12 / 25
5ー1
しおりを挟む
もう何年も外に出ていない比奈は、なんの変哲もない道でも、興味深そうに辺りを見回す。
「暗い、ですね」
月明りしかないのが不安なのか、比奈が小さく呟く。
この時代、火を入れた提灯を持って出かけるのは、お忍びで夜遊びや密会をする金持ちくらいである。
「怖いか?」
「少し。でも、黎明様が一緒ですから」
「俺は夜目が利くから、心配しなくていいぞ。疲れてはいないか?」
「大丈夫ですよ」
黎明の気遣いに、比奈は微笑む。
「この土手を上がった先が、目的地だ。足元注意な」
黎明は比奈が滑らないように、支えてやりながら、坂を上っていく。
「……わぁ」
鈴虫の合唱が響きわたる広い河原。月の光によって青く輝く川の水面。そして視界いっぱいに、光を放ちながら飛び交う蛍たち。
それらの幻想的な光景を見て、比奈は思わず驚嘆の声を上げた。
「黎明様、この飛び交っているものはなんですか?」
「蛍だよ。見るの、初めてか?」
「ほ、たる?」
比奈は首をかしげる。すると、目の前に蛍が飛んできた。
「比奈、指を差し出してごらん?」
黎明に言われて、比奈がそっと手を伸ばすと、蛍が指先に止まる。
「蛍は夏の虫で、水辺に多くいるんだ。ついでに、周囲でりんりん鳴いているのは、鈴虫な」
「虫が、こんなにも美しい、すてきな光景を作り出しているなんて知りませんでした」
「驚いたか?」
比奈はこくん、と頷く。しばらくして、蛍は彼女の指先から離れ、群れに戻っていった。
「外にはいろんな、それこそ心奪われるような光景が、たっくさんあるんだぞ。今日は俺が強引に連れ出しちまったが、比奈が見たいというなら、どこへだって連れて行ってやるよ」
「ありがとう、ございます」
黎明の言葉に、比奈は感謝の意を述べる。だが、曖昧な笑みを浮かべていることから、彼女が社交辞令で言っているのが、見てとれた。
(どうすれば、比奈に外は安全だと知ってもらえるだろうかねぇ。ぶっちゃけ、家にいるほうが危険だろうし。俺が実は鬼でしたなんて言ったら、二度と会ってくれなくなるだろうな。それはそれで、俺が悲しい)
「……あ、そうだ」
黎明は小さく呟いて、懐から手拭いを取り出した。そしてそれを広げ、草むらの上に敷く。
「比奈、ここに座ってくれ」
「え? でも」
「いいから」
黎明はためらう比奈の肩をそっと押して、彼女を座らせた。自分はその隣に並んで座ると、袖口から篠笛を取り出した。
「笛、ですか?」
「これでも得意なんだ」
黎明は得意気に笑うと、口許にそっと笛を添え、静かに奏だした。
優しい笛の音に、飛び交う蛍たち。比奈はうっとりと、その世界に浸る。
しばらくして曲が終わり、黎明は口から篠笛を離した。
比奈は満面の笑みを浮かべ、拍手を送る。
「すごい。すごいです! とても、素晴らしかったです!」
「そ、そんなに褒められると、さすがに照れるんだが」
黎明は頬を赤らめ、頬を掻く。だがそんな彼にお構い無しというように、比奈は絶賛する。
「言葉に言い表すのが難しいくらい、素敵でした。兄様は剣術ばかりで、楽は得意ではないんです。ですので、正直親しみはあまりありませんが、黎明様の笛の音色は、優しくて心が安らぐように感じました」
「そっか。そう思ってもらえたなら、よかった」
そのとき、ひゅうっと風が吹いた。
「くしゅっ」
「あ。夏でも夜は冷えるからな。これ着ろ」
黎明は自分が着ていた羽織を、比奈にかける。
「へ、平気です! 黎明様がお身体を冷やしてしまいますから」
「俺は丈夫だから。そろそろ、帰ろうか」
「はい……」
比奈は帰りたくないのか、表情を暗くする。
「また、外に連れ出してやるよ。可能なら、昼間でも」
篠笛をしまった黎明は、比奈に手を差し出しながら、提案をした。
彼の手を借りて立ち上がりながら、比奈は目を伏せて、首を横に振る。
「それは、申し訳ないです。今日、こうして連れてきていただけただけでも、こんな素敵な景色を見ることができましたし。それに」
「狙われるかもって? なぁ、比奈。一つ、気付いたことないか?」
比奈は小首をかしげながら、黎明を見上げた。
「昔は家の外に出たら、襲われてたんだろ?」
「え、えぇまぁ」
「今日は、襲われてないだろ?」
黎明の指摘に、比奈は目を見開き、胸元のお守りに触れる。
「このお守りの効果、ということですか?」
(一概に、効果無しとも、言えないしな)
「……あぁ。だから、俺だったら比奈が行きたいところに、連れて行ける。心配なら、神流も一緒に」
「ありがとう、ございます。その、機会があれば……」
比奈の曖昧な返事に、黎明は苦笑した。
(まぁすぐに恐怖心は拭えないわな)
「そろそろ、帰ろうか」
「はい」
二人は帰路についた。
