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第2章:生い立ち編1~訓練施設インシデント~
第44話 エピローグ(旅路に向けて)
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「よし!2人でかかってまいれっ!」
カンッ!ガンッ!
カッカン!カンッ!
ガガンッ!
セルジオ騎士団城塞、西の屋敷での一月があっと言う間に経とうとしていた。
激しく木剣を打ち合う音が訓練場に響き渡る。
セルジオ騎士団団長とセルジオ、エリオスの手合わせがかれこれ一時間程続いているのだ。
約束の手合わせは団長の滞在時には必ず行われた。
「はっはぁ、はぁはぁ・・・・」
両肩を大きく上下させ息を切らしながらも立ち向かうセルジオは『青白い炎』を激しく湧き立たせている。
「どうしたっ!セルジオ殿!そなた、それでも騎士を目指しているのかっっ!一本も打ち込めぬではないかっっ!」
団長は容赦なくセルジオに打ち込みを続ける。
シュッ!
ガツンッ!!
エリオスの木剣が団長の左腕をかすめるが弾き飛ばされた。
「どうしたっ!そなたらっ!マデキュラの刺客を仕留めたと申すは偽りかっ!」
ガッーン!
ガラン!ガラン!
バサッ!
ドサリッ!
弾き飛ばされた木剣と共にセルジオとエリオスは地面に転がった。
「はぁっ、はぁ、はぁ・・・・まだ!だ!」
ダッダッ!
ザッ!!
セルジオは身体を起こすと飛ばされた木剣を拾いに走った。
その間にエリオスは短剣を抜き、団長へ飛びかかる。
カンッ!
シュッ!
カッ!
あっさりと短剣ははじかれ地面に突き刺さった。
「エリオスっ!」
ブンッ!
セルジオが手にした木剣をエリオスへ投げる。
ガッガキィンッ!
バキッ!
ガランッ!
団長の一撃で宙に舞った木剣は真っ二つに割れた。
「さぁ、ここからどうする?武具がなくてどうする?」
団長がじりじりと間合いをつめる。
ザァツ!
エリオスは地面に突き刺さった短剣目掛け飛び込んだ。
「うっやぁーーーー!!」
セルジオが木剣を上段に構え団長へまっしぐらに突進する。
シュッ!
カッ!
カラン!
エリオスがセルジオの援護に短剣を放つがいとも簡単にはじかれた。
カンッ!!
シュルシュル・・・・
ガラン!
「セルジオ殿、命落したぞ!」
団長の剣先がセルジオの喉元にあてられた。
「ぐっ!」
「うぉぉぉぉーーー」
ガバァツ!
セルジオの喉元に木剣の剣先をあてる団長の腰元目掛けエリオスが後ろから飛びついた。
両手足を団長の胴体に巻き付けぶら下がる。
「うん?おっと!これは・・・・」
カッ!!
スチャッ!
団長がひるんだ隙をつき、セルジオは両手で腰の短剣を抜いた。
双剣の構えで喉元にあてられた剣先を己の頭上まで押し上げ、そのまま団長の股下をくぐり後ろ手に回った。
「エリオス!」
セルジオの声が後方から聞えるとエリオスは団長の胴体を踏み台に後方へ跳躍した。
ドカッ!
ザッア!
団長が振り向くと2人は短剣を双剣で構え、団長の太腿目掛けて地面を蹴った。
ザァッ!!
「そこまでっっ!」
ピタッ!!
サッ!
バルドの声でセルジオとエリオスは団長の太腿一歩手間で静止するろ団長の御前に跪いた。
2人の両肩が大きく上下している。
2人の衣服は所々裂け、裂け目から覗いた傷口から血が滲み出ていた。
「はっ、はぁはぁはぁ・・・・はっ、はぁはぁはぁ・・・・ぐっ!団長、手合わせ感謝もうします」
両肩を大きく上下しながらも手合わせの終わりの挨拶をした。
「見事な連携であった!一月弱でここまで仕上げてくるとは驚いたぞ。バルドの制しがなければ私の太腿に短剣が4口刺さる所であった」
団長は嬉しそうに少し息を切らした様子で微笑んだ。
「バルド、オスカー、そなたらの弟子は大した者だ!改めて礼を言うぞ。我がセルジオ騎士団の後継の2人をよくぞここまでに育ててくれた。これよりも頼む!」
団長はバルドとオスカーへ労いの言葉を告げた。
「はっ!お言葉光栄に存じます。我ら、身命を賭して我が主の支えとなります」
バルドとオスカーも団長のひざ元に跪いた。
団長は満足げな微笑みを2人に向けると訓練場を後にした。
トンットンットンッ
団長との手合わせを終え4人は西の屋敷の滞在部屋に戻った。
バルドは部屋に戻るとポルデュラとベアトレスへ帰還の報告をする。
「ポルデュラ様、ベアトレス殿、ただ今、団長との手合わせから戻りました」
セルジオとエリオスは言葉も発せられない程、疲労困憊の様子だ。
手合わせの後は湯浴みをする。湯浴みを終えるとポルデュラの回復術を受ける事が日課となっていた。
セルジオとエリオスに回復術を施すポルデュラが呟いた。
「しかし、団長殿も容赦がないの。セルジオ様もエリオス様も毎度、このように傷だらけでは治るものも治らぬぞ」
ポルデュラはやれやれと言った表情をバルドとオスカーへ向けた。
「我らも厳しく訓練をしてきたつもりでおりましたが、ここまでやらねばならぬと肝に銘じております」
バルドが真剣な眼差しで己の訓練の甘さをポルデュラへ伝える。
オスカーもバルドに同感と言った仕草で頷いた。
「左様にございます。赤子の頃よりお仕えしていることで、いつしか甘さを生んでいたのかもしれません」
オスカーはポルデュラへ反省顔を向けた。
「そなたら・・・・まぁ、実戦を念頭にすれば致し方ないことじゃが。セルジオ様とエリオス様の歳を考えろと申しているのじゃ。この様な身体の大きさに合わぬ訓練を続けておると成長に支障がでるぞ。身体も心もその時の大きさがあるのじゃ。その大きさに見合った事をいたさねばいずれ壊れる。器と同じじゃ。入り切らぬ程の物を詰め込めば割れるであろう?何事も過ぎれば良い結果を生まぬからな。用心いたせと申しているのじゃ」
ポルデュラは困った表情をバルドとオスカーへ向けた。
「はっ!承知致しました。ポルデュラ様、お言葉、感謝申します」
バルドとオスカーは声をそろえて呼応した。
「やれやれ・・・・そなたらは似ておらぬようで似ておるからな。主の事となると見境がなくなる。王国内見聞の折もよくよく用心することじゃ。シュタイン王国国内と言えど家名が変われば国が変わると同義だと思っておけ。特にセルジオ様をお連れするのじゃからな。用心に越したことはない。伝説の騎士の再来のことは王国内では既に皆の知る所じゃ。そのこと忘れるでないぞ」
呟くように諭すとポルデュラはセルジオとエリオスの回復術を続けた。
回復術が終わるとベアトレスに準備をさせていたお茶を楽しむ。
「そなたらもこの茶を飲んでおけ。それと、ベアトレス、小袋に分けた茶と薬があったであろう?持ってきてくれぬか」
「はい、ご用意できております」
ベアトレスは3種類の小袋を2つづつ丸テーブルへ置いた。
ポルデュラは、赤、深緑、藍色の3種類の小袋の中身を確かめるとバルドとオスカーを手招いた。
「バルド、オスカーこちらへきてくれぬか」
「はっ!」
バルドとオスカーはポルデュラが座る丸テーブルの左右に立つ。
「よいか、これらは国内見聞に持参してもらうため用意したものじゃ。赤の袋はバラの花の茶じゃ。回復術が施してある。毎夜、必ず4人で飲むのじゃぞ。深緑の袋は傷薬じゃ。治癒術が施してある。切り傷、擦り傷の傷口に直接塗れ。塗った後を布で巻くのじゃ。翌朝には傷口は治っておるわ。最後に藍色の袋は解毒剤じゃ。どんな毒にも作用する。じゃが、この薬自体が毒薬じゃ。毒を以て毒を制す事を忘れるでないぞ。あくまで解毒剤じゃからな。そなたらが飲む時は2粒じゃ。セルジオ様とエリオス様は1粒でよい。忘れるなこの薬自体が毒薬じゃ」
ポルデュラは念をおした。
「念の為にバルドとオスカーがそれぞれ持てるように2袋づつ用意をした。持っていけ」
ポルデュラはバルドとオスカーへ3種の小袋をそれぞれ渡した。
「ポルデュラ様、感謝申します」
バルドとオスカーは小袋を受け取るとそれぞれの麻袋へ収めた。
バルドとオスカーが小袋を麻袋へ収めるのを見届けるとポルデュラが2人の名を口にした。
「バルド・・・・オスカー・・・・」
バルドとオスカーはポルデュラへ顔を向ける。
「はっ!」
そこには珍しく迷いのある表情のポルデュラがいた。
バルドとオスカーをじっと見つめ、何かを思案している様子だ。
「バルド・・・・オスカー・・・・この話は・・・」
ポルデュラが話す内容を伝えるべきか躊躇しているのが窺える。
バルドはそんなポルデュラを気遣った。
「ポルデュラ様、我らにお伝え頂けることは何なりとお話し下さい。何を耳にしましても受け入れる覚悟はできております」
バルドの力強い言葉にポルデュラはふっと笑い話し出した。
「そうであったな。そなたら2人がおれば恐いモノもコトもなかったな・・・・。この話は我が実家、ラドフォール公爵家に伝承されてきたことなのじゃが・・・・。これよりの見聞の旅で起こるべくして起こる気がしてならぬのじゃ。伝えておくぞ。セルジオ様に関することじゃ。
『失われた月の雫が降りたつ。月なき闇夜に月の雫が再び降り立つ。真に目覚めた青き血が流れるコマンドール、月の雫と共に手をとり正しき道を切り開け』というものじゃ。
セルジオ様は今はまだお身体が出来上がっておられぬ。力の目覚めは心身共に負担が大きい。お心は封印されておる故・・・・傷を負うことは無いと思うがな・・・・お身体が心配なのじゃ。それ故、今、そなたらに渡した小袋が役立つと思ったのじゃがな・・・・案じても仕方がないことと解ってはいるがな・・・・そのこと含んでおいてくれるか?」
ポルデュラはバルドとオスカーへ哀し気な眼を向けた。
バルドとオスカーは間を置かずに呼応する。
「はっ!ポルデュラ様、感謝申します。伝承のこと、伺っておらねば事が起こりました時に困り果てるだけにございます。されど、今、伺いましたことで我らの覚悟は更に強固となります。感謝申します」
バルドは力強く呼応するとオスカーと共にポルデュラの前で跪いた。
ポルデュラはバルドとオスカーへほっとした表情を見せる。
「そうか。含んでくれるか。バルド、オスカー頼むぞ」
ポルデュラはバルドとオスカーの何事にも動じない様子に安堵の表情を浮かべた。
トン!トン!トン!
扉が叩かれた。
「失礼をする。少しよいか?」
ジグランだった。
「ジグラン様!」
セルジオ、エリオス、バルド、オスカーはその場で跪く。
「セルジオ様、エリオス殿、団長との手合わせはいかがかな?一本取れるようになりましたかな?」
ジグランはにこやかに問いかけた。
「はっ!手合わせの機会を頂き感謝もうします。されど未だ、団長より一本は取れずにおります」
セルジオが呼応した。
「そうか。当然の事であるから安心なさいませ。今のお2人に一本取られる様では団長は務まりませんからな」
ジグランはふふふと笑い、姿勢を正した。
「今日は団長よりの言伝があり参りました。
国内見聞、出立の日取りが決まりましたので、申し伝えます。これより2週間の後、10月24日となりました。星読みダグマル様の見立ても済んでおります。旅立ちによい日取りとの事です。そして、各貴族騎士団団長への訪問と滞在の申し伝えも済んでおります。されど念の為にこちらの書簡をお持ちください。王都騎士団総長ジェラル・エフェラル・ド・シュタイン様よりの念書にございます。滞在先の騎士団団長へこちらの念書を提示しご挨拶をなさいませ。さればどちらの騎士団でも快く受け入れてくれる事と存じます」
ジグランはセルジオに念書を差し出す。
セルジオは跪いたまま両手を掲げ念書を受け取った。
「はっ!承知致しました。我らの見聞のため、ご尽力下さり感謝もうします」
ジグランはセルジオが一回り大きくなったように感じていた。
「セルジオ様、エリオス殿、道中お気をつけてまいりませ。バルド、オスカー、お2人を頼んだぞ。そなたらが危険と感じた時はお2人を連れて迷わず逃げよ。逃げることは恥ではない。生きて戻れぬことが恥と心得よ。よいな。我がセルジオ騎士団にとって、そなたら4名はいずれも代えがたき者なのだ。必ず生きて戻れよ」
ジグランは膝を折り跪く4人と目線を合わせる。
「はっ!承知致しました。我ら4名、必ず役目を果たし生きて戻ります」
セルジオはジグランの瞳をしっかりと見つめ呼応した。
ポルデュラがジグランの不安を払拭する。
「ジグラン殿、案ずるな。バルドとオスカーがおれば大事ない。されど念の為に使い魔を同道させる。出立までの2週間、そなたらには使い魔と親しんでもらう。こちらの訓練もあるでな。覚悟いたせよ」
ポルデュラは悪戯っぽく笑って見せた。
「それであれば安心でございますな。ポルデュラ様感謝申します。団長へその旨伝えます」
ジグランは緊張が少しほぐれた表情を見せると部屋から出ていった。
その日の夜、セルジオは寝付けずにいた。
ゴソッ・・・・
身体を起こしベッドの上で膝を抱える。窓から青白い月明かりが差込みセルジオを照らしていた。
試しの日に目にした団長の少し哀《かな》し気な眼が気になっていたのだ。
『なぜ?王国全貴族騎士団を巡る事をあのように哀し気な眼で語られたのか?バルドへ聞く機会を失ってしまったな』
ぼんやりと己の膝頭を眺め考えていた。
ゴソッ!
「セルジオ様・・・・眠れませんか?」
隣で寝ていたエリオスがセルジオに声を掛け起き上がる。
「エリオス、すまぬ。起こしてしまったか?」
「いえ、大事ございません。どこぞ痛みますか?」
連日の団長との手合わせで傷だらけのセルジオの身体を気にかける。
「いや、どこも痛まぬ・・・・考えていたのだ。ずっと・・・・」
また自身の膝頭を見つめる。
「私でよろしければお話し下さい。オスカーは私が眠れぬ時は話しを聞いてくれます。眠れぬのは頭の中が考えで詰まっている為だと。全て吐き出せば自然と眠れると申していました」
ベッド脇に向かい合わせで置かれた長椅子で横になるバルドとオスカーは2人のやり取りを静かに聴いていた。
「そうか。私は眠れぬことが当たり前なのだ。毎夜、眠れぬのだ。小さな頃はバルドの懐で揺られていた故、眠れずとも安んじていられた。今は・・・・大きくなったからな。バルドの懐へ入りたくとも入れぬ」
セルジオは少し恥ずかしそうにエリオスへチラリと目を向ける。
「左様にございますか。セルジオ様、恥ずかしがらずともバルド殿の懐に入れて頂けばよろしいのです。私など、訓練施設では毎夜オスカーに抱えてもらい眠ります。初めて鶏の首を落とした時など、目を閉じると真っ赤に染まった己の手が浮かび恐ろしくオスカーの懐で泣きながら眠りました」
エリオスはニコリと微笑んだ。
青白い月の光に照らされた2人の金色の髪は蒼《あお》く輝きまるで天使の様に見える。
「セルジオ様、お話し下さい。頭の中を空に致しましょう」
エリオスはそっとセルジオの手の上に己の手を乗せた。
「感謝もうすエリオス。ずっと・・・・考えていたのだ。団長の試しの日に王国騎士団を巡ることが決まった。その時の団長の眼が哀し気だったのだ。今はそれぞれに動いている騎士団をまとめ、一団となる為の策であろう?ならば希望に満ちているのではないかと私は考えたのだ。
されど・・・・団長は哀し気な眼をしておられた。なぜなのかをバルドに聴きたいと思っていたのだが・・・・ずっと聴けずにいる。手合わせをするとわかるであろう?相手の・・・・なんと言うのか・・・・その者の輝きと言うのか・・・・
団長は眩しいほどにキラキラとされ力強い光を感じるのだ。力強くも清らかで美しいと感じるのだ。されど・・・・あの時の団長は深く濃い藍色をされていた。そのことが気になっているのだ」
セルジオは膝頭を眺めながらポツリ、ポツリと話すと窓から差し込む青白い月明かりに自身の手をかざしてベッドの上に影をつくった。
「左様にございましたか。セルジオ様、これはオスカーがよく申していることです。物事には何事にも表と裏があると。光があれば影もあると。されど光がなければ影もできず、表がなければ裏もないと申します。
今、セルジオ様は、月明かりでお手の影をつくられました。これも月明かりがなければ影はできません。セルジオ様は光の部分だけをお考えになられたのではありませんか?団長は影の部分を思い哀し気なお顔をされたのではないかと私は考えます。
オスカーはこうも申します。同じ物を見ても見る者全ての見方があると。オスカーは弓術の担い手にて弓射の的を観る時は的の全体を観るのだそうです。表だけを観ていては弓は的にあたらぬ。的へはあてるのではなく捕えるのだと教えられました。なれば団長とセルジオ様とでは同じ物事の見方が異なるのではございませんか?」
エリオスはセルジオの手の影の上に自身の手の影が重なる様に手をかざした。
「このように影を重ねると影は濃く、大きくなります。光が強ければ影も濃くなる。団長は光が強すぎて影が濃くならねばよかろうにと思ったのかもしれません。人の頭の中も想いも言葉として伝えねば真はわかりません。団長が思われていることは団長でなければわかりません。ならばセルジオ様が感じられたことを手合わせの折に直接、団長へ尋ねられてはいかがですか?思い悩み、眠れぬよりはよろしいかと思います」
エリオスはセルジオへニコリと微笑みを向けた。
セルジオはエリオスの顔をまじまじと見る。
「・・・・エリオス。そなたは考えが深いのだな。私は、考えが浅い。バルドによく注意をされる。物事を一方向からだけ視てはならぬとな・・・・エリオス、感謝もうす!次の団長と手合わせの時に尋ねてみる」
トサッ!
そう言うとセルジオは仰向けに横になり天井を見上げ呟いた。
「同じ物を見ても見る者全ての見方があるか・・・・人の眼とはその者の『心』を表すのだな。見た者で良くも悪くも映る・・・・難しいことだ・・・・」
そう言うとセルジオは瞼を閉じた。
トサッ!
エリオスも横になるとセルジオの方へ身体を向け、そっと手をつないだ。
「セルジオ様、こうしていますと眠れます。オスカーは眠る時はいつもこのように手をつないでくれます。温かくございませんか・・・・」
エリオスはすぅと寝息を立て眠りについた。
「・・・・エリオス、眠ったのか・・・・バルドは眠れぬことが当たり前の私に申してくれるのだ。『人は眠れぬことを恐れる。されどセルジオ様は眠れぬことをも恐れぬ。今はそれでよいのです』とな。恐れるとはどのようなものなのだろう・・・・」
月明かりを眺めるとセルジオは再び瞼を閉じた。
バルドとオスカーはセルジオとエリオスの話声が聞こえなくなると目を開け視線を合わせる。
頷き合い、お互いの主を支える想いを強く受け止め合った。
「・・・・さ・・・い。そ・・・ろ・・・・」
遠くから柔らかな声が聴こえる。
「そろそろ、戻ってきてください!目覚めて下さい!戻れなくなります!」
『うん?誰の声だったか?なんだ?手が温かい・・・・』
「目覚めて下さい!ご自身で目覚めないと強制的に戻しますよ」
『私に話しているのか?え~と・・・・あれ?何をしていたのだったか・・・・あっ!前世の浄化・・・・うん?眩しい?光?』
ハッ!
私は勢いよく目を開けた。
私の両手を彼女と桐谷さんが握っていた。朦朧としていると突然、頭痛が襲った。
「痛っ!頭が割れそうに痛い。いたた・・・」
誰に言うでもなくあまりの痛さに口をついて出た。
「そうなんです。強制的に戻すと頭痛が起こります。随分と深い所まで行かれていたので・・・・吐き気はありませんか?」
桐谷さんが心配そうに握る手に力を入れた。
「・・・・大丈夫です。頭痛だけです・・・・収まってきました」
両手が熱く感じる。閉じていた目を開けると両手を光が包んでいる様に見えた。
「・・・・両手が光に包まれている様に見えますが・・・・これは・・・・?」
私の質問に桐谷さんは少し厳しい目を向け答える。
「戻る場所の道しるべ、灯台のようなものです。相当、固く固く閉ざされていた蓋を開けて深淵に向かわれたので・・・・
ただ、まだ前世の全体を視てはいません。幾重にも重なって絡み合った糸玉の様になっています。
どうやら前世の中に前々世が封印されている様です。先に前々世の封印を解いて浄化をすることもできたのですが、全体像が視えないと浄化の方法が選択できないので、今日の所はそのままにしてあります」
まだ、幼少期ですね。前世で命を落とされたのが23歳です。そこまで前世を洗い出してから前々世を浄化します。その後で前世の浄化ですね。矢が刺さり、槍で貫かれ・・・・右腕が切り落とされていますから・・・・
整体やマッサージに通われても効果は一時的なものではないですか?刺さった矢と槍も一本づつ抜いていきますからご安心下さい。時間を掛けて少しづつでないと身体が持ちません。抜歯と同じで一度に対処すると危険です。長く時間を掛けることのみご了承下さい。とにかく、いままでよく堪えてこれましたね!」
桐谷さんは遡った状況と結果を説明してくれた。
「そうですか。整体もマッサージもその時だけなのは確かです。この後はどうすればいいのでしょう」
私はこれからの進め方を確認する。
「そうですね。前世の一生を清算する必要があります。ただ、相当な体力と精神力が必要になるので一ヶ月に一度お会いするのが限度です。これから一年程をかけてじっくり浄化していくことになります。どうしますか?続けられますか?」
桐谷さんは厳しい目を向けたまま今後も前世の浄化を続けていくかの決断を求めてきた。
私は迷う事なく答える。
「はい、元よりそのつもりです。どんなに時間がかかっても構いません。確実に前世の浄化をしたいと考えています」
私がそう言うと彼女が微笑みを向けた。
「私もそうでした。前世を知り、浄化をすることで納得して今世を生きられると思います。楽《らく》になりますよ」
そうなのだ。私は楽になりたいのだ。
重く、のしかかるこの胸の辺りにある黒々とした塊を何とかしたい。子供の頃からそう思っていたことを思い出した。
「はい、よろしくお願い致します」
私は彼女と桐谷さんに頭を下げる。桐谷さんは頷いた。
「わかりました。では、次までに幼稚園から中学校卒業までの事を思い出して来て下さい。できるだけ詳細にどんな行動に対してどういう感情を抱いたのかをメモでも構いません。ご自身で洗出しをしてきて下さい。一月後にお会いしましょう」
桐谷さんはスマホへ日程を入れた。
「よかったですね。これから楽しみですね!」
彼女があの輝く笑顔を向ける。
彼女の笑顔を目にすると胸の辺りが熱くなる。
「ありがとうございます。よろしくおねがいたします」
御礼の言葉を伝えると解散となった。
帰り道、
『よかった・・・・地下鉄にして。車できていたら事故でも起こしかねない』
そんな事を思いながらぼんやりと窓に映る自分の姿を見ていた。
『金色に輝く髪、青く深い瞳、青白い炎か・・・・そう言えば・・・・学生の頃、学園祭だったか・・・・ブリーチして金髪にして、カラーコンタクトで碧眼にしたことがあったな。あれも・・・・必然だったのか。まぁいい。次までに大いに思い出してみよう。何かが変わる気がする』
私は前世の探究をする決意を新たにするとぐっと拳に力を入れた。
来た道と同じ道を辿り帰路に着く足取りが心なしか軽く感じられた。
カンッ!ガンッ!
カッカン!カンッ!
ガガンッ!
セルジオ騎士団城塞、西の屋敷での一月があっと言う間に経とうとしていた。
激しく木剣を打ち合う音が訓練場に響き渡る。
セルジオ騎士団団長とセルジオ、エリオスの手合わせがかれこれ一時間程続いているのだ。
約束の手合わせは団長の滞在時には必ず行われた。
「はっはぁ、はぁはぁ・・・・」
両肩を大きく上下させ息を切らしながらも立ち向かうセルジオは『青白い炎』を激しく湧き立たせている。
「どうしたっ!セルジオ殿!そなた、それでも騎士を目指しているのかっっ!一本も打ち込めぬではないかっっ!」
団長は容赦なくセルジオに打ち込みを続ける。
シュッ!
ガツンッ!!
エリオスの木剣が団長の左腕をかすめるが弾き飛ばされた。
「どうしたっ!そなたらっ!マデキュラの刺客を仕留めたと申すは偽りかっ!」
ガッーン!
ガラン!ガラン!
バサッ!
ドサリッ!
弾き飛ばされた木剣と共にセルジオとエリオスは地面に転がった。
「はぁっ、はぁ、はぁ・・・・まだ!だ!」
ダッダッ!
ザッ!!
セルジオは身体を起こすと飛ばされた木剣を拾いに走った。
その間にエリオスは短剣を抜き、団長へ飛びかかる。
カンッ!
シュッ!
カッ!
あっさりと短剣ははじかれ地面に突き刺さった。
「エリオスっ!」
ブンッ!
セルジオが手にした木剣をエリオスへ投げる。
ガッガキィンッ!
バキッ!
ガランッ!
団長の一撃で宙に舞った木剣は真っ二つに割れた。
「さぁ、ここからどうする?武具がなくてどうする?」
団長がじりじりと間合いをつめる。
ザァツ!
エリオスは地面に突き刺さった短剣目掛け飛び込んだ。
「うっやぁーーーー!!」
セルジオが木剣を上段に構え団長へまっしぐらに突進する。
シュッ!
カッ!
カラン!
エリオスがセルジオの援護に短剣を放つがいとも簡単にはじかれた。
カンッ!!
シュルシュル・・・・
ガラン!
「セルジオ殿、命落したぞ!」
団長の剣先がセルジオの喉元にあてられた。
「ぐっ!」
「うぉぉぉぉーーー」
ガバァツ!
セルジオの喉元に木剣の剣先をあてる団長の腰元目掛けエリオスが後ろから飛びついた。
両手足を団長の胴体に巻き付けぶら下がる。
「うん?おっと!これは・・・・」
カッ!!
スチャッ!
団長がひるんだ隙をつき、セルジオは両手で腰の短剣を抜いた。
双剣の構えで喉元にあてられた剣先を己の頭上まで押し上げ、そのまま団長の股下をくぐり後ろ手に回った。
「エリオス!」
セルジオの声が後方から聞えるとエリオスは団長の胴体を踏み台に後方へ跳躍した。
ドカッ!
ザッア!
団長が振り向くと2人は短剣を双剣で構え、団長の太腿目掛けて地面を蹴った。
ザァッ!!
「そこまでっっ!」
ピタッ!!
サッ!
バルドの声でセルジオとエリオスは団長の太腿一歩手間で静止するろ団長の御前に跪いた。
2人の両肩が大きく上下している。
2人の衣服は所々裂け、裂け目から覗いた傷口から血が滲み出ていた。
「はっ、はぁはぁはぁ・・・・はっ、はぁはぁはぁ・・・・ぐっ!団長、手合わせ感謝もうします」
両肩を大きく上下しながらも手合わせの終わりの挨拶をした。
「見事な連携であった!一月弱でここまで仕上げてくるとは驚いたぞ。バルドの制しがなければ私の太腿に短剣が4口刺さる所であった」
団長は嬉しそうに少し息を切らした様子で微笑んだ。
「バルド、オスカー、そなたらの弟子は大した者だ!改めて礼を言うぞ。我がセルジオ騎士団の後継の2人をよくぞここまでに育ててくれた。これよりも頼む!」
団長はバルドとオスカーへ労いの言葉を告げた。
「はっ!お言葉光栄に存じます。我ら、身命を賭して我が主の支えとなります」
バルドとオスカーも団長のひざ元に跪いた。
団長は満足げな微笑みを2人に向けると訓練場を後にした。
トンットンットンッ
団長との手合わせを終え4人は西の屋敷の滞在部屋に戻った。
バルドは部屋に戻るとポルデュラとベアトレスへ帰還の報告をする。
「ポルデュラ様、ベアトレス殿、ただ今、団長との手合わせから戻りました」
セルジオとエリオスは言葉も発せられない程、疲労困憊の様子だ。
手合わせの後は湯浴みをする。湯浴みを終えるとポルデュラの回復術を受ける事が日課となっていた。
セルジオとエリオスに回復術を施すポルデュラが呟いた。
「しかし、団長殿も容赦がないの。セルジオ様もエリオス様も毎度、このように傷だらけでは治るものも治らぬぞ」
ポルデュラはやれやれと言った表情をバルドとオスカーへ向けた。
「我らも厳しく訓練をしてきたつもりでおりましたが、ここまでやらねばならぬと肝に銘じております」
バルドが真剣な眼差しで己の訓練の甘さをポルデュラへ伝える。
オスカーもバルドに同感と言った仕草で頷いた。
「左様にございます。赤子の頃よりお仕えしていることで、いつしか甘さを生んでいたのかもしれません」
オスカーはポルデュラへ反省顔を向けた。
「そなたら・・・・まぁ、実戦を念頭にすれば致し方ないことじゃが。セルジオ様とエリオス様の歳を考えろと申しているのじゃ。この様な身体の大きさに合わぬ訓練を続けておると成長に支障がでるぞ。身体も心もその時の大きさがあるのじゃ。その大きさに見合った事をいたさねばいずれ壊れる。器と同じじゃ。入り切らぬ程の物を詰め込めば割れるであろう?何事も過ぎれば良い結果を生まぬからな。用心いたせと申しているのじゃ」
ポルデュラは困った表情をバルドとオスカーへ向けた。
「はっ!承知致しました。ポルデュラ様、お言葉、感謝申します」
バルドとオスカーは声をそろえて呼応した。
「やれやれ・・・・そなたらは似ておらぬようで似ておるからな。主の事となると見境がなくなる。王国内見聞の折もよくよく用心することじゃ。シュタイン王国国内と言えど家名が変われば国が変わると同義だと思っておけ。特にセルジオ様をお連れするのじゃからな。用心に越したことはない。伝説の騎士の再来のことは王国内では既に皆の知る所じゃ。そのこと忘れるでないぞ」
呟くように諭すとポルデュラはセルジオとエリオスの回復術を続けた。
回復術が終わるとベアトレスに準備をさせていたお茶を楽しむ。
「そなたらもこの茶を飲んでおけ。それと、ベアトレス、小袋に分けた茶と薬があったであろう?持ってきてくれぬか」
「はい、ご用意できております」
ベアトレスは3種類の小袋を2つづつ丸テーブルへ置いた。
ポルデュラは、赤、深緑、藍色の3種類の小袋の中身を確かめるとバルドとオスカーを手招いた。
「バルド、オスカーこちらへきてくれぬか」
「はっ!」
バルドとオスカーはポルデュラが座る丸テーブルの左右に立つ。
「よいか、これらは国内見聞に持参してもらうため用意したものじゃ。赤の袋はバラの花の茶じゃ。回復術が施してある。毎夜、必ず4人で飲むのじゃぞ。深緑の袋は傷薬じゃ。治癒術が施してある。切り傷、擦り傷の傷口に直接塗れ。塗った後を布で巻くのじゃ。翌朝には傷口は治っておるわ。最後に藍色の袋は解毒剤じゃ。どんな毒にも作用する。じゃが、この薬自体が毒薬じゃ。毒を以て毒を制す事を忘れるでないぞ。あくまで解毒剤じゃからな。そなたらが飲む時は2粒じゃ。セルジオ様とエリオス様は1粒でよい。忘れるなこの薬自体が毒薬じゃ」
ポルデュラは念をおした。
「念の為にバルドとオスカーがそれぞれ持てるように2袋づつ用意をした。持っていけ」
ポルデュラはバルドとオスカーへ3種の小袋をそれぞれ渡した。
「ポルデュラ様、感謝申します」
バルドとオスカーは小袋を受け取るとそれぞれの麻袋へ収めた。
バルドとオスカーが小袋を麻袋へ収めるのを見届けるとポルデュラが2人の名を口にした。
「バルド・・・・オスカー・・・・」
バルドとオスカーはポルデュラへ顔を向ける。
「はっ!」
そこには珍しく迷いのある表情のポルデュラがいた。
バルドとオスカーをじっと見つめ、何かを思案している様子だ。
「バルド・・・・オスカー・・・・この話は・・・」
ポルデュラが話す内容を伝えるべきか躊躇しているのが窺える。
バルドはそんなポルデュラを気遣った。
「ポルデュラ様、我らにお伝え頂けることは何なりとお話し下さい。何を耳にしましても受け入れる覚悟はできております」
バルドの力強い言葉にポルデュラはふっと笑い話し出した。
「そうであったな。そなたら2人がおれば恐いモノもコトもなかったな・・・・。この話は我が実家、ラドフォール公爵家に伝承されてきたことなのじゃが・・・・。これよりの見聞の旅で起こるべくして起こる気がしてならぬのじゃ。伝えておくぞ。セルジオ様に関することじゃ。
『失われた月の雫が降りたつ。月なき闇夜に月の雫が再び降り立つ。真に目覚めた青き血が流れるコマンドール、月の雫と共に手をとり正しき道を切り開け』というものじゃ。
セルジオ様は今はまだお身体が出来上がっておられぬ。力の目覚めは心身共に負担が大きい。お心は封印されておる故・・・・傷を負うことは無いと思うがな・・・・お身体が心配なのじゃ。それ故、今、そなたらに渡した小袋が役立つと思ったのじゃがな・・・・案じても仕方がないことと解ってはいるがな・・・・そのこと含んでおいてくれるか?」
ポルデュラはバルドとオスカーへ哀し気な眼を向けた。
バルドとオスカーは間を置かずに呼応する。
「はっ!ポルデュラ様、感謝申します。伝承のこと、伺っておらねば事が起こりました時に困り果てるだけにございます。されど、今、伺いましたことで我らの覚悟は更に強固となります。感謝申します」
バルドは力強く呼応するとオスカーと共にポルデュラの前で跪いた。
ポルデュラはバルドとオスカーへほっとした表情を見せる。
「そうか。含んでくれるか。バルド、オスカー頼むぞ」
ポルデュラはバルドとオスカーの何事にも動じない様子に安堵の表情を浮かべた。
トン!トン!トン!
扉が叩かれた。
「失礼をする。少しよいか?」
ジグランだった。
「ジグラン様!」
セルジオ、エリオス、バルド、オスカーはその場で跪く。
「セルジオ様、エリオス殿、団長との手合わせはいかがかな?一本取れるようになりましたかな?」
ジグランはにこやかに問いかけた。
「はっ!手合わせの機会を頂き感謝もうします。されど未だ、団長より一本は取れずにおります」
セルジオが呼応した。
「そうか。当然の事であるから安心なさいませ。今のお2人に一本取られる様では団長は務まりませんからな」
ジグランはふふふと笑い、姿勢を正した。
「今日は団長よりの言伝があり参りました。
国内見聞、出立の日取りが決まりましたので、申し伝えます。これより2週間の後、10月24日となりました。星読みダグマル様の見立ても済んでおります。旅立ちによい日取りとの事です。そして、各貴族騎士団団長への訪問と滞在の申し伝えも済んでおります。されど念の為にこちらの書簡をお持ちください。王都騎士団総長ジェラル・エフェラル・ド・シュタイン様よりの念書にございます。滞在先の騎士団団長へこちらの念書を提示しご挨拶をなさいませ。さればどちらの騎士団でも快く受け入れてくれる事と存じます」
ジグランはセルジオに念書を差し出す。
セルジオは跪いたまま両手を掲げ念書を受け取った。
「はっ!承知致しました。我らの見聞のため、ご尽力下さり感謝もうします」
ジグランはセルジオが一回り大きくなったように感じていた。
「セルジオ様、エリオス殿、道中お気をつけてまいりませ。バルド、オスカー、お2人を頼んだぞ。そなたらが危険と感じた時はお2人を連れて迷わず逃げよ。逃げることは恥ではない。生きて戻れぬことが恥と心得よ。よいな。我がセルジオ騎士団にとって、そなたら4名はいずれも代えがたき者なのだ。必ず生きて戻れよ」
ジグランは膝を折り跪く4人と目線を合わせる。
「はっ!承知致しました。我ら4名、必ず役目を果たし生きて戻ります」
セルジオはジグランの瞳をしっかりと見つめ呼応した。
ポルデュラがジグランの不安を払拭する。
「ジグラン殿、案ずるな。バルドとオスカーがおれば大事ない。されど念の為に使い魔を同道させる。出立までの2週間、そなたらには使い魔と親しんでもらう。こちらの訓練もあるでな。覚悟いたせよ」
ポルデュラは悪戯っぽく笑って見せた。
「それであれば安心でございますな。ポルデュラ様感謝申します。団長へその旨伝えます」
ジグランは緊張が少しほぐれた表情を見せると部屋から出ていった。
その日の夜、セルジオは寝付けずにいた。
ゴソッ・・・・
身体を起こしベッドの上で膝を抱える。窓から青白い月明かりが差込みセルジオを照らしていた。
試しの日に目にした団長の少し哀《かな》し気な眼が気になっていたのだ。
『なぜ?王国全貴族騎士団を巡る事をあのように哀し気な眼で語られたのか?バルドへ聞く機会を失ってしまったな』
ぼんやりと己の膝頭を眺め考えていた。
ゴソッ!
「セルジオ様・・・・眠れませんか?」
隣で寝ていたエリオスがセルジオに声を掛け起き上がる。
「エリオス、すまぬ。起こしてしまったか?」
「いえ、大事ございません。どこぞ痛みますか?」
連日の団長との手合わせで傷だらけのセルジオの身体を気にかける。
「いや、どこも痛まぬ・・・・考えていたのだ。ずっと・・・・」
また自身の膝頭を見つめる。
「私でよろしければお話し下さい。オスカーは私が眠れぬ時は話しを聞いてくれます。眠れぬのは頭の中が考えで詰まっている為だと。全て吐き出せば自然と眠れると申していました」
ベッド脇に向かい合わせで置かれた長椅子で横になるバルドとオスカーは2人のやり取りを静かに聴いていた。
「そうか。私は眠れぬことが当たり前なのだ。毎夜、眠れぬのだ。小さな頃はバルドの懐で揺られていた故、眠れずとも安んじていられた。今は・・・・大きくなったからな。バルドの懐へ入りたくとも入れぬ」
セルジオは少し恥ずかしそうにエリオスへチラリと目を向ける。
「左様にございますか。セルジオ様、恥ずかしがらずともバルド殿の懐に入れて頂けばよろしいのです。私など、訓練施設では毎夜オスカーに抱えてもらい眠ります。初めて鶏の首を落とした時など、目を閉じると真っ赤に染まった己の手が浮かび恐ろしくオスカーの懐で泣きながら眠りました」
エリオスはニコリと微笑んだ。
青白い月の光に照らされた2人の金色の髪は蒼《あお》く輝きまるで天使の様に見える。
「セルジオ様、お話し下さい。頭の中を空に致しましょう」
エリオスはそっとセルジオの手の上に己の手を乗せた。
「感謝もうすエリオス。ずっと・・・・考えていたのだ。団長の試しの日に王国騎士団を巡ることが決まった。その時の団長の眼が哀し気だったのだ。今はそれぞれに動いている騎士団をまとめ、一団となる為の策であろう?ならば希望に満ちているのではないかと私は考えたのだ。
されど・・・・団長は哀し気な眼をしておられた。なぜなのかをバルドに聴きたいと思っていたのだが・・・・ずっと聴けずにいる。手合わせをするとわかるであろう?相手の・・・・なんと言うのか・・・・その者の輝きと言うのか・・・・
団長は眩しいほどにキラキラとされ力強い光を感じるのだ。力強くも清らかで美しいと感じるのだ。されど・・・・あの時の団長は深く濃い藍色をされていた。そのことが気になっているのだ」
セルジオは膝頭を眺めながらポツリ、ポツリと話すと窓から差し込む青白い月明かりに自身の手をかざしてベッドの上に影をつくった。
「左様にございましたか。セルジオ様、これはオスカーがよく申していることです。物事には何事にも表と裏があると。光があれば影もあると。されど光がなければ影もできず、表がなければ裏もないと申します。
今、セルジオ様は、月明かりでお手の影をつくられました。これも月明かりがなければ影はできません。セルジオ様は光の部分だけをお考えになられたのではありませんか?団長は影の部分を思い哀し気なお顔をされたのではないかと私は考えます。
オスカーはこうも申します。同じ物を見ても見る者全ての見方があると。オスカーは弓術の担い手にて弓射の的を観る時は的の全体を観るのだそうです。表だけを観ていては弓は的にあたらぬ。的へはあてるのではなく捕えるのだと教えられました。なれば団長とセルジオ様とでは同じ物事の見方が異なるのではございませんか?」
エリオスはセルジオの手の影の上に自身の手の影が重なる様に手をかざした。
「このように影を重ねると影は濃く、大きくなります。光が強ければ影も濃くなる。団長は光が強すぎて影が濃くならねばよかろうにと思ったのかもしれません。人の頭の中も想いも言葉として伝えねば真はわかりません。団長が思われていることは団長でなければわかりません。ならばセルジオ様が感じられたことを手合わせの折に直接、団長へ尋ねられてはいかがですか?思い悩み、眠れぬよりはよろしいかと思います」
エリオスはセルジオへニコリと微笑みを向けた。
セルジオはエリオスの顔をまじまじと見る。
「・・・・エリオス。そなたは考えが深いのだな。私は、考えが浅い。バルドによく注意をされる。物事を一方向からだけ視てはならぬとな・・・・エリオス、感謝もうす!次の団長と手合わせの時に尋ねてみる」
トサッ!
そう言うとセルジオは仰向けに横になり天井を見上げ呟いた。
「同じ物を見ても見る者全ての見方があるか・・・・人の眼とはその者の『心』を表すのだな。見た者で良くも悪くも映る・・・・難しいことだ・・・・」
そう言うとセルジオは瞼を閉じた。
トサッ!
エリオスも横になるとセルジオの方へ身体を向け、そっと手をつないだ。
「セルジオ様、こうしていますと眠れます。オスカーは眠る時はいつもこのように手をつないでくれます。温かくございませんか・・・・」
エリオスはすぅと寝息を立て眠りについた。
「・・・・エリオス、眠ったのか・・・・バルドは眠れぬことが当たり前の私に申してくれるのだ。『人は眠れぬことを恐れる。されどセルジオ様は眠れぬことをも恐れぬ。今はそれでよいのです』とな。恐れるとはどのようなものなのだろう・・・・」
月明かりを眺めるとセルジオは再び瞼を閉じた。
バルドとオスカーはセルジオとエリオスの話声が聞こえなくなると目を開け視線を合わせる。
頷き合い、お互いの主を支える想いを強く受け止め合った。
「・・・・さ・・・い。そ・・・ろ・・・・」
遠くから柔らかな声が聴こえる。
「そろそろ、戻ってきてください!目覚めて下さい!戻れなくなります!」
『うん?誰の声だったか?なんだ?手が温かい・・・・』
「目覚めて下さい!ご自身で目覚めないと強制的に戻しますよ」
『私に話しているのか?え~と・・・・あれ?何をしていたのだったか・・・・あっ!前世の浄化・・・・うん?眩しい?光?』
ハッ!
私は勢いよく目を開けた。
私の両手を彼女と桐谷さんが握っていた。朦朧としていると突然、頭痛が襲った。
「痛っ!頭が割れそうに痛い。いたた・・・」
誰に言うでもなくあまりの痛さに口をついて出た。
「そうなんです。強制的に戻すと頭痛が起こります。随分と深い所まで行かれていたので・・・・吐き気はありませんか?」
桐谷さんが心配そうに握る手に力を入れた。
「・・・・大丈夫です。頭痛だけです・・・・収まってきました」
両手が熱く感じる。閉じていた目を開けると両手を光が包んでいる様に見えた。
「・・・・両手が光に包まれている様に見えますが・・・・これは・・・・?」
私の質問に桐谷さんは少し厳しい目を向け答える。
「戻る場所の道しるべ、灯台のようなものです。相当、固く固く閉ざされていた蓋を開けて深淵に向かわれたので・・・・
ただ、まだ前世の全体を視てはいません。幾重にも重なって絡み合った糸玉の様になっています。
どうやら前世の中に前々世が封印されている様です。先に前々世の封印を解いて浄化をすることもできたのですが、全体像が視えないと浄化の方法が選択できないので、今日の所はそのままにしてあります」
まだ、幼少期ですね。前世で命を落とされたのが23歳です。そこまで前世を洗い出してから前々世を浄化します。その後で前世の浄化ですね。矢が刺さり、槍で貫かれ・・・・右腕が切り落とされていますから・・・・
整体やマッサージに通われても効果は一時的なものではないですか?刺さった矢と槍も一本づつ抜いていきますからご安心下さい。時間を掛けて少しづつでないと身体が持ちません。抜歯と同じで一度に対処すると危険です。長く時間を掛けることのみご了承下さい。とにかく、いままでよく堪えてこれましたね!」
桐谷さんは遡った状況と結果を説明してくれた。
「そうですか。整体もマッサージもその時だけなのは確かです。この後はどうすればいいのでしょう」
私はこれからの進め方を確認する。
「そうですね。前世の一生を清算する必要があります。ただ、相当な体力と精神力が必要になるので一ヶ月に一度お会いするのが限度です。これから一年程をかけてじっくり浄化していくことになります。どうしますか?続けられますか?」
桐谷さんは厳しい目を向けたまま今後も前世の浄化を続けていくかの決断を求めてきた。
私は迷う事なく答える。
「はい、元よりそのつもりです。どんなに時間がかかっても構いません。確実に前世の浄化をしたいと考えています」
私がそう言うと彼女が微笑みを向けた。
「私もそうでした。前世を知り、浄化をすることで納得して今世を生きられると思います。楽《らく》になりますよ」
そうなのだ。私は楽になりたいのだ。
重く、のしかかるこの胸の辺りにある黒々とした塊を何とかしたい。子供の頃からそう思っていたことを思い出した。
「はい、よろしくお願い致します」
私は彼女と桐谷さんに頭を下げる。桐谷さんは頷いた。
「わかりました。では、次までに幼稚園から中学校卒業までの事を思い出して来て下さい。できるだけ詳細にどんな行動に対してどういう感情を抱いたのかをメモでも構いません。ご自身で洗出しをしてきて下さい。一月後にお会いしましょう」
桐谷さんはスマホへ日程を入れた。
「よかったですね。これから楽しみですね!」
彼女があの輝く笑顔を向ける。
彼女の笑顔を目にすると胸の辺りが熱くなる。
「ありがとうございます。よろしくおねがいたします」
御礼の言葉を伝えると解散となった。
帰り道、
『よかった・・・・地下鉄にして。車できていたら事故でも起こしかねない』
そんな事を思いながらぼんやりと窓に映る自分の姿を見ていた。
『金色に輝く髪、青く深い瞳、青白い炎か・・・・そう言えば・・・・学生の頃、学園祭だったか・・・・ブリーチして金髪にして、カラーコンタクトで碧眼にしたことがあったな。あれも・・・・必然だったのか。まぁいい。次までに大いに思い出してみよう。何かが変わる気がする』
私は前世の探究をする決意を新たにするとぐっと拳に力を入れた。
来た道と同じ道を辿り帰路に着く足取りが心なしか軽く感じられた。
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