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4.脱出

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私は擦れる声で歌った。

食事も水も満足に与えて貰えていなく、部屋だって衛生的にかなり汚い場所で喉を酷使するのは、自分に力があるのだと理解しているからだ。


一度目の人生、私はルーク王子のお世話係だった。
慣れない子守の中、私の歌声を聞いたルーク王子が心を落ち着かせてくれた。
それだけなら確証はなかった。
何故なら赤ん坊が落ち着く歌というものがこの世には存在するからだ。

だけど成長するルーク王子はお転婆で、よく小さな怪我をしていた。
その時歌ったからこそ、私の歌には癒しの力が込められていると判明できたのだ。

それにこれはルーク王子と私だけの秘密。

『エラ、凄い凄いよ!傷が治っちゃった!』

と喜んだ王子はすぐに口を閉じた。

『エラ、エラの力は内緒にしなくちゃだめだよ』

『どうしてですか?王妃様も喜ばれると思うのですが…』

『ダメダメ!だって僕が怪我をしたことが母上と父上に伝わってしまうでしょ!
それに怪我や病気を治すのはお医者さんだから、エラがお医者さんになっちゃったら僕が悲しい!
だから絶対に誰にも言っちゃダメ!これは母上にもだよ!』

そういった王子に私は人差し指を口に当てて『二人だけの内緒ですね』と笑った。

今考えれば王子は何かを予見していたのかもしれない。
他の事は王や王妃にも話していたのに、私の能力については本当に誰にも話さなかったのだから。
それに私の名前も、人前ではドエラと呼ぶのに、二人になるとエラと呼ぶ。

当時は私のことを愛称で呼んでくれているのだと思っていたけれど、周りの環境で呼び方を変えていたルーク王子は今考えるととても不思議だった。

だけど、私もそんなルーク王子を悲しませたくなくて、ルーク王子以外の前で歌うことをしなかった。
歌っていたのはルーク王子が本当に小さい時、泣いているルーク王子をあやす為に歌っていた時だけ。
癒しの力があることを知っているのなら、ルーク王子が倒れたときに歌って癒せばよかったと思うかもしれないけれど、あの時は本当に怖かった。
だって私がルーク王子を癒していたのは、擦り傷程度の怪我だけ。
あの時のルーク王子は怪我をしたわけではなく、お茶を飲んで倒れたルーク王子の原因がアレルギー反応か毒か、どんな原因であっても、私の歌が確実にルーク王子を治せる保障などなかった。
それならば、王宮で働く医者を呼んだほうが賢明な判断だと、あの時はそう思ったのだ。



大好き、大好きだよ
貴方の笑顔が私の生きがい
愛する貴方の笑顔を見る為に
私は今日も前を向いて生きる
ほら、空を見上げれば
太陽も雲も空も笑って貴方をみているよ
だからどうか貴方も笑って
笑顔を見せて
愛する貴方の笑顔を見たいの




スーっと体が軽く感じる。
飢餓状態は改善することがないけれど、だるくて重かった体が軽くなり、わたしはすくっと立ち上がることが出来た。

暗くとも小さな窓がある部屋。
ただ開けられないようにしているのか、それとも部屋の構造の為か窓は高い位置にあり、そしてカーテンが閉められている為、わたしはいつもパンと水が置かれる小さな台を移動して外を確かめた。

今の時間帯は夜。

一度目の人生の時、王妃がやってきたのは陽が昇っている時だった。
あの時は倒れていて、気も確かじゃなかったから朝なのか昼なのかわからなかったけれど、それでも夜じゃない事は確実だった。
それに加え王妃がこの部屋にやってきたときも、毎日食事を持ってきたときも、ガチャって鍵を開ける音も聞いたことがなかった。
だから絶対に扉は開く。

「っ…」

手を伸ばしてやっと届く高い位置のドアノブに私は手を掛け、ゆっくりと下げた。
鍵がかかっている様子もないノブは一番下迄下がる。
わたしは歓喜した。
それでもゆっくりと音を立てないように扉を開く。