「暗い、ですね」
月明りしかないのが不安なのか、比奈が小さく呟く。
この時代、火を入れた提灯を持って出かけるのは、お忍びで夜遊びや密会をする金持ちくらいである。
「怖いか?」
「少し。でも、黎明様が一緒ですから」
「俺は夜目が利くから、心配しなくていいぞ。疲れてはいないか?」
「大丈夫ですよ」
黎明の気遣いに、比奈は微笑む。
「この土手を上がった先が、目的地だ。足元注意な」
黎明は比奈が滑らないように、支えてやりながら、坂を上っていく。
「……わぁ」
鈴虫の合唱が響きわたる広い河原。月の光によって青く輝く川の水面。そして視界いっぱいに、光を放ちながら飛び交う蛍たち。
それらの幻想的な光景を見て、比奈は思わず驚嘆の声を上げた。
「黎明様、この飛び交っているものはなんですか?」
「蛍だよ。見るの、初めてか?」
「ほ、たる?」
比奈は首をかしげる。すると、目の前に蛍が飛んできた。
「比奈、指を差し出してごらん?」
黎明に言われて、比奈がそっと手を伸ばすと、蛍が指先に止まる。
「蛍は夏の虫で、水辺に多くいるんだ。ついでに、周囲でりんりん鳴いているのは、鈴虫な」
「虫が、こんなにも美しい、すてきな光景を作り出しているなんて知りませんでした」
「驚いたか?」
比奈はこくん、と頷く。しばらくして、蛍は彼女の指先から離れ、群れに戻っていった。
「外にはいろんな、それこそ心奪われるような光景が、たっくさんあるんだぞ。今日は俺が強引に連れ出しちまったが、比奈が見たいというなら、どこへだって連れて行ってやるよ」
「ありがとう、ございます」
黎明の言葉に、比奈は感謝の意を述べる。だが、曖昧な笑みを浮かべていることから、彼女が社交辞令で言っているのが、見てとれた。
(どうすれば、比奈に外は安全だと知ってもらえるだろうかねぇ。ぶっちゃけ、家にいるほうが危険だろうし。俺が実は鬼でしたなんて言ったら、二度と会ってくれなくなるだろうな。それはそれで、俺が悲しい)
「……あ、そうだ」
黎明は小さく呟いて、懐から手拭いを取り出した。そしてそれを広げ、草むらの上に敷く。
「比奈、ここに座ってくれ」
「え? でも」
「いいから」
黎明はためらう比奈の肩をそっと押して、彼女を座らせた。自分はその隣に並んで座ると、袖口から篠笛を取り出した。
「笛、ですか?」
「これでも得意なんだ」
黎明は得意気に笑うと、口許にそっと笛を添え、静かに奏だした。
優しい笛の音に、飛び交う蛍たち。比奈はうっとりと、その世界に浸る。
しばらくして曲が終わり、黎明は口から篠笛を離した。
比奈は満面の笑みを浮かべ、拍手を送る。
「すごい。すごいです! とても、素晴らしかったです!」
「そ、そんなに褒められると、さすがに照れるんだが」
黎明は頬を赤らめ、頬を掻く。だがそんな彼にお構い無しというように、比奈は絶賛する。
「言葉に言い表すのが難しいくらい、素敵でした。兄様は剣術ばかりで、楽は得意ではないんです。ですので、正直親しみはあまりありませんが、黎明様の笛の音色は、優しくて心が安らぐように感じました」
「そっか。そう思ってもらえたなら、よかった」
そのとき、ひゅうっと風が吹いた。
「くしゅっ」
「あ。夏でも夜は冷えるからな。これ着ろ」
黎明は自分が着ていた羽織を、比奈にかける。
「へ、平気です! 黎明様がお身体を冷やしてしまいますから」
「俺は丈夫だから。そろそろ、帰ろうか」
「はい……」
比奈は帰りたくないのか、表情を暗くする。
「また、外に連れ出してやるよ。可能なら、昼間でも」
篠笛をしまった黎明は、比奈に手を差し出しながら、提案をした。
彼の手を借りて立ち上がりながら、比奈は目を伏せて、首を横に振る。
「それは、申し訳ないです。今日、こうして連れてきていただけただけでも、こんな素敵な景色を見ることができましたし。それに」
「狙われるかもって? なぁ、比奈。一つ、気付いたことないか?」
比奈は小首をかしげながら、黎明を見上げた。
「昔は家の外に出たら、襲われてたんだろ?」
「え、えぇまぁ」
「今日は、襲われてないだろ?」
黎明の指摘に、比奈は目を見開き、胸元のお守りに触れる。
「このお守りの効果、ということですか?」
(一概に、効果無しとも、言えないしな)
「……あぁ。だから、俺だったら比奈が行きたいところに、連れて行ける。心配なら、神流も一緒に」
「ありがとう、ございます。その、機会があれば……」
比奈の曖昧な返事に、黎明は苦笑した。
(まぁすぐに恐怖心は拭えないわな)
「そろそろ、帰ろうか」
「はい」
二人は帰路についた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる