黒魔女のイデア

春華(syunka)

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第2話 忍び寄る漆黒の闇

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饗宴の間の重厚な扉から外へ出ると薄紫色のベールを纏った魔導士がマルギットの前に現れた。

マルギットはチラリと目を向ける。ラドフォール公爵家第三子で王都城壁訓練施設に席をおく風の魔導士ポルデュラだった。

マルギットは慌てて道を開け、挨拶をする。

「これはっ!ポルデュラ様、お久しゅうございます。
マデュラ子爵家当主マルギットにございます」

萌黄色のドレスの裾をつまみ、上体を前に倒す。

「・・・・」

ポルデュラは無言でマルギットを見つめた。

ドキリッ!
ドキッドキッドキッ・・・・
ドキッドキッドキッ・・・・

マルギットはポルデュラの視線に鼓動が一つ大きく打つとドキドキと徐々に鼓動が速さを増すのを感じた。

『・・・・なんだ?・・・・』

ゾクリッ!!

尚も無言でマルギットを見つめるポルデュラの姿に身震いをする。

ドッドッドッドッ・・・・
ドッドッドッドッ・・・・

鼓動は速さを増し、上体を倒したままの姿勢が苦しく感じる。

スッ!

たまらず、マルギットは姿勢を元に戻した。

ポルデュラの深い緑色の瞳が真っ直ぐに己の緋色の瞳に向けられている。

「・・・・」

スッ!
フワッ!

ポルデュラは左掌を上に向けると銀色の風の珠を乗せた。

スッ!
ググッ!

マルギットに一歩近づくと左掌に乗せた銀色の風の珠をマルギットの胸にぐっと押し込んだ。

シュゥゥゥゥ・・・・

銀色の風の珠がマルギットの胸に吸い込まれる。

「・・・・」

突然の事にマルギットはその場から動くことができなかった。

「突然に失礼をした。久しいのマルギット殿。
身体の具合はどうじゃ?そろそろ出産ではないのか?」

ポルデュラは左手をマルギットの胸に置いたまま無表情で挨拶をする。

「はい、一月後には出産となります。
身重のため、本日のエステール伯爵家婚姻の祝いの席から退席させて頂く所です」

マルギットはなぜかポルデュラに退席する理由までを告げていた。

「ポルデュラ様も本日はご出席でいらしたのですね。
いつもは饗宴の席にもお越しになられないので・・・・」

マルギットは普段、訓練施設と祝祭の儀に行われる都城での星読み以外、表に顔を出すことがないポルデュラが己の前にいることに違和感を覚えた。

「そうじゃな・・・・普段はな・・・・」

ポルデュラは尚もマルギットの胸から左手を離そうとしない。

マルギットはポルデュラに左手を置かれてから鼓動の速さが落ちつくのを感じていた。

「あの・・・・ポルデュラ様、私の胸になにかございますか?」

思い切ってポルデュラに訊ねる。

「・・・・なに・・・・そなたも理由は解っているのじゃろう?」

ドキリッ!

また、一つ鼓動が高く打った。
ポルデュラの深い緑色の瞳が鋭く光った。

「えっ?!いかがなことで・・・・ございますか?」

恐る恐る訊ねる。

饗宴の間で思い描いた王国滅亡の思いと耳元で聞えた冷たい声の事がまさか伝わっているのではないかと恐怖を覚えた。

「解っておるのじゃろう?そなたの中に眠るもう一つの珠のこと。
抑えているのじゃろう?その声を聞かぬ様にと・・・・」

ポルデュラの瞳がまた一つ鋭く光ると己の緋色の瞳の中に何かが入ってくる様に感じた。

ズキリッ!

「うっ・・・・」

眼に痛みを感じて瞼を閉じる。

スッ!
フワッ!

ポルデュラは胸にあてていた左手をマルギットの目にかざした。

「この者の中で眠る漆黒の闇に告げる。
そなたの居場所はもはやこの世にはない。
深く深く眠り、永遠に目覚めることのない闇の中に留まれ」

ブワッン!!!

