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もう何年も外に出ていない比奈は、なんの変哲もない道でも、興味深そうに辺りを見回す。
「暗い、ですね」
月明りしかないのが不安なのか、比奈が小さく呟く。
この時代、火を入れた提灯を持って出かけるのは、お忍びで夜遊びや密会をする金持ちくらいである。
「怖いか?」
「少し。でも、黎明様が一緒ですから」
「俺は夜目が利くから、心配しなくていいぞ。疲れてはいないか?」
「大丈夫ですよ」
黎明の気遣いに、比奈は微笑む。
「この土手を上がった先が、目的地だ。足元注意な」
黎明は比奈が滑らないように、支えてやりながら、坂を上っていく。
「……わぁ」
鈴虫の合唱が響きわたる広い河原。月の光によって青く輝く川の水面。そして視界いっぱいに、光を放ちながら飛び交う蛍たち。
それらの幻想的な光景を見て、比奈は思わず驚嘆の声を上げた。
「黎明様、この飛び交っているものはなんですか?」
「蛍だよ。見るの、初めてか?」
「ほ、たる?」
比奈は首をかしげる。すると、目の前に蛍が飛んできた。
「比奈、指を差し出してごらん?」
黎明に言われて、比奈がそっと手を伸ばすと、蛍が指先に止まる。
「蛍は夏の虫で、水辺に多くいるんだ。ついでに、周囲でりんりん鳴いているのは、鈴虫な」
「虫が、こんなにも美しい、すてきな光景を作り出しているなんて知りませんでした」
「驚いたか?」
比奈はこくん、と頷く。しばらくして、蛍は彼女の指先から離れ、群れに戻っていった。
「外にはいろんな、それこそ心奪われるような光景が、たっくさんあるんだぞ。今日は俺が強引に連れ出しちまったが、比奈が見たいというなら、どこへだって連れて行ってやるよ」
「ありがとう、ございます」
黎明の言葉に、比奈は感謝の意を述べる。だが、曖昧な笑みを浮かべていることから、彼女が社交辞令で言っているのが、見てとれた。
(どうすれば、比奈に外は安全だと知ってもらえるだろうかねぇ。ぶっちゃけ、家にいるほうが危険だろうし。俺が実は鬼でしたなんて言ったら、二度と会ってくれなくなるだろうな。それはそれで、俺が悲しい)
「……あ、そうだ」
黎明は小さく呟いて、懐から手拭いを取り出した。そしてそれを広げ、草むらの上に敷く。
「比奈、ここに座ってくれ」
「え? でも」
「いいから」
黎明はためらう比奈の肩をそっと押して、彼女を座らせた。自分はその隣に並んで座ると、袖口から篠笛を取り出した。
「笛、ですか?」
「これでも得意なんだ」
黎明は得意気に笑うと、口許にそっと笛を添え、静かに奏だした。
優しい笛の音に、飛び交う蛍たち。比奈はうっとりと、その世界に浸る。
しばらくして曲が終わり、黎明は口から篠笛を離した。
比奈は満面の笑みを浮かべ、拍手を送る。
「すごい。すごいです! とても、素晴らしかったです!」
「そ、そんなに褒められると、さすがに照れるんだが」
黎明は頬を赤らめ、頬を掻く。だがそんな彼にお構い無しというように、比奈は絶賛する。
「言葉に言い表すのが難しいくらい、素敵でした。兄様は剣術ばかりで、楽は得意ではないんです。ですので、正直親しみはあまりありませんが、黎明様の笛の音色は、優しくて心が安らぐように感じました」
「そっか。そう思ってもらえたなら、よかった」
そのとき、ひゅうっと風が吹いた。
「くしゅっ」
「あ。夏でも夜は冷えるからな。これ着ろ」
黎明は自分が着ていた羽織を、比奈にかける。
「へ、平気です! 黎明様がお身体を冷やしてしまいますから」
「俺は丈夫だから。そろそろ、帰ろうか」
「はい……」
比奈は帰りたくないのか、表情を暗くする。
「また、外に連れ出してやるよ。可能なら、昼間でも」
篠笛をしまった黎明は、比奈に手を差し出しながら、提案をした。
彼の手を借りて立ち上がりながら、比奈は目を伏せて、首を横に振る。
「それは、申し訳ないです。今日、こうして連れてきていただけただけでも、こんな素敵な景色を見ることができましたし。それに」
「狙われるかもって? なぁ、比奈。一つ、気付いたことないか?」
比奈は小首をかしげながら、黎明を見上げた。
「昔は家の外に出たら、襲われてたんだろ?」
「え、えぇまぁ」
「今日は、襲われてないだろ?」
黎明の指摘に、比奈は目を見開き、胸元のお守りに触れる。
「このお守りの効果、ということですか?」
(一概に、効果無しとも、言えないしな)
「……あぁ。だから、俺だったら比奈が行きたいところに、連れて行ける。心配なら、神流も一緒に」
「ありがとう、ございます。その、機会があれば……」
比奈の曖昧な返事に、黎明は苦笑した。
(まぁすぐに恐怖心は拭えないわな)
「そろそろ、帰ろうか」
