とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第16話:氷の貴公子の誓い

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バルドとオスカーはアロイスによって凍らされた初代セルジオと初代セルジオの時代のエリオスの幻影げんえい蒼玉そうぎょくの短剣でくだき割った。

カシャラァーーーーン
キラキラキラ・・・・・

くだかれた氷の結晶が辺り一面にきらめきながら雪の様に舞う。


セルジオはきらめき落ちる氷の結晶けっしょうに目を奪われていた。

「なんと、美しい・・・・」

思わすつぶやくと手を繋ぐエリオスも呼応した。

「本当に・・・・なんと美しいのでしょう・・・・
夕陽の朱色しゅいろと氷の蒼色あおいろが混じりあい・・・・
美しいです」

エリオスはセルジオの手をギュッと握った。

「初代様、この光景も思い描かれて水の城塞を造られたのですか?」

エリオスが隣でたたずむ初代セルジオに語りかける。
初代セルジオはエリオスへ静かな微笑みを向けた。

「いや、これは我の思い描いた以上の光景だ。
水の魔導士アロイス殿のお力だな・・・・」

初代セルジオはアロイスへ目を向けた。
アロイスは自身が凍らせ、バルドとオスカーが蒼玉そうぎょくの短剣で砕き割った初代セルジオと初代セルジオの時代のエリオスの幻影が立っていたその先に現れた手を繋いだセルジオとエリオス、そして重装備の鎧に金糸で縁取られた蒼いマントを纏い腰にサファイヤの剣をたずさえた初代セルジオの姿に目を見開いた。

「・・・・初・・代・・・・初代セルジオ様か?」

アロイスは目を見張り初代セルジオへ問いかける。
初代セルジオはアロイスの深い緑色の瞳をしっかり見つめ、その姿に目を細めると静かに呼応した。

「左様だ。
今の世のセルジオ殿の中に封印されている
過去のセルジオ・ド・エステールだ」

バルドとオスカーは蒼玉の短剣をさやに収めその場でかしづいた。
初代セルジオはかしづくバルドへ声をかける。

「バルド、久しいな。
赤子であったセルジオ殿の中に我が封印された時以来だ。
されど、そなたとセルジオ殿のこと、エリオス殿とオスカーのこと、
セルジオ殿に起こることは全て見ているぞ」

「セルジオ殿の中でな。
そなたはセルジオ殿にとってなくてはならぬ師。
いや、師だけでは収まらぬな。
師であり、父であり、守護の騎士であり・・・・母でもある。
我を・・・・我の封印が解かれることはないと信じてくれ、感謝申す」

初代セルジオは左手を胸の前に置くとバルドへ頭を下げた。
バルドはかしづいたまま呼応する。

「はっ!!
滅相めっそうもございません。
私はあるじであるセルジオ様に仕える従士の役目を
果たすのみにございます」

バルドは初代セルジオがあまりにはっきりと姿を現していることに疑問を抱く。
言葉には出さずに頭の中で自問した。

『なぜ?
封印が解かれてはいないのにここまではっきりと
初代様のお姿が、お言葉が、言葉を交わすことができるのだ?』

初代セルジオはバルドの疑念を読み取ると、ふっと笑い言葉を続けた。

「案ずるなバルド。
我の姿がはっきりと現れているのは今この時だけ、この場所でだけのこと。
この姿が特別なのだ。心配せずともよい・・・・
いや、心配させ悪かった。この状況を話す前に
皆に挨拶あいさつをしたいと思ってな・・・・悪かった」

初代セルジオはバツが悪そうな苦笑にがわらいを浮かべる。
セルジオは初代セルジオがどことなく兄であるフリードリヒに似ていると感じていた。感じたままをエリオスへそっと耳打ちする。

「エリオス、
初代様は兄上に様子が似ておられると思わないか?
何と言うか・・・・の光の様に感じる」

エリオスはセルジオへ耳を寄せ話しを聴くとうんうんとうなずいた。

「左様にございますね。フリードリヒ様と似ておられます。
そう言えばポルデュラ様が申されていました。
初代様は感情の振り幅が大きいとのこと。
されば喜びも悲しみも深くなるそうです。
悔恨かいこんが残られたのもそのためと申されていました」

エリオスは初代セルジオを優しい眼差しで見つめる。遠い目をするとポツリとつぶやいた。

「お優しく、暖かいお方なのです。
昔からずっと変わらずに・・・・あの時も・・・・
真意しんいは全てご自身の中にのみ留められて・・・・
我らにもお話にならずにお独りで・・・・はっ!」

エリオスは自身が発した言葉に驚く。
胸が苦しく感じ、左手を胸にあてた。セルジオはエリオスの様子に繋ぐ手に力をこめる。

ギュッ!

