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視察という名の解決旅はあれから六か月が経った。

蜂が大量発生している村では養蜂家として形を整え、盗賊がはびこっていた町ではとっ捕まえた後で騎士を派遣し、不漁を訴えている町には別の案を提示した。
途中私が狙われるというハプニングが起きたけれど、優秀な護衛のお陰で滞りなく解決。
助けてもらった時の吊り橋効果だろうけれど、ケインに思わず特別な感情を抱きそうになったことは内緒だ。あの時の私は本当にどうかしていた。
まぁ盗賊のような野蛮な者たちの標的にされたのだから、通常とは違う環境にあったのは間違いないことだけど。

でもこれですぐに特産物として他の領地に定着してもらうのは難しいけど、それでも声をあげていた村や町には解決策を提供、そして実践してみせたことで、なんとかディオダ侯爵領も改善していってくれるだろう。
それに精霊にもお願いし、村や町になにかよからぬ事態が起きたら連絡してくれるようにも頼んだし。

「あとは私が社交界で宣伝すればいいわね」

あれからララと執事からの通信は何度か入った。
執事からは予定通り侯爵家の資金がなくなることと旦那様についていた少数いた味方が自主退職を希望し離れたこと、そしてララからは旦那様へ罰がくだった事が伝えられた。
恐らくだが、私の部屋に勝手に入ろうとしたのだろう。
ララから早々に恋人さんの世話役から外されたことを伝えられていたから、残る問題は侯爵家の資金問題で、すぐ利用できるお金が今の旦那様にはないとのことだ。
だから投資に使うお金をもう少し…、いや恋人に使うお金をもう少し考えればまだ自由にできるお金あっただろうに、正妻への予算か、私の持参金かどちらかに手を付けようとしたのだろう。
旦那様の自慢の金髪の隙間から、綺麗な肌色が見え始めたとララが言っていた。

(それでも恋人さんがまだクソ男の近くにいるというのだから面白い話ね)

屋敷を管理するお金がなくなりかけているとはいえ、約半年近い正妻への予算がまだ手付かずなんだと考えているのだろう。
その考えは正解ともいえる。
予算はあくまでも予算であり、未来のものだ。
まだ私が屋敷にいたとき、当然のことだが最初のひと月分しか与えられておらず、今回の視察で足りなかった分は全て持参金から賄ったのだ。
勿論視察途中でなくなってしまった物資については、新たに発注する余裕がなかったために途中から自給自足生活を余儀なくされたが、それはそれで貴重な経験をしたともいえる。
そもそも侯爵家にお金が殆どなくなっていると相談されては、例え私へと与えられた予算分だとしても使いずらいというものだ。

(まぁ生活にまだ余裕がある町は、快く寝床を提供してくれたからね。
『解決してもらうのだから旅費は不要です』とかなんとかめちゃくちゃいわれたわ…)

でもそのお陰で旅費が節約できたことは助かった。
そしてどんな村や町も今まで散々放置してきたはずの侯爵家の妻である私を快く受け入れてくれたことが胸を熱くさせた。

(これから領地運営をしていく中で少しずつ恩返ししていかないとね)

そんな領民ばかりだったからこそ、私は決意した。
あのクソとその恋人がいい思いしてきた分、地獄に突き落としてやるということを。
勿論、理由としてはそれだけではないけれど。

「さぁ、皆帰るわよ!」

私が気合を入れると、この六か月の間に絆が深まった護衛とサシャが拳を突き上げ声を揃えたのだった。





この六か月の間、私達の間には確かに絆が生まれた。
護衛の騎士たちとサシャは、今まで誰とも関わろうとしてこなかったケインとも仲を深めた。
それだけこの六か月という間はとても素晴らしい期間といえる。

ある村で私はケインから話を聞いた。

ケインが元はディオダ侯爵家の次男であるということ。
兄であるクズールから雇われ、誰にも気づかれないように重く古臭い甲冑で姿を隠していたということ。
そして素性がバレないように誰とも話すなと指示を受けていたことを聞いた。

『でも、ディオダ侯爵家は一人息子だと聞いたわ。
私のお父様が婚姻前に調べたけれど、嘘ではなかった』

貴族同士の婚姻は必ずと言ってもいいほどに、事前に周辺調査が行われる。
政略結婚となれば更に当たり前だ。
とはいえ、旦那様の恋人の存在は寝耳に水だったが、相手がもし平民だったのならお父様が私に伝えなかったのも納得できる。
平民ではどうあがいても貴族との婚姻はできないからだ。
まぁその恋人の身分は私は知らないのだけど。
興味がないという理由もあるが、調査するよりも前に領地改善が最も優先すべきことだから。

その私の問いかけにケインは頭の兜をとってみせた。
まるで兜の中に答えがあるとでもいうかのように、なにも答えることもなく黙って脱いだのだ。
そして私は驚いた。
ケインの綺麗すぎる素顔を見たのは私一人だけではなかったからだ。

