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次の問題を抱えている村に行く途中、『奥様~~!』と大きな甲高く、そして少し泣きが入っているのか鼻声で叫ぶ声が私の脳内に響いた。

精霊石で意思疎通を取れるとはいえ、ところかまわずくる通信先の声が洩れてしまえば怪しむ者も出てくるだろう。
その為私は私の許可があるまでは脳内に直接に声を届けさせることにしていたのだ。

ぐらりと体を傾けた私に気付いたサシャは手を伸ばし、私を支えようとしたが、馬車の中ということもあり咄嗟に手をついて体を支えサシャの行動を止める。

「奥様、体調が悪くなりましたら無理をなさらずおっしゃってください」

「大丈夫よ。体調が悪いんではなく、……通信が入っただけだから」

声を落として告げるとサシャは固まった。

「……サシャ、どうしたの?」

「あのドジっ子!奥様に迷惑かけて!!」

サシャには一切の声が聞こえていないはずなのに、私が体を傾けさせたところから状況を察したのだろう、すぐにララに怒りを向けた。
けれどメイド達の関係は悪くない事を知っている私は、それが相手を思っているからこその怒りであることをわかっているつもりである。
だからサシャの怒りには言及せずに、首にかけているペンダントを取り出した。

「………えっと、とりあえず通信するわね」

「お願いします、奥様」

ギラギラと燃えているサシャの熱い眼差しを見て見ぬふりをして私はララとの通信を開始する。
そして半透明のララの姿が映し出された。
思った通り困った表情を浮かべている。
今のララを絵で表すとするならば、周りに大量の汗が飛んでいるだろう。

『奥さ_』

「ララ!アンタね!もう少し声のボリュームを抑えなさいよ!
奥様が倒れるところだったじゃない!!」

『ええ!?お、奥様大丈夫ですか!?』

「あ、ええ。大丈夫よ。
それよりなにかあったの?」

サシャがララに被せながら指摘するとララはすぐに謝罪した。
実は最初の頃もララからの通信の時、大音量で呼ばれた為に指摘したが繰り返された為に私は諦めたのだ。
諦めたのならばさっさと用件を知りたいと、私はララに話を促す。

『奥様!あの女が来たんです!』

“あの女”という言葉にすぐにピンと来たが、すぐに答えたのは一緒にいるサシャだった。

「あの女……、旦那様の恋人の女性の事ね」

『そうですううう!』

「でもララ。あなたは旦那様の下で働いているのだから、その恋人が嫌いでも誤魔化すか様付けくらいはしておきなさい。いいわね?」

『あ、忘れてた!』

舌を少し出して「てへぺろ」ポーズをとっているララに私はくすりと笑うと、サシャがおずおずとした様子で頭を下げる。

「………すみません。口を挟んでしまって」

「ううん。大丈夫よ。
…ララ。サシャの指摘はもっともだわ。
どこに耳があるのかわからないのだから、危ない発言はしないように。ね?」

『はい!わかりました!』

ディオダ侯爵の大半の使用人やメイドは私の味方だが、中には旦那様側の人もいる。
女より男の味方になっておけば安心というよくわからない思考回路を持っているため、明らかに浮気で領地運営も放り投げているクソ野郎…いえ、旦那様に味方している使用人や騎士も少数だがいるのも事実。
その者たちは今回の視察にはついてきていないからいいけれど、侯爵家にいたときは私の行動を旦那様に報告していた。
……でもこれってプライベートに関わっているのではないのかしら?
…まぁ、実際に旦那様から口を出されていないから精霊たちも困っているのよね。
たまに私に罰を与えていいのか尋ねてくるもの。まぁそのたびに罰を与えていたら流石に酷だと思い、大丈夫だからと伝えているのは私だけど。
だけど、どこで誰が見て聞いているのかわからない以上、下手に相手の尺に触るような行動をして、災いを招くようなことが起きてほしくないのだ。

「それで?旦那様の恋人さんがいらっしゃったのよね?
話を聞かせてもらえるかしら?」

私が尋ねると、ララは語った。
話を聞いていくにつれ頭痛がした。

まず第一にサシャが言った通り、ララが旦那様の恋人の世話係に抜擢された。
正妻の侍女を恋人につけるということが正妻の立場を愚弄していることなのだが、あの男はなにも知らないのだろう。
ララに「旦那様に変化はあった?」と尋ねると、「特に?変わりはないかと?」と返された。
つまりは恋人さんが旦那様の許可なくララを指名したのだろう。
流石に旦那様の口からララを付けるようにと促したのなら、精霊からの罰が与えられるのだから。

(でも流石に旦那様が気付いた時なにかしら対応しないとタダじゃすまないわよね…?)

まぁ、それは契約した旦那様がきちんとするだろう。
あんなにもスムーズに精霊の契約をしたのだから、軽く考えてはいないはずだ。
もし軽く考えて精霊書にサインをしたのならば、本物のバカである。
今すぐ投資家としても下りたほうがいい。

次に旦那様と恋人の私生活を話された。
聞いていても(うわ)と声が洩れ出そうなくらいのダラシナサだったが、実は通信した原因がこれだった。

まず今回ララが私に通信をしたのは恋人に虐められたからが理由ではない。
いや、暴言を吐かれたり手を上げられたりはされたといっていたから虐めは受けていた。
この件に関しては絶対に償わせるべき事柄ではあるが、ララとサシャ曰く以前からも恋人はこのような調子だったということで、今回もララは私にまだ通信を送るつもりはなかったらしい。
だけど通信を送ってきたのは執事に懇願された為といっていた。

『執事様が奥様に連絡をしてほしいっていったんです!』

といったララに私は「執事はどのような用件を伝えたかったのかしら?」と尋ねると

『恋人様が頻繁に旦那様と町に出歩いたり、人を呼んだりしているからです!』

と答えたララの後ろから執事が顔を出した。
最初からずっといたのか、それとも途中からかわからないが、ララの後ろで執事が聞いていたのだろう。
執事のいいたいことがララでは伝えられず、きっとやきもきしていたに違いない。

『私が変わっても?』

そうララに尋ねる執事に通信相手が変わり、映像はララではなく今度は執事が映し出される。
まだ数日しか経っていないのにもかかわらず、何故かどっとやつれてしまったように思える執事に私は首を傾げた。
ちなみに映像が見えるのは私側だけである。
だからこそ、私はサシャと一緒に顔を見合わせながら、執事の変わりようを不思議に思った。

だけど、執事がこれからいう言葉のほうが頭を悩ませることになるのはいうまでもないだろう。

『奥様……、侯爵家の資金が底を見え始めています』

「「……………は?」」

馬車の中で私とサシャの声が見事にシンクロした。


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