41 / 56
第四十一話:兄上
しおりを挟む
「本当にご苦労だった、翼禮、竜胆」
「ねぎらいのお言葉、感謝します」
「まさか禍ツ鬼の第二鬼皇子……、烏羽玉が攻めてくるとはな」
祇宮祭最終日の翌日、五時間ほどの睡眠をとったあと、内裏へと出仕したわたしたちは、さっそく主上に呼び出され、烏羽玉との戦闘について報告をしていたところだ。
「無事でよかったよ。まぁ、陰陽術師と科学者には死者が出てしまったが……。とにかく、お前たちが五体満足で戻ってきてくれて安心した」
「……あの、陛下。烏羽玉のことでとても気になることがあるのですが……」
「どんなことだ?」
わたしは烏羽玉が〈本来の姿〉と言っていた時に、皇帝一族だけが切ることを許された〈袞冕十二章〉を着ていたことに違和感を覚えていた。
「禍ツ鬼が……袞冕十二章を……?」
「はい。色は骨のような白でしたが、たしかにあれは袞冕十二章でした」
主上は眉根を寄せ、何か思い浮かんでしまったのか、酷く動揺し出した。
「烏羽玉の容姿を教えてくれ。覚えている限り、事細かく」
わたしは初めて対峙したときの姿と印象、そして髪を斬り落としたあとから戦闘までに見聞きしたすべてを話した。
透けるように白い肌に白髪。紫の紅をひいた目に凄艶な笑顔。
極彩色の成れの果てのような黒い闇をはらんだ声……。
主上の顔がみるみる青白くなり、座っていた体勢を崩し、前のめりによろめいた。
「陛下!」
わたしの声に反応した竜胆がいち早く主上の身体を支え、上体を起こすように抱き留めた。
「す、すまんな、竜胆……。翼禮よ、今お前が話していたことはすべて真のことなのだな」
「そうです。この目で見た全てです」
「……そうか」
主上は竜胆の腕に支えられながら深呼吸を繰り返し、声を落として話し始めた。
「お前たちが会った烏羽玉は……、私の兄だ」
言葉が出なかった。
「といっても、実の兄ではない、というか、今それが判明して頭が混乱しているところだ」
「それは……」
「実の兄だと思っていた。父親は違うが、母親は同じだと、乳母から聞いていた。でも、兄上が烏羽玉ならば、年齢などを考えるとまったく合わないだろう? では一体、何なのだ……。母上は母上ではなかったということなのか……? 実は私も禍ツ鬼なのか……?」
はらはらと涙を流し始めた主上を、竜胆はそっと抱きしめ、困ったようにわたしを見つめた。
でも、わたしの頭に浮かんだ推測は、主上の涙を止めてあげることは出来なさそうだった。
十五分くらいだろうか。竜胆に寄りかかっていた主上は姿勢を正すと己の頬をバチンと叩き、気合を入れ直しているようだった。
「すまなかった。あまり、気を許せる存在がいないのでな。うん。私の方でも調べてみることにする。兄上……、いや、烏羽玉について」
「わかりました。わたしどももお手伝いいたします」
「ありがとう。頼りにしている」
主上は気丈にふるまったが、まだ手が少し震えていた。
長年愛して信じてきた存在がそれとは真逆の存在だと気づいた衝撃は計り知れない。
少しそっとしておいた方がいいだろう。
わたしと竜胆は主上のそばを離れ、深く平伏すると、自分たちの仕事部屋へと戻っていった。
「ねぇ、どういうことなの⁉ 私、陛下と兄弟ってこと⁉」
「……ある意味、そうかもしれませんね」
「……はああ⁉」
「わたしと透華さんの棘薔薇の呪のようなものが他にもあるとすれば、不可能ではないでしょう」
「ど、どういうこと?」
「烏羽玉は禍ツ鬼の王と廃后になった姫君の間に生まれた存在ですよね?」
「そうよ。そう聞いているわ」
「つまり、もし廃后の姫君に透華さんと同じような呪がかかっていたとすれば、禍ツ鬼の王が生きている限りその姫も死なないってことになります。子供は作れますよね」
「……え」
「主上も乳母から聞いた話では、『母親は同じ』だと言っていましたから」
「で、でも!」
「禍ツ鬼の王が封印され、生きているとはいえ力が弱っておる状態。そのせいで姫はもう自力では動けないほど衰弱しているのかもしれませんが、そうなる前に産んだのかもしれません。陛下と、美綾子長公主と日奈子長公主を。それならば日奈子様の霊力の強さも頷けるでしょう。父親が誰であれ、禍ツ鬼の王と呪で繋がれた姫が産んだのなら、桁違いに強い人間が産まれても不思議ではありません」
そしてもしその姫が皇帝家の直系の血筋だったとしたら?