「はい」
二人は帰路についた。
「暗い、ですね」
月明りしかないのが不安なのか、比奈が小さく呟く。
この時代、火を入れた提灯を持って出かけるのは、お忍びで夜遊びや密会をする金持ちくらいである。
「怖いか?」
「少し。でも、黎明様が一緒ですから」
「俺は夜目が利くから、心配しなくていいぞ。疲れてはいないか?」
「大丈夫ですよ」
黎明の気遣いに、比奈は微笑む。
「この土手を上がった先が、目的地だ。足元注意な」
黎明は比奈が滑らないように、支えてやりながら、坂を上っていく。
「……わぁ」
鈴虫の合唱が響きわたる広い河原。月の光によって青く輝く川の水面。そして視界いっぱいに、光を放ちながら飛び交う蛍たち。
それらの幻想的な光景を見て、比奈は思わず驚嘆の声を上げた。
「黎明様、この飛び交っているものはなんですか?」
「蛍だよ。見るの、初めてか?」
「ほ、たる?」
比奈は首をかしげる。すると、目の前に蛍が飛んできた。
「比奈、指を差し出してごらん?」
黎明に言われて、比奈がそっと手を伸ばすと、蛍が指先に止まる。
「蛍は夏の虫で、水辺に多くいるんだ。ついでに、周囲でりんりん鳴いているのは、鈴虫な」
「虫が、こんなにも美しい、すてきな光景を作り出しているなんて知りませんでした」
「驚いたか?」
比奈はこくん、と頷く。しばらくして、蛍は彼女の指先から離れ、群れに戻っていった。
「外にはいろんな、それこそ心奪われるような光景が、たっくさんあるんだぞ。今日は俺が強引に連れ出しちまったが、比奈が見たいというなら、どこへだって連れて行ってやるよ」
「ありがとう、ございます」
黎明の言葉に、比奈は感謝の意を述べる。だが、曖昧な笑みを浮かべていることから、彼女が社交辞令で言っているのが、見てとれた。
(どうすれば、比奈に外は安全だと知ってもらえるだろうかねぇ。ぶっちゃけ、家にいるほうが危険だろうし。俺が実は鬼でしたなんて言ったら、二度と会ってくれなくなるだろうな。それはそれで、俺が悲しい)
「……あ、そうだ」
黎明は小さく呟いて、懐から手拭いを取り出した。そしてそれを広げ、草むらの上に敷く。
「比奈、ここに座ってくれ」
「え? でも」
「いいから」
黎明はためらう比奈の肩をそっと押して、彼女を座らせた。自分はその隣に並んで座ると、袖口から篠笛を取り出した。
「笛、ですか?」
「これでも得意なんだ」
黎明は得意気に笑うと、口許にそっと笛を添え、静かに奏だした。
優しい笛の音に、飛び交う蛍たち。比奈はうっとりと、その世界に浸る。
しばらくして曲が終わり、黎明は口から篠笛を離した。
比奈は満面の笑みを浮かべ、拍手を送る。
「すごい。すごいです! とても、素晴らしかったです!」
「そ、そんなに褒められると、さすがに照れるんだが」
黎明は頬を赤らめ、頬を掻く。だがそんな彼にお構い無しというように、比奈は絶賛する。
「言葉に言い表すのが難しいくらい、素敵でした。兄様は剣術ばかりで、楽は得意ではないんです。ですので、正直親しみはあまりありませんが、黎明様の笛の音色は、優しくて心が安らぐように感じました」
「そっか。そう思ってもらえたなら、よかった」
そのとき、ひゅうっと風が吹いた。
「くしゅっ」
「あ。夏でも夜は冷えるからな。これ着ろ」
黎明は自分が着ていた羽織を、比奈にかける。
「へ、平気です! 黎明様がお身体を冷やしてしまいますから」
「俺は丈夫だから。そろそろ、帰ろうか」
「はい……」
比奈は帰りたくないのか、表情を暗くする。
「また、外に連れ出してやるよ。可能なら、昼間でも」
篠笛をしまった黎明は、比奈に手を差し出しながら、提案をした。
彼の手を借りて立ち上がりながら、比奈は目を伏せて、首を横に振る。
「それは、申し訳ないです。今日、こうして連れてきていただけただけでも、こんな素敵な景色を見ることができましたし。それに」
「狙われるかもって? なぁ、比奈。一つ、気付いたことないか?」
比奈は小首をかしげながら、黎明を見上げた。
「昔は家の外に出たら、襲われてたんだろ?」
「え、えぇまぁ」
「今日は、襲われてないだろ?」
黎明の指摘に、比奈は目を見開き、胸元のお守りに触れる。
「このお守りの効果、ということですか?」
(一概に、効果無しとも、言えないしな)
「……あぁ。だから、俺だったら比奈が行きたいところに、連れて行ける。心配なら、神流も一緒に」
「ありがとう、ございます。その、機会があれば……」
比奈の曖昧な返事に、黎明は苦笑した。
(まぁすぐに恐怖心は拭えないわな)
「そろそろ、帰ろうか」
「はい」
二人は帰路についた。
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