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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~
第32話 インシデント29:初代の追憶
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『ここは?・・・・どこだ?・・・・
サフェス湖の湖畔?か?・・・・いや・・・・少し違う・・・・』
マデュラの刺客を始末した後、気を失ったセルジオは見覚えのある景色の中を彷徨っていた。
『あれは?・・・・河か?・・・・
私は・・・・河など・・・・河に行ってはいないはずだが・・・・』
河の畔は新緑が美しい林道になっている。
『新緑?実りの季節のはずだが・・・・』
初夏の様な景色に戸惑っていると遠くから馬の蹄の音がゆっくりと近づいてくる。
パカッパカッパカッ・・・・
蹄の音の方向を見る。
「エフェラル帝国へ献上品をお届し、国へ戻る所だ」
いつの間にか傍らに金糸で縁どられた蒼いマントを身に付けた重装備の騎士が立っていた。セルジオ騎士団のマントだ。
「そなたは?・・・・どなただ?・・・・その腰の剣はっ!」
腰の剣に目がいく。エステール伯爵家騎士団団長に継承されるサファイヤの剣だった。
見上げると金色の髪、深く青い瞳の騎士が微笑みセルジオを見下ろしていた。
ゆっくりと穏やかな声音でセルジオへ話しかける。
「・・・・セルジオ、また会ったな。私はそなただ。
いや、そなたであって、そなたでないな。
そなたの中に封印された過去のセルジオだ」
そう言うと蹄の音の方へ目を向けた。
「馬に跨りし者は、我とエリオス、ミハエル、アイテルとディルクだ。
エステール騎士団団長とそれに続く第一隊長、第二隊長、第三隊長、第四隊長だ」
「簡単な役目のはずであった。
王からの献上品を友好の証としてエフェラル帝国君主へお届し、
書簡と返礼の品物を持ち帰るだけであった・・・・いや、違うな」
「仕組まれていたことなのだ。
忠告を聞かずに・・・・エリオスと・・・・
マグノリア様の・・・・王家直属の大地の魔導士マグノリ様の忠告を聞かずに
我が出向いた事で皆を巻き込んだ。己の考えが唯一無二だと過信していた・・・・」
そこまで言うと哀しそうな目をセルジオへ向ける。
「・・・・そなた先刻のサフェス湖湖畔での働きは大したものであったな。
まだ、幼い身でありながら驚いたぞ」
「・・・・見ていたのか?・・・・」
「申したであろう。
そなたの中に封印されておる故、そなたの身に起こる事は全て・・・・
我の知る所だ」
「・・・・初代・・・・セルジオ様か?」
「そうだ。そなた、サフェス湖での戦闘の後、ここへ・・・・
我の追憶の中に迷い込んできたのでな。
皆の所へ帰る道しるべにと思うてな」
「どうやら・・・・エリオスの事が気がかりの様だな。
大事ないぞ。エリオスは無事だ。
そなたの周りの者が介抱しておるから安心致せ」
「すまぬな・・・・
ここへ迷い込んだのも我の想いが深い故だな。
直ぐに皆の所へ案内いたそう」
初代セルジオだと言った騎士はセルジオの小さな背中へそっと手を置くと林道を北へ向かおうとした。
セルジオは初代セルジオを見上げると強い眼差しを向け言葉を発した。
「・・・・初代様・・・・
ここで、この時に何が起きたのかを知りとうございます!
私の中にこの先もいらっしゃるのであれば、なおの事、知りとうございます!」
ピクリッ!