『うわああああ!』

驚愕の色で叫ばれた声のもとを振り返ると、そこには護衛の一人であるコニスがいたのだ。
皆が寝静まり、そして誰にも聞かれることもないようにひと目を阻んで出てきたのにと、後からここにきた理由をきいたところトイレで起きたらしい。
宿のトイレではなく、なんとな~く外に出て、なんとな~く用を足すのに最適な場所を探していた時、なんとな~く見えた物体が急に素顔を晒して思わずなんとな~く叫んだらしい。
実に意味がわからなかったが、何故かコニスが「皆もよんでくる!」といい、ケインの話を皆で聞くことになった。

一度簡単にだけど話を聞いていた私は、一人だけ首を傾げていた。

【どうしたの?シエル】

(どうして彼は殺されそうになったのかしらと思ってね)

【それ!イカンことだよね!私ケインを殺そうとしたやつに怒っちゃうよ!
ケインみたいに綺麗な黒髪を持つ男の子見たことないのにさ!】
【でもそいつに報復したらケインがいい顔しないだろ?
俺前に聞いたんだケインに。アイツら殺してやろうかって。でもダメだって言われた。
あの人たちが自分の事家族だって思ってなかったとしても、自分は血の繋がりがあること知ってるって】
【でもケインの家族はオバンとその旦那だけだろ!】
【だから、家族じゃなくても血の繋がりのあるやつをケインは殺せないって言ってんだよ】

(ちょっとまってオバンってだれ?)

【メイドだよ!】
【元な!元!】

(元メイド?)

【そう!いけ好かねえ奴らがオバンに対して、ケインを処理しろって命じたんだ。
だけどオバンはケインを殺すことはしないで誰にも知られないように引き取って世話をした】

(つまりケインは生まれたその瞬間に殺されそうになったって事、?)

【そうそう!そんなことしちゃダメなのにね!】
【ほんと!ケインはシエルにとって_】
【わああああああ!】

(ど、どうしたの?)

【ううん!なんでもないよ!おいお前!】
【え、なんだよ。俺なんかしたか?】
【ちょっとこっちこい!】

精霊が一体の精霊をどこかに連れていき輪から外れる。
何を話しているのかわからないが、肩を組んでこそこそやっている姿はまるで人間みたいだと思った。
なにを話しているのか気にはなるけど、それよりもケインのことのほうが気になった。
だって_

『つまり、お前が生まれた瞬間に殺されそうになったところを元メイド長が助けて、隠れて育てられて今まで生きてきた。
だけど侯爵様、お前の兄が現れて自分の素性を誰にも知られることなく自分の下で働くように命じたって事か?』

もう一人の護衛騎士であるジャンは、ケインの話を簡潔にまとめる。
ちなみに護衛騎士は三人いて、コニスとジャン、そしてヴァルという。
この三人はこの視察の間、誰一人クソに報告をしていなかったことを私は精霊にきいて知っている。

『ですが、何故ケイン卿は殺されそうになったのでしょう?
この世に魔物はいますが、人間から魔物が生れたという事例も、魔物憑きであるという事例も聞いたことがありません』

サシャが首を傾げながらそう告げると、コニスが表情を顰める。

『お前、えげつない想像するな。
人間から魔物が生れたらこえーだろ』

『ですが生まれたばかりの赤ん坊が殺されるような理由って他になにかあるのでしょうか?』

サシャの問いかけはもっともで、私自身それが引っ掛かっていた。
ケインの本当の両親である先代侯爵様と先代侯爵夫人は私からみても厳しい人ではなかった。
それどころかあのクズを可愛がり、クズが連れてきた女性ならと、明らかに最悪な人選であるにもかかわらずはっきりと断れないくらいのある意味優しい心を持っていたのだ。
だからこそ、息子を可愛がってはいたが、その息子が今後も苦労せずに暮らせるのならと思ったのだろう、田舎貴族の私がやってきてもとても良くしてくれた。
そんな人たちが人を、それも自分の息子を殺そうとする理由がわからなかったのだ。
だからなのだろうか、とても胸がムカムカして気持ち悪い。
自分でもわからない感情があることが、嫌だと思った。

『……この髪の色です』

『髪の色?』

『ええ。……不吉な色だと、それこそ双子の一方が黒を持って生まれると不吉とされているのだそうです』

くしゃりと、髪の毛が乱れることも気にせず、ケインは自分の髪の毛を大きな手で握りしめる。
まるで両手で頭を抱えるように見えるケインの姿は苦しんでいるように見えた。

そんな中ヴァルがポツリと呟いた。

『聞いたことがあります。
双子が生まれたとき、片方が黒を身に着けていると、その子供は悪魔憑きと呼ばれ、将来災いとなる、と』

『悪魔憑き?』

『はい。魔物憑き…という表現が正しいのかわかりませんが、おそらくそんな感じの類かと…』

自信がないのか語尾を濁しながら告げるヴァルに、ケインが頷く。

『その通りです。私の親代わりとなってくれた人もそのように言っていました』

その瞬間周りにいた精霊たちが一斉に否定した。

【そんなことは絶対にありえない!】
【髪の色でそんなことは決められない!大事なのは魂の色だよ!】
【ケインの魂はすっごい綺麗ないい色だよ!】
【僕たちはケインが大好きなんだ!】
【髪の毛だっていい色だよ!】
【そうだよ!自信をもって】

