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第3章:生い立ち編2 ~見聞の旅路~
第107話 黒いサフェス湖
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拳から滴る生暖かさを感じたのだろう。
初代は静かに己の左手を見つめた。思い直した様に顔を上げると情景は水の城塞に戻っていた。
「北の隣国ランツ国が国境線にある銀鉱山に揺さぶりを掛けてきた。採掘権と採掘量の取り分に不正があると言い出したのだ。当時、銀鉱山はラドフォール第一の城塞、大地の城塞の管轄だった。そもそも採掘する鉱山が異なるのだから取り分云々は明らかな言いがかりだった。大地の城塞の騎士たちは鉱山と工夫の守りに戦力を投入するほかなかった」
水の城塞の円卓に置かれた地図に向かい初代とオーロラが談義をしていた。
『ランツの足止めはお兄様が請け負って下さるわ。火焔の城はラドフォールの本城と合わせてお姉様が守護するから私はエステールと一緒にスキャラルの侵攻を食い止める。明後日から西の屋敷に滞在するわ。セルジオはここをお願い。騎士を半数残しておくわ。城の者達はセルジオが生きている事を知っているからあなたの手足として活かして』
地図上を示し戦力配置を確認している。
「人の口に戸は立てられぬからな。いくらオーロラが信頼する団の者達であってもどこからか噂は漏れる。王都の酒場にもミハエルに会うため足を運んでいたから我が生きているのではないかと囁さやかれていた」
初代が生きている事はエステール伯爵当主とエステール騎士団第二隊長だったミハエル、オーロラ、そして水の城塞の騎士のみが知る事実だった。
初代が死した事になっているからこそ、相手の油断を誘う事ができる。
初代が生きていると露呈すれば戦力外であっても相手が動きを躊躇する可能性がある。
そうなれば黒魔女を誘い出す策が露と消えかねない。
初代は心配そうに顔を上げた。
『オーロラ、西の屋敷での滞在がスキャラルに漏れはしないか?そなたが水の城塞に留まればこそ、西の屋敷は背後を突かれる心配なく、西の砦を守る事ができる。それを西の屋敷にオーロラがいると分ればサフェス湖の対岸から攻め入り西の砦側の城門から挟み撃ちとなりはしないか?』
初代は地図上に指を這わせた。
『ええ、だから騎士を半数残していくの。もし、サフェス湖の対岸から攻め入られたらセルジオが団を動かして』
オーロラは初代に微笑みを向けた。
『そなた、この期に及んで楽しんでいるのか?』
初代はオーロラの表情に困った者だと呆れた顔を向けた。
『戦いを終わらせるための戦いだもの。私は戦いの先を視ているの。王国の民も騎士も私たちも皆が笑って生きられる世を創る。エリオスもミハエルも一緒に決めたでしょう?私達でそんな世を創るんだって』
オーロラは初代の顔を真っすぐに見つめた。
『わかった。我はそなたの申す通りに動く。だが・・・・いや・・・・』
初代は言葉を飲み込んだ。
「この時、我が一言を漏らさずオーロラに伝えていればと悔やまれてならぬのだ」
初代は血液が滴る拳を唇にあてた。
「オーロラに死してはならぬと言えなかった。生きよ、何があっても生き延びよと言えなかったのだ。エリオスを失い、ミハエルが去り、この上オーロラの身に何かあれば我は自我を失い兼ねない。己を制御できる自信がなかった」
『セルジオ、心配性になったわね。私は光と炎の魔導士オーロラよ。魔石で魔術を封じられない限り私に適う相手はいないわ。そもそもそんな魔石を手に入れられる者はいないわ。安心して』
オーロラが屈託なく笑った所で情景が変わった。
「オーロラが西の屋敷に向かうのを見届け、我は団の半数を伴いサフェス湖に向かった」
