とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第1章:前世の記憶の入口~西の砦の攻防とサファイアの剣の継承~

第2話:蘇るとある騎士の記憶

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パカラッ!パカラッ!パカラッ!

淡い灰色の馬を急き立てせきたてながらセルジオは願った。

『間に合ってくれっ!!』

南門から王都を出たセルジオは西へ急ぐ。西の隣国、スキャラル国軍が国境を超えて攻め入ったと知らせが入ったからだ。

『西の森にはあの子達がいる!急がなければ!』

遠くから聞えてくる行軍の足音が大きくなる。

シュタイン王国は神聖ローマ帝国から承認を受けた独立国家であった。王都を守るように18の貴族が有する所領が囲んでいる。18貴族は王から准貴族の任命と所領の再分配、管理運営を一任されている。

貴族所領の自領国に城壁があり、更に外側を国全体の城壁で囲んでいる。城外にある西の森はシュタイン王国の城壁の外側に位置していた。

隣国との国境は山頂にほど近い場所に位置するシュタイン王国の水がめの一つサフェス湖から流れる河と滝があり、西の森の端は崖になっている。眼下には隣国所領の森が広がり、その景色は夕陽の沈む絶景を創り出す。

西の森はオーロラのお気に入りの場所だった。大きなクルミの樹がある。
山の実り豊かな西の森に山小屋を造ったのは2ヶ月前の事だった。

「これだけ実り豊かな森なのですもの。
折角なら採れたての果実や木の実でお菓子をつくりたいわ」

オーロラとオーロラが引き取った孤児の女児、アンとキャロルにせがまれて、セルジオが城外の見張り小屋を兼ねて建てさせた。

セルジオ・ド・エステール。エステール伯爵家第二子。
エルテール伯爵家はシュタイン王国18貴族の内の1家名であり、第一位の筆頭伯爵家である。各貴族は1家名ごとに騎士団を有することが定められている。セルジオはエステール伯爵家騎士団、セルジオ騎士団の団長であった。シュタイン王国に伝わる伝説の騎士『青き血が流れるコマンドール』の再来と恐れられた双剣の騎士である。

オーロラ・ラドフォール・ド・シュタイン。
シュタイン王国第14王女。ラドフォールは公爵家の家名であり、オーロラの生母の実家であった。ラドフォール公爵家は代々魔導士の家系で、オーロラはラドフォールの血を色濃く引き継ぐ、光と炎を自在に操る王国直属の魔導士である。

シュタイン王国は所領内に一か所、修道院と共に孤児院を有することを各貴族に課していた。戦火に見舞われた国や手放さざるを得なくなった子供、自国以外から逃れてきた子供らを保護し、育て、里親があれば引き取らせる。

里親がなければ7歳を超えた頃、貴族や騎士団へ小姓として仕えさせ、生涯の行く末までを保証していた。
オーロラが引き取ったアンとキャロルは、オーロラが遠征時に戦火にあったある村で小さな身体を寄せあい泣いていた所を保護し、連れ帰った姉妹であった。

魔導士は騎士や従士と共に戦場へおもむく。オーロラの持つ光と炎の魔術の力は、直接の戦闘と後方支援の両方で活かされ、戦場ではなくてはならない存在であった。

オーロラは、隣国スキャラル国の侵略に備え、北戦域に赴く事になった。

その日オーロラはセルジオ騎士団城塞、西の屋敷をアンとキャロルと共に訪れていた。

「私が留守の間、アンとキャロルをお願いできるかしら・・・・
城では・・・・王都の城ではアンとキャロルを
よく思わない近習きんじゅうもいるの。城には置いてはいけないの」

オーロラは唯一信頼できるセルジオにアンとキャロルを託しにきたのだ。

戦場から連れ帰った孤児を孤児院ではなく、オーロラの手元で育てることに王家が快く思うはずがない。事情を重々承知した上でセルジオは2人の女児を快く預かる事にした。

「西の屋敷であればアンとキャロルの知る顔もある。
構わぬぞ。2人の愛らしさは西の屋敷の者達への安らぎにもなろう」

セルジオはアンとキャロルを抱き上げる。

「アン、キャロル、母が傍におらぬとも大事ないか?
ここにはメアリもいる。そなたらの過ごしやすい様に過ごせばよいぞ」

2人の女児に微笑みを向けるとセルジオ付の女官長メアリの傍近くに降ろす。

「メアリは存じておろう?西の屋敷での母と思って甘えるがよい」

メアリは2人に微笑みを向ける。

「アン様、キャロル様、何なりとこのメアリにお申し付け下さい」

アンとキャロルはメアリの両手を片方づつ握りしめた。年長のアンがキラキラと輝く薄い緑色の瞳でメアリを見上げる。

「はい、メアリ。
よろしくお願い致します。母様から言われています。
セルジオ様とメアリのお話を聴いて、お2人を困らせることのないようにと」

メアリはアンの言葉に目を細める。膝を折り、目線を合わせると2人の手の甲に優しく口づけをする。

「左様にございますか。
アン様はご挨拶もおできになるのですね。
これよりよろしくお願い致します」

メアリと2人の子のやり取りを静かに見ていたオーロラがメアリに礼を言う。

「メアリ、ありがとう。
メアリの傍近くで2人が過ごせるのであれば安心だわ。
ありがとう。よろしく頼みます」

オーロラはセルジオとメアリに2人を託すと、その日の内に北戦域へ遠征に赴いた。


セルジオが西の屋敷でアンとキャロルを預かり2週間程経ったよく晴れた早朝、セルジオ騎士団団長居室をアンがキャロルの手を引きながら訪れた。

トンッ!トンッ!トンッ!

