黒魔女のイデア

第11話 復活の刻

バンッ！！！

「マルギットっ！！！」

王都内にあるマデュラ子爵家別邸にハイノが到着したのは訓練施設の最上階回廊からルシウスが落下して4日後だった。

「・・・・」

マルギットは勢いよく開けられた扉へ虚ろな眼を向けた。

祭壇の壇上に棺が1つ、壇下に棺が1つ置かれていた。
壇上の棺の横で椅子に座わり虚ろな眼を向けたマルギットは抜け殻の様であった。

ハイノはゆっくりとマルギットに近づくと椅子に腰かけたマルギットの前で膝まづくとそっと両手を握った。

ハイノはマルギットを見上げる。
涙も出せない程の哀しみだったのだろう事が小さく震える両手から伝わってきた。

「マルギット、遅くなりすまぬ。独りにしてすまぬ。
私が解るか？マルギット。私が見えるか？声が聞えているか？」

ハイノは小さな声でマルギットへ語りかけ、己を認識させようとした。

「・・・・」

マルギットは無言のまま握られる両手に目を落とした。

「マルギット、そなたずっとこの場にいたのであろう？身体が冷え切っているぞ。
何も食べずに眠りもせずにこの場にいたのであろう？
イゴールを産んでから日も浅い、そなたの身体が壊れてしまうぞ。
私と一緒に食事をせぬか？急いで馬を走らせたからな。
私も何か食したいのだ。どうだ？一緒にまいらぬか？」

ハイノは立ち上がるとマルギットの両腕に手を置き、立ち上がらせようとした。

ピクリッ・・・・

ハイノの両腕が触れたマルギットの腕がピクリと動いた。

フルフルと震え出す。

「マルギット？いかがしたか・・・・」

トスンッ・・・・

マルギットは立ち上がったハイノの肩に額をつけ、両手をハイノの胸に寄せた。

身体の震えが激しくなる。

「マルギット・・・・」

「・・・・うっ・・・・うぅぅぅ・・・・」

パタリッ・・・・
パタリッ・・・・

ハイノの靴のつま先にマルギットの涙がこぼれた。
ハイノを認識したマルギットはやっと涙を流す事ができたのだ。

ハイノはマルギットの後頭部に手を置くと胸に引き寄せる。

「泣く事もできずにいたのだな。遅くなりすまぬ。
思う存分涙を流せばよい。そなたの涙は私が拭おう。
マルギット、声を出してよいのだぞ。思う存分泣くがよい」

ズルリッ・・・・

「あぁぁぁぁーーーーーハイノっ！あぁぁぁぁーーーーー私はっ！私はっ！
抗がえなかったっ！私がルシウスを殺したっ！
我が子を守ることすらできなかったっ！
ハイノと私の子を守ることすらできずにっ・・・・あぁぁぁぁーーーー」

マルギットは椅子からずり落ちると叫び声と共に号泣した。
ハイノはマルギットをぎゅっと抱きしめることしかできなかった。


ガタッガタッガタッ・・・・
ガタッガタッガタッ・・・・

ハイノが王都内マデュラ子爵家別邸に到着した翌日、二基の棺を乗せた馬車と共にマルギットとハイノは自領へ向けて出発した。

訓練施設最上階回廊から落下し命を落としたルシウスとルシウスの護衛兼教育係であったガウナの遺体は腐敗しない様、水の魔導士によって凍らせていた。

遺体を凍らせ自領で埋葬できる様取り計らったのはポルデュラだった。

訓練施設で起こるありとあらゆることを把握し、王国に起こりうる不利益な事柄を未然に対処することがポルデュラの役割の一つであった。

今回の事故は不審な点が多かった。
まず、第一にポルデュラが都城に赴き、訓練施設を不在にしていた。
第二にルシウスとガウナの最上階回廊からの落下の原因にあった。

最上階回廊での訓練は事故防止の為、どの家名がいつ、どこで、何の訓練を行うのかを訓練施設内で周知させることが義務付けられている。

訓練が他家と重ならない様な仕組みになっているのだ。

にも関わらず、事故が起きた。

クリソプ男爵家の弓射訓練中、流れ矢がルシウスの背中を射抜いた。胸壁を超えて落下するルシウスを抱きかかえ、共に落下したのが従士ガウナだった。

流れ矢があたる程近くで弓射訓練が行われるはずがないのだ。

ガウナは背中から落下し自身の身体を下敷きに地面に叩きつけられ即死だった。
ルシウスの背中を射抜いた矢は心の臓を貫いており、恐らく落下した時点で息絶えていたと推察された。

ポルデュラはマルギットへ事の次第を包み隠さず伝えた。

マルギットはルシウスが訓練施設回廊から落下するのとほぼ同時刻に眠りの中で言われたもう一人のマルギットの言葉をポルデュラに伝えた。

ハイノを贄にもう一人のマルギットを復活させねばマルギットが大切に思う者達に危害が加わると言われた言葉が何度も何度も頭の中で響いた。

『そなた、よいのだな。そなたの手で我を真に目覚めさせねば、
そなたが大切に思う者達に何が起こるかは解らぬぞ』

ポルデュラはマルギットの話を聞きクリソプ男爵の中に闇の者が巣くっていると推察した。
その闇の者のポルデュラの留守を狙い、犯行に及んだであろうことマルギットへ詫びた。

マルギットは黙ってポルデュラの話を聞いたのだった。

解っている。ポルデュラの責任ではないと解っている。

だが、ポルデュラ程の魔導士でも己の中にいるもう一人のマルギットの行いを抑えることができないのだと知ると絶望に近い思いに駆られた。

ガタッガタッガタッ・・・・
ガタッガタッガタッ・・・・

『もはや・・・・抗い続けるのは無理なのかもしれぬ・・・・
これ以上、抗い続けた所で抑えることも消滅させることもできぬのであれば・・・・
言われる通りにすることが宿命さだめなのかもしれぬ・・・・』

マルギットは揺れる馬車の目の前にいるハイノをじっと見つめた。

『・・・・ハイノ・・・・あなたは私がこんなお願いを・・・・
とてつもない裏切りのお願いをしてもきっと許してくれるのでしょうね・・・・』

マルギットの視線にハイノが気付く。

「うん？どうしたのだ？マルギット。その様に私を見つめて。
少し、眠ったらどうだ？昨夜も眠れなかったのであろう？」

少し身体を前に屈めると優しくマルギットの手を握った。

その言葉にジワリと目に熱を感じる。
ハイノの穏やかで端正な顔が歪んだ。

ギシッ・・・・

ハイノはマルギットの隣に移動すると優しく肩を抱いた。

「今は、泣きたいだけ泣く時ぞ。誰もそなたを咎めはせぬ。泣けばよいぞ」

マルギットを温かい声音で包み込む。

「・・・・ハイノ・・・・あなたを・・・・
愛しているわ・・・・心の底から・・・・」

ピクリッ！

ハイノは一瞬戸惑いを見せると嬉しそうにマルギットを抱き寄せた。

「ああ、マルギット。私もそなたを愛している。そなたなしでは生きてはいけぬ。
そなたのためなら何でもする。そなたの願いは何でも叶える
。何でも申せばよい。例え、その願いが私の命であってもだ」

ハイノはマルギットからもう一人のマルギットの話を全て聞いていた。
その中にハイノ自身を贄にえに黒魔術の復活を目論んでいることも含まれていた。

マルギットの様子からハイノはマルギットの覚悟を感じていたのだ。

それは心の底から愛しているからこそ感じることができるマルギットの覚悟だった。