161 / 256
冒険者編①
17 視点変更_嫌な夢②-2 ※残酷な表現有
しおりを挟む
◇
ある日女性は聞いてしまった。
「殿下、あの女と本当に婚姻を結ぶのですか?」
森を管理するために設置された管理小屋に泊まった日だった。
家事の一つもやったことのない男たちの代わりに、女性が一人で洗濯を外で行っていた日のこと。
ふと壁の隙間から声が聞こえてきた。
盗み耳を立てるつもりはなかった。
しかし“婚姻”という言葉に足が止まってしまったのだ。
「……王命として下されてしまっていることは私でさえ撤回させることは出来ない」
ため息とともに告げられた言葉からは嫌悪感が強く込められていた。
「……どうすれば回避できるのだ…」
頭を抱える男の声に、女性は静かにその場を離れた。
今まで一度も女性は男に対して関係を迫ったこともなければ、恋情を抱いているわけでもない。
寧ろ今こうして女性との婚姻関係を取り消そうと頭を抱えている男だけではなく、他の三人の男含めて離れ、そして一人でもいいから平和に暮らしたいとさえ思っていた。
だが、こうも嫌われている事実が女性を傷つける。
血を吐くほどにまで身体を酷使して、関係のないこの国の人たちを救うために頑張ってきていた。
例え見せつけられる魔物との戦闘シーンに尻込みし、浄化作業に手間取っていたとしても、男たちの日常生活を支えている女性は決して足手まといではない筈なのに。
女性に対して好意までといかなくても、感謝されてもいいはずだとそう思っていただけに、心の底から嫌われている事実が悲しかった。
そしてこの日から、男の態度が急変する。
今まではどんなに冷たい目を向けられていても、背中を撫でてくれていた男性はこの日から女性を視界に入れなくなった。
それどころか、周りの男たちは女性に対して暴力を振るうようになった。
女性は思った。
(婚姻を避けるために、あたしに拒絶の言葉を期待しているの?)
聖女の立場がどれほどのものなのか女性は知らない。
だが、次第に強くなる暴力の度合いに、女性は涙を流すしかなかった。
「……あれ…?」
ふと濡れた地面を見て女性が気付いた。
いつの間に涙を流していたのだろうか、と。
頬を伝う涙の感覚もわからなくなっていることが、この時初めて気づいた。
_…ああ
_こんなところもういやだ。
_早く日本に帰りたい。
_お父さんやお母さん、友達に、皆に会いたい。
_この国のことなんて、考えたくもない。
そして
カラカラに乾いた女性が倒れこむ。
これは決して比喩な表現ではない。
肉がついていた頬や体からは今ではごっそりと肉がなくなり、骨が浮き出て、ぱっちりとした二重が特徴的だった目は今ではぎょろりと浮き出ていた。
女性の周りには金髪の男を除く三人の男性が、女性を囲って見下ろしていた。
「おい、しっかりしろよ。まだ終わってねーんだよ」
「そうですよ。まだ半分も浄化出来ておりません」
「こいつもしかして俺らの気ひきてぇんじゃねーか?