「エリオス、それはそなたの記憶か?私と同じだな。
エリオスがそばにいてくれ心強い。
思い出したことはバルドとオスカーへも話をしよう。
きっと必要なことなのだ。
そして記憶を辿たどることで我らは強くなる。そんな気がするのだ」

セルジオはエリオスの手を引く。

「バルドとオスカーの元へまいろう。
初代様のお話しを皆でお聴きしよう」

セルジオはエリオスと共にかしずくバルドとオスカーの右斜め前で同じ様にかしづいた。

初代セルジオは2人がかしづくとアロイスへ目を向けた。かつて共に戦い、共に過ごし、火炙ひあぶりとなったオーロラと生き写しの顔立ちのアロイスに目を細める。

初代は一旦視線を石の道に落し、ふっと笑った。こみ上げるオーロラへの愛おしさを抑える様に目を閉じ左手を握り胸にあてる。深く息を吸い込み呼吸を整えた。
顔を上げアロイスへ問いかける。

「アロイス殿、この城の、水の城塞の役割は存じているか?」

アロイスはかしづいたまま呼応する。

「はっ!
ラドフォール騎士団の後継となりました際に聞き及んでおります」

「そうか。聞いているか・・・・
アロイス殿、そなたが我にかしづくことはないぞ。ラドフォールは公爵家だ。
エステール伯爵家との爵位はラドフォールが上位じょういだ。
立ち上がってはくれぬか?それに・・・・
そなたの姿を・・・・見せてはくれぬか?・・・・」

初代の目に涙が浮かび夕陽が映りこむ。

「そなたの姿は・・・・
オーロラと・・・・我が・・・・我が・・・・
いや、よい・・・・」

初代は目を閉じ首を左右に振った。
アロイスは初代を見上げる。その仕草しぐさにいたたまれなく立ち上がった。初代に近づく。

「初代様、私が聞いております水の城塞の役割は今の世のこと。
水の城塞を築かれた時代の役割とは異なることかもしれません。
お聞かせ頂けませんか?かつて、初代様が我が先祖オーロラと
エリオス殿と共に築き上げた水の城塞の役割をお聞かせ頂けませんか?」

アロイスは初代セルジオの手を取ろうと両手を伸ばす。

スカッ!

アロイスの手は初代の身体を通り抜け、触れることは叶わなかった。
初代はアロイスの仕草しぐさに目をやる。

「・・・・我に触れることはできぬ。今の世ではこの姿は幻影げんえいだ。
先程、バルドにも申したが、今この時、この場所でしか
見ることができぬ幻影げんえいなのだ」

「時の狭間はざまであれば触れる事は叶うがな。
水の精霊ウンディーネ様のはからいだ。
そなたらに水の城塞の役割を伝えるために今この時だけ
特別に我の姿はそなたらにも見る事ができるのだ」

初代はそこまで話すとアロイスが凍らせた18の滝を見る。

「あれを見よ。水の精霊ウンディーネ様だ」

5人は18の滝へ目を向けた。

ザァァァァーーーー
ザァァァァーーーー

アロイスが凍らせたはずの滝は水へと戻り、石の道の岩肌を包む様に大きな筒状つつじょうの水のかたまりがうごめいている。
アロイスは目を見開く。

「あれは・・・・あれが水の精霊ウンディーネ様・・・
水の・・・・ドラゴン?か?」

初代はふっと笑う。

「いやいや、水の精霊はその時々で姿を変えるのだ。
今の世ではあの姿を好んでいるのであろうな。
精霊の姿は精霊に仕える者にしか見えぬ」

「アロイス殿は既に水の精霊に仕えているのだぞ。
水の城塞のあるじだと認められている。
されば過去の我とエリオス、オーロラの姿が見えるのだ。
かつての光景をこの城のいたるところで目にしたのではないか?」