「セルジオ様、アンです。
おはようございます。お部屋に入ってもよいですか?」

日課である夜明け前からの剣術訓練を終えたセルジオは湯浴ゆあみの最中だった。

メアリが扉を開ける。
メアリは微笑みながらアンとキャロルをセルジオの居室へ招き入れた。

「おはようございます。アン様、キャロル様。どうぞ、お入り下さい。
セルジオ様はただ今、湯浴ゆあみをなさっておいでです。
暫く中でお待ち下さい。
バラの花のお茶と焼き菓子をご用意しますので、ゆるりとお待ち下さい」

メアリはアンとキャロルを居室奥の長椅子へ案内する。
アンがメアリを見上げる。アンの薄い緑色の瞳はいつになくキラキラと輝いていた。

「メアリ、おはようございます。
セルジオ様のお邪魔にならないようにと母様から言われていましたのに
湯浴ゆあみのお邪魔をしてごめんなさい」

「いえ、お邪魔ではありませんよ。
さっ、お部屋の奥へどうぞ」

メアリはセルジオが湯浴みをしている隣室に秋の冷たい空気が流れ込む前に居室の扉を閉めた。
アンとキャロルは居室奥の長椅子にちょこんと並んで座るとバラの花びらをポットへ入れるメアリの姿をじっと見ていた。

「メアリ、そのバラの花びらは母様が先日持っていらしたものなの?」

メアリがポットへお湯を注ぐとバラの香りが漂う。

「はい、左様にございます。オーロラ様より頂戴致しました。
バラの花のお茶はラドフォール公爵家の回復術が施してありますから
セルジオ様はお小さな頃より稽古や訓練が終わりますと
焼き菓子と共に必ずお飲みになるのです」

「オーロラ様はその事をご存知いらっしゃいますから
切れない様にと時よりお持ち下さるのですよ」

メアリはポットに厚めの布をかぶせると一番小さな砂時計をくるりと回転させた。

「砂が全て落ちましたら飲み頃です」

アンとキャロルにニコリと微笑みを向ける。
キャロルは長椅子からそっと降りると砂時計が置かれる丸テーブルへ近寄った。

「メアリ、お砂が落ちるのを見ていてもいいかしら?
キラキラと天の星が舞いおりる様できれい・・・・」

5歳になったばかりのキャロルは騎士団城塞である西の屋敷で目にするものが全て珍しく感じていていた。

「キャロル様、ポットは熱いですから触れない様になさってくださいね。
火傷やけどでもされてはセルジオ様にメアリが叱られてしまいます」

メアリは目を細めながらキャロルへ注意をする。

「メアリ、大丈夫よ。
母様と炎の魔術の訓練をすることもあるから熱いことには慣れているの」

キャロルは屈託くったくなく笑う。

メアリと微笑み合っているとガチャリと金属が重なるような音が聞こえた。
セルジオが重装備の鎧に金糸で縁取られた蒼いマントを纏い姿を現した。肩までのびた金色に輝く髪、深く青い瞳で2人の女児へ微笑みを向ける。

「小さな2人の姫様の声が小鳥のさえずりのように聴こえてきたぞ。
アン、キャロル、おはよう。この様に朝早くからいかがしたのだ?」

セルジオはメアリが差し出したバラの花が浮かぶカップを手に取る。そっと口元へ運びお茶をすすった。
メアリはアンとキャロルが座る長椅子の前に置かれたテーブルへもカップを置く。

セルジオの後から同じ様に重装備の鎧に金糸で縁取られた蒼いマントを纏ったエリオスが姿を現した。

エリオス・ド・ローライド。ローライド准男爵家第二子。
セルジオ騎士団第一隊長だ。訓練施設でセルジオと共に育ち、騎士団入団後はセルジオから片時も離れず寝食を共にする腹心であった。セルジオと同じ金色に輝く髪、深く青い瞳を持つ。重装備の鎧と金糸で縁取られた蒼いマント、セルジオ騎士団のマントを身に付けている後姿はセルジオと見分けがつかない程に似通っていた。


メアリがエリオスへもお茶のカップを差し出す。エリオスは首を左右に軽くふった。

「メアリ殿、私はこのままエステール伯爵家の城へ向かいます。
お茶はご遠慮致します」

セルジオがお茶のカップを手にしながらエリオスへ顔を向ける。

「エリオス、先に行くのか?私と共にまいればよかろう?」

エリオスはセルジオへ困った顏を向けた。

「セルジオ様、
エステールの居城でご当主フリードリヒ様へご挨拶がございましょう。
セルジオ様は直接、王都へ向かわれるのであれば
ご当主様のご挨拶は私がせねばなりません」