お前みたいな魅力のないやつに惹かれるわけねーだろうが」
まぁ最初の頃はまだ可愛かったがな!と汚い笑い声をあげる男たちに、女性はそっと瞼を閉じた。
ゴスッ
「ヴッ!」
「だから寝んなって。俺らもちゃんと魔物倒してんだろ?お前も浄化しろよ。
自分の仕事こなさねーやつ見逃されるって思ってんのか?」
女性の腹に足をあてる男性に、他の男は制止するよう呼びかけた。
「おーい、やりすぎんなよ」
「本当に、誰が運ぶと思ってるんですか」
だが、女性の体を気遣う様子は見られない。
ゴスゴスと、女性の腹や胸に革靴のつま先が食い込んだ。
突き抜ける痛みと反動に、女性の息が止まる。
(なんであたしが………)
女性はそう思った。
そして同時にこうも思った。
(も…死にたい……)
だらりと地面に落ちた皮と骨だけになった自身の腕が、女性の視界に入る。
女性は数か月前は普通の体型をした女子高生だった。
日頃からダイエットしなきゃと口に出すが、決して太りすぎでも痩せすぎでもなかった。
そう、こんな骸骨のような体はしていなかったはずだった。
それが何故こうなってしまったのか。
女性には心当たりが一つだけあった。
浄化。
発生原因は不明とされているが、聖女しか払うことが出来ないとされる瘴気は浄化によって払うことが出来る。
そして聖女は異世界から招かれた女性とされ、その女性だけが浄化の力を有していた。
例にもれず女性もこの浄化の力を持っていたのだ。
だが、浄化をすると、女性の脈拍が激しくなった。
そして、ひどい倦怠感に襲われた。
その後は食欲がなくなった。
食べると吐いてしまうし、最初は気遣ってくれたこの男たちも徐々に面倒くさそうに、汚いものを見るような目つきになった。
そして血を吐くようになって、そこから体についている栄養を使い切るように無くなっていった。
決して太っているわけではない女性の標準的な体からは、どんどん肉がなくなり、そして筋肉もなくなっていった。
今では満足に歩くこともできないし、立つことも難しい。
男たちは女性に暴力的になっていった。
女性の目からは、どんどん生きる気力がなくなっていく。
_なんで、あたしが。
_おまえらのために、こんなからだにならなければいけないんだ。
_なんで。
_どうして。
_くやしい。
_くやしくて、にくくて、たまらない。
_こいつらが、にくくて、たまらない。
_ころしたい。
_こいつらを、
こ
ろ
し
て
や
り
た
い
男たちが倒れている女性を置いて先を行く。
女性の体からは黒い靄のようなものが、見えた気がした。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
ある日女性は聞いてしまった。
「殿下、あの女と本当に婚姻を結ぶのですか?」
森を管理するために設置された管理小屋に泊まった日だった。
家事の一つもやったことのない男たちの代わりに、女性が一人で洗濯を外で行っていた日のこと。
ふと壁の隙間から声が聞こえてきた。
盗み耳を立てるつもりはなかった。
しかし“婚姻”という言葉に足が止まってしまったのだ。
「……王命として下されてしまっていることは私でさえ撤回させることは出来ない」
ため息とともに告げられた言葉からは嫌悪感が強く込められていた。
「……どうすれば回避できるのだ…」
頭を抱える男の声に、女性は静かにその場を離れた。
今まで一度も女性は男に対して関係を迫ったこともなければ、恋情を抱いているわけでもない。
寧ろ今こうして女性との婚姻関係を取り消そうと頭を抱えている男だけではなく、他の三人の男含めて離れ、そして一人でもいいから平和に暮らしたいとさえ思っていた。
だが、こうも嫌われている事実が女性を傷つける。
血を吐くほどにまで身体を酷使して、関係のないこの国の人たちを救うために頑張ってきていた。
例え見せつけられる魔物との戦闘シーンに尻込みし、浄化作業に手間取っていたとしても、男たちの日常生活を支えている女性は決して足手まといではない筈なのに。
女性に対して好意までといかなくても、感謝されてもいいはずだとそう思っていただけに、心の底から嫌われている事実が悲しかった。
そしてこの日から、男の態度が急変する。
今まではどんなに冷たい目を向けられていても、背中を撫でてくれていた男性はこの日から女性を視界に入れなくなった。
それどころか、周りの男たちは女性に対して暴力を振るうようになった。
女性は思った。
(婚姻を避けるために、あたしに拒絶の言葉を期待しているの?)