マルギットは眼の中に勢いよく風が入り込むのを感じた。

「もう、よいぞ」

瞼を開けるとポルデュラが深い緑色の瞳で己の緋色の瞳を再びじっと見つめていた。

「・・・・あのっ・・・・ポルデュラ様・・・・これは・・・・」

「そなたの中に眠る闇の珠が復活を願っているのじゃ。
マデュラの印を色濃く引継ぎ、第一子として生まれた女子は
マルギットの名をも引き継ぐ」

「そなたが幼き頃より耐え忍んできた恨み、憎しみ、
苦しみの負の感情をかてに闇の珠は力を蓄えるのじゃ。
そなたの心の持ち方次第で闇の珠のこの先が決まる」

「そなた・・・・悪意ある思いを描いたのではないか?
銀色の風の珠でその思いを浄化した。
闇の珠へは外に私がいることを伝えたのじゃ。
そなたの身体と珠を乗っ取り、復活はできぬから眠っておけとな」

「子が生まれることで何かが変わるやもしれぬ。
何かあれば私に使いを寄越せ。
よいか、己だけで対処できることではないからな。
その事だけは心しておくのじゃぞ」

ポルデュラはマルギットの胸に今一度左手をかざすと静かに饗宴の間に入っていった。


カッカッカッカッ・・・・
ガタッガタッガタッ・・・・

カッカッカッカッ・・・・
ガタッガタッガタッ・・・・

ポルデュラと別れるとマルギットは独り馬車に乗り、王都都城から王都内にあるマデュラ子爵家別邸へ向け帰路についた。

ポルデュラに浄化したと言われた胸の辺りが暖かく感じる。

つい先程、思い浮かべた恐ろしい王国滅亡の思いも夫ハイノに感じた忌々しさもすっかりなくなっている様だった。

『なんだったのだ・・・・あの声は・・・・
惑わされずにいよう・・・・それよりも出産のことを・・・・』

己の中に湧いた負の感情は遠ざけようと思い至り、産前産後の一月程度はハイノに当主の代わりを務めてもらう時機を思案しながら窓外をぼんやりと眺める。

普段は自領の居城で過ごす。一月ひとつきに1度の頻度で開催される王家主催の饗宴とそれに合わせて行われる18貴族の当主会談の一週間程は王都にある別邸で過ごしていた。

自領から王都までは馬車で3日を要する。身重のマルギットにとって、一月ひとつきに一度の頻度で行き来することは容易なことではなくなっていたのだ。


ふと焼き菓子店の看板が目に留まった。

『・・・・あの焼き菓子店の看板は・・・・』

ドキリッ!

