あのころの君へ

春華(syunka)

文字の大きさ
上 下
4 / 4

エピローグ:あのころの君へ

しおりを挟む
テナントビルとオフィスビルが立ち並ぶエリアの一角にオーナーの長年の夢のギャラリーがオープンした。

オープンから一ヶ月に渡りレセプションが開かれた。

レセプションに一ヶ月を掛けたのは、ギャラリーの目的である若手作家支援の作品を少人数でゆっくり鑑賞し、作者と作品を認知して頂くことが狙いだった。

オーナーが選りすぐった108点の作品はほぼ全て売約済のプレートが貼られた。

レセプションの一ヶ月間は佐藤と交代で毎日立会に入った。

レセプション最終日は、翌日に行う予約済の作品の梱包手配と次の展示作品の配置確認をするため2人で立会に入った。

閉店間際、オーナーが嬉しそうにギャラリーに展示されている作品を一点づつ見て回っていた。

「オーナー
ほとんど全ての作品に売約のプレートが
貼られて嬉しいですね」

オーナーは満面の笑みを向ける。

「そうなの。本当に夢の様だわ。
今は、オープンしたばかりだから皆さんの
ご厚意だと思うのだけれど、それでも嬉しいわ」

「オーナー、そう言えば高階さんのあの作品は
オーナーが購入されたそうですね。
僕がもう少し稼ぎがよかったら僕が欲しかったのに」

「あらっ、佐藤さんも高階さんのあちらの作品の虜になったの?
あなたの近くにはご本人がいらっしゃるじゃないの」

「いやいやぁ~、ご本人ではなくあの作品の子がいいんですよ」

「そうらしいわよ。神崎さん。
2人でギャラリーに華を添えてもらわなくてはね」

オーナーも佐藤も優しく微笑む。

「でも、驚きましたよ。
オープンまでの2週間で描き上げるって、
高階さんの執念ですよね」

いつの間にか4人になったギャラリーで佐藤が高階の顔をまじまじと見る。

「執念ですか・・・・執念かもしれませんね。
あのころに後悔した事を取り戻したかったのかもしれません。
ずっと、そう願ってきましたから」

カフェで再会した翌日。私は小学校6年生の夏休みに手渡された白い額におさめられた人物画を実家で探し出し、オーナーに事情と共に手渡した。

展示予定だった『君へ』の作品はスペースだけをそのままに設置はされなかった。そして、ディレクターの高階さんはオープンまでの2週間は休むとオーナーから言われた。

オープンの前日、最終確認の日、高階さんは作品を手にギャラリーに姿を現した。

丁寧に梱包された箱から作品を取り出す。

水絵の具で描かれた人物画『君へ』が新たな作品の隣に設置された。

全く同じ構図の水絵の具で描かれた少女と日本画で描かれた少女の作品だった。

「私もずっと後悔をしていました。
言えなかったありがとうの言葉、
周りの眼を気にして避けてしまった罪悪感、
そして・・・・」

高階さんの顔を見る。

「そして、素直になれなかった心残り、
やっと自分自身に決着がつけられました。
高階さん、あのころの私から御礼とお詫びを言わせて下さい。
描いて下さってありがとう。
一緒に遊んでくれてありがとう。
最優秀賞を一緒に喜ぶことができなくてごめんなさい」

すっと、胸が軽くなった気がした。

「僕もです。華ちゃん。
華ちゃんを描いたから僕は日本画の世界に進む事ができた。
あのころの華ちゃんがいなかったら今の僕はありません。
あのころの華ちゃんにありがとう。
あのころの華ちゃんを描いた水絵の具の作品を
大切に持っていてくれてありがとう」

お互いに子供の頃のわだかまりと後悔がほどけた気がした。

4人で作品の前に立つ。

作品タイトル『あのころの君へ』
作者『高階和也』
売約済
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...