初代セルジオは大きく息を吸い込むと大声で水の精霊の名を呼んだ。

「ウンディーネ様!お久しゅうございます。
我の役目は一つ果たしましたぞ。
アロイス殿はウンディーネ様のお姿が見えております。
これよりはお言葉をウンディーネ様のお言葉を直々に伺うことが叶いましょう」

ザアァァァァァーーーー
ザアァァァァァーーーー

初代セルジオの言葉に水のかたまりがうごめく。勢いを増し、アロイスへ近づくと眼の前で上空へ向かった。

その場で水が循環じゅんかんする様に縦方向に円を描く。水龍ドラゴンの頭部がアロイスを見下ろした。

「水の城塞の主、アロイスよ。
我が見えるか?我は水をつかさどる精霊ウンディーネじゃ。
そなたが小さき頃にこの場所で会いまみえた。
覚えてはおらぬようだがな。
これよりは我の姿も我の言の葉ことのは
そなたの目と耳に届くことであろう」

「これより伝えることは水の城塞の役割に留まらぬ。
これより起こることを止めねばならぬ。
よいか、よくよく心に留めておくのじゃ。
まずは水の城塞が築かれしことからにいたそう」

水龍ドラゴンの頭部は静かに波打ち、その形を保ちつつ言の葉を続けた。その言の葉はなぜかアロイスの記憶から消しさられた内容だった。

「かつてシュタイン王国は、ラドフォールが要となり
我ら火、水、風、土の四大精霊と約束を交わした。
我らと我らの同胞どうほうを人が守護し、
守護の恩恵として我らと同胞が加護を与えるとな」

「ラドフォールが要となり、約束を果たすために3つの城塞を築いた。
第一の城塞は大地の城塞。第二の城塞は火焔かえんの城塞。
そして第三の城塞は水の城塞だ。
風は城塞を築かずシュピリトゥスの森と
エステールの北の森を守護することとしたのじゃ」

「全ては調和ちょうわが必要じゃ。
増え過ぎず、減り過ぎず、調和を保つことが平穏へいおん
安寧あんねいをもたらす」

「そのために必要な事が秩序ちつじょじゃ。
秩序を乱せば調和はくずれる。
秩序を乱さぬために精霊と我が同胞と人は約束を交わした。
それぞれに規律きりつを作り、一定の距離を保つ。
その距離をおかす時は事を成す前に
精霊に仕えし者が対話をするとな」

「そして、対話をする場を水の城塞と定めたのじゃ。
ここまでが水の城塞が築かれし役割じゃ。
ここからはそなたらがこの場で目にした事柄に至るまでのことじゃ」

水龍ドラゴンの輪がザァツと一つ大きく波を打った。アロイスはその場で上空を見上げ、微動だにせず精霊の話を聴いていた。

再び水龍ドラゴンは輪を波立たせると話しを続けた。

「表向きは諄々じゅんじゅんたるものだった。
3つの城塞が築かれ、規律きりつ浸透しんとうをはじめ、
守護と加護が回転しだした。されど人は弱さをはらむ。
その弱さにが入り込んだ。『黒魔術』じゃ」

「利にさといは人の弱さにつけこみ、
利を己だけのものとすることをそそのかした。
『黒魔術』を使える様、契約を交わし、望んだ利を全て手に入れさせる。
代償だいしょうとするのは人の血肉と欲じゃ」

「利を己のものだけにするため人と人とを争わせる。
森を焼き払い、仲間を増やしつづけ、己の欲得を満たさせる。
されば調和は崩れ、規律は侵され、秩序は乱れる。
国は滅びの道へ進むことになる」

「黒魔術を扱う者の勢力は徐々に広がっていった。
その欲は力とともにふくらみ、
シュタイン王国を全て己のものにしようと動き出した。
気付いた時には我らではどうにもすることができなかった。
もはや黒魔術を扱う者を抹殺まっさつし、
そのたましい封印ふういんせねば
シュタイン王国もろとも飲みこまれるところまできていた」