マルギットは胸の鼓動がまた一つ波打つのを感じると車窓から遠ざかる焼き菓子店の看板を目で追った。

3年前の出来事を思い出す。

3年前、野盗首領がぶつかってきた2人の少年を殺害した。一緒にいた少年の1人に短剣を奪われ、返り討ちにあうと言う痛ましい出来事があった。

年端もいかない少年に返り討ちにあった野盗首領は、かつてマデュラ騎士団の騎士であった。あまりに素行が悪く除名された。

除名後は他国で雇われ騎士をしていたが、戦闘中に負傷し雇われ騎士も続ける事は叶わなくなった。

その後は同じ様に騎士や従士を辞めざるを得ない者達を集め、荷運びの様な仕事をしていた様だ。

ある時、東の隣国シェバラル国とシュタイン王国東の国境くにさかいを所領に持つクリソプ男爵の黒い噂のある荷運びを手伝った事がきっかけで野盗になり果てた。

王都の片隅に根城を構え、行き場のない者を抱きこみ野盗はその規模を拡大していった。

王国の規律を犯す行いが目立ちはじめた頃、各貴族騎士団に野盗集団を根城ごと密かに討伐する命《めい》が王都騎士団総長より下った。

そんな時に起こったのが野盗首領が少年2人を殺害し返り討ちにあう出来事だった。

野盗首領が少年に返り討ちにあった所にたまたま通りかかったのがエステール伯爵家セルジオ騎士団団長セルジオと第一隊長ジグラン配下の数人の騎士と従士だった。

野盗首領がられた騒ぎを聞き、駆け付けた野盗集団はその場に居合わせたセルジオ騎士団団長と騎士と従士数人を目にすると一目散に逃げだした。

セルジオ騎士団団長は敢えて野盗を逃がし、根城を突き止めさせた。

野盗集団はセルジオ騎士団によって根城ごと一網打尽に捕えられ、その後多くの者が斬首刑となった。

根城では野盗の子供も生活をしていた。シュタイン王国では各貴族に騎士団を設置すること、修道院と孤児院、医療施設を設けることを義務付けていた。

野盗の根城で生活をしていた子供らを孤児院で引き取る話合いが当主会談で行われた。
罪人つみびとと解っている子供を率先して引き取る貴族は表向きにはいなかった。

マデュラ子爵家は自領に孤児院を設けてはいなかった。各貴族に課せられた義務を果たしていない事もマデュラ子爵家が疎まれる理由の一つでもあった。

マルギットは罪人つみびとの子供だからと引き取りを拒まれる事に己の幼い頃の姿を重ねた。

『己が望んで罪人つみびとの子として生まれてくる訳でもあるまいに・・・・』

普段は王国のため、シュタイン王国の繁栄のためと口を揃えて訴える18貴族の当主達が結局の所は己の家名を守りたいだけだとマルギットは苦々しく思っていた。

『孤児院を持たないマデュラ子爵家で
その子供達を引き取る手立てはないものか・・・・』

マルギットは姿を重ねた罪人つみびとの子供らを引き取る方策を思案していた。

ふと、野盗が荷運びの仕事をしていた事を思い出す。

エフェラル帝国の港から航海をする商船が人足が足りなくて困っていると侍従のベルントが報告してきた。

一旦はマデュラ子爵家の近習従士として迎え入れ、商船で働けるまでの教育をした上で送り出せば今よりも更に海の向こうの最新情報が入ってくる。

地位も名誉も名声も忠誠心さえも上がる事がないマデュラ子爵家にとって『ざい』だけは潤沢にする必要があった。

シュタイン王国でのマデュラ子爵家の存在意義を確保するには『ざい』より他になかったからだ。

マルギットは引き取り先でもめている円卓に座する18貴族の面々に向け珍しく発言をした。

スッ!

左手に持つ扇子を肩の高さまで上げる。

「よろしいですか?」

シーーーーン

当主会談で発言することなどないマルギットの声に円卓は静まり返った。

今日の議長を務める5伯爵家序列第二位コンクシェル伯爵家当主がマルギットの上げた声に呼応する。

「マデュラ子爵家当主マルギット殿、どうぞ何なりとお話し下さい」

「コンクシェル伯爵、感謝いたします」

マルギットは左手で上げた扇子を下すと円卓の中央へ視線を向けた。

「そのお子達は我がマデュラ子爵家が全てお預かり致しますわ」

ザワッザワッ・・・・

18貴族の当主が座する円卓はザワつく。

マルギットはぐるりと円卓を見渡すとにこやかに微笑んだ。

「全てマデュラ子爵家でお預かり致しますわ。
我が家名は孤児院を設けてはおりませんので、
我が手元で近習従士見習いとして受け入れます」

議長のコンクシェル伯爵がザワつく円卓に向けゴホンっと咳ばらいを一つするとマルギットへ質問を投げた。

「マルギット殿、
全て近習従士見習いとされるおつもりですか?
子らは全部で20人程おります。
年も性別もバラバラな子ら20人全てお引き取りになるおつもりですか?」

「はい。
今まで同じ場所で住まい、成長してきた子らでございましょう?
一度に20人を受け入れるには皆様方の孤児院にも負担がかかります」

「まして、親や兄弟姉妹が斬首刑になった者もある中で、
子らが別々の孤児院に引き取られるのも忍びなく存じます」

「折角、天より授かった命ですから
野盗から抜け出すよい機会なのかもしれません。
生活がガラリと変わる所に心を許せる者もいないとなれば・・・・」

「子らが大きくなった時に親と同じ道を進まない、
進んではいけないと申し伝える者もいないということ」

「一旦は近習従士見習いとして受け入れますが、
時が経ち己の道を決する時が来た時に騎士団への入団を薦めればよいかと・・・・」

議長は目を丸くしていた。
20人を何の準備もなく一度に受け入れようとすれば孤児院自体にも負担がかかる。

当然、いくつかの孤児院に分散して預かることになるだろうと考えていた。

シュタイン王国では禁じられている奴隷を売り買いしていると黒い噂のあるクリソプ男爵は喉から手が出る程、欲しいはずであるが罪人の子と解っていても18貴族の当主会談で采配が決まれば容易に国外へ出すこともできない。

ラドフォール公爵家と5伯爵家の孤児院で分散することになるだろうとふんでいたのだ。

ところが、思いもよらずマデュラ子爵家で20人をまとめて引き取ると申し出た。財のあるマデュラ子爵家であれば20人程度の子供を預かるなど容易なことだろう。

『しかし・・・・』

「お待ち下さいっ!」

コンクシェル伯爵が懸念を抱いた所で、待ったがかかった。

『やはり・・・・な。そう易々とは進まぬな』

待ったをかけたのは奴隷の売り買いをしている噂のあるクリソプ男爵だった。幼い頃、王家主催の饗宴の席でマルギットに対し執拗に悪意に満ちた言葉を投げかけてきた家名だ。

「いくらマデュラ子爵家に財があるといえども野盗集団を
一網打尽にしたのはエステール伯爵家セルジオ騎士団でございます。
それなりの教育の後、騎士団へ入団されるとなれば
まずはエステール伯爵のご意見を伺ってからだと思いますが、いかがですか?」

バサッ!