順当に歴史が紡がれていれば、その姫君が皇帝になるはずだったのかもしれない……。
「これは気軽に内裏で話せる内容ではありませんね」
「い、一大事じゃない!」
「文献を漁るしかありません。焚書されてないといいのですが……」
「……いえ、きっとされているわ。だから、あのひとに聞きに行きましょう」
「あのひと……?」
「ものすごく癖のあるひとだから教えてくれるかはわからないけれど、多分、世界で一番ゴシップに詳しいひとだから、何か知っているかもしれない」
「なんていうひとですか?」
「零度界を含む全ての世界の書物が集まると言われている奎星楼。その知識の坩堝を統べる大妖怪、天狐の胡仙よ」
「ねぎらいのお言葉、感謝します」
「まさか禍ツ鬼の第二鬼皇子……、烏羽玉が攻めてくるとはな」
祇宮祭最終日の翌日、五時間ほどの睡眠をとったあと、内裏へと出仕したわたしたちは、さっそく主上に呼び出され、烏羽玉との戦闘について報告をしていたところだ。
「無事でよかったよ。まぁ、陰陽術師と科学者には死者が出てしまったが……。とにかく、お前たちが五体満足で戻ってきてくれて安心した」
「……あの、陛下。烏羽玉のことでとても気になることがあるのですが……」
「どんなことだ?」
わたしは烏羽玉が〈本来の姿〉と言っていた時に、皇帝一族だけが切ることを許された〈袞冕十二章〉を着ていたことに違和感を覚えていた。
「禍ツ鬼が……袞冕十二章を……?」
「はい。色は骨のような白でしたが、たしかにあれは袞冕十二章でした」
主上は眉根を寄せ、何か思い浮かんでしまったのか、酷く動揺し出した。
「烏羽玉の容姿を教えてくれ。覚えている限り、事細かく」
わたしは初めて対峙したときの姿と印象、そして髪を斬り落としたあとから戦闘までに見聞きしたすべてを話した。
透けるように白い肌に白髪。紫の紅をひいた目に凄艶な笑顔。
極彩色の成れの果てのような黒い闇をはらんだ声……。
主上の顔がみるみる青白くなり、座っていた体勢を崩し、前のめりによろめいた。
「陛下!」
わたしの声に反応した竜胆がいち早く主上の身体を支え、上体を起こすように抱き留めた。
「す、すまんな、竜胆……。翼禮よ、今お前が話していたことはすべて真のことなのだな」
「そうです。この目で見た全てです」
「……そうか」
主上は竜胆の腕に支えられながら深呼吸を繰り返し、声を落として話し始めた。
「お前たちが会った烏羽玉は……、私の兄だ」
言葉が出なかった。
「といっても、実の兄ではない、というか、今それが判明して頭が混乱しているところだ」
「それは……」
「実の兄だと思っていた。父親は違うが、母親は同じだと、乳母から聞いていた。でも、兄上が烏羽玉ならば、年齢などを考えるとまったく合わないだろう? では一体、何なのだ……。母上は母上ではなかったということなのか……? 実は私も禍ツ鬼なのか……?」
はらはらと涙を流し始めた主上を、竜胆はそっと抱きしめ、困ったようにわたしを見つめた。
でも、わたしの頭に浮かんだ推測は、主上の涙を止めてあげることは出来なさそうだった。
十五分くらいだろうか。竜胆に寄りかかっていた主上は姿勢を正すと己の頬をバチンと叩き、気合を入れ直しているようだった。
「すまなかった。あまり、気を許せる存在がいないのでな。うん。私の方でも調べてみることにする。兄上……、いや、烏羽玉について」
「わかりました。わたしどももお手伝いいたします」
「ありがとう。頼りにしている」
主上は気丈にふるまったが、まだ手が少し震えていた。
長年愛して信じてきた存在がそれとは真逆の存在だと気づいた衝撃は計り知れない。
少しそっとしておいた方がいいだろう。
わたしと竜胆は主上のそばを離れ、深く平伏すると、自分たちの仕事部屋へと戻っていった。
「ねぇ、どういうことなの⁉ 私、陛下と兄弟ってこと⁉」
「……ある意味、そうかもしれませんね」
「……はああ⁉」
「わたしと透華さんの棘薔薇の呪のようなものが他にもあるとすれば、不可能ではないでしょう」
「ど、どういうこと?」
「烏羽玉は禍ツ鬼の王と廃后になった姫君の間に生まれた存在ですよね?」
「そうよ。そう聞いているわ」
「つまり、もし廃后の姫君に透華さんと同じような呪がかかっていたとすれば、禍ツ鬼の王が生きている限りその姫も死なないってことになります。子供は作れますよね」
「……え」
「主上も乳母から聞いた話では、『母親は同じ』だと言っていましたから」
「で、でも!」
「禍ツ鬼の王が封印され、生きているとはいえ力が弱っておる状態。そのせいで姫はもう自力では動けないほど衰弱しているのかもしれませんが、そうなる前に産んだのかもしれません。陛下と、美綾子長公主と日奈子長公主を。それならば日奈子様の霊力の強さも頷けるでしょう。父親が誰であれ、禍ツ鬼の王と呪で繋がれた姫が産んだのなら、桁違いに強い人間が産まれても不思議ではありません」
そしてもしその姫が皇帝家の直系の血筋だったとしたら?
順当に歴史が紡がれていれば、その姫君が皇帝になるはずだったのかもしれない……。
「これは気軽に内裏で話せる内容ではありませんね」
「い、一大事じゃない!」
「文献を漁るしかありません。焚書されてないといいのですが……」
「……いえ、きっとされているわ。だから、あのひとに聞きに行きましょう」
「あのひと……?」
「ものすごく癖のあるひとだから教えてくれるかはわからないけれど、多分、世界で一番ゴシップに詳しいひとだから、何か知っているかもしれない」
「なんていうひとですか?」
「零度界を含む全ての世界の書物が集まると言われている奎星楼。その知識の坩堝を統べる大妖怪、天狐の胡仙よ」
0
あなたにおすすめの小説
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる