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14.決意表明
しおりを挟む王妃に罪を認めさせて償ってもらうと決めた私は、神官長を経由し王城へ連絡を取った。
そして出迎えに寄こされた馬車の中には、あの時の少年アルベルト・グリムウォールがいた。
「あ、お、王弟殿下にご、ご挨拶申し上げますっ」
咄嗟に頭を下げる私にアルベルトはやめるように告げる。
実は私、王城に初めて来たとき王にもちゃんと挨拶をしていなかったことを思い出した。
「君は癒しの神子アリシアでしょ?
僕は記憶の神子、アルベルトだよ。神子同士仲よくしよう!」
そうして差し出される手に私はおずおずと手を伸ばすと、待ちきれなかったのかアルベルトがぎゅっと握った。
そして馬車の中に引き込むように私の腕を引っ張る。
思わず体制を崩しそうになったけれど、アルベルトが私を支えてくれた。
一歳しか変わらないのにちゃんと男の子っぽい感じがして、思わず感動する。
座席に座るアルベルトが、隣をポンポンと叩く仕草をするため、私はアルベルトの隣に腰を下ろした。
そんな私の行動に気を良くしたのか頬を染める。
「僕ね、アリシアとの仲を深めたくて来ちゃった!
これから僕が迎えにくるからね!」
ニコニコと笑みを見せるアルベルトに私はコクリと頷いた。
きっと私の精神年齢が肉体年齢と一緒なら、友達出来た!と喜んでいるだろうが、二十二、いや、二十三の私はアルベルトの笑みに悶えていた。
可愛らしい男の子。小さな男の子ってとってもかわいいの。
ルーク王子もそうだった。
ふっくらとした柔らかいほっぺと、大きな瞳でニコーって笑えば、まるで天使だと錯覚してしまいそうになる。
………もしかして私、小さな子に弱いとか?
(ううん違う。きっと違う。だって神殿にやってくる人たちの中に小さな子もいるけど、こんなに胸がキュンキュンすることはなかったもの)
それに、王の甥であるアルベルトはしっかりと王族の血が流れている為か、とてもルーク王子に似ていた。
_____目の色は違うけれど。
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
「よろしくでいいよ。僕も気軽に話すから、アリシアもそうして欲しいな」
「しかし……」
「聞いたよ?アリシアは伯父上の娘なんでしょ?
つまり同じ王族なんだから遠慮しないでよ。ね?」
そう言われてしまえば何も言えな…くなんてない。
まだ私は王の娘として生きることを受け入れていないのだから。
「でも私はこのまま神子として生きたいと思っているのですっ」
「え?でも僕と結婚したら王族の仲間入りだよ?」
「え?」
「ん?」
こてっと首を傾げるアルベルトに私もこてりと首を傾げる。
あれ、今なんていってた?
結婚?なんでそういう話になっているの?え?