「団の者、総勢80名をエステールの城の広場で
待機させて頂くのですから。お忘れではありますまい」

セルジオはふっと笑う。

「エリオス、頼りにしているぞ。
そなたがおらねば私は立ち回ることができぬ。
団の皆は食事は済ませたのか?」

セルジオはメアリが差し出した焼き菓子の端を少しだけかじるとソーサーの上に乗せた。

「はい、皆は小一時間程前にエステール伯爵家居城へ向け出立致しました。
西の屋敷に残っておりますのは10騎馬の内の第二隊長ミハエルと私のみにございます。
セルジオ様をお待ち致しておりましたが、先にまいります」

そう答えるとエリオスはアンとキャロルへ微笑みを向けた。

「アン様、キャロル様、しばらくお目に掛かれなくなります。
メアリ殿のお話しをよくよくお聴き下さいませ」

エリオスはセルジオへ向き直ると胸の前に左腕をあて頭を下げた。

「それでは、セルジオ様、
後ほど、王都騎士団総長とご同道されますのを
エステール伯爵家居城にてお待ち致しております」

セルジオはうなずく。

「エリオス、頼んだぞ。団の皆へ心安んじて待つ様、伝えてくれ」

「はっ!」

エリオスはセルジオの居室を後にした。
エリオスが部屋を出るとセルジオはアンとキャロルへ問いかけた。

「姫様、お待たせをしたな。
いかなる願いごとがあるのか?」

優しい微笑みを向ける。
アンは長椅子で姿勢を正し、バラの花の茶をすするセルジオへはにかみながら言葉を伝えた。

「セルジオ様、お願いがあるのです。
今日はお天気がよいから西の森にクルミを拾いに行きたいの!」

キャロルがアンの言葉を復唱した。

「セルジオ様、キャロルは姉さまと一緒にクルミを拾いにいきたの!」

セルジオは飲み干したお茶のカップを丸テーブルへおくとアンとキャロルへ返事をした。

「そうか、そうだな。クルミの実も沢山落ちている頃合いだな。
それではメアリも一緒に行ってもらえるか?
私は、総長から城に上がる様言われているから一緒にいけないのだよ。すまぬな」

セルジオは答えながらメアリにクルミを入れるかごを用意する様に言う。

「大丈夫よ!セルジオ様。
メアリとアンとキャロルで沢山のクルミを拾ってくるわね。
セルジオ様がお帰りになる頃には美味しいお菓子をご用意しておくわ」

まだ8歳にならないアンは利発な子だ。目を輝かせながらセルジオに嬉しそうに言った。

「楽しみにしているよ。
でも、西の森は城の外だから危ない所なのだよ。
お日様が真上にくる頃には屋敷へ戻ってくるのだよ。約束だ」

西の森は隣国スキャラル国との国境に近く、北戦域で侵略の備えをしているとはいえ、西からの侵略がないとは言い切れない。セルジオは少しの不安を覚えていた。

セルジオは身に付けていた首飾りを外し、アンを呼ぶ。

「アン、念の為にこの首飾りを持って行け。
この首飾りは身に迫る危険を遠ざけてくれる守りなのだ。
月の雫しずく』と申してな、そなたの母オーロラと揃いの品だ」

セルジオはアンの首にエステール伯爵家の裏の紋章であるユリの花を模した中心に月の雫つきのしずくと呼ばれる青白く輝くロイヤルブルームーンストーンが埋め込まれた首飾りをかけると両手で握り、目を閉じた。

『月の雫を首より下げしこの者を守りたまえ』

願いをかけると首飾りに口づけをする。

「これで大丈夫だ。アン、約束だけは守るのだぞ」

セルジオはアンの頭を優しくなでる。

「はい!セルジオ様。ありがとうございます。
セルジオ様とのお約束は必ず守るわ!
お日様が真上にくるまでには沢山のクルミを拾ってお屋敷に戻ります」

アンは嬉しそうに首飾りを握った。

セルジオはメアリに念を押す。

「メアリ、悪いが2人を頼む。
西の森は今は安全とは言えない。
少しでも危険を感じたなら子供達を制して戻ってくれ」

メアリは真剣な面持ちで呼応した。

「承知致しております。
お二人とも聞き分けがよろしいですからご安心下さいませ。
お昼までには戻ります」

メアリはセルジオの不安をいとも簡単に拭い去っていた。


ヒィヒィィン!!

馬のいななきがセルジオの耳に入る。

『これは!騎馬隊か!』

樹木の切れ間の崖から西の国境線へ目をやる。

『行軍の姿はまだないか・・・・小一時間もすれば山小屋辺りまで到達する!』

セルジオは愛馬のアリオンのきびすを返し、西の森に急ぐのだった。
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