初代セルジオは林道を北へ向かう歩みを止め、セルジオへ哀し気な目を向けた。
「・・・・そうか。そうだな。
そなたの心もここに封印されていたな。ほんにすまぬっ!」
初代セルジオは自身の無念と悔恨の感情と共に心を封印されたセルジオへ詫びを入れ、頭を下げた。
そんな初代の姿にセルジオはバルドの言葉を思い出し、そのままを初代に伝える。
「・・・・初代様、私にはバルドと申す師がおります。
バルドが申すに団長となるものは『詫び』を申すものではないと。
申すべきは『感謝申す』だと。なれば私への詫びも無用にございます」
「・・・・そうか。バルドがその様に申すのか。よい師を持ったな。
我の時代は身近に師はおらなんだ。武術の教えを乞う師はおったがな」
初代セルジオは遠い目をした。
「ではセルジオ殿、感謝申す。
我と共にそなたの心も封印された事、感謝申す。これでよいか?」
「はい、大事ございません」
セルジオは輝く深く青い瞳で初代セルジオを見上げた。
「では、セルジオ殿。これより起こる事、森の中より見ようぞ」
初代セルジオは小さなセルジオの背中に再びそっと手を置くと林道の奥に広がる森の中へ誘った。
「河をご覧あれ。この河はエンジェラ河だ。
我がエステール伯爵家所領のサフェス湖から水路で王都へ水を引き入れ、
再び河へと水を導いた。天使の河の意を持っている」
初代はエンジェラ河を指さしセルジオに説明する。
「船が行くであろう?
あの船にエフェラル帝国君主からの返礼の書簡と品が乗っている」
初代は船の荷の説明をすると林道の騎馬5騎へ目を移した。
「ここまではよかったのだ。何事もなく・・・・な。騎馬の後方の森を見よ」
目線を促す。
「・・・・野盗?にございますか?」
「そうだ。
野盗と言うには整いすぎているであろう?マデュラ騎士団弓隊と槍隊だ」
「・・・・」
セルジオは初代の顔を無言で見上げる。初代は険しい表情に『青白い炎』を湧き立たせていた。
セルジオの視線に気づきハッと我に返る。
「大事ない。案ずるな。封印は解けぬ。我の力では解けぬ故、案ずるな」
初代はそう言うとセルジオに再び微笑みを向けた。
「マデュラ騎士団弓隊と槍隊が野盗に扮しているのだ。
不甲斐ない事にな。ここはシュタイン王国国内だ。他家の領内とはいえ・・・
マデュラの弓隊と槍隊に気付きもしなかったのだ・・・・」
初代の顔を見上げていると突然、目の前で戦闘が始まった。
ヒュンッヒュンッ!!!
ドスッドスッドスッ!!!
矢が馬上の初代セルジオの背中を射る。
初代セルジオの背中には5本の矢が刺さっていた。
キィン!ガキィン!
キィン!
「ミハエル!早く!セルジオ様をお連れしろ!
殿は私が担うっ!早くいけっ!」
エリオスが敵の槍隊と応戦しながら怒鳴った。
ガガッ!カッカッ!
馬上で身体を抑え込もうとするミハエルに初代セルジオは激しく抵抗している。
「ミハエル離せっ!我もここに残るっ!
エリオスと一緒に残るっっ!エリオス直ぐにそこへ行くぞっっ!」
セルジオは背中に矢を刺したままミハエルを制し、エリオスが応戦する槍隊へ踵を向ける。
「ミハエルっっ!何を手間取っているのだっっ!
早くお連れしろっっ!私に構うなっっ!」
エリオスは再びミハエルへ指揮をすると初代セルジオへ眼を向ける。その眼は優しく、愛し気な微笑みを浮かべていた。
「エリオスっ!!エリオスっっっ!!!」
セルジオが叫ぶ。
「セルジオ様っ!失礼っ!!!」
ガンッ!
ミハエルはセルジオの後頭部を剣の柄でなぐる。
「うっ・・・・」
ズリッ・・・・
ズッ!ドサッ!
馬上から落ちそうになるセルジオの身体をミハエルは自身の馬上に引き寄せた。
「アリオン!おまえは先に城へ走れ!」
カッカッカッ・・・・
ガッ!
パカラッパカラッパカラッ・・・・
背中の主を取られたセルジオの愛馬アリオンはその言葉に北へ向けて走り出した。
ミハエルが初代セルジオを自身の馬に腹ばいに寝かせ、北へ向け走り出す姿を確認するとエリオスは馬上で大声を上げた。
「我が名はセルジオ・ド・エステール!
青き血が流れるコマンドールぞ!大将首が欲しければ我と剣を交えよ!」
馬上で叫ぶエリオスの手にはセルジオの剣、エステール伯爵家騎士団団長が継承するサファイヤの剣が握られていた。エリオスは傍らで応戦しているアイテルとディルクへ指示する。
「よいか!私の躯は剣と共に領内へ持ち帰れ!
敵に渡してはならんっ!」
「承知しております!」
馬上でアイテルが呼応する。
「弓隊!弓を天に向け射!!」
ディルクが号令をかける。一斉に矢が放たれた。
ヒュンッヒュンッ!!
ヒュンッヒュンッ!
「エリオス様、この間にっ!」
アイテルがエリオスへ向いた瞬間、槍がエリオスの横腹を深く貫いた。
グスッ!ズズッ!!
ブスッ!
ドッドサッ!
「くぅっ!」
エリオスは剣を手にしたまま馬上から落下する。
「エリオス様!おのれぇっ!」
ズシャァ!!
アイテルは槍突きの腕を切り落とす。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
ドバッ!
ドザッ!
ゴロンッゴロンッ・・・・
エリオスを槍でついた従士が腕から血を吹き出しながらのたうち回る。
「エリオス様っっ!!」
ズシャッ!
ドッドサリッ!
パチンッ!
アイテルは馬上より飛び降り、エリオスをエリオスの愛馬アイクに腹ばいに乗せ、アイクの尻を叩いた。
ヒィヒィィィンンーーーー
ガッガッ!
パカラッパカラッパカラッ・・・・
エリオスを腹ばいに乗せた馬は北へ向けて疾走していった。
「弓隊!射っ!!!」
ヒュンッヒュンッ・・・・
ヒュンッヒュンッ!!!
ディルクが再び号令をかける。
「引けっ!引けっ!全隊撤退しろっ!」
アイテルは弓隊が矢を放った瞬間に全軍へ号令をかけ、撤退した。
初代セルジオは呟く様にセルジオへ目の前の事柄を伝える。
「どうだ?不甲斐ないであろう?」
見ると初代は拳を握りしめ震えていた。
「わかりません。
経緯を知りません故、初代様が不甲斐ないと仰る事がわかりません」
セルジオは深く青い瞳で真っ直ぐに初代を見上げる。
「・・・・ふふふ・・・・そうか・・・・そうだな。
ここまでの経緯を知らねば判断はできぬな。
セルジオ、そなた大した者だな。道理と言う事を解っておるな・・・・
まだ、幼い身であるのに・・・・」
初代セルジオは優しい眼差しを向ける。
「いえ、バルドの、我が師の教えです。
目の前にあることのみを見て解ったそぶりをしてはならぬと。
そこに至るまでの事柄を知る事が先だと申します」
セルジオは撤退していく騎士団の後ろ姿を目で追いながら呼応した。
「そなたの師は理を心得ておるのだな」
初代はセルジオの頭にそっと手を置く。
「はい、私はバルドが師であった事で生きながらえております」
「そうか・・・・そなたはバルドに守られているのだな。
私は、エリオスに守られていた。されど、その事に気付きもしなかったのだ。
知ろうともしなかった」
「独りで、独りきりで生きていると過信をしていた。
エリオスの忠告に耳を傾けず、聞き入れようともせず・・・・
そして・・・・エリオスを独りで逝かせてしまったのだ・・・・」
「槍で横腹を刺されたであろう?
エリオスを独りで死なせてしまったのだ・・・・我は・・・・」
初代とセルジオの目の前に大樹に寄りかかるエリオスの姿があった。
身を起こす事もままならない様子で大樹に寄りかかり、呼吸を整えている。
「はっ・・・・はぁ・・・・はぁはぁ・・・・はぁ・・・・」
ドッドバッ・・・・
ドッドバッ・・・・
カチャリッ
エリオスはサファイヤの剣の鞘を革のベルトごと自身の身体に巻き付け、両腕で抱く様にサファイヤの剣を抱えていた。
「・・・・はぁ・・・・はっ、はぁ・・・・ふぅぅぅぅ・・・・」
ドッドバッ・・・・
ドッドバッ・・・・
大きく息を吐く。寄りかかった大樹の周りはエリオスの横腹から呼吸と共に吹き出す血液で赤く染まっていた。
カチャリッ
両腕の中に抱いたサファイヤの剣に優しく口づけをする。
「セルジオ様・・・・
後悔はなさいますな・・・・我らは皆・・・・
セルジオ様にお仕えできて幸せでございます」
カチャリッ
フワッ
そっと剣に頬を寄せた。
「セルジオ様・・・私は幸せでありました。
今ひと目、そのお姿を・・・お話しがしたかった・・・・」
サアァァァァ・・・・
河からの風がエリオスの金色の髪を揺らしていた。
カチャリッ
両腕に抱いたサファイヤの剣を抱き寄せる。
「・・・・セルジオ様の思うがままに・・・・」
カチャリッ
サファイヤの剣に今一度口づけをする。その顔は優しい微笑みを浮かべていた。
「セルジオ様・・・・
私はいつも、いつまでも、あなた様のお傍におります故、
ご案じなさいますな・・・・我が・・・・あ・・・・」
エンジェラ河からの風がエリオスの消えそうな声をすくいあげ、森の中へと運んでいった。
「エ・・リオスを・・・・くっ・・・・」
見上げると初代は拳を握りしめ泣いていた。
「・・・・」
セルジオはその様子をじっと見つめる。
暫くすると初代は涙を拭い膝を曲げ、目線をセルジオに合わせた。セルジオの頭にそっと手を置く。
「セルジオ、我は守れなかったのだ。
騎士は国と民を守る者。騎士団団長は騎士団の騎士と従士を活かす者だ。
されど我は・・・・己の身すら守れなかった。
己を過信し、皆を巻き込み、挙句殺した。
エリオスは私が殺した様なものだ」
「そして、己の『感情』すら抑えきれずに残した。そなたの中にな。
そなたにはバルドがいる。バルドの話に耳を傾け、その教えに忠実なそなただ。
生きながらえよ。生きて、生きて、己の天命をまっとうするのだ。
決して、行き急いではならぬ。我の様に『無念の感情』を残す事になるからな。
そなたの中で見守っているぞ。セルジオ。
我の追憶を知りたいと申してくれた事、感謝申す」
初代代はセルジオを抱き寄せ額に口づけをした。
パアァァァァ・・・・・
目の前が青白く輝き光に包まれる。
「・・・・」
セルジオは眩しさを感じ、そっと目を開けた。
「セルジオ様!ようございました!」
ベアトレスがセルジオを覗きこんでいる。
「ポルデュラ様!セルジオ様がお目覚めになりました!」
ポルデュラがお茶のカップを机上に置きゆっくりと立ち上がる。
「どれ・・・・セルジオ様、初代様とお会いになれましたかな?」
ポルデュラはゆっくりセルジオの身体を起こすと問いかけた。
「・・・・」
セルジオは光が眩しく眼を閉じる。
果実の様な香りに再び眼を開けた。
「お飲み下され。気つけのお茶にございます。ゆるりとお飲み下され」
ポルデュラがカップを口元に近づける。
「ズッ・・・・コクリッ・・・・」
セルジオはゆっくりとお茶をすすった。
「・・・・甘い・・・・香しいな・・・・」
「左様にございます。もう少しお飲み下され」
再びお茶をすする。ふと傍らを見るとエリオスが横たわっていた。
「エリオス・・・・よかった。無事でよかった。
そなたがおらねば死んでいた。感謝申す」
ポルデュラに抱えられ呟く様にエリオスへ語りかけた。
瞼をゆっくりと閉じる。再びゆっくりと開けるとポルデュラの問いにポツリと答える。
「初代様の・・・・初代様の・・・・かつての出来事を見せて頂いた・・・・
『初代様の追憶』だと申されていた。初代様は泣いておられた・・・・
皆が無事でよかった・・・・少し眠って・・・・も・・よいか?・・・・」
セルジオは再び瞼を閉じるとすぅと眠りにつくのだった。
サフェス湖の湖畔?か?・・・・いや・・・・少し違う・・・・』
マデュラの刺客を始末した後、気を失ったセルジオは見覚えのある景色の中を彷徨っていた。
『あれは?・・・・河か?・・・・
私は・・・・河など・・・・河に行ってはいないはずだが・・・・』
河の畔は新緑が美しい林道になっている。
『新緑?実りの季節のはずだが・・・・』
初夏の様な景色に戸惑っていると遠くから馬の蹄の音がゆっくりと近づいてくる。
パカッパカッパカッ・・・・
蹄の音の方向を見る。
「エフェラル帝国へ献上品をお届し、国へ戻る所だ」
いつの間にか傍らに金糸で縁どられた蒼いマントを身に付けた重装備の騎士が立っていた。セルジオ騎士団のマントだ。
「そなたは?・・・・どなただ?・・・・その腰の剣はっ!」
腰の剣に目がいく。エステール伯爵家騎士団団長に継承されるサファイヤの剣だった。
見上げると金色の髪、深く青い瞳の騎士が微笑みセルジオを見下ろしていた。
ゆっくりと穏やかな声音でセルジオへ話しかける。
「・・・・セルジオ、また会ったな。私はそなただ。
いや、そなたであって、そなたでないな。
そなたの中に封印された過去のセルジオだ」
そう言うと蹄の音の方へ目を向けた。
「馬に跨りし者は、我とエリオス、ミハエル、アイテルとディルクだ。
エステール騎士団団長とそれに続く第一隊長、第二隊長、第三隊長、第四隊長だ」
「簡単な役目のはずであった。
王からの献上品を友好の証としてエフェラル帝国君主へお届し、
書簡と返礼の品物を持ち帰るだけであった・・・・いや、違うな」
「仕組まれていたことなのだ。
忠告を聞かずに・・・・エリオスと・・・・
マグノリア様の・・・・王家直属の大地の魔導士マグノリ様の忠告を聞かずに
我が出向いた事で皆を巻き込んだ。己の考えが唯一無二だと過信していた・・・・」
そこまで言うと哀しそうな目をセルジオへ向ける。
「・・・・そなた先刻のサフェス湖湖畔での働きは大したものであったな。
まだ、幼い身でありながら驚いたぞ」
「・・・・見ていたのか?・・・・」
「申したであろう。
そなたの中に封印されておる故、そなたの身に起こる事は全て・・・・
我の知る所だ」
「・・・・初代・・・・セルジオ様か?」
「そうだ。そなた、サフェス湖での戦闘の後、ここへ・・・・
我の追憶の中に迷い込んできたのでな。
皆の所へ帰る道しるべにと思うてな」
「どうやら・・・・エリオスの事が気がかりの様だな。
大事ないぞ。エリオスは無事だ。
そなたの周りの者が介抱しておるから安心致せ」
「すまぬな・・・・
ここへ迷い込んだのも我の想いが深い故だな。
直ぐに皆の所へ案内いたそう」
初代セルジオだと言った騎士はセルジオの小さな背中へそっと手を置くと林道を北へ向かおうとした。
セルジオは初代セルジオを見上げると強い眼差しを向け言葉を発した。
「・・・・初代様・・・・
ここで、この時に何が起きたのかを知りとうございます!
私の中にこの先もいらっしゃるのであれば、なおの事、知りとうございます!」
ピクリッ!
初代セルジオは林道を北へ向かう歩みを止め、セルジオへ哀し気な目を向けた。
「・・・・そうか。そうだな。
そなたの心もここに封印されていたな。ほんにすまぬっ!」
初代セルジオは自身の無念と悔恨の感情と共に心を封印されたセルジオへ詫びを入れ、頭を下げた。
そんな初代の姿にセルジオはバルドの言葉を思い出し、そのままを初代に伝える。
「・・・・初代様、私にはバルドと申す師がおります。
バルドが申すに団長となるものは『詫び』を申すものではないと。
申すべきは『感謝申す』だと。なれば私への詫びも無用にございます」
「・・・・そうか。バルドがその様に申すのか。よい師を持ったな。
我の時代は身近に師はおらなんだ。武術の教えを乞う師はおったがな」
初代セルジオは遠い目をした。
「ではセルジオ殿、感謝申す。
我と共にそなたの心も封印された事、感謝申す。これでよいか?」
「はい、大事ございません」
セルジオは輝く深く青い瞳で初代セルジオを見上げた。
「では、セルジオ殿。これより起こる事、森の中より見ようぞ」
初代セルジオは小さなセルジオの背中に再びそっと手を置くと林道の奥に広がる森の中へ誘った。
「河をご覧あれ。この河はエンジェラ河だ。
我がエステール伯爵家所領のサフェス湖から水路で王都へ水を引き入れ、
再び河へと水を導いた。天使の河の意を持っている」
初代はエンジェラ河を指さしセルジオに説明する。
「船が行くであろう?
あの船にエフェラル帝国君主からの返礼の書簡と品が乗っている」
初代は船の荷の説明をすると林道の騎馬5騎へ目を移した。
「ここまではよかったのだ。何事もなく・・・・な。騎馬の後方の森を見よ」
目線を促す。
「・・・・野盗?にございますか?」
「そうだ。
野盗と言うには整いすぎているであろう?マデュラ騎士団弓隊と槍隊だ」
「・・・・」
セルジオは初代の顔を無言で見上げる。初代は険しい表情に『青白い炎』を湧き立たせていた。
セルジオの視線に気づきハッと我に返る。
「大事ない。案ずるな。封印は解けぬ。我の力では解けぬ故、案ずるな」
初代はそう言うとセルジオに再び微笑みを向けた。
「マデュラ騎士団弓隊と槍隊が野盗に扮しているのだ。
不甲斐ない事にな。ここはシュタイン王国国内だ。他家の領内とはいえ・・・
マデュラの弓隊と槍隊に気付きもしなかったのだ・・・・」
初代の顔を見上げていると突然、目の前で戦闘が始まった。
ヒュンッヒュンッ!!!
ドスッドスッドスッ!!!
矢が馬上の初代セルジオの背中を射る。
初代セルジオの背中には5本の矢が刺さっていた。
キィン!ガキィン!
キィン!
「ミハエル!早く!セルジオ様をお連れしろ!
殿は私が担うっ!早くいけっ!」
エリオスが敵の槍隊と応戦しながら怒鳴った。
ガガッ!カッカッ!
馬上で身体を抑え込もうとするミハエルに初代セルジオは激しく抵抗している。
「ミハエル離せっ!我もここに残るっ!
エリオスと一緒に残るっっ!エリオス直ぐにそこへ行くぞっっ!」
セルジオは背中に矢を刺したままミハエルを制し、エリオスが応戦する槍隊へ踵を向ける。
「ミハエルっっ!何を手間取っているのだっっ!
早くお連れしろっっ!私に構うなっっ!」
エリオスは再びミハエルへ指揮をすると初代セルジオへ眼を向ける。その眼は優しく、愛し気な微笑みを浮かべていた。
「エリオスっ!!エリオスっっっ!!!」
セルジオが叫ぶ。
「セルジオ様っ!失礼っ!!!」
ガンッ!
ミハエルはセルジオの後頭部を剣の柄でなぐる。
「うっ・・・・」
ズリッ・・・・
ズッ!ドサッ!
馬上から落ちそうになるセルジオの身体をミハエルは自身の馬上に引き寄せた。
「アリオン!おまえは先に城へ走れ!」
カッカッカッ・・・・
ガッ!
パカラッパカラッパカラッ・・・・
背中の主を取られたセルジオの愛馬アリオンはその言葉に北へ向けて走り出した。
ミハエルが初代セルジオを自身の馬に腹ばいに寝かせ、北へ向け走り出す姿を確認するとエリオスは馬上で大声を上げた。
「我が名はセルジオ・ド・エステール!
青き血が流れるコマンドールぞ!大将首が欲しければ我と剣を交えよ!」
馬上で叫ぶエリオスの手にはセルジオの剣、エステール伯爵家騎士団団長が継承するサファイヤの剣が握られていた。エリオスは傍らで応戦しているアイテルとディルクへ指示する。
「よいか!私の躯は剣と共に領内へ持ち帰れ!
敵に渡してはならんっ!」
「承知しております!」
馬上でアイテルが呼応する。
「弓隊!弓を天に向け射!!」
ディルクが号令をかける。一斉に矢が放たれた。
ヒュンッヒュンッ!!
ヒュンッヒュンッ!
「エリオス様、この間にっ!」
アイテルがエリオスへ向いた瞬間、槍がエリオスの横腹を深く貫いた。
グスッ!ズズッ!!
ブスッ!
ドッドサッ!
「くぅっ!」
エリオスは剣を手にしたまま馬上から落下する。
「エリオス様!おのれぇっ!」
ズシャァ!!
アイテルは槍突きの腕を切り落とす。
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
ドバッ!
ドザッ!
ゴロンッゴロンッ・・・・
エリオスを槍でついた従士が腕から血を吹き出しながらのたうち回る。
「エリオス様っっ!!」
ズシャッ!
ドッドサリッ!
パチンッ!
アイテルは馬上より飛び降り、エリオスをエリオスの愛馬アイクに腹ばいに乗せ、アイクの尻を叩いた。
ヒィヒィィィンンーーーー
ガッガッ!
パカラッパカラッパカラッ・・・・
エリオスを腹ばいに乗せた馬は北へ向けて疾走していった。
「弓隊!射っ!!!」
ヒュンッヒュンッ・・・・
ヒュンッヒュンッ!!!
ディルクが再び号令をかける。
「引けっ!引けっ!全隊撤退しろっ!」
アイテルは弓隊が矢を放った瞬間に全軍へ号令をかけ、撤退した。
初代セルジオは呟く様にセルジオへ目の前の事柄を伝える。
「どうだ?不甲斐ないであろう?」
見ると初代は拳を握りしめ震えていた。
「わかりません。
経緯を知りません故、初代様が不甲斐ないと仰る事がわかりません」
セルジオは深く青い瞳で真っ直ぐに初代を見上げる。
「・・・・ふふふ・・・・そうか・・・・そうだな。
ここまでの経緯を知らねば判断はできぬな。
セルジオ、そなた大した者だな。道理と言う事を解っておるな・・・・
まだ、幼い身であるのに・・・・」
初代セルジオは優しい眼差しを向ける。
「いえ、バルドの、我が師の教えです。
目の前にあることのみを見て解ったそぶりをしてはならぬと。
そこに至るまでの事柄を知る事が先だと申します」
セルジオは撤退していく騎士団の後ろ姿を目で追いながら呼応した。
「そなたの師は理を心得ておるのだな」
初代はセルジオの頭にそっと手を置く。
「はい、私はバルドが師であった事で生きながらえております」
「そうか・・・・そなたはバルドに守られているのだな。
私は、エリオスに守られていた。されど、その事に気付きもしなかったのだ。
知ろうともしなかった」
「独りで、独りきりで生きていると過信をしていた。
エリオスの忠告に耳を傾けず、聞き入れようともせず・・・・
そして・・・・エリオスを独りで逝かせてしまったのだ・・・・」
「槍で横腹を刺されたであろう?
エリオスを独りで死なせてしまったのだ・・・・我は・・・・」
初代とセルジオの目の前に大樹に寄りかかるエリオスの姿があった。
身を起こす事もままならない様子で大樹に寄りかかり、呼吸を整えている。
「はっ・・・・はぁ・・・・はぁはぁ・・・・はぁ・・・・」
ドッドバッ・・・・
ドッドバッ・・・・
カチャリッ
エリオスはサファイヤの剣の鞘を革のベルトごと自身の身体に巻き付け、両腕で抱く様にサファイヤの剣を抱えていた。
「・・・・はぁ・・・・はっ、はぁ・・・・ふぅぅぅぅ・・・・」
ドッドバッ・・・・
ドッドバッ・・・・
大きく息を吐く。寄りかかった大樹の周りはエリオスの横腹から呼吸と共に吹き出す血液で赤く染まっていた。
カチャリッ
両腕の中に抱いたサファイヤの剣に優しく口づけをする。
「セルジオ様・・・・
後悔はなさいますな・・・・我らは皆・・・・
セルジオ様にお仕えできて幸せでございます」
カチャリッ
フワッ
そっと剣に頬を寄せた。
「セルジオ様・・・私は幸せでありました。
今ひと目、そのお姿を・・・お話しがしたかった・・・・」
サアァァァァ・・・・
河からの風がエリオスの金色の髪を揺らしていた。
カチャリッ
両腕に抱いたサファイヤの剣を抱き寄せる。
「・・・・セルジオ様の思うがままに・・・・」
カチャリッ
サファイヤの剣に今一度口づけをする。その顔は優しい微笑みを浮かべていた。
「セルジオ様・・・・
私はいつも、いつまでも、あなた様のお傍におります故、
ご案じなさいますな・・・・我が・・・・あ・・・・」
エンジェラ河からの風がエリオスの消えそうな声をすくいあげ、森の中へと運んでいった。
「エ・・リオスを・・・・くっ・・・・」
見上げると初代は拳を握りしめ泣いていた。
「・・・・」
セルジオはその様子をじっと見つめる。
暫くすると初代は涙を拭い膝を曲げ、目線をセルジオに合わせた。セルジオの頭にそっと手を置く。
「セルジオ、我は守れなかったのだ。
騎士は国と民を守る者。騎士団団長は騎士団の騎士と従士を活かす者だ。
されど我は・・・・己の身すら守れなかった。
己を過信し、皆を巻き込み、挙句殺した。
エリオスは私が殺した様なものだ」
「そして、己の『感情』すら抑えきれずに残した。そなたの中にな。
そなたにはバルドがいる。バルドの話に耳を傾け、その教えに忠実なそなただ。
生きながらえよ。生きて、生きて、己の天命をまっとうするのだ。
決して、行き急いではならぬ。我の様に『無念の感情』を残す事になるからな。
そなたの中で見守っているぞ。セルジオ。
我の追憶を知りたいと申してくれた事、感謝申す」
初代代はセルジオを抱き寄せ額に口づけをした。
パアァァァァ・・・・・
目の前が青白く輝き光に包まれる。
「・・・・」
セルジオは眩しさを感じ、そっと目を開けた。
「セルジオ様!ようございました!」
ベアトレスがセルジオを覗きこんでいる。
「ポルデュラ様!セルジオ様がお目覚めになりました!」
ポルデュラがお茶のカップを机上に置きゆっくりと立ち上がる。
「どれ・・・・セルジオ様、初代様とお会いになれましたかな?」
ポルデュラはゆっくりセルジオの身体を起こすと問いかけた。
「・・・・」
セルジオは光が眩しく眼を閉じる。
果実の様な香りに再び眼を開けた。
「お飲み下され。気つけのお茶にございます。ゆるりとお飲み下され」
ポルデュラがカップを口元に近づける。
「ズッ・・・・コクリッ・・・・」
セルジオはゆっくりとお茶をすすった。
「・・・・甘い・・・・香しいな・・・・」
「左様にございます。もう少しお飲み下され」
再びお茶をすする。ふと傍らを見るとエリオスが横たわっていた。
「エリオス・・・・よかった。無事でよかった。
そなたがおらねば死んでいた。感謝申す」
ポルデュラに抱えられ呟く様にエリオスへ語りかけた。
瞼をゆっくりと閉じる。再びゆっくりと開けるとポルデュラの問いにポツリと答える。
「初代様の・・・・初代様の・・・・かつての出来事を見せて頂いた・・・・
『初代様の追憶』だと申されていた。初代様は泣いておられた・・・・
皆が無事でよかった・・・・少し眠って・・・・も・・よいか?・・・・」
セルジオは再び瞼を閉じるとすぅと眠りにつくのだった。
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