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平家物語
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***
「保険金目当てでしょ?」
声を出したのは夢叶だ。“ 夢叶を産んだ女 ” はまたもや怒鳴り散らした。
「お金にしか目にないからね。説得力がないんだよ」
「夢叶はお金目当てに医者にさせる教育をしてることに勘づいていたぞ。ずっと前からな」
また父親がフォローしてくれた。そのことに夢叶はさらに自がつく。
「私は勘当された身でしょ。私に “ お母さん ” はいないはずだけど」
さっきまでの細い声はどこに行ったのか。耳を疑うほどに夢叶ははっきりと喋る。
いいぞ、もっと言い返せ。“ 夢叶を産んだ女 ” 以外はそう思った。
「そんなに言うなら私が言う。勘当だ。もう二度とこの病院の敷居を跨がないで」
結愛とかすみが小さく拍手をした。次の瞬間、全員が目を疑った。
夢叶が首を絞められている。“ 夢叶を産んだ女 ” にだ。
「…は?」
結愛が間抜けた声を出した。
だが、状況を細かく理解しようとする時間はない。夢叶はここにいる誰よりも体が弱く、危険な状態だからだ。
「何をしているんですか!死にますよ!!」
守が咄嗟に女の手を緩めようとするが、緩まるどころか、さらに力が強くなった。夢叶は苦しそうに息ができずにいる。
「誰がアンタを産んでやったと思ってるのよ!」
ヒューヒューと、夢叶の喉から聞くに耐えない音が流れてくる。
「高校にも行かせて、美味しいご飯を食べさせて、その恩を仇で返すつもり!?」
“ 無償の愛はない ” の模範解答のような怒鳴り声に、全員が困惑する。
夢叶が女の手に噛みつき、首を絞める手からは逃れたが、咽せて苦しそうに咳き込んでいる。
夢叶の父親が女をなんとか抑えているが、暴れている女を抑えるのは苦しそうだ。
「響察を呼びました。大人しく待機していてください」
守が女に向かって言った。
「警察?私が何かしたの?何かしたという証拠は?」
この後に及んでくだらない言葉を並べる女に、怒りを通り越してもはや呆れてしまう。しかし、そんな女を黙らせることがあった。
「証拠ならあるよ」
なんと、“ 夢叶を産んだ女 ” が夢叶の首を絞めた瞬間、結愛がスマホで動画を撮っていたのだ。女の顔がみるみる青ざめる。
すぐに警察が駆けつけて女を連れていった。その時も耳を塞ぎたくなるような甲高い声で、訳のわからないことを言っていた。
夢叶の父親は守に深く謝った。
「本当に申し訳ない。騒がしくしてしまって、我が妻ながら恥ずかしい」
「大丈夫ですよ。少なくともあなたがまともでいてくれて、夢叶ちゃんも心強かったでしょう」
守のその言葉に、父親はさらに深く頭を下げた。
「先生!夢叶ちゃんが苦しそうです!」
かすみの焦る声に再び病室に緊張感が走る。夢叶が胸を押さえ、まだ咳き込んでいる。咳とともに血が口から出てきている。吐血しているのだ。
守を初め、全員の顔から血の気が失せる。
かすみが急いで看護師を呼び、その間に守が夢叶を運ぶ準備をした。
次の日、病室には沈黙が流れていた。夢叶は呼吸器をつけて静かに眠っている。
「なんで呼吸器をつけてるの…?」
結愛がまたもや弱々しく守に問いかける。
「肺がんが進んでるのに首を絞められたら、流石に体力が削られるよ。それにあの時、咳き込んだ時に喉が切れたんだ。それで血を吐いてしまったんだろう。喉に亀裂が入ってしまえば息がしにくくなる。体力がない夢叶ちゃんなら尚更ね」
実の娘である夢叶の首を絞めた女は、普通に警察に逮捕された。最後まで抗っていたが、結愛が撮った動画が証拠となり、無期懲役の処罰が下った。
父親の方は病院にかかってしまった迷惑金を持ってきたが、守の丁重なお断りと火花を散らしていた。結局のところ父親の勝利で、大量のお金を払った。
あの日から父親は五分だけでも病院に来るようになった。今までの罪を滅ぼすように。言葉にならない謝罪を述べるように。
***
あの日から一週間が経った。夢叶ちゃんは変わらず苦しそうに身体中の痛みに耐えていた。そんな状態でも、私たちと笑顔で会話をしていた。
「そういえば全国大会、明後日なんだよね」
私はふと思い出して、口を開いた。
「そっか…頑張ってって、言っといて…」
夢叶ちゃんの声はもう、静かな部屋で耳をすまさなければ聞こえないほどに細く小さくなっていた。
胸を苦しませてる私たちを他所に、夢叶ちゃんはまた口を開いた。
「そういえば…夏休みの宿題、終わった?」
「終わってない」
夢叶ちゃんの質問に結愛ちゃんは即答した。
もう八月の半ばだ。そろそろ終わらせないとやばい。
「違うんだよ。宿題が私から逃げていくんだよ」
訳が分からないことをいう結愛ちゃんに、夢叶ちゃんは前と変わらない笑顔を見せる。
笑う声は出せなくとも、その笑顔は全く変わっていなかった。
「もしも終わらないなら、ここでやってもいいよ」
「じゃあ古文教えてよ」
「古文?夢叶ちゃん、古文が得意なの?」
一ヶ月三週間ぶりに勉強を教えてもらえることに歓喜している結愛ちゃんと、意外な特技を知った私に少しずつ答えていく。
「そうだね、結構面白いかな」
結愛ちゃんはどこが面白いんだ、とでも言うような顔を浮かべた。
「この時代にはない言葉の意味とか、同じ言葉があっても意味が違うところとかが興味深かったりするよ」
「それが面倒臭いんだよなぁ…」
遠い目をしながら結愛ちゃんが言った。
「じゃあ、今まで習った中でどんな話が好きだった?」
私の質問に夢叶ちゃんは少し悩んで、軽く頷いた後に声を出した。
「平家物語かな」
「保険金目当てでしょ?」
声を出したのは夢叶だ。“ 夢叶を産んだ女 ” はまたもや怒鳴り散らした。
「お金にしか目にないからね。説得力がないんだよ」
「夢叶はお金目当てに医者にさせる教育をしてることに勘づいていたぞ。ずっと前からな」
また父親がフォローしてくれた。そのことに夢叶はさらに自がつく。
「私は勘当された身でしょ。私に “ お母さん ” はいないはずだけど」
さっきまでの細い声はどこに行ったのか。耳を疑うほどに夢叶ははっきりと喋る。
いいぞ、もっと言い返せ。“ 夢叶を産んだ女 ” 以外はそう思った。
「そんなに言うなら私が言う。勘当だ。もう二度とこの病院の敷居を跨がないで」
結愛とかすみが小さく拍手をした。次の瞬間、全員が目を疑った。
夢叶が首を絞められている。“ 夢叶を産んだ女 ” にだ。
「…は?」
結愛が間抜けた声を出した。
だが、状況を細かく理解しようとする時間はない。夢叶はここにいる誰よりも体が弱く、危険な状態だからだ。
「何をしているんですか!死にますよ!!」
守が咄嗟に女の手を緩めようとするが、緩まるどころか、さらに力が強くなった。夢叶は苦しそうに息ができずにいる。
「誰がアンタを産んでやったと思ってるのよ!」
ヒューヒューと、夢叶の喉から聞くに耐えない音が流れてくる。
「高校にも行かせて、美味しいご飯を食べさせて、その恩を仇で返すつもり!?」
“ 無償の愛はない ” の模範解答のような怒鳴り声に、全員が困惑する。
夢叶が女の手に噛みつき、首を絞める手からは逃れたが、咽せて苦しそうに咳き込んでいる。
夢叶の父親が女をなんとか抑えているが、暴れている女を抑えるのは苦しそうだ。
「響察を呼びました。大人しく待機していてください」
守が女に向かって言った。
「警察?私が何かしたの?何かしたという証拠は?」
この後に及んでくだらない言葉を並べる女に、怒りを通り越してもはや呆れてしまう。しかし、そんな女を黙らせることがあった。
「証拠ならあるよ」
なんと、“ 夢叶を産んだ女 ” が夢叶の首を絞めた瞬間、結愛がスマホで動画を撮っていたのだ。女の顔がみるみる青ざめる。
すぐに警察が駆けつけて女を連れていった。その時も耳を塞ぎたくなるような甲高い声で、訳のわからないことを言っていた。
夢叶の父親は守に深く謝った。
「本当に申し訳ない。騒がしくしてしまって、我が妻ながら恥ずかしい」
「大丈夫ですよ。少なくともあなたがまともでいてくれて、夢叶ちゃんも心強かったでしょう」
守のその言葉に、父親はさらに深く頭を下げた。
「先生!夢叶ちゃんが苦しそうです!」
かすみの焦る声に再び病室に緊張感が走る。夢叶が胸を押さえ、まだ咳き込んでいる。咳とともに血が口から出てきている。吐血しているのだ。
守を初め、全員の顔から血の気が失せる。
かすみが急いで看護師を呼び、その間に守が夢叶を運ぶ準備をした。
次の日、病室には沈黙が流れていた。夢叶は呼吸器をつけて静かに眠っている。
「なんで呼吸器をつけてるの…?」
結愛がまたもや弱々しく守に問いかける。
「肺がんが進んでるのに首を絞められたら、流石に体力が削られるよ。それにあの時、咳き込んだ時に喉が切れたんだ。それで血を吐いてしまったんだろう。喉に亀裂が入ってしまえば息がしにくくなる。体力がない夢叶ちゃんなら尚更ね」
実の娘である夢叶の首を絞めた女は、普通に警察に逮捕された。最後まで抗っていたが、結愛が撮った動画が証拠となり、無期懲役の処罰が下った。
父親の方は病院にかかってしまった迷惑金を持ってきたが、守の丁重なお断りと火花を散らしていた。結局のところ父親の勝利で、大量のお金を払った。
あの日から父親は五分だけでも病院に来るようになった。今までの罪を滅ぼすように。言葉にならない謝罪を述べるように。
***
あの日から一週間が経った。夢叶ちゃんは変わらず苦しそうに身体中の痛みに耐えていた。そんな状態でも、私たちと笑顔で会話をしていた。
「そういえば全国大会、明後日なんだよね」
私はふと思い出して、口を開いた。
「そっか…頑張ってって、言っといて…」
夢叶ちゃんの声はもう、静かな部屋で耳をすまさなければ聞こえないほどに細く小さくなっていた。
胸を苦しませてる私たちを他所に、夢叶ちゃんはまた口を開いた。
「そういえば…夏休みの宿題、終わった?」
「終わってない」
夢叶ちゃんの質問に結愛ちゃんは即答した。
もう八月の半ばだ。そろそろ終わらせないとやばい。
「違うんだよ。宿題が私から逃げていくんだよ」
訳が分からないことをいう結愛ちゃんに、夢叶ちゃんは前と変わらない笑顔を見せる。
笑う声は出せなくとも、その笑顔は全く変わっていなかった。
「もしも終わらないなら、ここでやってもいいよ」
「じゃあ古文教えてよ」
「古文?夢叶ちゃん、古文が得意なの?」
一ヶ月三週間ぶりに勉強を教えてもらえることに歓喜している結愛ちゃんと、意外な特技を知った私に少しずつ答えていく。
「そうだね、結構面白いかな」
結愛ちゃんはどこが面白いんだ、とでも言うような顔を浮かべた。
「この時代にはない言葉の意味とか、同じ言葉があっても意味が違うところとかが興味深かったりするよ」
「それが面倒臭いんだよなぁ…」
遠い目をしながら結愛ちゃんが言った。
「じゃあ、今まで習った中でどんな話が好きだった?」
私の質問に夢叶ちゃんは少し悩んで、軽く頷いた後に声を出した。
「平家物語かな」
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