マルギットは扇子を広げると口元を覆った。
チラリとクリソプ男爵を見る。

『また・・・・
こやつは私に異を唱えたいだけであろう?相変わらずなだ。
表立って子らを引き取ることができない腹いせもあろう・・・・』

マルギットは扇子で隠す口元で冷ややかな微笑みを浮かべた。

議長のコンクシェル伯爵がクリソプ男爵の言葉にエステール伯爵へ訊ねる。

「エステール伯爵、いかがですか?
クリソプ男爵はこの様に仰っていますが・・・・」

エステール伯爵家当主ハインリヒはマルギットへ視線を向けると柔らかく微笑んだ。クリソプ男爵へ視線を向ける。

「私の方は、何ら問題はありません。
我が家名セルジオ騎士団が野盗集団を捕えることができたのは偶然のことにて。
マデュラ子爵のお申出最もかと思います」

「この先のシュタイン王国の民となるのですから
王国に抱く感情をよきものにすることが肝要となりましょう。
マデュラ子爵に全てをお任せするには忍びなく思うのであれば
我らは、そうですね、例えば子らが新しく居を構える建物の木材や
人足を手配する等してはいかがでしょう。
その様にすれば18貴族が少しづつ協力しつつ
子らの成長を手助けすることとなりましょう。
クリソプ男爵いかがですか?」

エステール伯爵家当主ハインリヒは話し終えると再びマルギットへ微笑みを向けた。

『ハインリヒ様、感謝します。
私の考えに賛同して頂き、感謝します』

マルギットは心の中でハインリヒへ向けて感謝を伝えると軽く頭を下げた。

クリソプ男爵はハインリヒが自身の肩を持ってくれるだろうと考え発言したのにマデュラ子爵に協力すると言われたことに顔を歪ませる。

「さっ、左様ですね。
エステール伯爵の仰る通りかと存じます。
我らは物資にて子らを引き取るマデュラ子爵の手助けとしましょう」

コンクシェル伯爵は円卓の面々に告げる。

「では、決議をとります。
野盗集団の子ら20数名は全てマデュラ子爵家にて預かりとすること、
子らの行く末はそれぞれの年齢や力量で選択ができる様にすること、
マデュラ子爵家以外の17貴族は物資にてマデュラ子爵の手助けをすること。
以上で異議はございませんか?」

ドンッ!
ドンッ!

円卓の面々は左手を握ると円卓を叩いた。

「異議なしっ」

「異議なしっ」

それぞれに異議のない事を告げる。
コンクシェル伯爵は決議の旨を伝える。

「決議が取れました。
17貴族が支援する物資については後日、各々書簡にて私へ提出して下さい。
取りまとめ後、国王と王都騎士団総長からの許可を頂きます。
本日はこれにて解散とします」

こうして3年前、野盗集団の子ら20数名をマルギットは引き取ったのだ。

『あの時も・・・・声が聞えた。
クリソプ男爵の言葉に・・・・冷ややかに笑う声が・・・・』

遠ざかる焼き菓子店の看板から目を離すと場社内の向かいの席へ視線を落とした。

ドキリッ!

また一つ鼓動が高鳴った。

『思い出したか。そうだ。そなたの中にいるのだからな。
我はそなたそのものだと申したであろう?
風の魔導士ごときに我は抑えられぬはっ!』

ギクリッ!

ポルデュラが銀色の風の珠を入れた胸の辺りから黒々とした煙の様な物が湧き立った。

「なっ!なんだ?!」

ザザッ!

マルギットは慌てて胸の辺りから湧き立った黒い煙の様なものを両手で払う。

『ふふふ・・・・その様なことをしても何にもならぬ。
風の魔導士が風穴を開けてくれたわっ!
あやつ、封じられている我を更に深く封じ込めようとしたのだがな・・・
ははははっ!逆効果だと言う事が解らぬのだ。
我が出入りできる道をわざわざ作ってくれたのだ。
感謝しようぞ。風の魔導士ポルデュラっ!』

「なっ!なに?!」

黒々とした煙は徐々に濃さを増し、漆黒の闇が馬車内を覆う。

「いやっ!これは、なんだ?いやっ!」

ガタッ!

漆黒の闇が立ち込めた馬車内でマルギットは馬車の窓を開けようとした。
漆黒の闇はマルギットが座る向かいの座席に集まるとその姿を人形に変えた。

マルギットは目を見開き、己の胸から湧き出た漆黒の闇の塊を凝視する。

『これで、そなたと話ができる所まできたぞ。マルギット。
我が名はマルギット・ド・マデュラ。そなたの中に眠る黒の魔導士だ。
封が解かれた訳ではないからな。魔術は使えぬ。
だた、そなたと話はできる様になった。
後は、徐々に進めよう。そなたが望む、シュタイン王国の滅亡をな』

漆黒の闇はニヤリと笑った。

パタンッ!

マルギットは座る馬車の座席にパタリッと身体を横たえ、気を失った。
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