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第六章 奴隷オークション
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夜那が無反応なのを見て、青年は片膝をつき、夜那の顔をのぞき込む。長い黒髪は地に付き、紫と金の瞳の中に、夜那の顔が写る。
「主? どうした?」
「……紫闇、なの?」
夜那の問いかけに、青年、紫闇は薄く笑った。
「こうして実体で対話するのは、初めてであったな。いかにも。我が汝の剣、紫闇だ」
夜那は恐る恐る紫闇に手を伸ばし、ぺたぺたと触る。
「どうやって、人の形に? それに、ここはどこなの?」
「ひとつずつ答えよう」
質問を重ねる夜那に、紫闇はゆっくりと答えていく。
「一つ目。我が人形を取れるのは、長きに渡り、人の恨みや憎しみを吸収していたからだ。時には、呪われた剣として、祀られていたこともある。それゆえに、人形を得ることができた。
二つ目。ここは現実と夢の狭間。我と主の精神世界ともいえる。我が人形になれる唯一の場所だ」
「そう」
夜那は周囲を見回すも、真っ暗闇の世界がどこまでも続いていた。
夜那は紫闇を見上げた。
「どうして、死なせてくれなかったの?」
「夢は心の表れ。死ねば現実世界の主も、目を覚まさぬかもしれぬ」
「私は死にたかった!!」
夜那の悲痛な叫びが、空間に木霊する。
「私は、生きることを望んでいなかった。だって、私は生まれたときから、キベリアスの生贄になることが、決まっていたから。だから、にぃが逃げようって言ったときも、本当はそんなことしたくなかった。逃げらるはずがない。村の外の世界を知らない私たちが、生きていけるはずがない。だったら、素直に生贄になっていれば余計な痛みを負うことはない。結果的に、余計な苦しみを味わっただけだった。
生贄になってからもそうだ。キベリアスの血を飲んだ時点で、私はもう人間じゃない。簡単に死ねないし、にぃに助けられてから六年、成長してない。どう考えても私は化け物だ。でも、にぃは人間だ。私とは違う」
夜那はポロポロと涙をこぼす。紫闇はそっと夜那の顔に手を伸ばし、涙をぬぐった。
「我と契約するとき、真名の契約にしたのは、我であれば殺せると思うたからか?」
「そう。闇の魔剣である紫闇なら、私を殺せるかと思ったの。ねぇ、できる? 私を殺してくれる?」
「……わからぬ。我も主のような存在に出会ったのは、初めてなのでな」
紫闇は誤魔化すことなく、夜那に告げる。夜那は落胆したように、うつむいた。そんな夜那を、紫闇は慈しむような眼差しを向けて、頭を撫でてやる。
「主。たとえ周囲が主をおいていこうとも、我は決して主から離れたりせぬ。一人にはせぬよ」
「ほんとう? ずっとそばにいてくれるの?」
「あぁ。今一度、死を望んだとき。その時は我が手を下そう。だから今は眠れ。もうじき兄君たちが、助けに来るだろう」
「たちって、リチャードたちのこと?」
夜那は愕然とした。夜斗がリチャードたちを頼ったことも、その頼みを受け入れたリチャードたちの考えも、理解できなかったからだ。
困惑する夜那の目を、紫闇は片手で覆った。
「ちょ、紫闇、なにを」
「現実世界の我はそばにいても、鎖を解くことも、身体に刺さった剣を抜いてやることもできぬ。だが、ここではそなたの心を、休ませることができる。助けがくるその時まで、休まれよ」
突然、猛烈な睡魔が、夜那を襲う。夜那は抵抗するように、紫闇の手を握った。
「案ずるな。もうあのような夢を見ぬ。我がそばにおるのでな。ゆっくり休むといい」
紫闇のその言葉を最後に、夜那は意識をなくした。
力が抜けた夜那を、紫闇は抱き上げる。
「いつか、生きたいと思えるようになると良いな」
紫闇は呟きながら、夜那の頬を撫でた。
「主? どうした?」
「……紫闇、なの?」
夜那の問いかけに、青年、紫闇は薄く笑った。
「こうして実体で対話するのは、初めてであったな。いかにも。我が汝の剣、紫闇だ」
夜那は恐る恐る紫闇に手を伸ばし、ぺたぺたと触る。
「どうやって、人の形に? それに、ここはどこなの?」
「ひとつずつ答えよう」
質問を重ねる夜那に、紫闇はゆっくりと答えていく。
「一つ目。我が人形を取れるのは、長きに渡り、人の恨みや憎しみを吸収していたからだ。時には、呪われた剣として、祀られていたこともある。それゆえに、人形を得ることができた。
二つ目。ここは現実と夢の狭間。我と主の精神世界ともいえる。我が人形になれる唯一の場所だ」
「そう」
夜那は周囲を見回すも、真っ暗闇の世界がどこまでも続いていた。
夜那は紫闇を見上げた。
「どうして、死なせてくれなかったの?」
「夢は心の表れ。死ねば現実世界の主も、目を覚まさぬかもしれぬ」
「私は死にたかった!!」
夜那の悲痛な叫びが、空間に木霊する。
「私は、生きることを望んでいなかった。だって、私は生まれたときから、キベリアスの生贄になることが、決まっていたから。だから、にぃが逃げようって言ったときも、本当はそんなことしたくなかった。逃げらるはずがない。村の外の世界を知らない私たちが、生きていけるはずがない。だったら、素直に生贄になっていれば余計な痛みを負うことはない。結果的に、余計な苦しみを味わっただけだった。
生贄になってからもそうだ。キベリアスの血を飲んだ時点で、私はもう人間じゃない。簡単に死ねないし、にぃに助けられてから六年、成長してない。どう考えても私は化け物だ。でも、にぃは人間だ。私とは違う」
夜那はポロポロと涙をこぼす。紫闇はそっと夜那の顔に手を伸ばし、涙をぬぐった。
「我と契約するとき、真名の契約にしたのは、我であれば殺せると思うたからか?」
「そう。闇の魔剣である紫闇なら、私を殺せるかと思ったの。ねぇ、できる? 私を殺してくれる?」
「……わからぬ。我も主のような存在に出会ったのは、初めてなのでな」
紫闇は誤魔化すことなく、夜那に告げる。夜那は落胆したように、うつむいた。そんな夜那を、紫闇は慈しむような眼差しを向けて、頭を撫でてやる。
「主。たとえ周囲が主をおいていこうとも、我は決して主から離れたりせぬ。一人にはせぬよ」
「ほんとう? ずっとそばにいてくれるの?」
「あぁ。今一度、死を望んだとき。その時は我が手を下そう。だから今は眠れ。もうじき兄君たちが、助けに来るだろう」
「たちって、リチャードたちのこと?」
夜那は愕然とした。夜斗がリチャードたちを頼ったことも、その頼みを受け入れたリチャードたちの考えも、理解できなかったからだ。
困惑する夜那の目を、紫闇は片手で覆った。
「ちょ、紫闇、なにを」
「現実世界の我はそばにいても、鎖を解くことも、身体に刺さった剣を抜いてやることもできぬ。だが、ここではそなたの心を、休ませることができる。助けがくるその時まで、休まれよ」
突然、猛烈な睡魔が、夜那を襲う。夜那は抵抗するように、紫闇の手を握った。
「案ずるな。もうあのような夢を見ぬ。我がそばにおるのでな。ゆっくり休むといい」
紫闇のその言葉を最後に、夜那は意識をなくした。
力が抜けた夜那を、紫闇は抱き上げる。
「いつか、生きたいと思えるようになると良いな」
紫闇は呟きながら、夜那の頬を撫でた。
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