何故?」

「それをお話しする前に、私の事をお話ししてもいいですか?」

「は、はい」

「”俺”は、シュタイン公爵家に生まれ、高い英才教育を受けていました。
勉強に、剣術、体術、スポーツにアート、ダンスに音楽、礼儀作法等色々と学ばせていただきました」

(俺…)


一人称を変えた彼に、小さく驚いた。


「……大変でしたのね」

「いえ。学ぶことは楽しいですからそれほど苦ではありませんでした。
ちなみに家族関係も良好です」

(ん?なら何故お話ししたのかしら?)


話の流れでいうと、ここは境遇がぁ~家族がぁ~とかいうやつではないのかしらと、私は首を傾げる。
でも、ここは現実世界。
創作物と一緒なわけがないかと、思い直す。


「娯楽というものがなかったのです。
兄も嫡男として後継者教育に明け暮れ、他にいる兄弟も俺と同じように教育のみの生活を送ってきました。
そんな時です。一冊の本に出会いました。
ホラー、ミステリー、恋愛、エッセイ、沢山のジャンルの中から現実味の薄い、また一番楽しいと思わせた剣術や格闘があると自分としても楽しめるだろうと思い、適当な本を取りました。
男二人がある目的の為、旅に出るお話しです。友情物語だと思いながら物語を追っていくと、メイン人物の男性が酷いけがを負いました」


(あれ?)と私は首を傾げた。
この展開、とても近似的で、私の知っているあの本にそっくりなのだから。


「そこから急に展開が進み、友情ものから大きくかけ離れて、一気に男同士の恋愛物語となっていきました」

(こ、これは……!!)

「その本のタイトルは_「「近似的な友情!」」…… 知っていたのですね」


思わず声に出してしまっていた私は、口を両手で抑えていた。
そんな私を見て、公爵令息はくすりと笑う。


「は、はい。私も公爵令息と同様に知らずに読み、は、ハマってしまった一人ですから」

「名前で呼んでください。
そしてやはり、俺と貴方は似ていますね。
それから、非現実世界限定ですが、男同士の恋愛物を好むようになった俺は、とても好ましいお話しに出会いました。
人生の中でファンレター等出したことなどないのに、そのお話しには思わず書いてしまいました」

「え」

「べるべるんという名を使ってね。
最初は貴女の書く心温かい作品に惹かれました。
そして、返ってきた手紙に感際立ってしまいました。
プライベートなやり取りはできませんでしたが、相手を気遣う言葉を選ぶ手紙から、貴方の人柄が見えてどんどん好意を抱き始めました。
そして、偶然にもあの日貴女に出会った」

「あ、」

「貴女の方は俺の事を何も知らないでしょう。ただ一人のファンだとしか思っていない事も、わかっています。
ですから、時間を頂けませんか?貴女を口説き落とすための時間を」

「で、ですが、私は…」

「大丈夫です。貴方の言葉を聞きます。ゆっくりでいいですから、教えてください」


べるべるんさんとの交流は有れども、ジルベーク様との交流は無いに等しい。
でも、こうして話を聞いて、べるべるんさんと同じジルベーク様の言葉が心にすとんと落ちてきた。
この人は怖くない。
嘘なんてついていない。
べるべるんさんとの交流があったから、そんな風に感じてしまえるのか。
とても不思議だった。


「私は……、貴方の隣に立てるような人ではありません。
顔もよくありませんし、身分も低いです」

「顔、ですか?エリーナ嬢は俺の好みのど真ん中ですが」

「へ!?」


じっと見つめられて、思わず頬が熱くなるのを感じた。
いや、これは普通の反応だ。
イケメンに見つめられて照れない人間がどこにいるというのだ。
寧ろ男女問わず照れるのが当たり前だろう。


「じ、ジルベーク様はご自身のお顔を鏡で見たことはないのですか!?
とてもバランスが取れた端正なお顔をしていて、私ではつり合いが取れません!」

「?つまり、エリーナ嬢にとって俺の顔は、タイプの顔、ということですね。嬉しいです」

「な、な、」

「それに身分についても、公爵を継がない俺の方が将来的には低くなりましょう。
勿論騎士となり、功績をあげ爵位を承れれば話は変わってきますが」


ガタガタと揺れていた馬車が緩やかにスピードを落とし、そして止まる。
ほっとすることに、話も一区切りついてくれた。

ジルベーク様は「着いたようですね」と先に降りて、私に手を差し出す。
乗る時同様にジルベーク様の手をお借りして、私は馬車から降りた。

何故かそのまま手が繋がれた状態で、ゆっくりとした歩行で公園に入ったジルベーク様に私はついていく。

公園に入ると、思わず目を奪われた。
聞いていた通り、とても綺麗な薔薇が並んでいたからだ。
赤や黄色、白やピンク、紫もある。
色鮮やかな薔薇たちに私は思わず目を輝かせた。