水の城塞の騎士団半数80名程が隊列を組みシュピリトゥスの森を南下している。
念のために初代は水の城塞に幾分かの騎士を残した。
水の精霊からの加護がある城とはいえ、不測の事態が起こらないとは言えない状況だ。
初代は水と火の魔導士を水の城塞に留め置いた。
行軍での初代は鎧を付けず白のシャツに薄茶色のベストとズボンで最後尾についた。
森の番人に見せかけ、初代であることを隠すためだった。
樹木に覆われた水路壁に設けられた扉を精霊の森の番人に開けさせるとエステール伯爵領に入る。
セルジオ達が半年ほど前に水の城塞に入る際に通ったのとは別の入り口の様だった。
そのまま南下するとサフェス湖北側の湖岸が見えてきた。
先頭を行く第一隊長からの伝令が最後尾のセルジオの間近に来た時だった。
深い青色で煌めく湖面がザワザワと波立っている。
水面は黒々と渦を巻き、上空へと舞い上がった。
『隊列を乱すなっ!』
初代の声が響いた。
駆け寄った伝令役があわあわと取り乱している。
『慌てるな。そなたは第一隊長の元へ行き、この場で留まる様伝えよ。我がサフェス湖の様子を観てくる。よいか、我が戻るまで団を動かすなと伝えよ』
初代は馬の鼻先をサフェス湖へ向け疾走していった。
「懸念していた事が真の事となった。サフェス湖の対岸からスキャラル国が侵攻してきたのだ。それも、船を使うのではなく、黒魔術で」
サフェス湖は真っ黒に染まり、上空に舞い上がった渦の先端に荷馬車の荷台の様な物が乗っている。
馬を疾走させサフェス湖の湖岸に近づいた初代の目の前に荷台は滑る様に地に着いた。
バカンッと大きな音を立て、荷台は四方に分解した。
スキャラル国の騎士、剣隊が黒々としたサフェス湖湖畔に降り立った。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂き、ありがとうございます。
黒魔女の陰謀で窮地に立たされるシュタイン王国の回でした。
東西と北からの同時侵攻を食い止められるのか?
かつての力を失った初代セルジオの奮闘が始まります。
次回もよろしくお願い致します。
初代は静かに己の左手を見つめた。思い直した様に顔を上げると情景は水の城塞に戻っていた。
「北の隣国ランツ国が国境線にある銀鉱山に揺さぶりを掛けてきた。採掘権と採掘量の取り分に不正があると言い出したのだ。当時、銀鉱山はラドフォール第一の城塞、大地の城塞の管轄だった。そもそも採掘する鉱山が異なるのだから取り分云々は明らかな言いがかりだった。大地の城塞の騎士たちは鉱山と工夫の守りに戦力を投入するほかなかった」
水の城塞の円卓に置かれた地図に向かい初代とオーロラが談義をしていた。
『ランツの足止めはお兄様が請け負って下さるわ。火焔の城はラドフォールの本城と合わせてお姉様が守護するから私はエステールと一緒にスキャラルの侵攻を食い止める。明後日から西の屋敷に滞在するわ。セルジオはここをお願い。騎士を半数残しておくわ。城の者達はセルジオが生きている事を知っているからあなたの手足として活かして』
地図上を示し戦力配置を確認している。
「人の口に戸は立てられぬからな。いくらオーロラが信頼する団の者達であってもどこからか噂は漏れる。王都の酒場にもミハエルに会うため足を運んでいたから我が生きているのではないかと囁さやかれていた」
初代が生きている事はエステール伯爵当主とエステール騎士団第二隊長だったミハエル、オーロラ、そして水の城塞の騎士のみが知る事実だった。
初代が死した事になっているからこそ、相手の油断を誘う事ができる。
初代が生きていると露呈すれば戦力外であっても相手が動きを躊躇する可能性がある。
そうなれば黒魔女を誘い出す策が露と消えかねない。
初代は心配そうに顔を上げた。
