とある騎士の遠い記憶

春華(syunka)

文字の大きさ
158 / 216
第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~

第94話 聖水の泉1

しおりを挟む
セルジオ騎士団城塞、西の屋敷を出立してから8ヵ月が経とうとしていた。

6月初旬、セルジオ達一行は南の隣国エフェラル帝国との境の街道を西へ進んでいた。

バルドとオスカーはクリソプ騎士団の巡回を終えてからの道のりを馬上で反芻し、マディラ騎士団での滞在で注意を払うべきことを何度も確認しあっていた。


マデュラ騎士団城塞は領地の西に位置するエンジェラ河沿いにある。

エフェラル帝国との交易航路としてエンジェラ河を有するマデュラ子爵家は、シュタイン王国の中でも際立つ財力を保有していた。

現当主のマルギットは先代からマデュラ子爵領を継承するとその手腕を発揮した。

それまで、エフェラル帝国側からの交易船頼りだった品物の流通を人夫にんふと商会の商人を派遣することで、シュタイン王国が必要とする品を必要なだけ輸入し、反対にエフェラル帝国が必要とするものを必要なだけ
輸出する仕組を整えた。

これにより、一回の交易での費用対効果が格段に上がり、商会や船主から絶大な信頼を得ていた。

夫婦仲が良いことでも知られていたが、第二子イゴールが生まれてからマルギットの夫が姿を消したと実しやかに囁かれていた。

夫が姿を消した同じ頃、マルギットがセルジオへ刺客を二度も送り込み、しずれも失敗に終わっている。

クリソプ騎士団巡回での出来事とクリソプ男爵が黒魔術に取り込まれていたことを考えるとマデュラ騎士団での滞在は危険極まりないものだとバルドとオスカーは気を引き締めていた。

一方、マデュラ騎士団はエンジェラ河の交易航路を含めた隣国エフェラル帝国との境界線を守護していた。

マデュラ騎士団現団長はマルギットの実弟ブレン・ド・マデュラ。

先代当主によく似たブロンズ色の髪に薄い青い瞳、穏やかな性質の持ち主で、各貴族騎士団団長が集う会合でも争いの火種を回避しようと努めて慎重な物言いをする人物だった。

バルドとオスカーはセルジオ騎士団に身を置いていた戦場で、マデュラ騎士団団長ブレンの憂悶果敢な戦いぶりを目にしていた。

見た目の穏やかさと余りにも異なるその姿に目を疑った程であったことを思い出していた。

バルドとオスカーはどこに何が潜んでいるかも知れないマデュラ子爵領が近づくにつれ、不安な思いが強くなるのを感じずにはいられなかった。

重たい足を進めていたある時、南の隣国エフェラル帝国との国境線に位置するトリプライト騎士団城塞を出立してから二日が経った森の入り口でポルデュラの使い魔ハヤブサのカイが枝からバルドの左肩へ舞い降りた。

セルジオは久しぶりに目にするカイに首を後ろに回し話しかける。

「カイ!久しいな。名を呼ぶまで姿を見せぬのに今日はいかがしたのだ?」

カイは小首を左に傾けセルジオの深く青い瞳を黄金色の瞳でじっと見つめている。

「私を忘れてしまったのか?セルジオだぞ」

バルドはセルジオとカイの様子に微笑みを向け、カイの胸元をそっと撫でた。

小さな小枝をカイの胸元から取り出す。

馬の足を止めずに馬上で小枝をパキリと折った。

割れ目から出てきた小さく丸めた紙を広げる。

「オスカー殿、ポルデュラ様からの伝言です。マデュラ子爵領に入る前にトリプライト男爵領の西端のブラウ村に立ち寄る様にとのことです」

オスカーが間髪入れずに呼応する。

「はい、承知しました。今夜の宿となりそうですね。ブラウ村は確か、聖水が湧き出る泉がある村ですね。温泉も豊富に湧き出ていたはずです。セルジオ様、エリオス様、今宵は心置きなく湯浴みができますよ」

オスカーが嬉しそうにセルジオとエリオスへ微笑みを向ける。

「聖水の泉とはなんだ?聖なる泉と言う事なのか?」

セルジオがバルドへ問いかける。

「左様にございます。ブラウ村の聖水は修道院と隣接しており、怪我や病を治す薬としても使われています」

バルドはセルジオの問いに呼応すると今一度、ポルデュラからの手紙に目を通した。

指で文字の上をそっとなでると先ほどと文字が変わった。

『ブラウの修道院に宿泊し、心身を清めよ。後のことは院長に頼んである』

ポルデュラがラドフォールの者以外に頼みごとをする等今までなかった。

ポルデュラにしてもマデュラ子爵領に入る前に万全の態勢を整えておく必要があると考えているのだろう。

バルドとオスカーはセルジオとエリオスに悟られない様に目を合わせると静かに頷き合うのだった。





【春華のひとり言】

今日もお読み頂きありがとうございます。

いよいよ、マデュラ子爵領目前となりました。

危険が待ち受けていることを感じているバルドとオスカー。

そして、4人ができるだけ危険に晒されない様、事前に対策を講じるポルデュラ達、ラドフォール騎士団の面々。

マデュラ子爵編では『因縁の始まり』がご覧頂けます。

次回もどうぞよろしくお願いします。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「『お前に書く手紙などない』と言った婚約者へ、私は7年間手紙を書き続けた——ただし、届け先は別の人でした」

歩人
ファンタジー
辺境伯令嬢リゼットは、婚約者に7年間手紙を書き続けた。返事は一度もなかった。 「お前に書く手紙などない。顔も覚えていない」——婚約破棄。しかしリゼットは 泣かなかった。手紙の本当の届け先は、最初から別にあったから。前世の情報分析 能力で辺境の異変を読み解き、暗号として織り込んだ7年分の手紙。それを受け取り 続けていたのは第一王子。リゼットは誰にも知られず、王国を守っていた。 婚約破棄の翌朝、王子からの手紙が届く。「7年間、ありがとう。迎えに行く」

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...