「だってそうでしょ?伯父上はきっとこの先子供を作らない。
今の王妃をぶっ潰して再婚するなら可能性があるけど、伯父上の心の中にはもう特定の女性がいるからね。
その人を超えられない以上子供は難しいな。
つまり、残ってる王族の僕と結婚した人の子供が次の王になるわけ。
伯父上と年が離れているとはいえ、僕が王位を継いでも凄く短い期間の王になることは予想できるから、なら伯父上と僕たちの子供に王として頑張ってもらったほうがいい。
トップがちょこちょこ変わって、進めていた政策が打ち切りにでもなったりしたら、民にとっては迷惑だからね。
だからね、つまりアリシアは結局王族になるってことだよ!」
「へ?」
「ん?」
変なこと言ってる?いってないよね?といっているかのような自信に満ちた微笑みを向けられて私の思考は停止した。
「アリシア様…」
小さく呟かれたコンラートの声に私は意識を浮上させ、向かい合わせに座っているコンラートに視線を移す。
神殿内では互いに気楽に接しているが、こういう場はちゃんとしているコンラートは私を様付で呼ぶ。
すこし気持ち悪い。
「アルベルト王弟殿下は、今アリシア様に求婚をなさっています」
「………」
目を見開きつつ、やっぱりそうだよね!?と心の中で叫んだ私。
「いやだな、僕はまだアリシアにプロポーズをしていないよ。
未来を語っているだけ。
実際に実現できるかは僕にかかっているから、これからは沢山アリシアにアピールしていくつもりだよ。
だから、僕の気持ちをちゃんと感じ取って、受け入れてね」
ニコリと微笑まれながら隣にいる私の手をギュッと握ったアルベルトは、とても押しが強い男の子だと今この時点でわかりました。
◇
あれから私は王城に着くまでアルベルトに質問攻めにあっていた。
好きな食べ物や好きなこと、休日はあるのか、何をして一日過ごしているのか、好きな男のタイプ、嫌いな男のタイプ、年上は好きか_この質問には困った。なぜなら私の精神年齢は二十三。アルベルトよりずっと上なのだ_、将来子供は何人欲しいか等、すぐに答えられる質問から返答に困る質問迄様々だった。
コンラートからの助け舟は無く、もうぐったりと疲労が目に見えて現れた時やっと王城が見えた。
ああ、やっとついた。とまだ二度目の人生で三度目の王城なのに、もやもやした気持ちは今回ばかりはなかった。
寧ろ待ち望んでいたくらいであるから、凄い進歩だ。
馬車から降りようとすると待ち構えていたジョセフさんが扉を開け、私の脇下に手を差しこみ下ろされる。
またこのまま謁見の間に行くのかなと思いきや、今回は別の場所のようで、いつもとは違う通路を進んでいった。
(もしかして王の執務室?)
一度目の人生の時、手で数える程しかないが王の執務室には来たことがある。
ルーク王子のお願い事として、父上に会いに行きたいとおねだりされた時、王の従者の一人に予定を確認して訪問したのだ。
その時あるいた経路によく似ていた。
ちなみに今回はジョセフさんに持ち上げられて運ばれているのではなく、自分の足で歩いている。
大人と子供では足の長さが違うために進みは遅い。
そして到着したのはやっぱり執務室だった。
他の部屋の扉より、派手に装飾がついているだけで扉の大きさ的には変わらない。
だけど部屋の広さは広いんだよね、と前世の記憶を思い出す。
(王は子煩悩で、ルークが書いた絵も大事に額に入れて執務室の仮眠室に飾っていたと、聞いたことがある)
思わず口元を緩めた私にアルベルトが笑った。
「アリシアなんだか嬉しそうだ。僕もアリシアの可愛い笑顔が見れて嬉しい」
そう言って微笑むアルベルトに影が差した。
「俺は不快だがな」
現れたのは不機嫌な顔をした王だ。
じっと見つめているのは私とアルベルトの手元。
もう気にしていなかったけれど、馬車を降りてここまでくる間中ずっと繋いでいたことを思いだしたことで、慌てて手を離そうとアルベルトに視線を戻す。
「あ、あの、アルベルト…手、離して?」
「むぅ…、はぁ。アリシアがいうなら仕方ないね。
もう伯父上の所為だからね!」
むぅっと頬を膨らませて王を見上げるアルベルトの姿に、やっぱりかわいいなと感じる。
アルベルトの強い要望で私は結局アルベルトに気楽に接することにした。
敬語もなし、敬称もなし。ただ、王やジョセフさんのような人たちの前では少し躊躇うけど。
私とアルベルトが繋いでいた手を離すと、王の表情は明らかに明るくなる。