聖女の立場がどれほどのものなのか女性は知らない。
だが、次第に強くなる暴力の度合いに、女性は涙を流すしかなかった。
「……あれ…?」
ふと濡れた地面を見て女性が気付いた。
いつの間に涙を流していたのだろうか、と。
頬を伝う涙の感覚もわからなくなっていることが、この時初めて気づいた。
_…ああ
_こんなところもういやだ。
_早く日本に帰りたい。
_お父さんやお母さん、友達に、皆に会いたい。
_この国のことなんて、考えたくもない。
そして
カラカラに乾いた女性が倒れこむ。
これは決して比喩な表現ではない。
肉がついていた頬や体からは今ではごっそりと肉がなくなり、骨が浮き出て、ぱっちりとした二重が特徴的だった目は今ではぎょろりと浮き出ていた。
女性の周りには金髪の男を除く三人の男性が、女性を囲って見下ろしていた。
「おい、しっかりしろよ。まだ終わってねーんだよ」
「そうですよ。まだ半分も浄化出来ておりません」
「こいつもしかして俺らの気ひきてぇんじゃねーか?
お前みたいな魅力のないやつに惹かれるわけねーだろうが」
まぁ最初の頃はまだ可愛かったがな!と汚い笑い声をあげる男たちに、女性はそっと瞼を閉じた。
ゴスッ
「ヴッ!」
「だから寝んなって。俺らもちゃんと魔物倒してんだろ?お前も浄化しろよ。
自分の仕事こなさねーやつ見逃されるって思ってんのか?」
女性の腹に足をあてる男性に、他の男は制止するよう呼びかけた。
「おーい、やりすぎんなよ」
「本当に、誰が運ぶと思ってるんですか」
だが、女性の体を気遣う様子は見られない。
ゴスゴスと、女性の腹や胸に革靴のつま先が食い込んだ。
突き抜ける痛みと反動に、女性の息が止まる。
(なんであたしが………)
女性はそう思った。
そして同時にこうも思った。
(も…死にたい……)
だらりと地面に落ちた皮と骨だけになった自身の腕が、女性の視界に入る。
女性は数か月前は普通の体型をした女子高生だった。
日頃からダイエットしなきゃと口に出すが、決して太りすぎでも痩せすぎでもなかった。
そう、こんな骸骨のような体はしていなかったはずだった。
それが何故こうなってしまったのか。
女性には心当たりが一つだけあった。
浄化。
発生原因は不明とされているが、聖女しか払うことが出来ないとされる瘴気は浄化によって払うことが出来る。
そして聖女は異世界から招かれた女性とされ、その女性だけが浄化の力を有していた。
例にもれず女性もこの浄化の力を持っていたのだ。
だが、浄化をすると、女性の脈拍が激しくなった。
そして、ひどい倦怠感に襲われた。
その後は食欲がなくなった。
食べると吐いてしまうし、最初は気遣ってくれたこの男たちも徐々に面倒くさそうに、汚いものを見るような目つきになった。
そして血を吐くようになって、そこから体についている栄養を使い切るように無くなっていった。
決して太っているわけではない女性の標準的な体からは、どんどん肉がなくなり、そして筋肉もなくなっていった。
今では満足に歩くこともできないし、立つことも難しい。
男たちは女性に暴力的になっていった。
女性の目からは、どんどん生きる気力がなくなっていく。
_なんで、あたしが。
_おまえらのために、こんなからだにならなければいけないんだ。
_なんで。
_どうして。
_くやしい。
_くやしくて、にくくて、たまらない。
_こいつらが、にくくて、たまらない。
_ころしたい。
_こいつらを、
こ
ろ
し
て
や
り
た
い
男たちが倒れている女性を置いて先を行く。
女性の体からは黒い靄のようなものが、見えた気がした。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
3
あなたにおすすめの小説
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
【完結】田舎育ちの令嬢は王子様を魅了する
五色ひわ
恋愛
エミリーが多勢の男子生徒を従えて歩いている。王子であるディランは、この異様な光景について兄のチャーリーと話し合っていた。それなのに……
数日後、チャーリーがエミリーの取り巻きに加わってしまう。何が起こっているのだろう?
ディランは訳も分からず戸惑ったまま、騒動の中心へと引きづりこまれていくのだった。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
【本編大改稿中】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!
七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。
この作品は、小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる