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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第11話 過去と今の景色
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北門を通り抜けた所で、セルジオは後ろを振り返った。
「・・・・」
今通り抜けたばかりの門はうっそうとした木々に覆われ、門自体がそこにあったことさえわからない。
城壁上部を流れる水の音だけが聞き取る事ができる。
セルジオは馬を引くバルドへ目を向けた。
バルドは真っ直ぐに行く手に目を凝らしている。
バルドの肩にとまっていたカイが上体を下方へ向けるとフワリとバルドの肩から地面すれすれに飛び立った。
ピィィィィーーーー
カイが鳴き声をあげ、行く手の木々の間をすり抜けていく。
セルジオはその様子を馬上でじっと見つめていた。
カイの姿が見えなくなる。
「・・・・バルド、
カイの姿が見えなくなった。このまま進むのか?」
行く手は木々が立ち込め、徐々に道幅が狭くなるように見えた。
ゾクリッ!!
セルジオは薄暗い森の奥深くからとてつもなく大きな何かが近づいてくる気配を感じ、背中に寒気を覚えた。肩をすくめバルドを見る。バルドは静かな口調で返答をした。
「セルジオ様、シュピリトゥスの森もまた精霊の森でございます。
精霊の森で人ができることは何もございません。
ただ、行く手に開かれた道を進むのみにて、
拒まれし者は通れません」
「先程、トラウテ殿とユリカ殿からシュピリトゥスの森の精霊シルフ様へ
我らが立ち入る許可と道案内はカイがすることを申し出て頂きました。
後は道案内のカイに任せるより他ございません」
バルドは少し緊張した面持ちをセルジオへ向けると後方のオスカーへ声をかけた。
「オスカー殿、そろそろ、我らも馬に乗りますか!
カイの姿が見えなくなりました。
セルジオ様が寒気を覚えておいでです。
道が開ける頃かと・・・・」
パアァァァァァーーーー
バルドが言い終わらない内にセルジオの眼には前方から大きな深緑色の光が向かってくるのが見えた。
「!!!バルド!!!
前方から大きな深緑色の光が向かってくる!!!
早く!馬に乗れ!オスカー!馬に乗れ!早く!!」
セルジオは後方のオスカーへも半ば怒鳴るように叫んだ。
グゥゥォォーーーー
風がうなる音と共に深緑色の光が大きさを増し近づいてくる。
メキッッメキッ!メキッ!!
メキッッメキッ!メキッ!!
光が通り透ける道を木々がしなり大きな音をたてている。
セルジオは目を閉じることさえできず、深緑色の光が目前に迫る光景を呆然と見ていた。
深緑色の光はセルジオとバルドが跨る馬の手前までくると突如、上空へ向けて上昇し動きを止めた。
パアァァァァァ
グオンッグオンッグオンッ
その光はセルジオを見下ろしているように見える。
セルジオはじっと深緑色の光を見上げていた。
そのまま目を閉じ、意識を深緑色の光に集中する。
サラサラと光が降り注ぐような感覚と共にずっしりとした重たい声が聞えた。
『よう参られた。青き血が流れるコマンドールと守護の騎士よ。
あれから100有余年、我らにとってはさほどの月日ではないが、
人にとっては永い年月じゃ』
『いつの世も人は人同士で争う。
遠い神代の時より争いをやめることができぬのじゃ。
我らはその争いに巻き込まれる。
精霊の森とて巻き込まれれば珠は失われ、
再び生まれるまでに時がかかる』
『争いが続けば巡りが間に合わず再び生まれることも叶わなくなるのじゃ。
すでに西の森に住まう妖精はその数を減らしている。
主たる精霊も力を失いかけている。
妖精がいなくなり、精霊が力を失えば森の恵みを
存分に授けることができなくなる』
『そこに住まう木々、動物、人も森の恵みを受けられなくなるのじゃ。
そうならぬ内に争いを遠ざけねばならぬ。
争いの根源は『黒魔術』じゃ。
『黒魔術』を操りし者の力を削ぎ、その力を封印せねばならぬ』
『我らはそなたを待っていた。
100有余年前と同様、そなたの名を持ち国を守り、
そなたの名を持ち国に安寧をもたらすのじゃ。
争いを止めよ。ラドフォールと共に『黒魔術』を操りし者を封じるのじゃ。
そなたの役目を果たすのじゃ。
100有余年前と同様に我らに誓いし役目を果たすのじゃ』
シーーーン
セルジオは辺りに静寂が戻るとそっと目を開けた。上空を見上げると深緑色の光は消えている。前方へ目をやると光が通った後に木々の間をぬってアーチ形の道ができていた。薄暗く感じていた行く手の先に白い光が点の様に見える。
何の光かと思い、目を凝らす。
「・・・・」
何人かの人影がチラチラと見えた。深い蒼い色のマントが翻っている。
『2人?いや、4人か?
セルジオ騎士団のマントを身に付けている者がいる!』
セルジオは馬をその場に留まらせ、セルジオの後ろで幉を握るバルドへ目を向けた。
「バルド・・・・」
バルドも森の奥深くへ目を向けている。セルジオの呼び声でセルジオへ視線を移す。
「セルジオ様、いかがなさいましたか?
シュピリトゥスの森の精霊シルフ様は何と声をかけられましたか?」
セルジオはハッとする。森の奥の光景に気を取られ、シュピリトゥスの森の精霊からの言葉を伝えることをすっかり忘れていた。
「バルド!すまぬ!
シルフ様のお言葉を伝えるのを忘れていた!すまぬ!」
セルジオは少し慌てて鞍の上で身体を後方へ回転させた。
馬上でバルドと向き合う。後ろにいるオスカーとエリオスへも聞こえる様にバルドの横腹からひょっこりと顔を覗かせた。
「エリオス、オスカー、すまぬ!
森の奥の光景に気を取られていた。
シュピリトゥスの森の精霊シルフ様からの言葉を伝える」
カツッ カツッ
オスカーは馬をバルドの横に歩み寄らせた。
セルジオは3人に向けてシュピリトゥスの森の精霊シルフからの言葉を伝える。
「我らを『待っていた』と申された。
100有余年前と同く精霊と交わした誓いのままに役目を果たせ。
争いの根源『黒魔術』を操る者を封じ、争いを止めよと。
西の森の精霊は既に力が衰えている。妖精の数も減っている。
このままでは森の恵みを受けられなくなるとも申された・・・・」
セルジオは一旦目線を落とし、バルドが握る幉を見つめた。
精霊の言葉を思い返す。
「・・・・ラドフォールと共に『黒魔術』の根源を封じよと・・・・」
バルドを見上げる。
バルドもセルジオをじっと見つめる。
バルドはセルジオから次の言葉が出ないと読みとると口を開いた。
「左様にございますか。
サフェス湖湖畔での戦いははじまりでありましたか。
終わりに近づいていればと願っておりましたが・・・・
セルジオ様とエリオス様のお役目は
これから益々過酷になるということですね・・・・」
バルドの深い紫色の瞳が少し哀しそうに見えた。
ズキッ!
セルジオはバルドの哀しそうな瞳を見て胸に痛みを覚える。正直に今の己の状態を伝える。
「バルドの・・・・
その・・・・哀し気な目を見ると胸にズキッと痛みがでるのだ・・・・」
バルドの手を小さな手で握る。
「私は大事ないぞ!バルドもオスカーもエリオスも傍にいる。
初代様も私の中に眠っておられる。
シルフ様が役目と申されるなら私に与えられた役目を果たすまでだ。
大事ないぞ!バルド!その様に哀し気な目をせずとも大事ないぞ」
セルジオは握るバルドの手に力を込めた。バルドは小さな身体で精一杯に自分を安心させようとしているセルジオが愛おしくギュッと抱き寄せる。
「はっ!セルジオ様!私は何も案じてはおりません。
セルジオ様が担うお役目を全うして頂ける様に
周りを整えることが我らの役目でございます。
この命ある限りお伴致します」
エリオスとオスカーもバルドの言葉に呼応する。
「左様にございます!
セルジオ様のお役目に同道する事が我らの役目にて、
ご心配には及びません!」
エリオスはバルドとオスカーの言葉に頷き、じっとセルジオを見つめていた。
「みな・・・・感謝申す!これよりもよろしく頼む」
セルジオは拳に力を込めた。そのまま目を閉じ、森の奥に見えた光景を思い返す。
「バルド・・・・エリオス、オスカー。
森の奥にセルジオ騎士団のマントを纏った人影が4人見えたのだ。
他にも大勢の人がいる気配がした・・・・これは幻なのか?それとも・・・・」
うつむき自身の拳を見る。
「私にも見えましょうか?」
セルジオの言葉にエリオスが口を開いた。
「先程、ウーシー殿が申されました。
北の森の精霊シルフィード様の緑の光の珠をセルジオ様と私の額に移したと。
今と過去、過去と今の景色が見えると申されました」
「セルジオ様がご覧になられたのは過去の景色ではございませんか?
ならば私にも同じ景色が見えるということでしょう。
セルジオ様、ご案じなさらずとも過去の景色が見えるだけにございます。
我らがお傍におります。先へ進みましょう」
エリオスは強い視線をセルジオを向ける。
オスカーはエリオスの言動が頼もしく感じていた。
セルジオはじっと自身の拳を見つめている。
ふっと顔を上げて西の屋敷の厨房で傷つけたバルドの首元を見る。バルドは優しくセルジオへ語りかけた。
「セルジオ様、何を案じておいでですか?
案じておれらることを我らへお話下さい」
セルジオはバルドの深い紫色の瞳を見つめ、思い切ったように語り出した。
「・・・・私が案じているのは、バルドに・・・・
いや、皆に危害を加える私なのだ・・・・
西の屋敷の調理場で過去を思い出し、バルドの首に傷をつけた。
己で己が何をするのかわからぬのだ。
過去の光景を見ることでまた、
皆に傷をつけることになるのではないかと・・・・そのことが・・・・」
セルジオはうつむき拳を見る。
エリオスが自身が跨る馬から手を伸ばし、セルジオの拳の上にそっと手を添えた。
「セルジオ様、ご案じなさらずとも大事ございません。
私にも同じ光景が見えるはずです。
されば今のセルジオ様のまま過去に起こった光景としてご覧になれるはずです」
エリオスは身体を元に戻し、ローブをめくり上げると首から下がる『月の雫』の首飾りを右手で握りしめた。
「セルジオ様、『月の雫』の首飾りがございます。
過去の景色は過去の景色として今の景色と調和されます。
ご心配でしたらシュピリトゥスの森を抜ける間、
『月の雫』を握りしめてはいかがですか?きっと、大事ございません」
エリオスはセルジオへ微笑みを向け続ける。
「セルジオ様、今は先へ進むことが第一にございます。
日の暮れる前にシュピリトゥスの森を抜け、
ラドフォール騎士団第三の城塞まで到着せねばなりません」
「トラウテ殿が申されていました。
くれぐれも日没前にシュピリトゥスの森を抜けよと。
精霊の森は光と闇が交差する場所、
日が暮れると闇の支配が強くなると申されました」
「我らの力ではどうにもできないことです。
されば我らの力でできることを第一にお考え下さい。
セルジオ様が暴れるのであれば我ら3人で取り押さえます!
我らをお信じ下さい!」
エリオスは珍しく語気を強めてセルジオを諭した。
バルドとオスカーは顔を見合わせ、エリオスの頼もしさに目を細めた。
バッ!
エリオスの話を黙って聞いていたセルジオは
勢いよく顔を上げる。身体の向きを前方へ戻すと号令をかけた。
「エリオス!感謝申す。
皆、私が暴れた時は頼む。
手におえぬ様であれば気を失わせて欲しい!頼んだぞ!」
セルジオは姿勢を正し、大きく息を吸った。
「これより我らはシュピリトゥスの森を抜け、
ラドフォール騎士団第三の城塞へ向かう!
シルフ様が開けし道は真っ直ぐに進む。
早がけに近い速さで森を一気に駆け抜ける!
前方に見えし白い光まで一気に掛けるぞ!出立だ!」
カチャリッ!
カチャリッ!
セルジオの号令に合わせてバルドとオスカーは革のベルトでそれぞれ身体を固定し、早がけの準備に入っていた。出立の声を聞くと3人は呼応する。
「はっ!」
バルドとオスカーは馬が嘶かないように幉を操った。
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
早がけより少し速度を落とし、アーチ形にくりぬかれた様な木々の間を進む。
セルジオは平原をかける時と森の中をかける時の風の当たり方の違いを感じていた。
アーチ形の木々が続き、前方に見える白い光の点は一向に近づいてこない。
どこまで続くのかと目を凝らすと道幅が広がる感覚を覚えた。大勢の人が道の両脇で木々を伐採している。
『!!人が大勢!!・・・・』
セルジオは声をあげそうになった。しかし、バルドは馬の速度を落とさないとみると過去の光景だと思い目を閉じた。セルジオの耳に聞覚えのある声が飛び込んできた。
『ミハエル!
アイテルとディルクは石の階段の指揮にあたらせた。
エリオスはどうした?』
セルジオは目を開ける。聞覚えのある声の方を見ると初代セルジオの姿があった。
『・・・初代様・・・・』
木々の間を馬で駆け抜けているはずなのに初代セルジオの姿も一緒についてくるかのように見える。セルジオはそのまま光景を見続けると決めた。
ギュゥ!
鞍の取っ手を強く握るとカッと大きく目を見開き目の前に広ろがる光景を目に焼き付けるのだった。
「・・・・」
今通り抜けたばかりの門はうっそうとした木々に覆われ、門自体がそこにあったことさえわからない。
城壁上部を流れる水の音だけが聞き取る事ができる。
セルジオは馬を引くバルドへ目を向けた。
バルドは真っ直ぐに行く手に目を凝らしている。
バルドの肩にとまっていたカイが上体を下方へ向けるとフワリとバルドの肩から地面すれすれに飛び立った。
ピィィィィーーーー
カイが鳴き声をあげ、行く手の木々の間をすり抜けていく。
セルジオはその様子を馬上でじっと見つめていた。
カイの姿が見えなくなる。
「・・・・バルド、
カイの姿が見えなくなった。このまま進むのか?」
行く手は木々が立ち込め、徐々に道幅が狭くなるように見えた。
ゾクリッ!!
セルジオは薄暗い森の奥深くからとてつもなく大きな何かが近づいてくる気配を感じ、背中に寒気を覚えた。肩をすくめバルドを見る。バルドは静かな口調で返答をした。
「セルジオ様、シュピリトゥスの森もまた精霊の森でございます。
精霊の森で人ができることは何もございません。
ただ、行く手に開かれた道を進むのみにて、
拒まれし者は通れません」
「先程、トラウテ殿とユリカ殿からシュピリトゥスの森の精霊シルフ様へ
我らが立ち入る許可と道案内はカイがすることを申し出て頂きました。
後は道案内のカイに任せるより他ございません」
バルドは少し緊張した面持ちをセルジオへ向けると後方のオスカーへ声をかけた。
「オスカー殿、そろそろ、我らも馬に乗りますか!
カイの姿が見えなくなりました。
セルジオ様が寒気を覚えておいでです。
道が開ける頃かと・・・・」
パアァァァァァーーーー
バルドが言い終わらない内にセルジオの眼には前方から大きな深緑色の光が向かってくるのが見えた。
「!!!バルド!!!
前方から大きな深緑色の光が向かってくる!!!
早く!馬に乗れ!オスカー!馬に乗れ!早く!!」
セルジオは後方のオスカーへも半ば怒鳴るように叫んだ。
グゥゥォォーーーー
風がうなる音と共に深緑色の光が大きさを増し近づいてくる。
メキッッメキッ!メキッ!!
メキッッメキッ!メキッ!!
光が通り透ける道を木々がしなり大きな音をたてている。
セルジオは目を閉じることさえできず、深緑色の光が目前に迫る光景を呆然と見ていた。
深緑色の光はセルジオとバルドが跨る馬の手前までくると突如、上空へ向けて上昇し動きを止めた。
パアァァァァァ
グオンッグオンッグオンッ
その光はセルジオを見下ろしているように見える。
セルジオはじっと深緑色の光を見上げていた。
そのまま目を閉じ、意識を深緑色の光に集中する。
サラサラと光が降り注ぐような感覚と共にずっしりとした重たい声が聞えた。
『よう参られた。青き血が流れるコマンドールと守護の騎士よ。
あれから100有余年、我らにとってはさほどの月日ではないが、
人にとっては永い年月じゃ』
『いつの世も人は人同士で争う。
遠い神代の時より争いをやめることができぬのじゃ。
我らはその争いに巻き込まれる。
精霊の森とて巻き込まれれば珠は失われ、
再び生まれるまでに時がかかる』
『争いが続けば巡りが間に合わず再び生まれることも叶わなくなるのじゃ。
すでに西の森に住まう妖精はその数を減らしている。
主たる精霊も力を失いかけている。
妖精がいなくなり、精霊が力を失えば森の恵みを
存分に授けることができなくなる』
『そこに住まう木々、動物、人も森の恵みを受けられなくなるのじゃ。
そうならぬ内に争いを遠ざけねばならぬ。
争いの根源は『黒魔術』じゃ。
『黒魔術』を操りし者の力を削ぎ、その力を封印せねばならぬ』
『我らはそなたを待っていた。
100有余年前と同様、そなたの名を持ち国を守り、
そなたの名を持ち国に安寧をもたらすのじゃ。
争いを止めよ。ラドフォールと共に『黒魔術』を操りし者を封じるのじゃ。
そなたの役目を果たすのじゃ。
100有余年前と同様に我らに誓いし役目を果たすのじゃ』
シーーーン
セルジオは辺りに静寂が戻るとそっと目を開けた。上空を見上げると深緑色の光は消えている。前方へ目をやると光が通った後に木々の間をぬってアーチ形の道ができていた。薄暗く感じていた行く手の先に白い光が点の様に見える。
何の光かと思い、目を凝らす。
「・・・・」
何人かの人影がチラチラと見えた。深い蒼い色のマントが翻っている。
『2人?いや、4人か?
セルジオ騎士団のマントを身に付けている者がいる!』
セルジオは馬をその場に留まらせ、セルジオの後ろで幉を握るバルドへ目を向けた。
「バルド・・・・」
バルドも森の奥深くへ目を向けている。セルジオの呼び声でセルジオへ視線を移す。
「セルジオ様、いかがなさいましたか?
シュピリトゥスの森の精霊シルフ様は何と声をかけられましたか?」
セルジオはハッとする。森の奥の光景に気を取られ、シュピリトゥスの森の精霊からの言葉を伝えることをすっかり忘れていた。
「バルド!すまぬ!
シルフ様のお言葉を伝えるのを忘れていた!すまぬ!」
セルジオは少し慌てて鞍の上で身体を後方へ回転させた。
馬上でバルドと向き合う。後ろにいるオスカーとエリオスへも聞こえる様にバルドの横腹からひょっこりと顔を覗かせた。
「エリオス、オスカー、すまぬ!
森の奥の光景に気を取られていた。
シュピリトゥスの森の精霊シルフ様からの言葉を伝える」
カツッ カツッ
オスカーは馬をバルドの横に歩み寄らせた。
セルジオは3人に向けてシュピリトゥスの森の精霊シルフからの言葉を伝える。
「我らを『待っていた』と申された。
100有余年前と同く精霊と交わした誓いのままに役目を果たせ。
争いの根源『黒魔術』を操る者を封じ、争いを止めよと。
西の森の精霊は既に力が衰えている。妖精の数も減っている。
このままでは森の恵みを受けられなくなるとも申された・・・・」
セルジオは一旦目線を落とし、バルドが握る幉を見つめた。
精霊の言葉を思い返す。
「・・・・ラドフォールと共に『黒魔術』の根源を封じよと・・・・」
バルドを見上げる。
バルドもセルジオをじっと見つめる。
バルドはセルジオから次の言葉が出ないと読みとると口を開いた。
「左様にございますか。
サフェス湖湖畔での戦いははじまりでありましたか。
終わりに近づいていればと願っておりましたが・・・・
セルジオ様とエリオス様のお役目は
これから益々過酷になるということですね・・・・」
バルドの深い紫色の瞳が少し哀しそうに見えた。
ズキッ!
セルジオはバルドの哀しそうな瞳を見て胸に痛みを覚える。正直に今の己の状態を伝える。
「バルドの・・・・
その・・・・哀し気な目を見ると胸にズキッと痛みがでるのだ・・・・」
バルドの手を小さな手で握る。
「私は大事ないぞ!バルドもオスカーもエリオスも傍にいる。
初代様も私の中に眠っておられる。
シルフ様が役目と申されるなら私に与えられた役目を果たすまでだ。
大事ないぞ!バルド!その様に哀し気な目をせずとも大事ないぞ」
セルジオは握るバルドの手に力を込めた。バルドは小さな身体で精一杯に自分を安心させようとしているセルジオが愛おしくギュッと抱き寄せる。
「はっ!セルジオ様!私は何も案じてはおりません。
セルジオ様が担うお役目を全うして頂ける様に
周りを整えることが我らの役目でございます。
この命ある限りお伴致します」
エリオスとオスカーもバルドの言葉に呼応する。
「左様にございます!
セルジオ様のお役目に同道する事が我らの役目にて、
ご心配には及びません!」
エリオスはバルドとオスカーの言葉に頷き、じっとセルジオを見つめていた。
「みな・・・・感謝申す!これよりもよろしく頼む」
セルジオは拳に力を込めた。そのまま目を閉じ、森の奥に見えた光景を思い返す。
「バルド・・・・エリオス、オスカー。
森の奥にセルジオ騎士団のマントを纏った人影が4人見えたのだ。
他にも大勢の人がいる気配がした・・・・これは幻なのか?それとも・・・・」
うつむき自身の拳を見る。
「私にも見えましょうか?」
セルジオの言葉にエリオスが口を開いた。
「先程、ウーシー殿が申されました。
北の森の精霊シルフィード様の緑の光の珠をセルジオ様と私の額に移したと。
今と過去、過去と今の景色が見えると申されました」
「セルジオ様がご覧になられたのは過去の景色ではございませんか?
ならば私にも同じ景色が見えるということでしょう。
セルジオ様、ご案じなさらずとも過去の景色が見えるだけにございます。
我らがお傍におります。先へ進みましょう」
エリオスは強い視線をセルジオを向ける。
オスカーはエリオスの言動が頼もしく感じていた。
セルジオはじっと自身の拳を見つめている。
ふっと顔を上げて西の屋敷の厨房で傷つけたバルドの首元を見る。バルドは優しくセルジオへ語りかけた。
「セルジオ様、何を案じておいでですか?
案じておれらることを我らへお話下さい」
セルジオはバルドの深い紫色の瞳を見つめ、思い切ったように語り出した。
「・・・・私が案じているのは、バルドに・・・・
いや、皆に危害を加える私なのだ・・・・
西の屋敷の調理場で過去を思い出し、バルドの首に傷をつけた。
己で己が何をするのかわからぬのだ。
過去の光景を見ることでまた、
皆に傷をつけることになるのではないかと・・・・そのことが・・・・」
セルジオはうつむき拳を見る。
エリオスが自身が跨る馬から手を伸ばし、セルジオの拳の上にそっと手を添えた。
「セルジオ様、ご案じなさらずとも大事ございません。
私にも同じ光景が見えるはずです。
されば今のセルジオ様のまま過去に起こった光景としてご覧になれるはずです」
エリオスは身体を元に戻し、ローブをめくり上げると首から下がる『月の雫』の首飾りを右手で握りしめた。
「セルジオ様、『月の雫』の首飾りがございます。
過去の景色は過去の景色として今の景色と調和されます。
ご心配でしたらシュピリトゥスの森を抜ける間、
『月の雫』を握りしめてはいかがですか?きっと、大事ございません」
エリオスはセルジオへ微笑みを向け続ける。
「セルジオ様、今は先へ進むことが第一にございます。
日の暮れる前にシュピリトゥスの森を抜け、
ラドフォール騎士団第三の城塞まで到着せねばなりません」
「トラウテ殿が申されていました。
くれぐれも日没前にシュピリトゥスの森を抜けよと。
精霊の森は光と闇が交差する場所、
日が暮れると闇の支配が強くなると申されました」
「我らの力ではどうにもできないことです。
されば我らの力でできることを第一にお考え下さい。
セルジオ様が暴れるのであれば我ら3人で取り押さえます!
我らをお信じ下さい!」
エリオスは珍しく語気を強めてセルジオを諭した。
バルドとオスカーは顔を見合わせ、エリオスの頼もしさに目を細めた。
バッ!
エリオスの話を黙って聞いていたセルジオは
勢いよく顔を上げる。身体の向きを前方へ戻すと号令をかけた。
「エリオス!感謝申す。
皆、私が暴れた時は頼む。
手におえぬ様であれば気を失わせて欲しい!頼んだぞ!」
セルジオは姿勢を正し、大きく息を吸った。
「これより我らはシュピリトゥスの森を抜け、
ラドフォール騎士団第三の城塞へ向かう!
シルフ様が開けし道は真っ直ぐに進む。
早がけに近い速さで森を一気に駆け抜ける!
前方に見えし白い光まで一気に掛けるぞ!出立だ!」
カチャリッ!
カチャリッ!
セルジオの号令に合わせてバルドとオスカーは革のベルトでそれぞれ身体を固定し、早がけの準備に入っていた。出立の声を聞くと3人は呼応する。
「はっ!」
バルドとオスカーは馬が嘶かないように幉を操った。
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
早がけより少し速度を落とし、アーチ形にくりぬかれた様な木々の間を進む。
セルジオは平原をかける時と森の中をかける時の風の当たり方の違いを感じていた。
アーチ形の木々が続き、前方に見える白い光の点は一向に近づいてこない。
どこまで続くのかと目を凝らすと道幅が広がる感覚を覚えた。大勢の人が道の両脇で木々を伐採している。
『!!人が大勢!!・・・・』
セルジオは声をあげそうになった。しかし、バルドは馬の速度を落とさないとみると過去の光景だと思い目を閉じた。セルジオの耳に聞覚えのある声が飛び込んできた。
『ミハエル!
アイテルとディルクは石の階段の指揮にあたらせた。
エリオスはどうした?』
セルジオは目を開ける。聞覚えのある声の方を見ると初代セルジオの姿があった。
『・・・初代様・・・・』
木々の間を馬で駆け抜けているはずなのに初代セルジオの姿も一緒についてくるかのように見える。セルジオはそのまま光景を見続けると決めた。
ギュゥ!
鞍の取っ手を強く握るとカッと大きく目を見開き目の前に広ろがる光景を目に焼き付けるのだった。
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(「小説家になろう」でも公開しています)
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