一刻いっこく猶予ゆうよもなかった。
封印は王都直属の大地の魔導士マグノリアが行うこととなった。
ただ、封印する前に魂を光のくさりとらえなければならない。
そこでラドフォールの光と炎の魔導士オーロラが
光の鎖を放つ役目を担う事となった」

「黒魔術を扱う者を抹殺する者は闇夜に浮かぶ青白き月光、
青き血、月のしずくの加護を受けしサファイヤの剣を手にする者
『青き血が流れるコマンドール』しかおらぬ」

「ただ、強い殺意さついをもち黒魔術に近づけば
取り逃がすか反対に黒魔術に取り込まれることにもなりかねない。
そこで『青き血が流れるコマンドール』には黒魔術を扱う者を
抹殺まっさつすることは伏せおいた」

「我らでその道を作り、抹殺まで仕向ければよいとしたのじゃ。
準備は着々と進んでいた。
しかし・・・・にその動きをさとられた」

「あろうことか王都騎士団総長に『黒の影』を埋め込み、
手先てさきとした。
抹殺される前に『青き血が流れるコマンドール』を亡き者にし、
光と炎の魔導士に濡れ衣をきせ狩り殺す」

「さすれば大地の魔導士マグノリアだけでは
魂の封印はできぬと踏んだのじゃ。見事に我らははかられた。
その発端ほったんがそなたらがここの場で目にした
初代セルジオとエリオスのやり取りじゃ』

水龍ドラゴンはアロイスへ鋭い視線を向けた。

「そして、今また、100有余年の時を経て『黒魔術』が復活ふっかつした。
マデュラのマルギットじゃ。かつて大地の魔導士マグノリアが
封印した魂はマルギットによって自ら封印された・・・・・ものだった。
時を待ち、己で封印を解いた。されど誤算ごさんがあった」

「光と炎の魔導士オーロラと青き血が流れるコマンドールの再来じゃ。
そなたが我と言の葉ことのはを交わすことができずにいたこと、
我との誓いの儀式をも記憶から消されていたこともの力、
黒魔術によるものじゃ」

「そなたが幼き頃、マルギットが直接に訓練施設で術を施したのじゃ。
だが、記憶は消せても精霊との誓いの儀式で得た力はそのままに留まる。
それ故、過去の情景が、この城塞の至るところで目にする事ができたのじゃ。
そのことがそなたを永らく苦しめてしまったがな」

水龍どらごんはザンッ!と大きく波を打った。アロイスを見下ろす。

「アロイス、100有余年前のあやまちを繰り返してはならぬ。
こたびはマルギットの魂を完全に封じねばならぬのじゃ」

「既に利にさといシュタイン王国の東側から手中しゅちゅうにおさめはじめている。
ラドフォールとエステールが今一度いまいちど
力を合わせ王国東側に起こる火種ひだねつぶすのじゃ。
アロイス、そなたの持つ力が役目を果たすこととなろう。
よいか、そなたの持つ力を信じるのじゃ」

アロイスは水龍ドラゴンを両手を握りしめ見上げていた。意を決した様に深く息を吸い込むと水龍ドラゴンへ向けて声を発した。

「水の精霊ウンディーネ様。言の葉ことのは確かにうけたまわりました。
今この場でお誓いいたします。今、この時をもち迷いし心根こころねは捨て去ります。
そして仰せのままに我が持てる力を!全身全霊をかけ
シュタイン王国にはびこるを取り除きます。
エステールの方々と!青き血が流れるコマンドールと共に!」

アロイスは両手を大きく上空へかかげた。

サンッ!

大きく水龍ドラゴンが波打つ。
初代セルジオとセルジオ、エリオス、バルド、オスカーはアロイスの姿をただ見守ることしかできなかった。

アロイスが上空へ両手をかかげた姿はまるで自身を天空てんくうささげているかの様にセルジオの眼には映るのだった。





【春華のひとり言】
いつももお読み頂きありがとうございます。

水の城塞、一歩手前ですが・・・・
徐々に明かされる100有余年前、初代セルジオの時代のできごとでした。

いつの時代も火種《ひだね》の起こる発端は変わらないのかな?と思いつつも相反するものがあるからこそ、そこに物語が生まれるのだなとも感じています。

次回は・・・・水の城塞へ入ります。

次回もよろしくおねがい致します。

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