『オーロラ、西の屋敷での滞在がスキャラルに漏れはしないか?そなたが水の城塞に留まればこそ、西の屋敷は背後を突かれる心配なく、西の砦を守る事ができる。それを西の屋敷にオーロラがいると分ればサフェス湖の対岸から攻め入り西の砦側の城門から挟み撃ちとなりはしないか?』
初代は地図上に指を這わせた。
『ええ、だから騎士を半数残していくの。もし、サフェス湖の対岸から攻め入られたらセルジオが団を動かして』
オーロラは初代に微笑みを向けた。
『そなた、この期に及んで楽しんでいるのか?』
初代はオーロラの表情に困った者だと呆れた顔を向けた。
『戦いを終わらせるための戦いだもの。私は戦いの先を視ているの。王国の民も騎士も私たちも皆が笑って生きられる世を創る。エリオスもミハエルも一緒に決めたでしょう?私達でそんな世を創るんだって』
オーロラは初代の顔を真っすぐに見つめた。
『わかった。我はそなたの申す通りに動く。だが・・・・いや・・・・』
初代は言葉を飲み込んだ。
「この時、我が一言を漏らさずオーロラに伝えていればと悔やまれてならぬのだ」
初代は血液が滴る拳を唇にあてた。
「オーロラに死してはならぬと言えなかった。生きよ、何があっても生き延びよと言えなかったのだ。エリオスを失い、ミハエルが去り、この上オーロラの身に何かあれば我は自我を失い兼ねない。己を制御できる自信がなかった」
『セルジオ、心配性になったわね。私は光と炎の魔導士オーロラよ。魔石で魔術を封じられない限り私に適う相手はいないわ。そもそもそんな魔石を手に入れられる者はいないわ。安心して』
オーロラが屈託なく笑った所で情景が変わった。
「オーロラが西の屋敷に向かうのを見届け、我は団の半数を伴いサフェス湖に向かった」
水の城塞の騎士団半数80名程が隊列を組みシュピリトゥスの森を南下している。
念のために初代は水の城塞に幾分かの騎士を残した。
水の精霊からの加護がある城とはいえ、不測の事態が起こらないとは言えない状況だ。
初代は水と火の魔導士を水の城塞に留め置いた。
行軍での初代は鎧を付けず白のシャツに薄茶色のベストとズボンで最後尾についた。
森の番人に見せかけ、初代であることを隠すためだった。
樹木に覆われた水路壁に設けられた扉を精霊の森の番人に開けさせるとエステール伯爵領に入る。
セルジオ達が半年ほど前に水の城塞に入る際に通ったのとは別の入り口の様だった。
そのまま南下するとサフェス湖北側の湖岸が見えてきた。
先頭を行く第一隊長からの伝令が最後尾のセルジオの間近に来た時だった。
深い青色で煌めく湖面がザワザワと波立っている。
水面は黒々と渦を巻き、上空へと舞い上がった。
『隊列を乱すなっ!』
初代の声が響いた。
駆け寄った伝令役があわあわと取り乱している。
『慌てるな。そなたは第一隊長の元へ行き、この場で留まる様伝えよ。我がサフェス湖の様子を観てくる。よいか、我が戻るまで団を動かすなと伝えよ』
初代は馬の鼻先をサフェス湖へ向け疾走していった。
「懸念していた事が真の事となった。サフェス湖の対岸からスキャラル国が侵攻してきたのだ。それも、船を使うのではなく、黒魔術で」
サフェス湖は真っ黒に染まり、上空に舞い上がった渦の先端に荷馬車の荷台の様な物が乗っている。
馬を疾走させサフェス湖の湖岸に近づいた初代の目の前に荷台は滑る様に地に着いた。
バカンッと大きな音を立て、荷台は四方に分解した。
スキャラル国の騎士、剣隊が黒々としたサフェス湖湖畔に降り立った。
【春華のひとり言】
今日もお読み頂き、ありがとうございます。
黒魔女の陰謀で窮地に立たされるシュタイン王国の回でした。
東西と北からの同時侵攻を食い止められるのか?
かつての力を失った初代セルジオの奮闘が始まります。
次回もよろしくお願い致します。
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