夜のマネキン

志田堕落太

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1日目

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 夜のマネキン

    私はいつも生きづらさを感じている。
だからと言って自殺できるわけでもない。できれば生きることをやめたいけれど、死ぬことは怖いからしょうがなく生きている。
    そんな私にも好きなものはある。夜だ。私は夜が好きなのだ。夜は私に孤独で自由な時間をくれる。何もしてなくても、何かしてても私を怒る人はいない。だから私はこんな夜中にただ当てもなく散歩をしている。
    あぁ特に今の季節の肌を刺してくるような寒い空気は心地が良い。寒いのは好きなほうだ。昔友達に早く寒くなってほしいね。と言ったら「ドエムなの?笑」と笑われたことがある。寒いのが好きなのとエムなのは関係がないと思ったが面倒くさいので口には出さなかった。まぁ確かにエムではあるけども。
    はぁ。なんで夜中に一人で歩いてこんなこと思い出してるんだろう。二十五歳になって職もなく、友達もいない。現実から逃げるために夜中に散歩している。こんな社会に貢献もしていないクズが生きていてもいいのだろうか。そろそろ総理大臣から名指しで国外追放されてしまうのではないだろうか。そんなしょうもないことを考えながらただひたすらに夜道を歩く。
   この散歩には目的地はないが、一つだけ決めていることがある。それは行ったことのない場所をゴール地点にすることだ。見たことのない景色を楽しみたいとかそんな大層な目的のためではない。そもそもこんなにも社会に適応していないやつがそんなこと思うはずもない。ただ、そうしないと何も感じられないからそうしているだけだ。                                                                  私の感情は常にハードルが上がっていっている。小学生の時なんて放課後に近所の公園で遊ぶだけで楽しいと感じていたのに、年を重ねていくごとに楽しさのハードルは上がっていき、今では旅行や遠出をしないと楽しさを感じなくなってしまった。だから目的地を変えている。別にそれでも楽しさを感じるわけじゃない。そりゃ、旅行に比べたら大した距離でもないし、テンションも上がらない。それでもほんのちょっぴり日々のこころの穴を埋めることができる。
    そんなことを考えながら歩いていたら、目の前に見たことのないビルが建っていた。こんなところにビルなんて建っていたのか。しかもボロボロで廃墟のようだ。見た感じどのフロアにも事務所やお店は入っていない。家から十キロも離れていないところなのに気付かなかった。確かにこっち側はあまり散歩していなかったから知らない場所も多い。よし、ここの屋上を今日のゴールにしよう。立ち入り禁止の看板はあったが端に寄せて見えなくすることで管理人に言い訳できるようにしてから屋上へ向かった。
    ギィーッと錆びた音を立てながら、屋上につながるドアが開いた。六階建てのビルの屋上なだけあって風が強い。屋上を少し歩くと錆びてしまって今にでも折れてしまいそうな柵と、その奥にさっきまで自分が立っていた道路が見えた。
 今にも折れそうな柵を乗り越えビルの端に立ってみた。冷たい夜風がとても心地よく感じた。このまま少し助走をつけて飛んだら夜が私を優しく包み込んでふわふわ自由に飛べるんじゃないかと思った。しかし、あまりの高さに怖気づき現実に帰ってきてしまった。
 現実に戻った後も屋上から見える景色をしばらく眺めていた。すると、さっき自分が入ってきた方向からギィーと錆びたドアが開く音がした。きっとこのビルの管理人だろう。看板がずれていて立ち入り禁止だと分からなかった、と答えよう。後ろに振り向き、ドアのほうに目線をやると二十代前半くらいに見える青年が立っていた。見るからにビルの管理人ではなさそうだ。
「え、誰?」
先に言葉を発したのは青年のほうだった。
「ここに僕以外の人がいるなんて珍しいね、何でここにいるの?名前は?」
その青年はとても無邪気な明るい声で私に質問をした。声や喋り方から察するにきっと私とは正反対の人間だろう。正直言って苦手なタイプだ。かといってこの青年を無視するわけにもいかないので私も返答をした。
「私は高崎。高崎優。ここに来た理由は特にないけどそろそろ帰ろうかと思っていたところ。君は?見た感じ管理人じゃなさそうだけど何をしに来たの?」
青年はこちらに歩きながら答えた。
「へー、高崎って言うんだ。いいね、いい名前!」
思ってもいなさそうな軽い返事を軽い声でされた。それと同時に青年も柵を超えビルの端に立っていた私に並んだ。
「僕の名前はミナミ。ここにいる理由は・・・うーん、分かんないや。気づいたら毎日このビルの屋上にいる。」
何を言っているんだこの人は。理由もなくここにいるのは私も一緒だが、気づいたらこのビルの屋上にいるってどういうことなんだ。見た目に比べて話し方も幼いし、何か精神的な疾患でもあるのだろうか。
「いやー、ほんとに僕にもわかんないんだよね。気づいたら屋上の扉の前にいる感じ。あと、話し方が幼いのは昔からよく言われるから精神疾患ではないと思う。多分!」
ミナミという青年に心を読まれたのかと思い一瞬驚いたがそうではなかった。ミナミが心を読んだのではなく自分の心の声がそのまま口から零れ落ちているだけだった。ここ数年母親以外と話していなかったので、思ったことを口に出さないという小学生でもできる簡単なことができなくなっていた。引きこもり無職の弊害である。
「ごめん。こんなこと言うつもりじゃなかったんだけど、つい口に出してしまった。」
「いいよいいよ。僕もすぐに思ったことを言っちゃうタイプだから。」
ミナミはさっきと同じ声色で本当かどうかわからない言葉を発した。
 私は急に思い出したかのようにスマホを取り出し、時間を確認する。一時十五分。私はいつも基本的に母親が起きてくる五時三十分より早く家に帰り、自分の部屋で就寝する。ここから家までは歩いて二十分くらいの距離なので、あと三時間はここにいてもいいのだがこのミナミとやらと三時間の時を過ごすのはきついと判断したので帰ることにした。
「もう、一時過ぎだ。あまり遅すぎると母親が心配するからもう帰ることにするよ。」
適当な理由をつけてミナミに帰る報告をする。
「えー。帰っちゃうのか。久々に話し相手ができたと思ったのに。まぁお母さんが心配しちゃうから仕方ないね。」
そう言うミナミを背に柵を超えて扉に向かう。少しだけ無言の時が流れ、わたしは扉のドアノブに手をかける前に
「じゃ」
と軽く挨拶をしてドアノブを回した。するとミナミが
「明日もきっとここにいるから。今日と同じ時間に屋上にいると思うから。暇だったら会いに来てよ。話し相手がいなくて寂しいんだ。」
私の夜の散歩は同じところに行かないのが唯一のルールなので、もう二度とこの屋上には来ないと思うが一応
「来れたら来るよ。」
などというほとんどの確率で来ないであろう曖昧な返事をして、屋上のドアを閉め、六階建ての廃墟ビルを後にした。
 一日目はこれだけのくだらない会話だった。



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