とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~

第4話 始:暗殺者の影

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「バルド様、
こちらの桶をセルジオ様の手首の下で固定して頂けますか?」

ベアトレスはセルジオの血がにじんだ手首を水差し一杯の水で丁寧ていねいに洗い流した。

ピクリッ!

セルジオは、表情一つ変えずにベアトレスのさまをじっと見てはいるものの、水がしみるのか?身体に力が入っている。

「セルジオ様、
傷口を洗って綺麗きれいにしております。
暫く我慢がまんなさって下さいませ」

ベアトレスはセルジオに優しく語りかけながら手当を続けた。

傷口の洗浄が終わると薬草を傷口にあて、包帯で巻き固定をした。
手当が終わるとセルジオが大きく息を吐いた様に感じてベアトレスはにっこり微笑み、手当の終わりを告げる。

「セルジオ様、よう我慢なさいました。
手当は終わりました。お食事がまだでしたね。
すぐにお食事になさいますか?」

ベアトレスはセルジオが生後3ヶ月の乳飲ちのみ子とは思えず、ついつい返答を待つクセが付いていた。

「・・・・・」

セルジオは何も答えはしないが、ベアトレスの瞳をじっと見つめている。

「バルド様、恐れ入りますが、
これよりセルジオ様がお食事をされますので、
暫し退室してはいただけませんか?」

ベアトレスはセルジオの様子から乳をねだっているように感じた。
隣でたたずむバルドへくみ取ったセルジオの思いを伝えた。

「承知しました。
こちらのおけの水を捨ててまいりましょう。
外の様子も見てまいりますので、頃合いをみて戻ります」

バルドはセルジオの傷口を洗浄した水が入った桶を手に居室を後にした。

バルドはセルジオの居室の隣にある簡易の水屋に桶を置くと再びセルジオの居室前を通り、自身の部屋の前を通ると訓練施設西門へ通じる階段を下りた。

西門門番に気付かれない様にそっと西門を抜けとマデュラの者と思しき口ひげを携えた3人の男が潜んでいたエステール伯爵家東門の辺りの木陰へ向かった。

木陰の周囲を確認しつつ、光の点滅(手鏡信号)が送られた城壁上部へ目をやる。

『ベアトレス様の居室上部からか・・・・
南階段から上がったのか・・・・
すると、やはり・・・・』

バルドは訓練施設に入ってからの3ヶ月間、訓練施設の内情を調べていた。訓練を受けている者の名、家名、年齢、人数、乳母や従士の経歴、訓練施設に仕える従者、使用人、居室の位置等知り得る限りの情報を収集していた。

王都を囲む城壁は地下1階、地上4階の5階層なっている。最上階は城壁を一周できる作りになっており、胸壁きょうへき、監視用の隙間等有事ゆうじの際は防御と攻撃双方を兼ねる軍事要塞そのものであった。

東西南北の4か所にある城壁門は王家に近しい貴族所領と隣接している。地下1階から地上4階は東西南北の城壁門左右で仕切られており、各門の階段でしか上階への行き来はできない。

そして、夫々の門には8階建ての石塔があり、通常は恐怖心を克服する訓練に使用されている。訓練時以外は頑丈に施錠されていた。

騎士団を退団するまで、バルドはセルジオ騎士団第一隊長従士の一人だった。剣・弓矢・槍等全ての武具の扱いに長けると共に読唇術、読心術に長け諜報ちょうほう活動要員として非常に重宝ちょうほうされていた。

戦場で第一隊長のたてとなり負傷し騎士団退団を余儀なくされたが、現エステール伯爵家当主でセルジオの実父であるハインリヒ・ド・エステール伯爵にそれまでの功績こうせきと能力を買われ、エステール伯爵家近習従士として起用された。

エステール伯爵家当主ハインリヒはバルドを非常に信頼していた。エステール伯爵家第二子セルジオが生まれるとセルジオの護衛役兼教育係として任命し訓練施設に同行を命じたのだった。

バルドはエステール伯爵家東門近くの木陰から『マデュラの者』が辿たどったであろう道を進む。城壁西門はエステール伯爵家の門番が守衛の任にあたっているため、侵入はできない。

『やはり、南門から最上階へ上がったか・・・・』

足取りを追い、城壁南門へ向かおうとした瞬間、最上階回廊から殺気を感じ取った。

『まだ、最上階回廊に潜んでいたのかっ!
手鏡信号を送った者だなっ!』

バルドは最上階回廊に潜む者に殺気に気付いた事を悟られぬ様、城壁西門へ近づいていく。
西門を出る時は、気付かれない様にそっと抜けた西門門番へ言葉をかけた。

「お勤めご苦労に存じます。
少し前にこの西門付近を誰ぞ通りましたか?」

門番はギクリとした様子で答えた。

「通りました。
といいますか、西門より上階へ向かいたいと言われましたが、
何となく・・・・殺気といいますか?
よからぬ空気を感じましたので、断りました。
バルド様へのご訪問でしたか?」

どうやら門番はバルドを訪ねてきた者を追い返してしまったと勘違いをした様だった。

「いや!違います。よくぞ断ってくれました。
礼を申します。この先も来訪者があれば私がこちらへ出迎えます故、
エステールの者以外は通さぬ様願います」

門番はホッとした表情を見せうなずいた。

「承知致しました。
エステール伯爵家以外の方はお通し致しません」

バルドは自分がセルジオの居室から見た人物と西門階段から上階へ上がりたいと申し出た人物が同一人物かを確認するため、門番にそれとなく聞く。

「念のためにお聞きしますが・・・
その者はどのような風体でしたか?」

門番は自分が対面した人物の特徴を話す。

「口ひげを生やした男でありました」

「男?男たち・・・ではありませんか?男1人でしたか?」

バルドは門番がおとこと限定して話した事に疑問を抱いた。

『セルジオ様の居室窓から見たのは確かに3人だった』

「いえ、私が対面しましたのは1人でありました。
その周りにも人影はありませんでしたが・・・・」

門番は記憶を辿る様に斜めに首を傾け答える。

「わかり申したっ!邪魔をして悪かったっ!」

バルドは胸騒ぎを覚え、西門階段をセルジオの居室がある4階まで駆け上がった。
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