沢山の精霊たちがケインに詰め寄った。
思い思いの言葉を口にしてケインの言葉を否定する。

サシャ、コニス、ジャン、そしてヴァルの目がある為ケインが精霊たちに返事をするのは難しい。
だけど精霊たちの気持ちがケインに届いているのだろう、ケインの目には涙が浮かぶ。
目から流れ落ちることはなかったが、ウルウルと潤む瞳を見ていると私の心もツキンと痛くなった。

その涙が喜びからきていることはわかっている。
でもケインの髪の毛を好きだと、そう告げただけの言葉で涙を見せるケインの今迄の心情を考えたら、とてもじゃないが素直に喜べなかった。


『ケイン卿。大事なのは髪の色なんかではなく、その人の心。
私はこの長い視察中、ケイン卿がどれほど領地を愛してきたのか、それを沢山知ることができたわ。
そんな貴方を髪が黒いからという理由で悪魔だの魔物だのという筋合いも、言われる筋合いもないと思います。
それに……』

私は一度言葉を区切り、少し長い前髪で隠れていた赤い綺麗な瞳を見る為に、ケインへと手を伸ばして前髪を分ける。
前髪をわけると、やっぱりそこには薔薇のように綺麗な赤い瞳があった。

『ほら、まるで夜の庭園にいるかのように綺麗なのよ』

以前からも甲冑の隙間から覗く赤い瞳が、薔薇のようでどこか懐かしい気分になっていた。
なんでだろう。どうして私はケインの瞳をみると懐かしく感じるのだろうと疑問に思っていたが、ケインが兜を取ったことで気付いた。
幼い頃、仕事に明け暮れていたお父様を寝ずに待っていた私。
「おかえりなさい」「お仕事お疲れ様です」「おやすみなさい」「いい夢をみますように」 
そんな言葉のやりとりをお父様としたくて、私は暗くなった庭園で時間を潰すことがあった。
夜だからといって怖いという感覚はない。
寧ろ外には精霊が沢山いて、お花が好きな精霊が庭園に集まっていて、私は楽しく過ごすことが出来た。
黒く染まった空にはキラキラ光る星が散らばり、その星空の下には沢山の色の花が咲いて、その中でも真っ赤に咲いた大きな薔薇が月の光に照らされてより輝いていたことが幻想的だった。
一度見たら忘れられないほどに、綺麗だった。
そう、今目の前にいるケインのように。

___ああ、私好きなんだ。ケインが。

一度そう思ったら納得するしかなかった。
お義父様とお義母様を優しい人だと思っていたけど、生まれたばかりのケインを殺そうとしたと聞いた時のムカムカした気持ち。
あれは怒りが湧いていたのだ。
ケインを黒髪だからといって殺そうとした。言い伝えとか関係ない。
人殺しをする理由に言い伝えなんて利用する二人の考えに、そしてそんな二人を一瞬でも信じてしまった私に怒りがわいた。
そしてサシャやコニスら護衛の皆、そして精霊たちに励まされ、嬉しそうに泣きそうになったケインは、その嬉しい感情と同じ位、いやそれ以上に心に傷を負っていた。
当たり前だ。
実の親に適当な理由で殺されかけたのだから。傷つくのも当然の事だった。
そして私はケインに傷ついてほしくないと思った。
ケインが好きだから。特別だと思っているから。

『お、奥様……』

サシャが私を呼ぶ。
振り向くと何故か顔を赤くして視線をきょろきょろとさせていた。

『どうしたの?』

サシャに顔を近づけると、サシャは挙動不審な動作を繰り返した後意を決したように私の耳元に顔を近づける。

『け、ケイン卿と再婚なさるおつもりですか?』

『………』

サシャなりに気を使ったのだろう。
他の人に聞かれることなく、私の耳元で囁くように話をしたサシャだったが、私は目を点にして固まる。
そして、目線の先には少し顔を赤く染めたケインがいて、サシャの言葉を思い出した私は思わず立ち上がった。

自分で自覚した上でこのように言われたら、そりゃあ焦ってしまうのも無理はない。

『違うわ!そんな…!そこまで考えてないから!』

私はたまらず声をあげた。
顔が熱く、きっとケインよりも顔を真っ赤に染めているだろうと自分でも思うが、それどころではない。
脳内にクソ旦那との婚姻時に着たドレスを身に着けて、今度は嬉しそうに笑顔を浮かべながらケインの隣に並び立つ自分を想像しながらも、私は必死で否定した。

そんな私に精霊たちはパタパタと、まるでサシャのように挙動不審な行動をしたあとにケインの耳元でなにかを語りかける。
なにを伝えたかわからないけれどケインは大きく肩を揺らした後、私を見て顔を更に真っ赤に染めたのだった。

それが私にとったら更に恥ずかしさが倍増しているように感じ、穴があったらはいりたい気持ちになったのだった。


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