そして私たちを部屋へと招き入れ、それぞれソファに座った。
といっても従者であるジョセフさんと、私の護衛騎士であるコンラートはそれぞれ控えるようにソファの後ろに立っている。
大人が三、四人ほど座れるようなソファが二つ向かい合わせに置かれ、一つに王が、もう一つに私とアルベルトが座った。
「なんでそこに座るんだ、甥よ」と凄む王に「僕はアリシアの隣がいいからね」と答えるアルベルト。
「ならもう少し離れて座れ。アリシアにぴったりくっつくな」といった王の指摘にアルベルトは従い、ほんの少し隙間を開けて座った。素直。
「それで、アリシアよ。心は決まったか?」
「はい。私は償っていただきたいと、そう思っています」
復讐までは望まない。だけど悪いことをしたのなら認め、反省し、心から謝罪してもらいたい。
その気持ちを込めてそう答えた。
「……その男も、仲間と思っていいのか?」
王の視線がコンラートに向く。
「そうです」
肯定する私の後に、コンラートが続ける。
「証人として、お役に立てればと存じます」
「証人?」
「アリシア様がまだ赤子だった頃、一人の女性から手渡され、王妃に預けたのが私です」
「なっ!!」
そう告白したコンラートに王が勢いよく立ち上がる。
すかさず横に座るアルベルトが尋ねた。
「アリシアは知ってるんだよね?」
「うん。知っているわ。前に教えてもらったの。
もともと王城の騎士として働いていたコンラートがクビになった理由を知りたいから原因かもしれない理由を教えてほしいっていってね」
そう答えてふと疑問に思った。
「……そういえば、アルベルトはなんでここにいるの?」
純粋な疑問だった。
王とジョセフさんから“王妃に復讐したいと思うか”とかいわれた私は、覚悟を決めて、コンラートを引き込んでここに来た。
王とジョセフさん、コンラートと私がここにいる理由はわかる。
だけど馬車で迎えに来たアルベルトが、打倒王妃の会にいる理由がわからない。
アルベルトも王妃に対して思うところがあるのだろうか?
「なんでって、そんなの簡単でしょ。好きな人を苦しめたやつは徹底的に潰したい。
アリシアが王妃によって苦しめられたことは僕の神子の力、そしてアリシアの証言と状況証拠からわかっていることだよ。
もともと伯父上の心の中にいまだに思っている女の人がいることは僕は知っている。
その伯父上の想い人が亡くなった理由に王妃の存在が隠れていることは、状況証拠だけど推測できた。
それだけなら伯父上と王妃の問題だから僕が関わることもないけれど、ある時見たんだよね。
まだ力が弱かった僕は伯父上が王子の時に使ってた宮に子供が隔離されているところを。
もしかしたら遥か昔の記憶かもしれない。当時の僕はそれがどの時代の記憶なのか知るすべもなかったから。
だけどアリシアにあって確信した。あれは君だって。
君を苦しめた王妃を僕は許せない。償ってもらうなんてそんな甘い表現じゃなくて、徹底的に潰したい。
そう思って僕はここにいる」
疑問に思わないで。手伝わせて。とアルベルトの瞳がそう訴えているように感じた。
(一度目の人生の時、登場していなかったから?)
アルベルトの言葉が直接胸に染み込んでくるかのように、少しの疑問に抱くことなく信じたいと思った。
「おっほん!」
ジョセフさんがわざとらしい咳ばらいをして、私はアルベルトから視線をそらし、アルベルトは構わず微笑み、そして王はソファに座りなおす。
「…今更、アリシアの護衛騎士を咎めることは言えない。言えるはずもない。
だから安心して信じてほしい。俺がお前を咎めたりしないということを」
王の言葉に安堵したのか、後ろに立っているコンラートが小さく息を吐きだす音が聞こえてきた。
コンラートなりに緊張していたのだろう。
私がコンラートを守ってあげると、安心させられていたら、どれだけよかったのだろう。
でも私にはきっとできない。
だからここでコンラートが安心できて、私もほっとした。
「では、互いに持っている情報を共有しようか」
そして私たちは話し合った。
私とコンラートが持っている情報。
王たちが持っている情報。
勿論私の一度目の人生の話はしていない。
それは今二度目の人生で起こっていない出来事だから。
(それに、今味方でいる王がどう考えるのかもわからない)
そうして陽が暮れるまで、私たちは情報を共有した。
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