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第2章 魔法の獲得

2-9 修復

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 制服を着たままの三人はテーブルを囲み、座っていた。外には闇が迫り、レースカーテン越しに見える沈んだ街は、夜景に変わろうとしている。誰かの衣服が擦れる音だけが耳に入ってくる。

「余計な気を遣っちゃったわー」

 リリは机にうなだれてしまう。隣のヒカリはその様子を見て微笑むだけだ。

「どうかされたのですか?」

 いつの間にか目を覚まし、テーブルにコーヒーを運んできたアオイ。三つのカップを並べている。

「いろいろあったのよ」

「そうなのですね、お疲れ様です」

 とてもかわいらしいとしか言いようのない表情と仕草で白くフワフワの衣服を揺らしている。カップを並べ終えたアオイはカップを載せていたトレーを戻しに行った。

「本当にルナと紗香は昨日のこと覚えていないんだよな……」

 俊斗自身も疑いたくはなかった。

「そうなはずよ……たぶん」

「たぶんって――」

「私たちだって詳しくは知らされてないの、これ以上は言えないわ。そんなことより夜ご飯の準備するわよ」

 リリは上体を起こし、頭の後ろで手を組んで伸びをした。

「そんなことって……さっきのルナおかしかったの見ただろ」

 俊斗は静かに口調を尖らせた。視線はテーブルに向いたままであるが。

「それはわかるわよ、でもこれ以上考えたって何も解決しないわ。紗香とルナが昨日のことを覚えていたとしても私たちがしなければならないことは変わらないのよ」

 リリは上げていた手を戻し、服装を整えた。俊斗がふと顔を上げると、そこには普段より柔らかいリリの表情があった。

「居候させてもらってるのに、いろいろ迷惑かけちゃってごめんね」

「いや……ああ……」

 リリはそのままキッチンに向かっていた。
 リリの振る舞いに隙を突かれたように、俊斗の口からは驚きの弱りきった声が漏れた。

「えへへー」

 ヒカリは相変わらずなのだが、俊斗の固定された視界に入ると、ピースサインをしてリリの後を追っていった。
 重くなった両手をテーブルに上げると、冷えたその感覚が身体の芯にまで及んだ。キッチンからは金属の衝突する音が女子三人の声に乗せられて届いてくる。思考はおろか感情すらも制御できず淡い認識のみが俊斗を支えている。

「カーテン閉めるか」

 自らを奮い立たせる独り言を述べて、立ち上がった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 時刻は午前一時、当たり前のようにリリはスマートフォンをいじり、ヒカリはベッドに座りながらテレビを観ている。アオイは一時間前あたりから部屋の明かりを消したりテレビの電源を落としたりしているのだが、毎回「アオイ、消さないで」だとか「えー、もうちょっとだけー」だとか言われて負けている。
 俊斗はヒカリのせいで寝る場所を変えざるを得ず、ベットの端で横になって眠ろうとしているが、この騒々しい状況に睡眠に集中できていない。そして、一人で頑張っているアオイが二人に拒まれるたび泣きそうになっているのを知っている。
 どうしようもなくなったアオイが俊斗に近寄ってきた。

「おやすみのところすみません、もう、どうすればよいのでしょうか……」

 最後の方の言葉は詰まってしまっていた。唇を微かに噛むアオイの表情を見上げた俊斗は体を起こした。

「アオイももう寝ていいよ」

 アオイの頭を優しくなでる。艶やかな銀髪はその触り心地もとても滑らかで手が滑るような感覚がした。
 アオイが嬉しそうに目を細めると、堪えていた涙がこぼれそうになるのが見えた。それをごまかすようにすぐに目を擦る。

「なんだか、眠くなってきちゃいました」

 明らかな嘘を口にして、未だ潤んだ碧眼で俊斗を見つめた。

「寝よっか」

 俊斗は立ち上がり、アオイを寝床に座らせた。

「俊斗さん、ありがとうございます」

 整った笑顔でアオイは感謝を伝えた。既に涙も処理済みになっていた。

「今日はありがとう、おやすみ」

「おやすみなさい」

 俊斗もやっとの笑顔で応えると、緑色のボタンを押し、アオイを寝かせた。アオイが包まれると、俊斗もどこからかわからない隔離されたような感覚に襲われた。それは今の感情によるものなのかもしれないが、俊斗にそれを突き止める気力はもうなかった。

「ねえ、みんな寝ないの?」

「寝るわよ」

「もうちょっとー!」

「はいはい」

 俊斗は再びベッドに横になり、片手で目を覆った。テレビから流れてくる音が俊斗の脳内を乱す。眼球を圧迫する自らの腕の重みが安眠を妨げる。

(さっきの優しさはどこにいったんだ……)

 室内は騒がしいが、外は静まっているようだ。近所からの苦情が心配になってくるほどだが、俊斗にはその心配すらも欠けていた。
 結局、ルナがなぜあのような不自然な様子でいたのかはわからず、リリに言われた通りにしておけば良かったと後悔した。
 深呼吸をして、余計なことを考えるのをようやくやめ、眠ることだけに集中した――。
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