”夜な夜な子供の声がしたのをメイドが聞いているのです”

そう王に王妃は漏らしたことを、わたしは聞いていなくても本で知っているのだ。
王が王妃との昔話を回想していた場面があったからだ。

監視するものがいなくとも、メイドが近くをうろついている場合だってあるから、だからなるべく音を立てないように扉を開いた。

廊下には誰もいない。
ゆっくりゆっくり音を立てないように、そう慎重に歩いていたけれど、いつしかわたしは走っていた。
お腹が減っていることも頭から抜けてわたしは走っていた。
靴も履いていないわたしの足は走る度にパタパタと音を立てたけれど、あの部屋から自分の手だけで出れたことが、自分から余裕をなくしているほど感動的だった。
走って走って、外に出れて、そして続いている森の中に入り込む。

今の年齢がわからないけれど、ルーク王子が生まれて走り回るようになると見つけた抜け道。
すぐに使うことはなかったけれど、本の中のルーク王子が王宮からこっそりと抜け出すために使った抜け道。
それが今あるのかはわからない。
でもその抜け道を頼りに、わたしは森の中を彷徨った。

もう興奮で胸が高鳴りすぎて、ここから記憶が定かじゃない。

気付いた時には王城を背にわたしは立っていた。

「ハッハッハ」

空も街も闇に覆われ、暗くて静かで、正直不気味に感じた。
だけど、そんな光景でも私は高揚感がすごかった。

真っ暗で暗い空でも、無数の星が輝いていた。
暗くて静かで不気味な街も、目が慣れると月明かりに照らされて、風情ある景色へと変わった。

一度目の人生の時、私の人生は王宮内だけで完結してしまった。
だからこそ、外に出ることができた私にはとても輝かしく見えていた。

(これが外なのね……)

自由になれた感覚。そして感動。

だけどそれはずっとは続かなかった。
荒い息を整えながらわたしは考えた。

(これからどうしよう)

王宮から抜け出した先の事をわたしは何も考えていなかった。

こんな薄汚れた子供を受け入れてくれる人なんて誰もいない事はわかっている。
でもわたしはあそこから抜け出したかった。
すぐに殺されることはないことはわかっている。
だけどもっともっと生きるために抜け出したかったのだ。

一度目の記憶があっても、今のわたしは子供だ。

何もできな………

「あ」

違う。何もできなくなんてない。
わたしには歌がある。
人を癒すことが出来る歌がある。

この世界には神の眷属である神子という人間が存在している。
あの本の主人公だって、戦いの神子として活躍し、ルーク王子と恋に落ちた。

わたしの力が神子と認められるほどではなかったとしても、この力を強みに神殿と交渉すればいい。
それに神殿ならば貴族社会とは無縁。
場合によっては神子を保護する為に王族と並ぶほどの力を持っているとされているのだ。

皆が寝静まる真夜中、わたしは街の中を走った。
ここが王城がある王都でなければわたしの足はきっとズタズタになっていたであろう。
整備された石畳の地面の上で、わたしは神殿に向かって走り続けた。

そして遂に見えた神殿。

荒い呼吸を繰り返し、ガクガクと笑う膝を叩いて励まし、わたしは足を踏み入れる。

大きな扉。
絶対にわたし一人では開きそうもない重そうな扉を前にして、わたしは手を伸ばした。

「誰だ!」

「ッ!」

声を掛けられた。
神殿にも見回りという警備がいるのか、荒げた声でわたしに向かって駆けるその人。
暗闇でよくわからなかったけれど、声の感じから男性だと感じた。

そしてわたしの手が扉に触れた瞬間、眩い光が放たれる。

ピッカーって光って、わたしは驚いて地面にお尻を着いて

そして

「神子…?」

呆然と呟いた男性の声にわたしは目を瞬いた。




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