(今後、図書館にでも行って薔薇の辞典でもみようかしら)


「ふふ。………エリーナ嬢。忙しいとは思いますが、次会える日を教えてくださいませんか?」

「つ、次、ですか?」

「はい。貴女と付き合えるように、俺の事を知ってもらいたいと思いまして。
つまり、デートの申し込みです」

「っ……」


この時私は、遠回しな言い方をしないからこそ、この人の言葉が怖くないのかもしれないと、そう思った。


「えっと…、そ、それでは、五日後、とか?」

「わかりました。それでは五日後、伺わせていただきます」

「は、はい」


イケメンの微笑みは本当に心臓に悪いと、視線を下にずらすと、繋がれたままの手をみて更に恥ずかしくなる。
手、離しちゃダメかな。
べ、別に付き合っているわけじゃないし、いいよねとじっと繋がれている手を見ていると、ジルベーク様が私に顔を寄せ、耳元で囁いた。


「エリーナ嬢」

「は、はい!」

「そんな緊張しなくても、取って食べたりしませんよ。
それより俺とエリーナ嬢は結構好みも似ていると思うのですが、いくつか質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「は、はい。大丈夫です」

「では、…あそこにいる男性二人いますよね。
右はどっちだと思いますか?」

「へ?」

「せーの、で答えをいいましょう」

「あ、は、はい!」

「せーの「「受け!」」


被った意見に、互いの目を合わせると、沈黙が走る。
但し、気まずいとかそういう空気ではなく、意見が被ったことに対する高揚感とでもいうのか、そういう楽しい沈黙だ。


「じゃ、じゃあジルベーク様!あっちにいる方はどうでしょうか?!」

「単体ですか。相手がほしいくらいですが、…そうですね」

「いきますよ!……せーの、「「攻め!」」


そして再び意見が被り、今度は沈黙ではなく吹き出すような笑いが生まれた。


「やっぱり!やっぱりそう思いますか!」

「芯はすらっとしていて細身なのですが、全体的に放出しているSっぽさが実に攻めっぽい感じがしますね」

「はい!私も最初体格を見て受けかなと思ったのですが、背の小さい子でも、背の大きい人でも隣に立たせると、なんだか泣かせたい欲がありそうな雰囲気で、攻めかなと思ったんです!」

「俺もそう感じました。ガタイの良い人も攻めていそうだなと。
さすがにバリ攻め的なタイプ相手では、負けてしまうのではないかと思いましたが、それでも最後まで抗いそうなところが…」

「わかりますわかります!…ふふふ、本当に好みがあっていて驚きました。
あの、ジルベーク様に質問があるのですが」

「様は無くても構いませんよ。俺的には敬語もいりません」

「で、ですが」

「なら、恋人になるまでの間でしたら我慢しましょう。
それで、聞きたいことはなんですか?」

「あの、…」

「はい」

「じ、ジルベーク様の友達には男同士の恋愛についてお話しされていないのでしょうか?」

「はい。俺も男ということもあって、下手に言うと男好きなのではないかと誤解されかねませんので、いっていませんでした」

「で、では、わ、私だけ…?」

「そうです。エリーナ嬢にだけお伝えしました」


その言葉に私は無意識に期待した。
べるべるんさんが私の心の支えだったかのように、ジルベーク様にとっても私が支えであれば、そうであれば嬉しいと。


「あの、寂しくはなかったんですか?
私はべるべ…いえ、ジルベーク様からお手紙を頂きましたので寂しくはありませんでしたが…」

「俺もそうですよ。エリーナ嬢からお手紙を頂きました。」

「ですが、あれはお礼のお手紙を送っただけで」

「同じですよ。作者に届くのか、届いても読んでくれるのか、感想を書いたはいいが、作者目線と読者とでは齟齬が生じていないか。
不安でしたが、来ないと思っていた返事が届き、俺の感想に喜んでくれたと素直に伝わる貴方の返事が、とても嬉しかったのです」

「ジルベーク様………」


嬉しいと、口に出して伝えたかった。
私も一緒だと。初めての作品に、プロじゃないどころか、素敵な作品はもっともっと沢山あって、でも私なんかの作品に感想迄貰えて、どれだけ嬉しかったか。
べるべるんさんの言葉が、元気がないとき、悲しい時、苛立っている時、焦っている時、いつも私の心の支えになっていたのだと、感想を送ってくれてありがとうと、そう言いたかったのにジルベーク様を見上げた瞬間何も言えなくなった。

夕陽の赤い光がジルベーク様を照らす。
宝石のように赤い瞳が私の方に向くと、ふわりと細められた。


「そろそろ、帰りましょうか。もうすぐ陽が暮れます」

「……はい」





まだ帰りたくないなと、思ったことは誰にも言わない。

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