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6.夕暮れは思った以上に早い
しおりを挟む首を傾げる私に、インディングさんが察した様子で頭をかく仕草をする。
「洗剤は一般な平民には普及してないんだよ。
原価率が高いから売値もな……ってことで使ってるのは貴族以上だ」
手が出せんと首を振るインディングさん。
ならば、とりあえず確認しなければいけないことが一つ。
「…灰は、ありますか?」
「ああ、あるぞ」
と調理場のかまどから灰をかき集めてくれた。顔も腕も真っ黒にして。
なんだが申し訳なく思うが、あと容器と熱湯もくお願いする。
「それでなにをするんだ?」
「灰汁をつくるんです」
「アク?」
容器に布を敷いて灰をいれてサリーナさんとインディングさん共同作業でできた熱湯を注ぐ。
「はい。灰汁は油汚れに効果的な筈なので」
実際に作った記憶がなく、しかも教えて貰っただけの知識なので、曖昧な表現になってしまう。
そして私の言葉にやはりサリーナさんとインディングさんはお互いの顔を見合わせながら首を傾げた。
ちょっと…いやかなり自信はないが灰汁作りは抽出する為放置するのみなので、食器洗い以外にインディングさんから仕事を教わろうとすると、灰汁の力をまだ目にしていないからか、断られてしまった。
きっと色々な仕事を詰め込んでも、と躊躇っているんだろう。
「じゃあ部屋に案内するわね」
「そうだな」
と手を引かれて、二階へと案内される。
ちなみにインディングさんは明日の仕込みの為に暫く厨房にこもるらしい。
サリーナさんに案内された部屋は日当たり良好で、風通しもいい部屋だった。
ベッドもカーテンも机もあって、息子のレイン君が使っていたのかを問うとそうだと教えられる。
戻ってきたらレイン君が使うんじゃないのか尋ねると、見習いの段階では最初の1年は月に1度、2年目は半年に1度、3年以降は1年に1度しか帰ってこないと教えられ、気にせず使いなさいと言われた。
もちろん騎士になって配属場所がこの町になったとしても、この町にある貴族区に騎士の寮があるということも教えてくれた。
ちなみにレイン君は見習い1年目だそうで…帰省したらどこで寝るんだろうか。
一人で寝るのなら大きいベッドも、2人で寝るなら結構厳しいだろう。
でも同じくらいの年齢だし…。
あ、でも、インディングさん、確か私より体格はいいと言ってたような…うーん。
「あ、そうだわ」
といってクローゼットをあけてごそごそなにやら探しているサリーナさんの後姿から、何を探しているんだろうかと様子を眺める。
「はいこれ」
「…あ、これ」
靴だ。
「レインがアレンと同じぐらいの身長の時に履いてた靴よ。性別が違うからもしかしたらサイズが合わないかもだけど、履いてみてくれる?」
「ありがとうございます」
いそいそとズボンで覆っていた足を靴にはめて、履き心地を確かめる。
「どう?」
「はい!ちょっと大きいけど、…問題ないです!」
「よかったわ。レインったらすぐ大きくなって…あまり履いてなかったから私も嬉しいわ」
そしてもう一度ごそごそして取り出したのは大量の服だった。
「これもね、あの子がもう着れなくなってしまったの…。さすがに男の子の服だから可愛いデザインではないのだけど…」
捨てるのもったいなくてとちらりと目線を向けられて、私は笑顔で頷いた。
どれも男物の服だけど、服にこだわりがない私は貰えるだけ嬉しい。
「ちゃんと可愛い服も買うから、今はこれで我慢してね」と告げたサリーナさんにもう一度礼をし、そのままシャワー室やトイレの場所を案内してもらった。
シャワー室は1階にあるトイレの丁度上に当たる部分にある。
シャワー室には上に結構大きい蛇口付きのタンクがあり、中にお湯をいれてつかっている。
ちなみに常に沸いている状態ではないから時間が経つとお湯が冷めてしまう為、間隔を開けずにシャワーを浴びることと告げられた。
洗面台は、厨房から2階へ続く階段を超えると通路があり、その奥に手洗いだけの簡単なつくりの洗面台がある。
洗面台のさらに奥にはトイレがあった。
お客さんと共同使用とのことらしい。
家の中の案内を終えて、厨房に戻るとインディングさんが戻ってきた私たちに気付き振り返った。
「案内し終えたのか?」
「ええ。部屋やシャワー室、トイレの場所を一通り教えたわ。
でも案内している時に気付いたんだけど、アレンの部屋用に魔法玉が必要だと思うの。これから出かけるけどいいかしら?」
「魔法玉が?」
サリーナさんの言葉にインディングが怪訝そうに眉を寄せる。
「レインもあなたと同じ火属性だったから魔法球はいらなかったけど…」
「ああ、そういうことか。問題ない。陽が暮れる前に戻ってこいよ」
「ありがとう。じゃあアレンいくわよ」
インディングさんから許可を取ったサリーナさんは手提げ袋を持って私を促したあと、足早にさっさと出て行った。
「あ、あのインディングさん!ありがとうございます!」
私もインディングさんにお礼をいって、サリーナさんの後を追う。
もういってしまったのかと思ったけど、店を出たすぐのところにサリーナさんがいたので、安堵して駆け寄った。
よかった。先に行ってしまったのかと思った。
「ほら、陽が暮れる前にさっさと買いに行くわよ!」
「そんな心配しなくても、…まだ明るいですよ?」
この町に入ったのが昼過ぎだとしても、太陽の位置からして日没まで大分余裕があると思うのだが…とサリーナさんに伝えると、首を振って否定する。
「今はね、2期で日没までの時間が1期に比べてうーんと早いのよ。
だからあと1時間程で陽が落ちる筈よ」
「1期?2期?」
「あ、それも忘れちゃってるのね。
後で、そうね…夕飯の時でも説明してあげるから、とりあえず今は急いで」
そういってサリーナさんは急ぎ足のまま、ここは○○店あそこは○△店などと早口に説明していく。
早口に早歩きで、はっきりいって教えて貰って目を向ける時には通り過ぎているからどこがどのお店かわからなかったが、後でまた教えてくれるとのことで、ひとまず先を急ぎながら町の雰囲気を感じただけだった。
業種が纏められているのか、イートの周りにはほかにも飲食店がならんでいて、しばらく歩いてやっと魔法玉が売っているお店につく。
お店に入るとちりんちりんと鈴がなり、奥から眼鏡をかけた真面目そうなおじさんが出迎えてくれた。
「何の用だ」
(こ、こわっ)
お客に対する口調じゃない言い方と、キラリと光る眼鏡にその奥に見える鋭い眼光が更に威圧的で怖いという印象を与える。
門番のあの騎士のようだ。
剣がないからそこまでではないが。
「部屋を灯す為の魔法玉が欲しいのよ」
「期間はどれぐらいだ?」
「そうねぇ、とりあえず1期間もてばいいわ」
1期間か…、と呟いてお店の人は店内に飾ってある、一つの丸い水晶のようなものを手にしてサリーナさんに渡してきた。
「これなら1期間分は持つだろう」
1期間がどれほどの期間なのかがわからないけれども、手のひらサイズの水晶は真ん中が赤く色づけされていた。
この色が火属性を表しているのだろうか。
「ありがとうございます」
サリーナさんが支払を済ませ、持参していた袋の中に水晶玉みたいな魔法玉とお財布をしまうと、さっさとお店を出て、イートに向かう。
帰路も同じく急ぎ足での移動であったが、本当に陽が暮れ始めていて、こんなにも早く陽が沈むのかと驚いた。
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